西大陸編08『対空陣地を突破せよ』
南西方向から現れた飛竜隊の第一波は、皇国軍陣地からの距離約5000mで最初の射撃を受けた。
飛竜部隊を包む爆発音と黒い煙。爆発音が何発か響くと、1騎の竜が血塗れになって墜落する。
「何だ、皇国軍か!?」
飛竜隊の指揮官は“まだ戦場に到着していない”段階での被害に一瞬うろたえたが、今の彼に出来る事は、ただ“戦場”に到着して爆弾を投下する事だけだ。
皇国軍陣地には高射連隊が配備され、76.2mm高射砲から始まり、対空噴進弾、40mm機関砲、20mm機関砲、12.7mm機関銃と、距離が近づくにつれて濃密な対空砲火が形成される。
1騎、また1騎と、血祭りを上げて墜落していく飛竜。
飛竜にとって、対空射撃というのは鳴子程度のものだ。“今まで”は。時速100kmで進む飛竜に、2発/分程度の射撃速度の砲や銃で出来る事は少ない。連装式の対空ロケット弾といっても、命中率はさほど高いものではない。
飛竜は、上空数百メートルから地上部隊を自由に偵察し、自由に攻撃できる。
例の、「機械竜」による攻撃ではない以上、飛竜を攻撃しているのは地上部隊の対空砲だ。
実際、皇国軍陣地からは発射による光と煙が見える。
(地上部隊がこれ程の対空砲火を行えるとなれば、飛竜は戦場の上空から駆逐されてしまう!)
指揮官の思ったとおりに、周りを飛ぶ飛竜の数は次第に減っていく。
(せめて、敵陣に爆弾を落とすまでは当たるな!)
だが、その指揮官の思いも虚しく、34騎の精鋭騎竜士は上空で、あるいは墜落による衝撃で命を落とした。
想定の範囲の一部にはあったとはいえ、常識的に考えればありえない結果にライランス軍の司令官は驚いていた。飛竜隊の全滅。それも“戦場に到着する前”の全滅である。
白地に赤丸の旗の、皇国を名乗る軍隊は強い強いと“逃げ帰ってきた”将兵が言うのを、半分以上は“敗者の言い訳”だと考えていたのだ。
“相手が強かったから負けた”、“あの火力では負けて当然”。そんな“言い訳”を、ライランス軍を預かる彼も聞いていた。
だが現実は、まさにその“敗者の言うとおり”であった。
「閣下、まもなく飛竜隊の第二波が戦場に到着する頃ですが……」
「予定では第一波34騎、第二波42騎、第三波36騎、第四波40騎……そして第一波は全滅した」
「はい……しかしまだ100騎以上の波状攻撃があります」
「いや、駄目だ。これでは波状攻撃ではなく各個撃破される」
「あんな火力が、そう長く続くとは思えません。敵ももう弾薬が底を突いているのでは?」
「そんな希望的観測で貴重な飛竜隊を消耗させて良いものか。対空信号弾で飛行中の飛竜隊へ伝令。撤退せよ。即時撤退だ」
「はっ。対空信号弾にて、飛竜隊に撤退を命じます」
(さて、飛竜を逃がす“言い訳”は出来た……だがこれだけの規模の陸軍が何もせずに撤退するのは政治的に不可能だ)
数では圧倒的に勝っている。全軍が一斉に突撃すれば、数の力で揉み潰す事も可能だろう。
だが、10万以上の大軍を統制して突撃させる事は不可能だし、勝ったとしても敵の反撃で出血が多ければイルフェス軍との決戦に支障が出る。
少ない出血で勝たねばならないのだ。
「砲兵と戦竜が鍵だな……」
敵の鉄竜には小銃が効かないのは確認済み。とすれば砲兵に頼る部分が大きくなる。
さらに戦竜。特に今回は装甲した重戦竜が50騎いる。これで敵の歩兵隊を蹂躙できれば、勝利は確実だ。
「各師団砲兵隊の全力を持って、敵陣地を砲撃せよ」
先に動いたのはライランス軍。砲兵隊が前進し、展開を急ぐ。
だが、敵の砲撃を待ってやる皇国軍ではない。
「敵の砲兵隊が前進しつつあります」
「我が方の砲兵連隊は準備完了しているな?」
「はい。準備完了です」
「では、敵砲兵に対して砲撃させろ。他の隊は無視して構わん」
「はっ。砲兵連隊に、敵砲兵隊への砲撃を命じます」
展開途中の砲兵隊陣地に、爆発音が響いた。数次に渡る爆発は、砲や砲兵、馬を吹き飛ばす。
皇国軍の砲撃だ! 誰もがそう思うのにさして時間はかからなかった。
(敵の射程外に陣を構えたつもりが、射程内だったとは……甘かったか!)
つまり、敵の砲兵の射程はこちらの砲兵の倍以上はあるという事だ。
威力も凄まじい。撃たれる弾全てが炸裂弾だ。
だが、砲兵隊が猛攻撃を受けている反面、歩兵隊は狙われていない。砲兵隊を外れた流れ弾が僅かに飛んでくる程度である。皇国軍の狙いが砲兵隊であることは明白だ。
(こうなったら、砲兵隊には悪いが、囮になってもらおう……)
「歩兵隊は横隊のまま速足で前進! 戦竜隊は中央、騎馬隊は歩兵隊の両脇を固めて前進!」
ついに、ライランス10万の軍が動き出した。