東大陸編48『強襲上陸作戦』
「また霧が出て来ましたね」
「これは僥倖だ。夜霧に紛れて陸兵を全部揚げるぞ」
ギューナフ中将は当初から上陸を予定していた陸軍将兵に加え、海兵隊も上陸させる準備を始めた。
13隻の艦に乗る海兵隊を合わせれば400人近くになるから、戦力を20%以上多く出来る。
陸軍将兵と海兵隊の全部を合わせれば2300人。ここまで来たら、戦力の出し惜しみは無しだ。
コマントル代将の分艦隊が奮戦したのか、はたまた皇国軍の哨戒艦隊はそもそも居なかったのか。
真相はともかく、悲観的な想定に比べればかなりの時間をかけて上陸作戦を進められていた。
セソー大公国軍に、作戦が成功するかも知れないという希望が見えてきたのだった。
予定より大幅に時間をかけて、菱と共に2隻の大型帆船を屠った蓮だったが、祝勝の雰囲気は吹き飛んだ。
「海兵隊より連絡がありました。敵の本隊は東海岸“ろ”地点! 既に殆ど揚陸完了している模様!」
やられた! という悔しさで艦橋内は騒然とした。
霧が晴れたらそこに艦隊が居て、セソー陸軍の連隊旗が翻っていた。というような状況だったらしい。
偵察班は距離を取る為に撤退したから、その後の詳細は不明だがかなり不味い事になっているだろう。
上陸後に追撃されて、敵味方の距離が近すぎれば海から艦砲での掩護射撃も出来なくなる。
「上陸部隊への砲撃は可能か?」
「友軍誤射が考えられるので、難しいです」
ただでさえ少ないノイリート島駐留軍を、味方からの誤射で減らす訳には行かない。
しかし圧倒的な寡兵なので、数で押し切られた場合を考えると支援砲撃をしない訳にも行かない。
“予定では”敵の部隊が上陸する前に艦ごと潰す筈だったが、思惑どおりには行かなかった。
「陸軍と海兵隊に連絡して全員の海岸線からの撤収を。30分後に敵の上陸地点周辺を砲撃する」
運も味方に多くの陸兵を揚陸させたセソー大公国軍だったが、砲戦力に関しては1/2バルツ砲を2門しか揚陸していなかった。
大砲を牽く馬も居ないので、歩兵が数人がかりで押して移動させる事になる。
船から陸に揚げる手間もあるから、多数の大砲を用意しても効率が悪いのだ。
大砲を1門陸揚げするなら、歩兵を10人陸揚げする方がずっと良い。
やっと運んだ大砲にしても、降雨や降雪でぬかるんだ道では馬匹でも移動が難しいだろう。
この時期のシテーン湾沿岸の道路は殆ど泥道であるから、大砲は“使える状況なら使う”程度の代物だ。
ノイリート島にしても石畳で舗装されている箇所は中心部とその周辺くらいで、島全体の舗装率は10%もない。
島の中心へ向かう道路は狭い上り坂が続くので、軍旗を先頭に大砲を押す兵を最後尾に置いて縦隊を組み、進軍を開始する。
秘匿の為に灯火を消して進むので、歩みは遅い。
暫く進んだところで、突然の地響きと激しい爆音。
文字どおり長蛇の列となっていたセソー大公国軍の縦隊に戦慄が走った。
「大砲は捨てて良い。急いで内陸に行け!」
指揮官のヴィットール中将が指示を下す。
せっかく無傷で上陸したのに、ここで終われない。
30分ほど続いた砲撃で損害を受けたセソー大公国軍だったが、悪夢の夜はまだ終わらない。
上陸した2300人のうち、300人程は洋上からの砲撃で戦闘不能に、400人程は後詰に。
1600人の兵員が坂を上りきり、ノイリート要塞の中央部へ進もうとする頃には海上が酷い有様になっていた。
ノイリート島の東“ろ”海岸を砲撃しながら大急ぎで駆けつけた蓮と菱は、今度は対艦戦闘に移った。
「艦長、帆船の艦影発見。5隻の船体を目視、他にもマストを確認。7、8隻は居ます」
「哨戒機と潜水艦が確認した艦と一致するか?」
「軍旗はセソー大公国軍のものです。マストの本数や形状等も報告と一致します」
「よし、帆船を敵艦隊主力と評定。司令部に敵発見を報告、右舷砲戦準備」
砲術長が測的と主砲の装填作業を指示する。
セソー艦隊の後方から左側に抜ける形で追い越しながらの同航戦になるだろう。
「距離2500……いや2000まで詰めろ。初弾から当てるぞ!」
巡洋艦か新型駆逐艦ならともかく、欧州大戦世代の旧式駆逐艦の砲戦力は“無いよりまし”程度のものだ。
だが戦艦からすれば豆鉄砲と呼ばれる5インチ級の単装砲でも、この世界においては要塞砲を凌駕する射程と攻撃力の大砲だった。
旧式故に対空戦闘こそ苦手だが、対水上戦闘能力は砲の門数分。
駆逐艦の主砲で破壊不可能な艦船は皇国以外に存在しないから、15秒程度で再発射可能な連射性能は一撃の破壊力不足を補って余りある。
8隻相手となれば、一撃の火力を頼りにリスク覚悟で接近戦を挑むしかない。
先程の2隻とこの8隻以外にも、まだ居るかも知れないのだ。
手間取ってまた霧が濃くなったら厄介なのである。
帆を張って増速準備中だった戦列艦プランヴィーネは皇国艦を左舷に見るように舵を切り、戦闘態勢に入った。
「皇国軍では軍旗を引き下ろすのが降伏の合図だそうだが、なら軍旗をマストに釘で打ち付けるかね?」
数的に不利な上、皇国艦は性能で圧倒的に優位なのだ。
艦橋のある艦尾楼甲板から斜め後方を眺めても、皇国艦の速度は呆れるほど速い。
「左舷砲戦準備! 使えるものは全部使え!」
プランヴィーネの艦橋で司令官が望遠鏡を覗いているのと同時に、蓮の艦橋からも艦長や見張り員が双眼鏡を覗いていた。
「最後尾の敵艦が左に舵を切りました」
最後尾の艦だけ帆を張っており、前方の艦は完全に帆を閉じている。
帆を閉じているという事は、前方の艦は停止して上陸部隊を舟艇に移乗させている最中という事だ。
双眼鏡越しにも、艦の周囲に小舟が多数見て取れた。最後尾の艦が警戒していたのだろう。
1人でも多くの揚陸を許すと後が厄介だが、足止めをしようとする戦闘艦を放っておくのも厄介。まず針路を妨害しようと舵を切った艦を無力化し、
その後に揚陸作業をしている艦を無力化する必要があると判断した。
「こちらの居場所は掴まれている。探照灯を使い、展帆している艦から攻撃せよ。停船作業中の帆船なら容易に動き出せない。敵の準備が整う前に決着を着けられると信じている」
こちらの針路を塞ぐように旋回した最後尾の艦に対しては、風上で距離を取っていれば容易に接近は許さない筈だ。
主砲が斉射されると、初弾から1発の命中があった。他の2発も夾叉しているので測的は正しかったようだ。
船体に命中した榴弾が爆発し、構造物を破壊すると共に火災を発生させる。
蓮に続いて菱も砲撃を開始する。こちらは全弾外れたが、夾叉はしているようだった。
真っ赤な炎によって、停止して揚陸作業していた艦も明るく照らし出される。
第2斉射は全て外れたが第3斉射は蓮と菱で3発命中し、第4斉射、第5斉射と続く。
プランヴィーネも左舷全ての砲列を使い砲戦に応じるが、蓮と菱の怒涛の攻撃に、反撃の砲声も弱々しくなっていく。
プランヴィーネは既に20発以上命中している中、蓮の第10斉射が止めになった。
2発命中し、木造船体である事と消火能力が低い事が重なり火薬庫に引火したのだ。
既にボロボロだった船体は至る所から浸水しながら、火達磨となって沈んで行く。
船体、装具、武装、人員。
全てが赤々と燃え盛り焼き討ち船のようになったプランヴィーネは、しかし同時に、威風堂々とした戦列艦の最期として華々しくもあった。
プランヴィーネが戦闘不能になり沈没しつつあるのを確認すると、蓮と菱は停船中の艦に標的を変え、砲撃を続行する。
巨大な松明と化したプランヴィーネによって照らされる残存艦隊は、良い的でしかなかった。
元々陸兵を多く積むために大砲を下ろしていたので砲力が減じているが、幸か不幸か今の状況では大砲の定数は関係ない。
一応それでも、ロケット弾や旋回砲など、可能な限りの反撃を試みるセソー大公国艦隊だが、戦闘態勢にあった戦列艦でも敵わないのだ。
凡そ45分に渡る一方的な砲戦により、その場に居たセソー大公国艦隊の戦列艦とフリゲートは転覆沈没するか、辛うじて浮かんでいても最早自力での航行は不可能な程の痛手を負った。
セソー大公国艦隊との戦闘を終え、その最期を見届けた駆逐艦蓮と菱の2隻は、周辺海域を一通り哨戒した後、大内洋方面からリンド王国南西の泊地へ帰投した。
「プランヴィーネ大破炎上! 船体の傾斜が止まりません。沈没も時間の問題でしょう……」
「我が軍の誇る戦列艦が満足な反撃も出来ず、10分も経たずにか!」
揚陸指揮を執っていた次席指揮官は、ギューナフ提督のあっけない散り様に驚愕したが、同時に作戦の第一段階成功を感謝した。
引火した火薬庫から発生する大量の硝煙が疑似的な煙幕になり、一時的に海から上陸地点への視界が効かなくなったのだ。
「ギューナフ提督とプランヴィーネからの最後の支援だ! 1人でも多く上陸し、ノイリート島に翻る皇国の旗を引き摺り下ろせ!」
風が凪いでいるせいでなかなか晴れない煙幕。そのお陰で追加の150人。合計で600人の上陸が完了していた。
既に発見されてしまった以上、残り全部の揚陸は絶望的だが、9割方完了した上陸任務はほぼ達成したと言っていい。
だがセソー大公国軍の出鼻を挫くように、沈みながら燃え盛る大公国艦隊に照らされている集結地点に向けて、前進偵察を行っていた皇国軍海兵分隊からの誘導で陸軍の軽迫撃砲が発射された。
上陸すればとりあえず艦砲射撃から逃れられると思っていたセソー大公国軍だが、陸からの砲撃に目を覚まされた。
揚陸に使用した艦は悉く攻撃を受け、退路は絶たれている。
このまま進んで、ノイリート島を奪い返すしか道は無い。
司令官のヴィットール中将は急ぎ進軍を命じる。
大砲は野戦砲が2門あったが、遺棄してきた。つまり存在しない。
飛竜の掩護は無い。戦竜も騎兵も居ない。頼れるのは狙撃兵と擲弾兵のみ。
もうすぐ夜が明ける。
勝つにしろ負けるにしろ、数日中には決着が付くだろう。いや、付けねばならない。
兵員と弾薬を優先した為、食糧の揚陸が殆ど出来ておらず、手持ちの4日分しかない。
何が何でも4日以内、節約して食い繋いでも1週間以内には終わらせる必要があるのだ。
追加で揚陸予定だった10日分の食糧は海の藻屑となった。
物心両面で背水の陣。
ノイリート要塞の食糧庫の場所は分かっているから、そこを襲撃して食糧を確保する必要があるだろう。
皇国軍の新たな艦隊や飛竜が襲撃してくるかも知れないのだから、一刻の猶予も無い。




