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イクメン

作者: N(えぬ)
掲載日:2020/07/25

 とある会社員のタザワ氏は32歳。結婚2年目で妻が懐妊した。

 タザワ氏は会社では部署のリーダーを担う存在で、会社内でも名の知れた次代の管理職候補だ。だがここで、

「子育てには積極的に関わる」と宣言し、休暇も折に触れて取得すると前もって周囲の人間に伝えた。

 これには、会社での彼の先行きを見据えて上司から、「ここで頑張ってポイントを稼いでいないと、ライバル社員に先を行かれる」と助言を受けたが、それに対しても、

「出世は確かに人生を充実させてくれるかも知れません。妻とは、彼女が主に家庭内のことと育児を受け持ち、私が外で働き生活を支えるという考えを共有していますが、妻に全面的に子育てを任せて、目の前でつらい思いをさせて見て見ぬ振りは出来ません。私が結婚したのは家族と共に幸福せになるためです。ですから出来うる限りのことをします。そのことは、この仕事の私の周囲の人間に対しても同じ事です。家庭内で補い合い、社内で補い合うということを皆にも言っています」

 タザワ氏の上司は、彼にこういう演説をされるとは思っていなかったので少し眉をひそめ、「君のためを思っていったのだけどなぁ」と声を落とした。それでもタザワ氏は、

「私も期待して頂ける社員として精一杯やります。会社にとって不都合と言うことであれば、言ってください」

「君の決意は固いんだな。分かった」

 タザワ氏の上司は、それきり何も言わなかった。


 そのすぐあと、オフィスで、

「イクメンですか。「いい父親」って大変ですよね。俺なんか、考えただけで子供のお守りって、ゾッとします」

 タザワ氏の部下の若い社員がそう言った。どうもタザワ氏の風当たりは、社内で結構厳しいようだった。それでも彼は、

「子育てに積極的なのは「いいこと」なのか?では、やらないとどうだ、「悪いこと」か、それとも「やらないのが普通」なのか?……自分の妻が子を産み、夫婦で仕事を分担しながらその子を育てる。それは、いい悪いでは無く「当然」なのでは無いか?」

「そういう感じには、僕はどうも成れなくて」

「そうか。考え方は人それぞれだからな……。だが、人それぞれといっても、「人によって考え方は違う」というのを結論にしてはダメだぞ。どうするかという選択は必ずしなければならない。そうだろう?選択を示さずに、ただ成り行きに任せて結果オーライかミスだったかを漫然と見ていたのでは、それこそ仕事にも響くというものだ」

 部下氏は、タザワのことばに少し自信を失ってしまったようだった。そんな彼の方をタザワ氏は軽くポンと叩いた。



 しばらくしてタザワ氏の妻が出産した。女の子だった。

 彼は最初の宣言したとおり、折に触れて仕事を休んだ。時に一日、半日、織り交ぜて。もちろん彼は自分がいないときには、事前に部下に細かな指示を与えたし緊急時には連絡して来るように言った。

 実際にこの状況が生まれて一番浮き足立っていたのはタザワの上司だっただろう。上司は、タザワの話を正面から受け止めていなかったから、心の準備も仕事の準備も出来ていなかった。何かの小さなトラブルは、彼がいれば自分が関わることは無かったし、大きな事も相談すれば済むことだった。それが、今は自分のところへしばしば持ち込まれる。何か腹立たしい気がしていた。

 一人抜ければ、ましてや優秀なリーダーが不在になれば、その穴を埋めるのは難しいだろう。それは以前から分かっていたはずなのに、上司は「それは自分の仕事では無かった」という気持ちが先に立ってしまった。

「私なら、休みは取らないけどな。重要な仕事のある今の時期に」

 上司は不満を漏らしていた。そんな言動について、面と向かって反論できるのは、休暇中のタザワ氏だけだった。それでも部下たちは次第に環境に慣れて行き、「理由があって休んでいるのだから、むやみに電話で指示を相談したりしてはいけない」と誰かが言い、やがて「タザワがいなくても出来るかも知れない」という雰囲気になった。そして、上司が指名した「タザワ不在の時は彼に」という社員も現れた。


 会社でそんなせめぎ合いが起きていたのをタザワ氏は折に触れて連絡を受けて知っていた。「誰か居なくなれば、皆で穴を埋めざるを得ない。当然だな……しばらくすれば『あの頃は大変だったね~』なんて笑い話になるものさ」彼は今の成り行きがよいことだと思い笑っていた。


 タザワ氏は、妻と交代で日夜、娘のめんどうを見た。ミルクを与え、オムツを替え、発熱もあった。慣れない仕事、昼夜兼行、夜中に「どちらが起きるか」でジャンケンをしたりした。だが疲れた。たまには丸一日何も考えずに休みたい……「それは夫婦とも同じはず」。タザワ氏は、妻にも全休日を作り、また自分もそういう日を作った。「放電したままでは動けない。充電しなければ」


 妻には妻の考えがあり、夫である彼にも思うことがある。それもまた常に選択の連続であった。どちらの考えがいいと言うことを明白にするのが難しい問題も多々ある。それは、そのそれぞれの選択を施される娘の側にしてみれば、幼く何もまだ判断が付かない中でも「体験」として反応する。そんな中で、よりよい答えを夫婦で見つけていくのがよいように思われた。


 半年ほどが過ぎると、タザワ氏の妻は自分の体調も安定し、落ち着いて娘のめんどうを見られるようになった。

「あなたも、そろそろ会社に中心を移していいのよ」

 そう言ってくれた。

「ありがとう。でも、今後も何かして欲しいことがあったら言ってくれ」

「そうね。わかったわ」



 タザワ氏はほぼ本格的に仕事に復帰した。それは多くの部下が社員が歓迎した。

「今後も、何かの時は皆に負担が掛かるかも知れないが、頼むよ」

「はい」彼の部下は、快くタザワ氏を迎えた。

 だが彼の上司は、そうでは無かったようだ。

「タザワ君。居ない間に社員が育って、君無しでもスムーズに仕事が回るようになったんだよ……」上司は、それ見たことかという顔をした。

「それは、私はもう、この部署に……いえ、会社にも必要ないと言うことですか」

「だから言ったろう。実績、功績、数字だよ……途中で抜けられて大変だったんだからね」

「まだそう言うお考えだったのですね。残念です……」


 しばらくして異動の辞令が出た。タザワ氏が昇進し、上司は他の営業所へ配置転換となった。一番驚いたのは上司だったろう。自分の進言がまるで正反対の結果を生んでいた。

 タザワ氏の率いる部署は、その後も「助け合い、補い合い」をモットーに結束も固く邁進していった。



 テロップが流れる。

『実録イクメン24時 怒濤の6ヶ月』

「この番組は、政府広報の提供でお送りしました」





タイトル「イクメン」

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