番外編21『性能要求資料』
転移より時を遡る事8ヶ月、昭和16年4月。
航空各社に次のような“性能要求資料”が配布された。
・機種
艦上戦闘機。
・用途
敵航空機の掃討。制空権の確保。
・座席数
単座。
・武装
20mm機関砲2門(弾数は1門あたり200発以上)、12.7mm機関銃2門(弾数は1門あたり400発以上)。
500kg爆弾、250kg爆弾、120kg爆弾×2、60kg爆弾×4、対空或は対地噴進弾を携行し得る事。
爆装の場合、急降下爆撃を実行し得る事。
・速力
高度6000mにおいて最高速度360kt以上。
高度6000mにおいて巡航速度240kt以上。
急降下時420ktで空戦可能なる事。
・防護力
操縦席、発動機、胴体燃料タンクは13mm機関銃を完全に防ぐ事。
燃料タンクには、燃料漏洩防止装置、自動消火装置を完備すること。
・航続力
全力30分 + 1500km以上(増槽なし)/2500km以上(増槽あり)。
・上昇力
高度6000mまで6分以内(満載状態)
・通信力
電信750浬、電話150浬。
・実用高度
3000m ~ 10000m。
・離艦性能
合成風力12m/sにおいて80m以内。
カタパルトの使用に耐え得る事。
・着艦性能
70kt以下で制動可能なる事。
・その他
必要に応じて対空/対水上電探装備が可能な事。
夜間の運用が可能な事(空母側の設備も含めて)。
海軍では、昭和16年の初頭に『新型機対旧型機』の、具体的に名を上げると“零式艦上戦闘機”対“九六式艦上戦闘機”の大規模な模擬空中戦を行った。
当然、新型機である零戦の勝利で幕を閉じたのだが、問題はその勝ち方であった。
零戦は、九六式艦戦に対して巴戦ではなく一撃離脱戦法という、見る人によっては“卑怯”とも取れる戦法で勝利したのだ。
零戦の九六式艦戦に対する速度の優位は、100km/hを超えている。
この圧倒的な速度差と上昇力、急降下性能の優位で、零戦は九六式艦戦に圧勝した。
実は、初期の空戦では零戦は九六式艦戦に対して従来どおりの巴戦を挑んでいた。
だが、その結果は芳しくなく、零戦の勝利ではあるものの圧倒的という程でもなかった。
低高度、低速域での旋回性能等は、零戦も九六式艦戦もそう大差ない。
となると、あとは個々の操縦士の技量の問題となってしまい、九六式艦戦を操るベテラン操縦士の中には、5機以上の零戦を“撃墜”した猛者も居た。
特に、零戦の新米と九六式艦戦のベテランの戦いでは、九六式艦戦のベテランの成績の方が良かったくらいだ。
これでは、何のための新型か解らない。
零戦が優位な性能――速度――を活かすための研究が行われた。
その成果が、高速一撃離脱戦法である。
高い高度から、急降下しつつ敵編隊を急襲し、攻撃後は一目散に敵編隊から離れて、再び上昇、それを繰り返す。
速度が十分に高ければ、旋回性能はそれ程必要ない。
勿論、全く必要ないわけではないが、まず重武装と高速力が重要なのだ。
主に陸軍による対ソ連戦の戦訓も重視された。
ソ連軍の戦闘機I-16は、皇国陸軍の九七式戦闘機より優位な急降下速度を利用して一撃離脱を行い、皇国陸軍を大いに悩ませた。
防御に優れるI-16に対し、九七式戦闘機の弱武装も問題とされた。
転移以前に、ソ連軍が開発中、あるいは実戦配備していた次期主力戦闘機の速度は最低でも600km/hはあり、武装、防弾装備も相応に充実している。
現代戦では制空権が勝敗を決する重要な要素だという事をソ連軍との幾度かの衝突によって痛いほど勉強させられていた皇国軍にとって、戦場の制空権を確保する道具=戦闘機の開発は至上命題。
陸海軍に関わらず、新型機は高速力と大火力、高い防御力が絶対に必要なのだ。
このような経緯から、“軽戦”か“重戦”かで言えば、“重戦”が優位という結論が出された。
戦闘機同士の戦いだけでなく、大型爆撃機の迎撃なども視野に入れれば、尚更に“重戦”の方が優位だ。
大型爆撃機は高速、重武装で、防御力も高い。
これを高い確率で撃墜するためには、“軽戦”では荷が重い。
零戦は“軽戦”と言えたが、速度面では十分なものがあった。
問題は武装と防御力で、初期型だと対爆撃機用の20mm機関砲は破壊力はともかく弾数が少なく、対戦闘機用の7.62mm機関銃は弾数はともかく威力が足りなかった。
対7.7mm用の防御装甲は12.7mm機関銃には殆ど無力で、一部エースパイロットは速度や運動性能を上昇させるために防弾板を取り払ってしまったという話もある。
次期主力艦戦の対戦闘機用の機関銃は、12.7mmは欲しい。20mm機関砲の弾数も増やしたい。
勿論、速度は零戦より100km/h程度は速い事が肝心で、防御装甲も12.7mm級に対応したい。
そのため『十六試艦上戦闘機』は、“重戦”となる事が決定した。
協議の結果、開発が命じられたのは零戦を開発した三菱であった。
エンジンは過給器付きの2000馬力で、試作発動機も順調な成果を上げ、量産化が決定している中島の『ハ45』とされ、武装はブローニングの12.7mm機関銃とエリコンの20mm機関砲、各2門とされた。
防御力強化のため、零戦では対7.7mm仕様だった防弾板も対13mm仕様となった。
カタパルトによる発艦促進のために機体や脚回りも大幅に強化される。
これら重装備のため、全備重量は5tの大台を超える事が予想され、これは零戦の倍のまさに“重戦”であった。
これが、後に『烈風』として大空を羽ばたく事になる、皇国海軍の次期主力艦上戦闘機である。