東大陸編47『セソー大公国海軍奮戦せり』
極北洋、シテーン湾。
闇夜の中を、木造帆船の艦隊が走っていた。
それは確実に、目的地に向かって進んでいた。
「集結したのは13隻、陸兵1900か……」
「残りを待ってから上陸しますか?」
出発時は19隻だった艦隊は13隻しか居ない。約3割が脱落したのだ。
「皇国軍艦が居る筈だからこれ以上は待てん。霧が晴れたのは上陸準備には好都合だが、それだけ敵に発見される危険も高まる。作業は慎重に急がせろ」
セソー大公国海軍の戦列艦であり派遣艦隊の旗艦となる90門艦プランヴィーネの艦橋で、ノイリート島への奇襲攻撃任務を指揮するギューナフ海軍中将は、上陸部隊指揮官であるヴィットール陸軍中将に詫びを入れた。
旗艦プランヴィーネは、乗船していた陸軍の旅団司令部を先に上陸させると、各マストのゲルンスルのみを展帆し、微速で残りの艦の周囲の警戒行う。
灯りを全く点けずに作業したいのはやまやまだが実際それは難しく、被発見のリスクを覚悟して点けざるを得ないので、その対処だ。
霧や夜に乗じてノイリート島に陸軍を上陸させるという作戦だったが、揚陸準備は島からある程度離れた場所でしか出来ない。
母艦となる戦列艦やフリゲートから、上陸用の小型舟に乗り換えて浜から上陸する訳だが、手漕ぎボートでは長距離を移動出来ないから、陸軍部隊が揚陸を完了するのは時間がかかる。
上陸地点が限られる島の場合、防衛用の砲台もその周辺に指向されて配備されるのは当然だ。
上陸する側は予め何らかの手段で砲台を無力化してからでないと上陸中の被害が甚大になる。
セソー大公国軍からすれば、自分達で構築した要塞や陣地の位置や数は把握しているから、大胆な奇襲上陸作戦に打って出られたとも言えたが、ノイリート島からセソー大公国軍の将兵が引き上げた以上、要塞砲の操作員が居らず全体的に守備兵力が少ないと言っても、特に重要な防御地点についての情報は敵方に知られているのだ。
皇国軍とセソー大公国軍の参謀の間で「上陸するならどこか」「緊要地点はどこか」と問われれば意見が一致するだろう。
奇襲が奇襲として成立するかどうかは、セソー大公が楽観視するよりずっと危うい賭けであった。
なので上からは奇襲しろとの命令だったが、実際は強襲作戦を織り込んでいる。
ノイリート島要塞を海側からの砲撃で無力化させるには戦列艦で20隻程度の砲撃が必要。
上陸開始から完了まで数時間の優位があれば良いのだが、それが上手く行かない事も見越して戦列艦が囮になって皇国軍守備兵の注意を向けているうちに、別の地点から上陸する手筈なのだ。
本来上陸に向かない地形に強行上陸する分効率が落ちるが、集中砲火を受けて完全失敗するよりは良い。
囮となるのは2隻の戦列艦から成る分艦隊で、コマントル代将の指揮する74門艦ナングリューが旗艦。
乗船する陸軍は2隻合わせて100人弱。上陸指揮官も将官や大佐ではなく少佐であった。
シテーン湾に派遣された皇国軍の戦闘艦は、リンド王国のセルシー沖で給油した駆逐艦の蓮と菱。
武装は12.7cm単装砲3基、20mm連装機銃2基、12.7mm単装機銃3基、53.3cm連装魚雷発射管2基、爆雷投下条2基。
水雷兵装は搭載しておらず魚雷発射管や爆雷格納庫は空であるが、無い袖は振れず致し方なかった。
その代り、主砲弾と機銃は定数一杯の量を搭載していた。大規模な飛竜編隊にでも襲われたらそれでも危ないが、“飛竜母艦が出て来ない限り大丈夫”という事で送り出された。
唯一の危険である飛竜母艦が出て来ないとする根拠は無いのだが、強いて言えば“悪天候だから”である。
セソー大公国軍は飛竜母艦を1隻しか保有しておらず、言わば虎の子であるから運用は慎重になるだろうし、出て来たとしても、陸上の飛竜基地や飛竜陣地と違い、1隻の飛竜母艦で運用可能な竜の数ならば襲撃を受けても捌き切れるという勝算もあった。
爆弾からの回避という点においては、的が大きく舵の利きが鈍い戦艦や空母より駆逐艦のような小型艦の方が優れている。
飛竜対策として他には、昼間は大陸に近づかず、近付く場合は夜間のみに限定する。
上陸のし易さだと、揚陸地点は5ヶ所に絞れる。
十数人といった規模で潜入するならば他にもあるが、数百人や千人超の規模で陸兵を揚げるならその5ヶ所だ。
加えて中~大規模な港が2ヶ所(小規模も含めれば7ヶ所)ある。
電探を装備していない艦なので、夜間や悪天候での敵発見は困難だ。
電探装備の巡洋艦と比べれば、索敵可能な範囲は数倍以上違う。
故に、艦だけで不足な分を島からの索敵に頼っている。
ノイリート島の西海岸砲台がある砦付近に帆船が現れたという連絡を受けた蓮の艦長兼隊司令は、それが敵の本隊なのか判断に困った。
報告によると見える範囲では2~3隻というから、何とも難しい。
それが先鋒で後続部隊があるかも知れないし、それだけが辿り着いたのかも知れないし、それは囮で本隊は別の場所かも知れない。
「見逃すというのも危険だろう。左砲戦用意」
皇国軍の2隻の駆逐艦は増速し、帆船の艦隊を探照灯で照らし出す。
「敵は3隻ではなく2隻でしたね」
「まだ上陸もされていないな。早めに叩くぞ」
皇国艦の強力な灯りで照らし出されたのは戦列艦ナングリューであった。
発見された後続艦は、ライトを載せたボートを曳航していたが、それを切り離す。
セソー大公国の艦隊は74門艦と54門艦で、どちらも戦列艦である。
隻数だけで言えば互角で、一方の艦隊は戦列艦のみで構成されている訳である。
小規模ではあるが、普通なら激しい砲撃戦、銃撃戦、白兵戦が起きておかしくないものだ。
甲板では水兵達が慌ただしく動き回り、砲門が開き、装填完了した砲から次々に突き出される。
ナングリューの艦橋ではコマントル代将が作業を見つつ、懐中時計とも睨めっこしていた。
リンド王国の主力艦隊すら壊滅させた相手を前に、1分でも長く足止め戦闘をせねばならないのだ。
「準備出来次第、撃たせろ。引き付けて狙う必要は無い。どうせ相手はその距離まで来ないだろうからな」
彼我の距離は4kmを超えて5kmに迫るようなもので、通常の交戦距離とはかけ離れている。
だが皇国艦は長距離砲戦にて一方的に戦場を支配するという情報は広く伝わっている。
故に、通常の交戦距離である1~2シウス以内は望むべくもない。
2隻の戦列艦から放たれた約60発の砲弾は皇国艦の遥か手前に水柱を立てた。
舷側の砲列甲板に並ぶ主力砲だけでなく、対空ロケット砲まで使って皇国艦隊を威嚇する。
「敵艦発砲! 敵艦発砲!」
もう少し距離を詰めてから発砲開始しようとしていた矢先、蓮の艦橋は慌ただしくなった。
飛竜からの空襲を除けば、水上艦同士の戦闘では常に先手を取ってきた皇国海軍が先手を取られた。
しかも、皇国海軍が得意とする夜戦での事。艦橋内の雰囲気は一変した。
「応戦! 砲撃始め!」
戦列艦の発砲から十数秒後、砲弾は蓮の手前1000m付近に着弾した。
狙いは全く不正確で、散布界も大きく、そもそも届くのかどうかすら怪しいものであったが、この砲撃によって2000mや3000mといった距離に近づいて精度の高い砲戦をするという選択肢が潰された。
重装甲の戦艦ならともかく、装甲板の無い駆逐艦では、万が一があり得るのだ。
特に露出している艦橋構造物や主砲に被弾したら目も当てられない。
お互い腰の引けた“無様な砲撃戦”が始まった。




