西大陸編07『決戦の始まり』
「捜索連隊より報告です。敵の規模は歩兵、騎兵、砲兵合わせて10万以上。戦竜は約750、飛竜は不明。ただし海軍からの情報で、敵の最も近い飛竜陣地はシェルスで、現在見える範囲では40騎程度を確認。その他にも複数の飛竜陣地を確認だそうです。閣下、海軍に飛竜陣地の爆撃を要請しますか?」
「シェルス陣地は、数日前に海軍が爆撃をした飛竜陣地だったな?」
「はい」
「そこにもう40騎配備か……敵の航空兵力の展開速度は、かなり早いな」
この世界での飛竜の運用方法とは、まず国土の深く、敵から空襲を受けないような安全な場所に恒久的な「飛竜基地」を造る。
飛竜基地は規模が大きく、平時には数十~数百の飛竜を集中管理して、哨戒や訓練等を行う。
しかし、これでは飛竜を本土決戦には使えても国境紛争や敵国への侵攻に使えない。飛竜の航続距離は150km程度、作戦行動半径は60km程度しかないからだ。
戦時には、敵国との国境近くに「飛竜陣地」を造る。これは飛竜基地から飛んできた飛竜を一時的に休ませておくための野戦陣地であり、国境付近の戦闘出撃はこの飛竜陣地から行われる。
なので、空軍(飛竜軍)には「飛竜陣地設営連隊」という、特殊な工兵連隊が必ず存在する。だいたい、飛竜陣地の飛竜運用能力は数騎から数十騎であり、戦時には国内各所に飛竜陣地が多数造営されて飛竜は実質的に分散配備されることになる。
このような事情から、「他国との国境付近に飛竜陣地の建設を始める」ということは、「敵対宣言」「宣戦布告」とほぼイコールと見做されている。
皇国海軍が宣戦布告の翌日に爆撃したのは「飛竜基地」であった。「飛竜陣地」は戦時中でも必要に応じて位置が変わるし、仮に全滅させたとしても飛竜の損害は大したこと無い。対して飛竜基地は永久陣地だから、位置は判明しているし、大損害を与えることが出来る。
実際は、飛竜基地の多数の飛竜は既に前線の飛竜陣地に転属済みだったために予想より低い戦果しか上げられなかった。
だが、ライランスにとっては(イルフェスにとっても)これは死活問題である。飛竜陣地は、所詮一時的な仮基地でしかない。飛竜や竜士の休養などは、飛竜基地へ戻って行うのが通例だ。
その飛竜基地が空襲を受けるということは、即ち「飛竜にとって安全な場所が無い」という事になる。
飛竜は、その威圧的な外観とは裏腹に、かなり神経質でデリケートである。
肉体的疲労だけでなく、心的ストレスが溜まると、戦闘力は目に見えて落ちる。ストレスが行き過ぎると、“ボーっとして竜士が手綱を操作してもピクリとも反応しない”ようになる。
実際、過剰な訓練が元の事故は各国で毎年のように起こっている。
竜付きの調教師や獣医は、軍に「頼むから限界を超えるような訓練はさせないでくれ」と言い、軍は「実戦以上に過酷な状況を想定して訓練を行わなければいけない」と、両者譲らず数百年である。
だが、両者とも「飛竜に定期的な休養は絶対必要」という点では意見が一致している。
人間だけでなく飛竜にとっても、「休養は任務のうち」なのだ。だが、その「安全な休養場所」が国内に存在しないとなったらどうだろう。飛竜戦力の頭数はあっても、みるみる実戦力を失い、形骸化する。飛竜戦力が無くなったら、それはもはや「列強国」とは見做されなくなるだろう。
勿論、単に「飛竜を多数保有しているから列強国」なのではない。「飛竜を多数運用できる国力がある(=経済力なども強い)から列強国」なのだが、しかしこの世界での飛竜の位置づけは、元世界の「戦艦」のように、それ自体が国家の威信を象徴するものとなっている。
少なくとも中等、高等教育を受けていない平民(初等教育すら満足ではない)にとっては、「どれだけ質の良い飛竜を多く保有しているか」で、国のランクが決まる。
国王や大臣、貴族などの“学のある”上流階級でも、当たり前のようにそのように考えているふしがある。
何故、ここまで飛竜のみが特別扱いされるのかについては、この世界の人々自身も解らないだろう。昔からのことで、「飛竜は特別」というのは当たり前すぎて、考える事すらしていない人が殆どだ。
そんな「特別」な飛竜を運用する飛竜基地を、参戦直後に一方的に叩きのめした皇国軍。
これは例えて言うなら、東京湾要塞に守られた、首都に程近い横須賀の海軍基地に停泊中の戦艦を撃沈されたようなものだ。
ライランス王国の受けたショックが計り知れるだろう。
主要な列強国での飛竜の数は、戦艦と違って千以上の単位で運用されている。
その割りに、大会戦でも飛竜の投入数がせいぜい二百程度なのは、飛竜の作戦行動半径が短い事と無関係ではない。
飛竜の作戦行動半径は50km~60km程度である。逆に言えば、決戦場から60km以内の飛竜陣地に存在する以外の飛竜は、遊兵と同じだ。しかも、飛竜陣地は簡単に造れる即席基地とは言っても、それは飛竜基地と比較しての話で、やはりそこに陣地を造ると決めてから工兵隊を回し、工事をして完成するまでには少なくとも1~2週間はかかる。
工兵隊や資材も無限ではないのだから、そう気軽に造れるものでも無い。
そうすると、当然飛竜陣地は敵国に近い場所に重点的に造られるが、リスク分散の観点からすると程近い場所に幾つもの飛竜陣地を造るのも考え物だ。
だから前線の飛竜陣地も、お互いがある程度離れた場所にポツポツと造られる事になる。
その結果、一つの戦場に投入可能な飛竜数は飛竜陣地2~5箇所分程度になってしまう。大規模な飛竜陣地で1箇所あたり60騎運用可能だとしても、300騎がいいところだ。これは列強国の運用する飛竜数の凡そ10%~20%程度に相当する。
これが、飛竜基地から直接出撃可能な場合は上記の2倍から3倍程度を一度に投入できる。飛竜の投入という面に限って言えば、防御側が圧倒的に有利なのだ。
だから、お互いに国境線近くで小競り合いや決戦をやって、相手の国土の奥深くまでは侵入したがらない。補給面でも勿論だが、飛竜戦力の展開という面で攻撃側が圧倒的に不利なのは千年前から変わらないのだから。
このように、列強国に限れば前線にいる飛竜というのは国家が保有する飛竜の20%程度でしかない。
前線に近い飛竜基地や飛竜陣地を攻撃されても、後方にはまだそれに倍する飛竜がいるから、戦力の補充は容易なのだ。
「海軍とて爆弾が無限にあるわけではないだろう。弾薬補給艦の分も含めて、陸用爆弾を多めに持って来たという話は聞いているが、それでも各地の飛竜陣地を爆撃すれば空母の爆弾庫は早々に空になる」
「はい。空母機動部隊とは言っても、2航戦のみですから、火力も限定的ですし」
「海軍の機動部隊には、まだ当分各地の基地を爆撃して敵を休ませないようにしてもらう必要がある。敵の飛竜が襲撃した場合にはこちらの高射砲と機関砲で対処する事にして、シェルス陣地への爆撃要請は見送る事にする」
「了解です。シェルス陣地への爆撃要請は見送ります」
「しかし、それにしても敵軍10万以上に戦竜750か。ライランスの動かせる戦力の全てという事になるか?」
「恐らくそうでしょう。敵は本気です」
「そうか……決戦になるな」
皇国軍2万、ライランス軍12万5000の陣営は、ライランス領のエシュケール平原で顔を合わせた。ライランス軍は皇国軍の射程外に布陣し、隊列を整える。
「例の、鉄竜がいるな」
「あの鉄竜の鎧が1/4シクル(≒5mm)もあれば、マスケットで撃ち抜けないのは致し方ありません。しかしカノン砲であればどんな鎧とて無意味です。鉄竜の駆逐は砲兵連隊にお任せを」
「うむ。期待している。歩兵連隊の展開はどうか」
「全連隊、配置に着いております。騎馬兵、戦竜兵も配置完了です」
「では飛竜隊に伝令、目標は敵歩兵」