番外編16『ディギル海賊団(中)』
実質東大陸編の13.5話ですが、番外編のナンバリングにしています。
ディギル海賊団の一件は、皇国政府の対リンド感情を険悪にさせた。
リンド王国が海賊を雇って皇国船を襲わせたわけだから、当然だろう。
それまでは、政府も軍も国民も「外交の延長としての戦争」だと認識していた。
つまり、制服を着た正規軍人による、正々堂々の戦である。
しかし、こうなると単なる「外交」ではなく「懲罰」としての戦争に発展しかねない。
皇国政府では「直ちに報復攻撃をすべきだ」という論が主流となりつつあった。
第一航空艦隊を派遣して主要都市を灰に! などという極論もあったが、「油……」の一言で派遣される船は旧式戦艦畝傍と金峰、護衛の旧式駆逐艦4隻に決まった。
石炭で動く戦艦二隻であれば、重油やガソリンの消費を最小限に抑えられる。
しかも戦艦であるから火力は十分。万一喪失しても痛くない旧式艦。
標的にされたのは港湾都市メッソール。リンド王国最大の貿易港がある都市である。
リンド王国に対し、1週間以内に皇国への謝罪と賠償を行わない場合、メッソール港の沿岸要塞と停泊中の船舶を攻撃する旨を打診した。
「ディギルの奴らめ、ヘマをしおって……」
リンド王国では、皇国の要求に対し、断固拒否の意見が大勢を占めていた。
「しかし、呑まなければメッソール港を攻撃すると言っている。そうなれば一大事ですぞ」
今まで、皇国とリンド王国の戦争はユラ神国を経由しての陸戦が主で、リンド王国の商業港が標的になる事はなかった。
皇国がリンド海軍を追い払った後、リンド王国の港をそのまま使えるようにわざと攻撃を手控えていた面もあるが、どちらにせよ、リンド王国は無傷の港を経由して同盟国や友好国からの戦略物資獲得に成功していた。
それが、リンド王国が今も劣勢な戦争を粘り続けられる原動力となっている。
リンド王国海運貿易量の4割近くを賄うメッソールを攻撃されるとなれば、一大事である。
「主要な戦列艦もフリゲートも殆どが皇国船狩りに出撃中。これでどうやって港を守るか」
「沿岸砲台と、飛竜しかあるまい」
「沿岸砲台は射程が足りない。飛竜は……この国全体で残り何騎だね?」
「おそらく1000騎もいないかと」
事実だった。この時点でリンド王国に存在する戦闘用飛竜は全部で1233騎。
うち455騎は負傷しており、実働飛竜は778騎であった。
開戦時には3361騎居た、誇り高き王国軍飛竜隊の末路であった。
「少なくとも120騎は王都防衛に必要だ。さらに480騎程度は各戦線の偵察、爆撃任務に必要。これは本当に必要な最低限の数なので、実際に必要な数はもっと多いが……それで、残りの数十騎をメッソールに向かわせるか?」
「勝算があるならば……」
「何をもって我々の勝ちとするかだ。敵に何らかの被害を与えれば良いというのなら、勝算はある。だが、敵を追い返すことを我々の勝ちとするなら、勝算は殆ど無いだろう」
その言葉に、出席者の多くが不満げだ。当然、敵を追い返すことが求められているのだから。
「ユラの沖に投錨している皇国の大型甲鉄艦を見たものは居るか?」
質問に手を上げたものは一人も居ない。
「そうか。これがその軍艦の絵だ。これで全長は65シンク程だそうだ」
各々がその絵を眺め、隣の人に渡していく。
そして、リューム沖海戦の敗北は必然だったのだと思い当たるようになる。
たった数枚の絵ではあるが、明らかに“強さ”というものが感じ取れた。
こんなに巨大な鉄の塊が本当に浮くのか? と半信半疑の者もいたが。
「メッソールを攻撃するとなると、この艦が出てくる可能性が高い」
「何故分かる? 皇国の本国艦隊がやってくる可能性も否定できないのでは?」
「今までの全ての戦争についてだが、皇国は本国の主力艦隊を一度も動かしていないらしい」
これも事実だった。実際、第一艦隊も、第一航空艦隊も、転移以降は外征していない。
リンド戦に派遣された第三航空戦隊が、おそらく皇国が派遣した最大規模の戦力だろう。
つまり、ライランス王国やリンド王国を始め、今まで皇国に敗北してきた海軍は、敵の主力と戦って負けたのではなく一段劣る戦力に負けた事になる。
「それが事実ならば、こちらは助かるが……我々も舐められたものですな」
皇国本国には、ユラ沖に停泊しているものの数倍の戦力が存在しているという情報は、不確定情報とされながらもリンド王国に存在していた。
実際は、主力艦隊を“出さない”のではなく“出せない(燃料事情のため)”というのが事実だったが。
「しかし、何もせずに手を拱いているというわけにも行かない……国家や軍の面子にも関わる。いっそのこと錨泊中の今、奇襲的に攻撃してはどうだろう?」
「皇国艦が停泊しているのはユラの領海だ。それをやると、我々はユラ海軍とも戦争をせざるを得なくなる」
今までは全て公海か、リア公国かリンド王国の領土あるいは領海内での戦闘だった。
ユラ神国の領海内でリンド王国が戦闘行為を行えば、ユラ神国海軍とて重い腰を上げざるを得なくなる。
沈黙を保っていたユラ神国海軍が本格的に攻め上ってくると、本土防衛戦力の激減しているリンド王国海軍は分が悪すぎる。
「メッソール沖に水雷を撒くというのはどうだろう」
「民間の貿易船も通れなくなるぞ」
「この際仕方が無い。民間船の航路とは別の場所に、1週間で可能な限り水雷を撒いて、事が済んだら回収だ」
「敵を水雷原におびき寄せるために、飛竜の攻撃も加えよう」
ここで言う“水雷”とは、中空の鉄製の球体に鉄製の棘を付けたものである。
海底からロープと浮きで繋留され、1m程度の深度で安定し、爆発するものではない。
船がある程度の速度でこの“水雷”にぶつかればそこに穴が開き、浸水するというものである。
速度が足りず穴が開かなくても、船体に傷がつけば修理に戻らざるを得ない。
「では、そのように取り計らおう」
規定の1週間が経過した頃、畝傍と金峰はメッソール沖の射撃地点まであと5kmといった所を航海していた。
周囲には旧式の艦隊駆逐艦が4隻、輪形陣で畝傍と金峰を護衛している。
合計6隻の艦隊(小隊)であるが、致命的なのは全ての艦について索敵用のレーダーが搭載されていない(逆探すら搭載されていなかったが、この世界では電波を使った機器など存在しないため、未装備でも不利にならなかったのは救いである)ことだった。
故に、飛竜の発見が遅れた。
「右舷30度より、飛行物体!」
「飛竜か? 距離と数は!?」
「距離は約8000m、数は20騎! おそらく全て爆装飛竜!」
艦隊がリンド王国の飛竜部隊を発見した時、その距離は既に10kmを切っていた。
戦闘機よりもやや大型な程度で、表皮の色が薄青色の“迷彩色”で、しかも飛行中も殆ど無音の飛竜を、双眼鏡程度の補助具のみで発見するのは、難しいのだ。
晴天の昼間とは言え、8000mという遠距離で飛竜を発見できたのは素晴らしい結果とも言えた。
「速度を18ktに上げろ! 対空射撃開始!」
旧式戦艦に無理矢理高角砲と対空機銃を増設した故、畝傍型戦艦にはやっつけ程度の防空指揮所しか存在しない。
防空指揮官も、専門の防空長が配置されるのではなく艦長の兼任である。当然、防空戦の効率は落ちる。
新型戦艦や新型空母等で装備される電探連動射撃など夢のまた夢。効果的な弾幕を張るのも精一杯だ。
しかも、対空火器そのものの数も少ない。畝傍と金峰合わせても、12.7cm高角砲8門に20mm機銃32門。
護衛の駆逐艦に至っては、4隻合わせても20mm機銃16門のみ(高角砲は装備していない)である。
駆逐艦の12.7cm砲は一応、対空射撃も可能であったが、基本的に平射砲であるため効果的な弾幕を張る事はできない。
艦隊合計で、12.7cm高角砲8門に、20mm機銃48門。しかも数がある20mm機銃は個艦防御用で、射程も短い。
これでは遠距離で仕留める事は困難だ。最低でも20門程度の高角砲と同数の40mm機銃が無ければ、効果的な弾幕にならない。




