番外編15『ディギル海賊団(上)』
実質東大陸編の13.5話ですが、番外編のナンバリングにしています。
ディギル海賊団。
東大陸では名を知らぬものは居ないと言われるほどの海賊団である。
目を付けられた船は軍艦であろうと只では済まないと言われる。
そのディギル海賊団が見つけた“獲物”が、皇国軍の仮装巡洋艦安国丸であった。
安国丸は本来リンド軍艦を釣り上げるのが目的で派遣されたのだが、本物の海賊と出遭ったのだ。
「お頭! あれは皇国船に間違いありませんぜ!」
「おう。それにしてもデカイ船だ。この前のよりさらにデカイ」
立派な軍服に身を包んでいる海軍の艦長とは違い、着古したシャツを身に纏うお頭――ディギル船長――は、その鋭い目つきや立派な体格、体中にある傷跡から並みの海軍士官以上の威厳が漂う。
「目標は3マーシュで、逃げに入ってます!」
「この快速ディギル海賊団から逃げられると思っているのか! 追いかけるぞ! 面舵一杯!」
旗艦リバイド号に続き、2隻のスループ――ラジャタ号とレジシア号――もそれに従う。
安国丸では、先程から自艦を追尾してくるフリゲートの確認作業していた。
「あの旗はどこの国のものでも、軍のものでもない」
「だとすると海賊……でしょうな」
「うむ、ええと……あれは、ディギル? そう、ディギル海賊団というそうだ」
艦長は元世界では見たことも無い旗が羅列された資料に目を通しながら口にした。
ディギル海賊団と。
「ディギル海賊団?」
「この資料だけでは、名前と規模以外のことはわからん。資料に載っているということはそれなりに有名な海賊なのだろう。もう少し様子を見る。いつでも戦闘を始められるように準備をしておけ」
「了解」
「お頭、そろそろ獲物を射程に入れられますぜ」
「よし、全砲門開け! 威嚇射撃からだ、船体に当てるなよ!」
ディギルは興奮していた。
船を襲うときには気持ちが昂ぶるものだが、今回の獲物はあの“皇国”。
積荷はおろか、船自体にも相当の価値があるはずで、拿捕できればその利益は計り知れない。
しかも海賊団が所有する船の中で最も大型のリバイド号ですら小さな子供のように見えてしまうほどの超大型船である。
それに乗り込んで略奪するのだと思うと、武者震いが止まらない。
「敵が砲窓を開けた。速度を16ktに上げろ! こちらも攻撃準備!」
擬装された船体から姿を現したのは14cm単装砲が4門。40mm連装機関砲2基、12.7mm機銃12丁。
「お頭、奴ら武器を持ってます。ハメられた!」
気付いたときにはもう遅い。
安国丸は14cm砲と40mm機関砲で先頭を進むリバイド号を攻撃する。
距離は約2000m。必中距離だ。
大量の砲弾を受けたリバイド号は穴だらけで、甲板上は船員の血に染まっていた。
程なく、マストが折れたリバイド号は速度を失っていく。
付き従っていたラジャタ号とレジシア号も、反撃する間もなく安国丸のゼロ距離射撃に沈黙した。
30分程で、3隻の海賊船は完全に停止し、波間を漂うのみになってしまった。
「接舷して敵船を拿捕しろ。相手が海賊なら下っ端は殺してもいいが、船長は殺すな。何か情報を持っているかもしれん」
この世界では慣習法として、正規軍の将兵であれば降伏した場合捕虜として扱われる権利があるが、海賊のような非合法の組織の場合はその限りではない。その場で即殺されても文句は言えないのである。
「海賊を捕まえたとなれば、賞金が出るかもしれないですね」
「皮算用はよせ。もし賞金が出るとしても、それは結果であって目的ではない。そもそも、我々の本来の目的は海賊狩りではないのだしな」
海賊狩りは勿論海軍の任務であるが、少なくとも安国丸の任務としては、それは従であり主ではない。
あくまでもリンド王国正規軍の戦列艦なりフリゲートを釣り上げるのが、安国丸の本来の任務なのである。
リバイド号に接舷した安国丸から、海兵隊1個小隊が移乗する。
安国丸はその任務の性質上、臨時編成の陸戦隊ではなく専門の海兵隊を乗せている。
安国丸は後続の2隻に対しても接舷し、それぞれ1個小隊の海兵を乗り込ませる。
リバイド号に乗り込んだ海兵隊は手際良く船内各所を制圧し、後甲板の艦橋に居た船長と思しき人物を確保した。
「中尉。敵船長、船員の無力化、完了しました」
「よし、船長と会わせろ」
「はい!」
「お前が船長か?」
童話に出てくる海賊のような風貌の体格の良い男に、海兵中尉は訊ねた。
「俺を知らないのか? 俺の名はディギル! この海賊団の頭領よ!」
「そうか、では国際海洋法も知っているな?」
「海賊は皆殺しなんて法、悪趣味だぜ」
捕らえられて両手を後ろ手に縛られているディギルは、だが強気な態度を崩さない。
全く悪びれた様子の無いディギルに対して、海兵中尉は淡々と対応する。
「海賊稼業の方が、余程悪趣味だ。さて、本題に入ろう。貴様等、皇国船に的を絞って襲っている海賊か?」
「海賊ってのは風の吹くまま気の向くまま、目に付いた船は分け隔てなく襲うもんだぜ」
「ほう、ではリンド王国の商船も、目に付いたら襲うんだな?」
「当然だぜ。俺達海賊に対して安全な船なんてもんは無ぇ」
「では、これは何だ?」
そう言って海兵中尉が見せたのは、ディギルから没収した拳銃。
それは正に、FN-M1910拳銃であった。
「たまたま襲った船の船長が持ってたんだ」
皇国商船の船長や航海士は、海賊対策として拳銃の携行が許可されている。
この拳銃は恐らく、襲われた船の船長の私物だったのだろう。
「中尉、宜しいでしょうか?」
船内を捜索していた海兵が、小隊長を呼び止めた。
海兵の手には何かが握られている。
「これは、皇国の煙草です」
「こっちには皇国の酒瓶が」
「そうか……」
つまり、ディギル海賊団に襲われた皇国船がいるという事だ。
精確な海図の無い新世界の事。遭難や座礁といった事故による喪失は何件か起きている。
そのうちの一部が海賊に襲撃されたものだとしても不思議ではないだろう。
「中尉、船長室の奥から、こんなものが……」
「何、見せてみろ。これは……」
海兵は、一通の文書を持ってきた。
リンド文字に精通している訳ではないが、全く読めないわけではない中尉は、その内容を半分程度だが理解した。
ディギル海賊団は、リンド王国の私掠許可証を持っていたのだ。
「この文書は何だ。リンド船も襲うんじゃなかったのか?」
「俺達ゃ、リンド人だからなぁ……」
「それが答えか?」
「昔はリンドの船も襲ってたが、リンド海軍に目を付けられてこのザマよ」
「それでリンド王国の忠犬になったのか」
「そうだよ! そもそも元海賊の俺達に、日の当たる職なんか無ぇ。海賊を続けるためには、仕方無かったんだ」
「文書には皇国船を襲えと書いてあるが、この件に関しては?」
「皇国船の場合、実入りが良いんだ。武器や機械は、他の国の船の10倍くらいで、リンド国王が買い取ってくれる」
「襲った皇国船と、その乗組員はどうした?」
「…………」
「答えろ!」
「あいつ等が悪いんだぞ。俺達ゃ、別に殺しが好きでやってるわけじゃねえ。やつ等は、拿捕されたくせに俺達の命令に従わなかった。だから皆殺しにして、船も沈めた」
「……!!」
中尉は、鬼のような形相でディギルを見つめた。理性が無ければ、持っている拳銃でディギルを射殺していただろう。
「待て! リンド国王からの命令なんだぜ。拿捕してリンドの港に連れ帰れない場合は、船を沈めろって」
「国王からの……命令だと?」
「そうだよ。その文書の一番下のは、国王の直筆だよ」
つまり勅令という訳だ。
「そうか、解った……。貴様等はこれからユラ神国に居る我々の捕虜収容船に移送される。そこで裁判を行い、判決に従って刑罰が下される。今の私と貴様の遣り取りは、証言として証拠の一部になるからそのつもりで」
「ま、待て……皇国の裁判って何だ!」
「心配するな。死刑判決が出ても、生きたまま火炙り等にはしないからな」
「そうじゃねぇ! 誰が裁判するんだ?」
「全権大使の下、派遣されている我が国の裁判官が行う。弁護人も付くぞ」
「弁護人だと? 笑わせるぜ。何を弁護してくれるんだ?」
「それは専門の弁護士が考える事だ」
「どうせ処刑されるなら、いっそ今撃ち殺して欲しいくらいだぜ」
「わからんぞ。貴様等がリンド王国に対して重要な情報でも提供すれば、恩赦で減刑される可能性もある。そうしたら死刑でなくなるかも知れん」
「ふん、どうだかね」
「海賊どもは全員拘束の上、猿轡を噛ませておけ」
「はっ!」
中尉は自殺防止の命令まで出して、海賊の捕虜を全員安国丸に移送した。




