番外編17『ディギル海賊団(下)』
実質東大陸編の13.5話ですが、番外編のナンバリングにしています。
飛竜との距離はどんどん縮まっていく。
「1騎も落とせないか……直掩戦闘機さえあればなんて事無い数なんだが」
飛竜は散開しつつ、回避行動を取りながら接近してくるためお世辞にも追従性が良いとは言えない旧式の高角砲では撃ち損じが続いている。
ユラ神国に展開している戦闘機は、全てリンド王国主力部隊との戦闘に投入されているため、このような作戦に参加する余裕は無かったし、何より航続距離が足りなかった。
水上機の1機でも搭載していれば追い払えたかもしれないが、あいにく畝傍も金峰も水上機の搭載はしていなかった。
水上機母艦は、間が悪い事に修理中だった。
畝傍と金峰は、主砲と副砲に対空用にも使える榴弾を装備していた(今回の作戦では、砲弾の6割が榴弾、2割が焼夷榴散弾、徹甲弾は2割である)が、仰角が足りずに撃つ事ができないでいた。
撃てたとしても、遠距離での1、2撃に貢献する程度で、近距離の間合いでは追従性の問題で使えないことには変わりないが。
既に、飛竜の全騎が20mm機銃の射程内である。
今度は先程のちびちびとした高角砲射撃とは違い、全艦から雨霰と機銃弾がそそがれる。
だが、各銃座がバラバラに射撃を行う、統制された射撃とは言いがたい対空射撃では効果の程は少ない。
「7騎撃墜!」
待望の戦果であったが、それまでだった。
13騎の飛竜が、輪形陣の中心に位置し准将旗を掲げる畝傍に殺到し、各々が20kg爆弾と数個の手榴弾を落としていったのだ。
「被害は!」
「爆弾7発と手榴弾24発を受け、右舷を中心に被害がありました。高角砲1門と連装機銃座が2つやられました。17名の死亡を確認。負傷者は重軽傷者合わせて50名以上に上る模様」
「そうか。負傷者の手当てと、機銃座の応急修理を迅速にな」
「はっ!」
飛竜による空襲は、誰もが予想はしていた。
なにせ、こちらは攻める時と場所を公表しているのだから。
だが、戦闘機による直掩が望めない状況では個艦の対空射撃を頑張る以上のことは出来ないのも事実だった。
先の飛竜の襲撃では、飛竜の帰り際にさらに5騎を墜としたので、戦果は12騎になる。
その襲撃から10分が経った頃。メッソール沖の射点に着こうとしていた矢先であった。
「右舷90度より、飛行物体!」
「また飛竜か?」
「はっ! 今度は24騎!」
「対空射撃開始!」
艦隊は回避運動を取りながら対空射撃に専念する。
皆、空を見上げているのだ。当然、海中に潜む“モノ”のことなど、想像だにしない。
異変が起こったのは飛竜を発見してから2分後だった。
前方を進んでいた駆逐艦蓬の速度が18ktから急に10ktに落ちたのだ。
「蓬より入電。我、触雷せり」
「触雷だと!?」
「蓬は浸水している模様です。艦首が少し沈んでいます」
「このままでは蓬に衝突する。全艦、取り舵一杯!」
「蓼より入電!」
「今度は何だ?」
「はっ。触雷のようです」
「またか! まんまと機雷原に誘い込まれたという事か……」
小隊司令の准将は、薄ら寒い予感がした。
「敵飛竜2騎撃墜!」
「残り22騎か……畝傍には来んのか?」
「12騎が蓬に、10騎が蕨に向かいます!」
飛竜はまだダメージの無い小型艦――葦と蕨――に狙いを定めたのだ。
畝傍と金峰は手に余ると踏んでのことだろう。
この2隻は、というより随伴している4隻の駆逐艦は、艦隊型としては最小の1000tクラスの旧式艦である。
武装は12.7cm単装砲3基に、20mm連装機銃2基、53.3cm連装魚雷発射管2基(ただし、今回の作戦では魚雷は搭載していない)。
主砲は最大仰角70度で、対空射撃も一応可能だが、弾丸の装填時には砲の角度を水平近くまで戻す必要があるため、断続的な対空射撃は不可能。
その上、防空指揮所も存在しないのだから、対空戦闘力は(皇国軍の基準としては)殆どゼロに等しかった。
そこを狙われた。
「葦、爆弾3発を被弾! さらに手榴弾7発を被弾した模様!」
「蕨、爆弾5発と手榴弾10発を被弾!」
「葦より入電。我、触雷せり」
「蕨より入電。爆撃により艦橋中破。艦長負傷にて先任将校が指揮を続行せり」
旗艦畝傍の司令塔には残酷な現実が突きつけられていた。
「飛竜は!?」
「さらに5騎墜としましたが、爆撃を終えて逃げ帰っていきます」
「そうなると今は機雷が問題だ……おそらく敵は沖に機雷を敷設したのだろう。機雷を避けるには敵の沿岸砲台の射程内に入る必要がある。座礁の危険も増える」
「航路を機銃掃射しながら進みますか?」
「それでは、更なる飛竜の襲撃に遭った時の弾薬が不安だ。触雷……と言いながら、水柱は立たなかった。ということは、敵の機雷は爆発しないタイプなのだろう」
「喫水線下に穴を開けるだけということですね。確かに、爆発されていたら1000t級の旧式駆逐艦など一発で沈没でしょうな」
「駆逐艦は、航行に支障は無いのか?」
「全艦10ktから12kt程度に速度は落ちましたが、航行は可能だそうです。艦首に少し穴が開いただけで機関は無事ですから、30分の応急修理で18kt程度には回復する見込みで、ユラまで辿り着ければ、工作艦もあります。葦と蕨の損害も見た目程酷くなく、航行に支障は無い程度だそうですから」
「よし。では駆逐隊は4隻全てユラに撤退だ。残りの任務は畝傍と金峰のみでやる。遣ユラ艦隊司令長官に応援を寄越して欲しいと打電しろ。海防艦4隻で撤退掩護して欲しいと」
「しかし、それでは畝傍と金峰の護衛が……」
「小型の老朽艦とはいえ貴重な艦隊型駆逐艦だ。東大陸方面艦隊の貴重な、な。ここで無理して沈める必要は無い。畝傍と金峰は曲がりなりにも戦艦だ。そう簡単に沈没はしない。畝傍の被害は軽微で、金峰は無傷だ」
駆逐隊の撤退を確認すると、畝傍と金峰の2隻は、低速で機雷原を避けながら約30分で射点に着いた。
速力を12ktに上げて畝傍を先頭に、左舷にリンド王国の国土を見る形に進んでいく。
陸地からの距離5000m。リンド軍沿岸砲台の限界射程を超えている。
「左舷対地砲戦準備!」
「敵、沿岸砲台発砲!」
准将の対地戦闘準備命令とほぼ同時に、リンド軍陣地の数箇所から砲煙が上がった。
「敵弾8発、弾着! いずれも本艦の手前1800mから2000m程度です」
「安心しろ。この距離では敵弾は届かないし、届いたとしてもこちらの装甲は9インチのクルップ鋼だ。だが油断は禁物だな。まずは沿岸砲台から黙らせる。両艦、砲撃始め!」
と、まだ畝傍も金峰も一発も撃っていないのに、リンド砲台の一部が爆発した。
砲弾を畝傍に届かせるため、装薬の量を目一杯増やした結果、砲身が破裂したのだ。
「敵砲台、どうしたんでしょうか。自爆でしょうか?」
「分からんが、まだ砲台は残っている。全力で破壊しろ」
その後20分で、畝傍と金峰は主砲と副砲を存分に使ってリンド王国メッソール近隣の沿岸砲台を一掃した。
司令は標的を港湾部に向ける。
明らかに軍とは無関係な民間船を攻撃するのは心が痛むが、これも命令である。
皇国の民間輸送船を攻撃し、船員を虐殺した海賊を支援していた国家に対する報復なのである。
攻撃場所と日時は予め告知しており、それでも避難しない船がいたら、それはその船の船長(或いは船主)か、港に避難勧告を出さなかったリンド王国が悪いのだ……と思うようにして、命令を発する。
「主砲、副砲は榴弾、焼夷榴散弾攻撃を行え。港に停泊中の船は全て焼き払え」
焼夷榴散弾は木造船に効果的の一言であった。
広範囲の標的を一斉に炎上させ、水をかけたくらいで火は消えない。
標的になった船は灰になるまで燃え続けるしかないのだ。
港には火災旋風が巻き起こっていた。
それがさらに火災を延焼させ、炎の柱は夜になっても赤々と港を照らし出す事になる。
結局、それ以上の飛竜の襲撃も触雷も無く、畝傍と金峰、そして4隻の駆逐艦は無事にユラの港へと帰還した。




