第一話 契約の時
光り輝く部屋で僕は目覚める。
まるで、部屋一面がLEDの照明がつけられたようなその光景は、起きて早々の僕の心に不快感を与える。
うわっ、眩しっ、的な感じで。
もし、こんな部屋を好き好んで作る人物がいたならその人は、きっと頭のねじが数本飛んでいるに違いない。
見づらいし、目がちかちかするし、とてもじゃないが僕には丸一日平常心を保てる自信はない。
そんな、輝きまくっている鬱陶しいことこの上ない部屋の中央に、一か所だけ黒い靄のようなものが見える。
部屋全体の自己主張が激しすぎて、逆にそこだけが浮き出ているように見えたので、より靄は僕の目に印象的に映った。
そしてよくよく目を凝らしてみると、靄は人型のような形をしていて、わかりづらいがどうやら僕の方に近づいているようだった。
『お目覚めかい?』
どこからともなく、なにか変な声が聞こえてきた。
へたくそなエコーをかけたような、変なボイスチェンジャーを使ったような、そんな声がどこからともなく聞こえてきたのだ。
いや、状況的にはこちらに向かってくる黒い靄が喋ったと考えればいい話なのだが、相変わらず靄は靄らしく見えづらいので口を開いたようには見えなかったのだ。
僕が、頭に?を浮かべると靄はびっくりしたように、人に似た体をのけぞらして少々オーバーなリアクションを取る。
『あぁ、ごめんごめん』
『僕は昔からこんな風に靄をまとっていてね、表情や口元が見えづらいんだ」
『さっきから喋っているのは、君の目の前にいる黒っぽいので間違いないよ』
そう目の前の靄は言った。
見えずらいというレベルを超えて、全身全てが全く見えないのだが、まぁどうやらこの黒い物体が僕の話し相手であることは間違いないようだ。
『この黒いのは厄介でね、普通の部屋なんかじゃ絶対に僕は見つけてもらえないんだ』
『だから、こんなに鬱陶しいくらいピカピカに部屋をしているんだけどね』
おっと、よかった。
どうやら目の前の人物は頭のねじがちゃんとそろっているようだ。
『それで…本題に入るけど、どうして君がここにいるのか』
『わかるかい…?』
僕は、あるはずのない首を縦に振る。
『…一度、死ぬ前のことを整理しようか』
『思い出してみよう、君の身に、何があったのかを……―――』
“僕”は18歳の男子高校生。だった。
今年受験を控えているので勉強漬けの毎日を送るごく普通の一般人。
偏差値60弱の公立学校に通っていて成績は中くらい、可もなく不可もなくってとこだ。
課されたことや、やるべきことには自分の全力を持って挑むのが自分の流儀。
将来は特に決まっておらず、どこか安定した会社に就職出来たらなぁ、なんてことを思うくらい。とてもじゃないが計画性があるとは言えないな。
学校生活も何不自由なく過ごせている。とても素晴らしい友達に恵まれたからか、友人関係で悩んだこともそれほどない。僕が隅の方で座っていても、何人かの友達が手を引いて僕を連れ出してくれた。
学生の本分、恋愛については……微妙ってところだ。
クラスの頼れるリーダー格の取り巻きその一、みたいな僕だから会話の輪に入るうえで女子とも話したりはする。
だから、当然僕自身も話しているうちに異性に興味を持ったりする。
髪を切った時に、一番最初に女子に「髪切ったの?似合ってるね」なんて言われたらドギマギするし、みんなで机を囲んでいるときに女の子がわざわざ僕の隣に来れば心臓だって跳ね上がる。
それでも僕個人としては、男子と話しているときの方が気楽な感じではある、昨日のスポーツの試合の話やゲームの話、それに下ネタだって何気なく言い合えるから。
女子と話していたら髪を触る回数が自然と増えたり、視線の向きを注意することに一番気を付けたり、なにかと心が落ち着かない。
そうやって友達に恵まれて、楽しい学園生活を送れている僕だけど、まぁわかる通り恋愛面に関してはてんでダメなわけだ。
それを気にしてなのかは知らないけれど、僕をいつも引っ張ってくれている友達が、僕に行ってくれた言葉なんだけど、
「そんなに女子を怖がらずにさ、勇気出して自分から会話していこうぜ、お前は自分のこと根暗だなんだと言ってるけどそんなことは絶対にないから! 自分に自信を持ちなよ」
「大丈夫だって、顔だって親からちゃんといいもの貰ってる」
「な?俺たち男子と絡んでるときはバカやってるんだから、その調子だ!」
僕はこの言葉を支えにして、女子と目が合った時に、不細工って思われてないかな、不潔って思われてないかな、なんて考えを一蹴してきた。
まぁそれでも、まだ肝心の恋はできていないんだけど……。
ごめんごめん、くだらない自分語りが長引いてしまったね。
結局、何を言いたいのかというと、僕はこの生きてきた18年間を通してとてもいい人生を送ってきたということ。
まぁそれでも幸せって続かないもんなんだね。
まるで今までの幸福の天秤を水平にするように、人生最後に不幸が訪れたんだ。
何が起きたって?
蛇に噛まれたんだ。
笑っちゃうだろ?
自分でもびっくりだよ。普通にいつも通り登校していたはずなのに、藪から蛇とはよく言ったものだよ。本当に藪から出てくるんだから。
それに人を殺すような蛇が町中にいるなんて思いもしなかったよ。さらに言うなら自分の人生の終わりがこんなある意味奇跡的なものとは考えもしなかったし。
そう、僕は蛇に噛まれて、多分神経系の毒があったんだと思うけど、それで息ができなくなってコロリ。
挙句の果てには。僕は倒れていたから気付かなかったんだろうね、走ってきた車に頭をぺしゃんこにされたのをほとんど意識はなかったけど覚えてるよ。
どうせなら、もうちょっと生きたかったし、色々な経験もしてみたかった。
楽しいことも、嬉しことも、やっぱりエッチなことだって、それに悲しいことも僕が最初に経験したかった。よりによって両親に経験させてしまったのは……。
終わったことをずっと考え続けるのは不毛でしかないとは、わかっているけれどそれでもやっぱり思い残したことはとても多いし大きい。
だからこそ――――
『―――思い出せたかい? 自分のこと』
僕は無い頭の代わりに体を必死に振る。
『では、契約の時だ』
―――契約――ー
僕が死んで、まさに「これが天国への道か………」なんて考えていた時に、突如として掛けられた声。
『もう一度生きたくはないかい?』
僕は聞こえたその言葉に必死にしがみついた。
死んで、幽霊のような体験を現在進行形でしていた僕はなりふり構わず声を辿った。上に上に引っ張られているにも関らず、必死にしがみついた。
死ぬ間際の無念。全部乗っけてしがみついたんだ。
すると不思議な声は言ったのだ。
『契約すれば、もう一度チャンスはあげられる』と。
僕の返答は――――
言わなくても分かるよね。
その結果が最初だ。
『それでは、まずは契約についてお話しするね』
『契約っていうのは、僕から新しい命をもらって、“生きること”、以上!』
またしても、僕に?が。
そ、それだけ?
『うんうん、それだけ』
『ただし、君が元居た世界には生まれさせてはあげられない』
『先に言っておくべきことだったね、でもこれは決まりだから、ごめんね』
『もし嫌なら契約は、不成立だけど…』
僕は大丈夫、と態度で伝える。
確かに、出来ることなら元の世界がいいに決まっているけれど、出来ないものはしょうがない。両親に会えないのは悲しいし、友達とも別れるのは寂しい、でもそれ以外の僕の心残りは違うところでだって、どうにかなる、多分…
一度死んでしまったものはどうしようもない、だから、というわけではないけれど今できる限りの可能性を無駄にせず精いっぱい使おう。
大丈夫、僕には友達仕込みのコミュニケーション能力がある、はず……
あれ、靄さんはどこに生まれるかなんて言ってないぞ?
人間がいるところだよね、ほんとに大丈夫かな…
『あぁーうんうんダイジョブダイジョブ、ちゃんと人がいるとこだから』
『それじゃあ、本題からそれてしまったけど、契約というのは生きること』
『ただそれのみ、生きるって言っても寿命まで生きるとかじゃない、君自身の思うように生きるという意味だ』
『まぁそこら辺の解釈は君に任せるよ』
『それで、何か欲しいものはあるかい?』
あの、欲しいものとは?
『いやぁこういう時は僕みたいな存在に色々貰うんだよ』
『あれ、最近の若い子なのに知らない?』
うーん、そういう系統のお話はあまり読んでいない…まぁでも、全く読んでいないわけでもないから、展開は読める。
友達の一人に、カラオケに行ったときはそういう系の歌を楽しそうに歌う子がいて、それにつられて読んだんだっけ。
そうだな~。こういう時ってだいたい強くなったりする何かを貰うんだっけ? でも武力と関係のない生活をしてきた自分として、もしそれを貰って『はい実は行き着く世界はほとんど君が住んでいた世界と同じです』みたいに言われて、その中で強くなったところでな……。
それに荒っぽいのは……。
ん~~~……それでは――――【不老不死】がいいです。
『ッ!?』
『……そう来たか―、君もなかなかに大胆だね』
『そういう類のやつは危険も多いから誰も選ばない傾向にあるよねー』
『まぁイイや、不老不死ね』
あ、でも!
不老不死といっても、自分の意思で最後に死ねるというもの…ありませんかね?
あぁ…すみません、それじゃあ不老不死じゃないですよね…
『………分かった』
え!?あるんですか!?
『少し違うけど、条件は満たしている』
『それでもいいかい?というかそれでいいよね』
やや強引に話を進める靄さん。
でも、もちろん構わないので了承する。
靄さんは一度目の前から姿を消すと、またすぐに現れた。
しかしその手には、さっきまではなかった。大きめの宝箱のようなものが。
何だか貴重そうだけれど、本人は別にいい、といってくれた。
ガサゴソと宝箱の中から宝玉のようなものを取り出して。
『それでは、これを君に』
そう言って靄さんは、僕の体に―――ー
って体もない!?
『それはそうだよ』
『ここは特別な場所だから、生身では入れないよ』
『いわゆる、魂だけがここにきている』
『第一、頭がつぶれているのにどうして景色を見れるっていうんだ』
それもそうか、最初からいろいろおかしかったのか。
『そう、今、目で見ていると思っている物はいわば心の目で観ている景色』
『物理的には存在しさえないよ』
そういって、靄さんは僕の魂?に宝玉を押し込む。
まるで化学反応のようにして二つは気味の悪い色で混ざり合っていく。
『それでは、契約は以上』
『後は、君の好きに生きなー』
新しい人生。
靄さんには感謝の気持ちしかない。
一度は終わりと思ったこの人生。まだ続きがある、いや続けさせてもらえる。
ならば、もう一度心に決めよう。
今ある可能性を掴んで必死に精いっぱいに。
もう一つの人生を楽しむんだ!
『………それでは、準備はいいかな』
『まぁ説明不足な点もあると思うけど、まぁ気にしないで、単純に、【生きる】ってことを考えればいいよ』
『あ、それと、他の人間もいると言ったけど、言葉は大丈夫だよ』
『これは標準装備』
なんだか至れり尽くせりで、困っちゃうくらいだ。
本当にありがたい。
あ、最後に質問いいですか?
『ん?なんだい?』
あなたは、神様なのでしょうか?
『………神か』
『うーん、僕はまだ神ではないかな…よし!そんなことはどうだっていいじゃないか』
『準備はいいかい』
『もう飛ばしてしまったら、後戻りはできない』
僕は頷く。とっくに覚悟は固まっている。
『それでは、いってらっしゃーい』
靄さんの掛け声とともに、僕の魂は下に下に落とされていった。
。。。
一人残った、ピカピカの部屋で靄は大きなため息をつく。
『あぁ~いったいあと何回分待てばいいんだぁー?』
『まったく…誰だよ…僕』
世界の歯車は、今日も順調に―――――
―――回っている。
最初はまずはテンプレートから…