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皇国召喚 ~壬午の大転移~(己亥の大移行)  作者: 303 ◆CFYEo93rhU
東大陸編(下)
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東大陸編51『マルロー王国の将軍はロマディアを眺める』

 フェリス・コーンウォース。

 コーンウォース伯爵令嬢のコーンウォース子爵。

 そしてマルロー王国空軍少将、飛竜師団長である。


 彼女が居るのはセソー大公国の首都ロマディアに建つロマディア宮殿。

 既にリンド王国と皇国に降伏したマルロー王国の武官としてこの地に居るには勿論訳がある。


 元々、北方諸国同盟軍の第二陣としてこの地に派遣される予定で、飛竜陣地の構築などの指揮をしていたところ、母国が降伏した。

 その後は、宙ぶらりんとなった実体のない飛竜部隊を円滑に基地に戻すためにしばらく滞在していたのだが、その任務もほぼ終えた。

 皇国軍相手では飛竜と言えど高確率で撃ち落されるという報告を何度も聞いてきたフェリスにとって、もうこの地に留まる理由は無い。


 だが、セソー大公国軍の飛竜軍司令官が泣きついてきたのだ。

 援軍の約束をしておいて突然梯子を外すのは無責任だと。

 それを決めたのは自分ではなく、マルロー国王とセソー大公だろうに、何故一介の軍人がそこまで面倒を見なければならないのか。

 リンドやマルロー王家にとってはそう単純な話でもないのだろうが、下級貴族の自分からすれば滅ぶなら勝手に滅びればいい。

 そう思い、この国の行く末を見届けてやるという意志でこの地に留まっていた。

 勿論、本格的な戦闘が始まれば爆撃やら砲撃やら銃撃やらで死ぬかもしれない。


 師団長という立場で私情を優先させるのは上級指揮官失格だろうが、生きて帰れたら報告書として纏めるつもりだ。

 死んだら死んだで、実家に跡取りは居るし、家柄で出世したようなものだから師団長の適任者は他に居るし……。

 本国の人事部には、親の七光りを出世させたり重要な任務に就かせてはいけないという戒めとして貰おう。



 今、セソー大公国の本土にはノイリート島から移送された20余騎の飛竜に元々居た200騎余の飛竜で、220騎程が居る筈だが、実際には70騎程しか残っていない。

 しかもこの数字は軍籍にある飛竜を全て含んだ数字だ。負傷して予後不良だが生きてはいて、まだ除籍されていないだけの飛竜も含んでいる。

 だから実際には戦力として数えられる飛竜はもっと少なく、60騎も居ないだろう。

 しかし首都ロマディアに限れば、元々48騎だった稼働飛竜の数は減っていない。

 ロマディア以外の場所の飛竜がほぼ全滅しているという事だが、ロマディアに限れば戦力は減っていないように見える。


 だから、なのだろうか。

 セソー大公レオニスは「決戦兵力は健在であり、大公国軍の意気や旺盛である」と触れ回っている。

 空の飛竜も海の戦列艦も健在であるから、何も心配はないと。


 飛竜戦力の3/4が消滅したのに?

 リンド王国軍の飛竜も戦列艦も、セソー大公国軍の10倍ありましたが、結果はどうなりましたか?

 逆に言えば貴国軍の戦力はリンド王国軍の1/10以下しか無く、7割が壊滅したとされるリンド王国軍の残存戦力より少ないのですよ。

 現にリンド王国軍は、その残存する戦力でもって北方戦線を今なお優位に進めているではありませんか!

 リンド王国軍相手にすら梃子摺っているのに、そのリンド王国軍を鎧袖一触にした皇国軍を相手にどんな秘策をお持ちなのでしょう?

 マルロー王国に停泊していた飛竜母艦を極秘裏に出撃させたが、砲戦に巻き込まれて沈没したと伺いましたが?



 フェリスはリンド王国が皇国と戦争をしていた時期から対皇国の飛竜戦についての研究を進めていたが、どれも机上の空論に過ぎないのではないかとの不安はあり、実際に机上の空論だった戦術もあった。

 撤収任務中にもセソー大公国軍の報告書を見ていたが、飛竜母艦すら砲戦から逃れられないとなると、陸でも海でもどうにもならないという現実からある種の諦観を覚えるようになる。


 飛竜母艦が敵艦と砲戦になる事はまずあり得ないのだ。

 常識的にあり得ない。


 洋上における飛竜母艦の任務とは偵察と爆撃だ。

 飛竜は数発の爆弾を持って偵察に出かけ、敵艦や敵艦隊を発見したら船員や索具、帆柱や帆桁を攻撃して船足を止める。

 そして母艦に戻り、その情報を受けた艦隊の戦列艦やフリゲートが足の止まった敵を煮るなり焼くなりする。

 勿論、この砲戦中にも飛竜による空からの攻撃で敵艦隊を撹乱するのは言うまでもない。

 相応の被害を受けている敵艦を一方的に攻撃できるのだから、圧倒的に有利だ。

 列強国が高価な飛竜母艦を保有するのは、正にこの戦法が決まった場合のメリットが非常に大きく、同時に他国が飛竜母艦を持つのに自国がそれを持たなければ、一方的にこのリスクを負うから。


 攻撃に使う時だけでなく、こちらが逃げる場合でも、船足が速く砲撃力もあるフリゲート等を砲戦距離外から爆撃できれば味方の逃走成功率は上がる。


 そしてそれだけ重要な艦だから、必ず戦列艦やフリゲート等の護衛があり、特に風上側に対しては最も警戒を厚くする。

 だから、余程不運に見舞われたとか、杜撰な指揮をしたとか、常識的にあり得ない想定をしなければ、飛竜母艦が砲戦で撃破されるなど考えられない。


 飛竜母艦が1隻あたり20騎の飛竜を積載しているとしても、約半数は食事や休憩中。

 そして残る10騎のうち半数は敵飛竜を警戒したり交代の為に待機しているので、偵察に使える飛竜は5騎。

 それぞれが別方向に飛んでいくので会敵するかも分からないが、会敵したとしても1騎か2騎だ。

 しかしそれでいい。

 1騎の飛竜が1隻の敵艦の船足を止めれば、それが単艦であればその艦の命運は尽きたも同然だし、艦隊のうちの1隻であれば、敵艦隊の司令官はその艦を見捨てて先を急ぐか、共に残って大艦隊を迎え撃つかの二択を迫られる。


 敵艦隊に飛竜母艦がある場合、直掩の飛竜が居るし、その艦隊は対空火器も充実しているから、飛竜が単騎で突っ込むのは自殺行為。

 だから攻撃はせずに爆弾を投棄して偵察情報だけ持ち帰る。

 これだけでも、飛竜母艦を含む有力な敵艦隊が存在するという偵察情報を得られる訳だから、その後の艦隊行動の指針に大きな意味がある。


 建艦に高い技術が必要で専門に訓練した飛竜も必要。

 それだけ高価で数も持てないが、その分の仕事はしてくれるのだ。


 確かに飛竜母艦という艦自体は飛竜の積載と運用を第一義とする為、船としては酷く不格好で、船足は遅く、運動性も低い。

 戦列艦より巨大なのに対艦砲は対空砲兼用で大型コルベットか小型フリゲート程度の数しか持たないのだ。

 何より実質2本マスト!

 マストは3本あるのだが、横帆を展開出来るのはフォアマストとミズンマスト、またはメインマストとミズンマストしかなく、残るマストは展帆機能に大きな制約がある。

 どちらの設計にも一長一短あるが、メインマストとミズンマストしかない設計なら、フォアマストは見張り台とジブを固定する柱としての機能しかない。

 なので砲戦になったら鈍重な三層甲板戦列艦にすら追いかけ回されるし、フリゲートやコルベットなら尚更。


 飛竜母艦を含む艦隊というのは前提として戦列艦を含む大規模なものであり、砲戦に巻き込まれないように運用するものなのだ。

 停泊中であっても、飛竜母艦は内側に、戦列艦やフリゲートを外側にする。


 なのに、リンド王国軍の飛竜母艦も、セソー大公国軍の飛竜母艦も、皇国軍に沈められた。

 流れ弾が飛んできて損傷を受けたとかではなく標的とされて撃沈されたのだ。

 セソー大公国軍のものはまだ調査中というのが正確だが、撃沈されているとみて間違いないだろう。

 海軍関係者の顔色を見ていれば大体分かるし、元同盟軍とは言え他国の軍人に機密情報をペラペラと喋ってくれる。


 皇国軍相手に、飛竜を軸に制空権や制海権を争おうと考えるのがそもそも間違っている。

 これは、今までどおり皇国以外の既存の国を相手にした戦闘に使うものであるのだ。

 皇国軍といい勝負しようと思ったら、それはもう皇国式の軍備と軍制が必要となる。


 皇国を仮想敵とした飛竜戦術を構築するという目的設定がそもそも間違い。

 水を沸騰させようが凍らせようが、それを飲んで酔っぱらう事は無い。

 皇国相手の新戦術研究とやらは降伏後のマルロー王国でも行われているが、何とかして水を水のまま上等な酒にしようともがいているように感じてならないのだ。



 そしてリンド女王はそういう諸々に気づいている。

 だから皇国式の制度や製品を積極的に導入し、ユラ神国と皇国との戦争で低下した列強国の首席としての威信を、以前よりも隔絶した国力を以て取り戻すつもりなのだろう。

 このまま皇国との関係が順調に進めば、リンド女王は“列強リンド王国の中興の祖”になる。

 だが、こちらのセソー大公がそれを分かってリンド女王を引き摺り下ろそうとしたとは思えない。

 単に血筋的により正統な(と勝手に思っている)自分が選ばれなかった腹いせ以上のものが見えない。

 マルロー国王が手を引いてもセソー大公が手を引かないのは、そういう事なのだろう。


 ロマディアという前線に赴いて、現場の空気を感じて、フェリスはそれを一層強く感じる。


 兵士は勿論なのだが、主に大隊長以下の中級、下級将校の士気の低下が著しい。

 相手が皇国の事となると、荒唐無稽な話も噂話なのか事実なのか判断が付きかねる。

 それで本来兵士たちを宥めたり叱咤して秩序を維持する側の将校たちすら疑心暗鬼になっているのだ。

 流言を取り締まる側である憲兵すらも及び腰になっている。


「近々、ロマディアが大規模な空襲を受けて瓦礫の山になる」

 という噂話に対して、そんな事ある筈なかろうと否定出来ない。

 現に、リンド王国のベルグに対しては“やろうと思えば可能だった”けれど、皇国の自主的な配慮で“やらなかっただけ”なのだという話だ。

 実際、空襲によってリンド王国軍の陸上部隊と洋上艦隊は壊滅したし、石造りの頑丈な建造物の代表格である飛竜基地や対艦要塞すら徹底的に破壊している事から、都市を爆弾で破壊するのは不可能というこの世界の従来の常識は通用しない。

 ロマディアより巨大なベルグすら焼き尽くせるなら、ロマディアなら簡単に焼き尽くせるだろう。

 防火上の理由から石材や煉瓦造りを徹底している軍施設と違って、むしろ大都市である程に木造建築も多いから良く燃えるだろう。


 なまじ皇国軍の鉄竜を討ち取った! という朗報を耳にしたから、一瞬でも希望を感じてしまったから、反動でその後の連敗に絶望を感じている気がしないでもない。


 北方諸国同盟に派遣されていた第三国の観戦武官達がそそくさと帰還し始めている。

 死んでしまっては観戦結果を報告出来ないし、事実上解散した実体のない同盟とやらと運命を共にするのは馬鹿らしいだろう。


 軍人ですらこうなのだ。

 問題は何よりロマディア市民である。

 ロマディアに度々飛んでくる皇国軍の飛竜――飛行機というらしい――の羽音に怯え切っており、毎日百数十人という単位で逃げ出して行くのだ。

 都市に残るのは逃げ出す資金さえ用意できないような出稼ぎ労働者、身寄りのない老人や子供など。

 元々この都市は“王位以外は何でもある”と言われるくらい、大陸北方で豊かな都市だった。

 市場は活気に溢れ周辺の村落も潤っていた。

 それが今では食糧すら満足に入って来ない。


 つまりセソー大公の言葉は市民たちに全く届いていないという事だ。

 当然だろう。皇国軍が首都上空を遊弋するのを全く防げていないのだから。

 大公宮が市民に留まれと命令しても焼け石に水。


 この辺りの反応の違いは列強といっても大国と中小国の差だろう。

 よもや王都に攻め込まれる事態など夢にも思っていなかったリンド王国の王都民は、逃げ出す事は無かった。

 皇国軍の本格攻撃が始まってさえ、逃げ出す者は多くなかったと聞く。

 後の言葉で言えば“正常性バイアス”と言うのだろうが……。

 それが逆に、皇国軍が無秩序に逃げ惑う民衆を誤射せずに済み、戦後の関係修復にも大いに役立ったらしいから、どう転ぶか分からないものだ。



 対して、セソー大公国は準列強国の席にあるとはいえ国土も人口も列強国には及ばない。

 過去、リンド王国とマルロー王国の覇権争いに巻き込まれて酷い目に遭った歴史もある。

 そういう都市の市民だから、ここが攻め込まれる訳は無いとか、攻め込まれても負ける訳がないなどと考える者は少ない。

 特に皇国軍がセソー大公国の国境を越えたという情報が伝わってからはロマディアを棄てる市民が増えだした。


 シテーン湾の海賊討伐や遭難者救助に功績のあるノイリート伯爵がセソー大公を裏切ったという話も、今では全く逆の意味で理解されているようだ。

 ノイリート伯爵がセソー大公を見限ったのだと。重要拠点を任されている忠臣が主君を見限る事の意味を考えれば、危機感を抱いて当然だ。


 ロマディア市民は常々、戦争がやってきたら一時避難して、戦争が終わったら帰って来て酒を飲みながら瓦礫を片付け、と気軽に考えていた。

 というのは、リンド王国とマルロー王国の双方、少なくとも片方はセソー大公国を全力で支援するから。

 が、今回は様子が違う。双方の列強国からそっぽを向かれた。こんな事は前例がない。

 なので、明るく元気に町を離れるという光景が見られず、中には市内の家を格安で売りに出し、田舎に移住するつもりで荷物を纏める者も居た。

 これは避難というより逃亡と言っても良いだろう。


「子爵閣下、ロマディア市民の逃亡に関して、陸軍が担当ですが空軍としても何かするべきなような」

「宜しいのでは? 守るべき市民が居なくなれば、我々のような武人が死地に赴く必要も無くなりましょう。それにロマディアは今まで戦災に巻き込まれても、その度に不死鳥の如く再建されてきたと聞き及びます」

 飛竜軍司令官は軍階級では自分が上だが爵位は男爵なので、わざわざ子爵閣下と呼んでフェリスを上に仕立ててくる。

 子爵と言ってもそれは只の儀礼称号で、実態は単なる伯爵令嬢なのだが。


 貴族とは言え軍人であれば、軍の階級や職位に基づいて上下関係を計るのが当然だ。

 そうでなければ伯爵の大佐が男爵の将軍に命令しても良い事になるし、部下としてはどちらの命令を優先させれば良いのか分からなくなる。

 そんな不文律を意図的に破ってまでマルロー貴族という権威に縋ろうとする。

 今はこうやって下手に出ているが、本格的に危うくなったらどうなる事やら。


 同業者なのに何か他人事のように思えるのは、自分がマルロー王国という大国の軍人という余裕もあるのだろう。

 だがそれ以上に、自分が歴史の目撃者となっているという事を天空から俯瞰しているような不思議な感覚。

 この国では軍人も一般人も等しく皇国の掌の上で踊らされている。勿論、その中には自分も含まれる。


 ロマディアの宮殿で執務をしていた貴族が夫人と幼い子供と共に“地元を宥める”為に帰郷した。

 フェリスは現在、その貴族夫人が使っていて空いた部屋を自室にしている。

 大国の高位軍人で貴族令嬢でもある客人という事で、こういう待遇になっているが、北方諸国同盟が解体せず、戦争に勝っていれば彼女が帰郷する必要など無かった筈だ。

 お陰で専用の風呂とトイレのある部屋で生活出来ているが、本来は望ましい事ではない。

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