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特別な惚れ薬


「ええ!?」


 コンラッドの姉であるエミリーは持ち上げていたカップをテーブルに戻した。可愛い義妹の悩みを聞いて、危うくお茶を噴出すところだった。慌てて口に含んだお茶を飲み込んで咽る。


「お義姉さま、大丈夫ですか?」

「ごめんなさいね。あまりにも驚きすぎて……」

「わたくし、コンラッド様の好みではないんでしょうか」


 エミリーはコンラッドよりも5歳年上であるため、弟が思春期に入る前に嫁いだ。だから弟の思春期がどのようなものであったかは知らない。

 だが、彼女には息子が二人おり、男の繊細なあれこれはそれなりに理解していた。


 コンラッドに時折王城で会うことがあるのだが、その時にヴァレリーの話をすれば蕩けたような笑みを浮かべる。ヴァレリーが嫌いであるはずがない。

 元婚約者に手酷い裏切りにあってから不幸にどっぷりと嵌っていた弟があれほどの表情を浮かべるのだ。家族はこの奇跡の出会いを喜んでいた。


 しょんぼりと肩を落として呟く義妹が哀れで、エミリーの腹の底から怒りがこみあげてくる。


「そんなことはないわ! 貴女はとても魅力的よ」

「ありがとうございます。わたくしもコンラッド様にとても大切にしてもらっています。でもコンラッド様がわたくしに向ける感情は愛ではないのだと、昨夜の出来事で確信してしまったのです」


 言葉にしただけでさらに落ち込んだ。そのうちぽたぽたと目から大粒の涙がこぼれ始める。


「ヴァレリー」

「侍女たちにも協力してもらったのですけど無理でした。目を潤ませて上目遣いしても、胸元の開いたナイトドレスも意味がありませんでした。もしかして他に愛しい女性がいるのでしょうか?」

「お願いだから極論は待って。誰が見てもあの子、貴女にぞっこんだから」


 ぞっこんと言われて、ヴァレリーは目を丸くする。だがすぐに悲しそうに顔を歪めた。


「そのようなお気遣いはいりませんわ。余計に惨めです」

「気遣いとかそういうものじゃないの。事実よ、事実! ヴァレリーは気が付いていないの? あの子、いつだってあなたを見る目は愛おしさを超えた変態の域にあるわよ。それに囲い込みだってすごいじゃない」

「囲い込みはよくわかりませんが……お義姉さまは変態の目を知らないのですね。コンラッド様の春の日だまりのような優しい眼差しは変態の目とは全く異なりますわ」


 勘違いしているエミリーにヴァレリーはきっぱりと否定した。そこを諭されるとは思っていなかったエミリーの口元が引きつる。


「春の日だまりのような優しい眼差し……?」

「ええ。真の変態はいつだって切羽詰まった視線で射殺せそうなほどギラギラしているものです。それに息遣いも荒いですし、低く唸っています」

「そういう変態にばかり遭遇していたということね?」

「はい。ですから、こうしてコンラッド様に守られた空間にいるのはとても安心できます」


 エミリーはどうしようもないと言った感じで視線を遠くに彷徨わせた。


「まとめると、貴女にとってコンラッドは変態ではないと」

「ええ。できれば、心身ともに妻として愛されたいのです」


 エミリーは考えるのを放棄した。この義妹が弟を愛していて、夫婦としての関係を深めたいと思っている。それだけで十分だ。他の男に見せたくなくて最小限しか外出させないことや、彼女付きの侍女が皆、暗部の経験があるとかそういうのは知らなくてもいいはずだ。


「……惚れ薬というものを知っているかしら?」

「惚れ薬ですか。もちろんですわ」

「王家付きの薬師がいて、彼がその手の知識を沢山持っているのよ」


 何の話だろうと分かっていないヴァレリーは曖昧に頷く。エミリーは気にすることなく続けた。


「彼に惚れ薬をお願いしておくから、それを飲ませなさい」

「……いいんでしょうか?」

「貴女は小さくて華奢で壊れてしまいそうだもの。少しでも傷つけたくないからとかそういうことを考えていて我慢しているのよ。貴女が壊れないと理解できれば遠慮なんてしなくなるわ」

「わかりました。試してみます」


 ヴァレリーはエミリーの提案を受け入れた。






 その日の夕方、エミリーから一本の小さな香水瓶が届いた。クララが興味深そうにヴァレリーの手の中にある香水瓶を見つめている。


「……奥様、これは媚薬ですか?」

「違うわよ。惚れ薬よ」

「惚れ薬、ですか。なるほど、これを旦那様に盛るのですね」


 クララは納得したと輝くような笑顔を見せた。ヴァレリーは一緒に送られてきた惚れ薬のレシピを読んで、眉を寄せる。


「これでは効果が弱い気がするわ」

「はい?」

「今までいくら頑張ってもコンラッド様は手を出さなかったのよ。こんな普通のレシピでどうにかなるとは思えない」


 惚れ薬にはいくつかレシピがあって、ヴァレリーもかなりの量のレシピを知っている。それは変態たちから自衛するために知っておくべきだと言われて学んだことだ。一度も使ったことはないが、知識としては蓄えられていた。

 クララに紙とペンを用意してもらう。記憶を辿りながら、いくつか材料を書き出した。


「クララ、これを今すぐ用意してちょうだい」

「何をされるおつもりですか?」


 色々と書かれた紙を渡されて、珍しくクララが歯切れ悪く尋ねた。ヴァレリーはにこりとほほ笑む。


「この惚れ薬を使って、もう一ランク上の惚れ薬に改良するの」

「えーっと。それって大丈夫なものですか?」

「大丈夫でしょう? 材料だって料理に使われているものばかりだし」

「わかりました。すぐにご用意します」


 そう言ってクララはすぐに行動した。一人部屋に残ったヴァレリーは長椅子に背中を預けてふっと息を吐く。


「これで少しは意識させられるといいのだけども」


 これで何もなかったら、間違いなくコンラッドの中にヴァレリーへの愛はない。エミリーもクララもコンラッドは自分の気持ちに気が付いていないだけだと言ってくれるが、ヴァレリーにはそう感じられなかった。


 いつだって変わらず穏やかで優しい。

 あれこれと悩み、嬉しくて舞い上がったり、悲しみを感じたりするのはヴァレリーだけだ。温度差を感じるたびにヴァレリーの心が痛む。


「奥様、お持ちしました」

「ありがとう」


 ヴァレリーはワゴンで運ばれてきた材料を見て、立ち上がった。レシピを一度、頭の中でおさらいする。曖昧な部分や覚えていないところはないことを確認すると、ヴァレリーは調合し始めた。材料を投入するたびに、呪文を唱え、ゆっくりとかき混ぜる。呪文は混ぜる材料によって異なるが、ヴァレリーはつっかえたりせずに唱え続けた。


「最後にこの惚れ薬を合わせて」


 エミリーから贈られた惚れ薬を仕上げに投入。


 ぐるぐるぐるとかき混ぜて出来上がりだ。


「……これ、飲ませても大丈夫でしょうか?」


 側で見守っていたクララが恐る恐る聞いてきた。ヴァレリーは首を傾げた。


「多分?」

「すごい色、していますよ。これ黒ですか? でも少しだけ赤や黄色も見えますね」

「ミルクティーに使いましょう」

「ああ、なるほど。ミルクと砂糖があれば誤魔化せそうです」


 しばらく話し合った結果、いつものように寝る前のお茶としてミルクティーを出すことにした。


「今夜は夫婦になる第一歩ね!」


 特性惚れ薬の効果を想像して、ヴァレリーはうっとりとする。クララも嬉しそうに頷いた。






 特性の惚れ薬入りのお茶を飲んだコンラッドは一晩中、化粧室から出てくることはなかった。


◆コンラッドの心の叫び◆


なんだ、このお茶は。


ミルクティーのように見えるが、底の方に黒い何かが溜まっている。匂いも酸っぱいような苦いような……? 色はともかく、匂いが。。。。。これ、飲んでも大丈夫なんだろうか。

ヴァレリーは期待したような目を向けているし、飲みほすしかない。


今日は姉上が来ていたから、怪しい薬がはいっていそうだ。媚薬だろうが毒だろうが、耐性はある。きっと何とかなる。






「!!!!!!」



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