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皇国召喚 ~壬午の大転移~(己亥の大移行)  作者: 303 ◆CFYEo93rhU
東大陸編(下)
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東大陸編40『ノイリート伯爵の決断』

 ノイリート島に駐留する軍人と軍属、領民を全て合わせれば島民は3万人近い。

 その大勢の人々の命を、司令官として領主としてどう扱うか?

 戦うとすれば、非戦闘員を本土に避難させる事から始めねばならない。

 彼らの命を守るだけでなく、要塞の“食い扶持”を減らすためにも必要だ。

 武器弾薬、食糧や水も、1日分でも多く確保する必要もあろう。


 だが、それでノイリート島が持ち堪えても、援軍が来なければ結局は“白旗”を掲げる事になる。

 大陸最強だったリンド王国軍を、鎧袖一触で“滅ぼした”皇国軍に対抗可能な“有力な援軍”の当てなど、同盟軍にあるのだろうか?


「閣下、これは単なる脅しでしょう。臆する事はありません」

「単なる脅しではなく、本当に爆弾を落とされ兵を上陸されたら、貴公が責任を取るか? 皇国軍に“我々の常識”は通用しないという事は、リンド王国が証明したのだぞ」

「それは――」

「皇国軍にとって、大陸から最短で75マシル。リンド領から120マシルという距離も、“飛竜”の航続圏内である事は貴公も重々承知だろう。制空権がどちらにあるのか」

「しかし本土の大公殿下の許可無く、島が独自に降伏となれば……」

「梯子を外す事になろうな。殿下だけでなく、マルロー国王陛下に対しても」

「閣下、この島が皇国軍に利用されれば、それこそ北方諸国同盟軍が瓦解します!」

 ……瓦解しても良いのではないか?

 ノイリート伯爵は、マルロー国王やセソー大公が今度の戦争を仕掛けたがっていたのを理解出来なかった。


 実質的にリンド王国が皇国に取り込まれてしまっている。

 という現実を認めたくないのは解るが、ここまで勝つ見込みの薄い戦争を自ら仕掛けた大国というのは、史上初ではないか?



 リンド王国の場合、皇国の事をよく知らなかったから、相手はユラ神国のみで、だったら勝てる。

 という考えに至ったのは自然な事で、自分がリンド王だとしても、そう判断していただろう。

 まあ、前国王の采配が不味く、引き際を誤ったという大失点はあるが……。


 だが、今や皇国軍の人知を超えた精強さは誰もが知る所だ。

 それを過剰に恐れるあまり、皇国が準備万端整えて、大陸東方に食指を伸ばしてくる前に一発お見舞いしてやれ!

 というだけで事を始めてしまったのは、少し思慮が足りないのではないか。


 リンド王国軍は壊滅したから、相手がリンド王国“だけ”なのであれば、マルロー王国やセソー大公国側に十分な勝ち目がある。

 だが、その強力なリンド王国軍を壊滅させた張本人を相手に、マルロー王やセソー大公は勝算を持っているのだろうか?


 リンド王国のように、死に体になるまで奮戦して、莫大な賠償金と属国同然の立場を受け入れざるを得なくなるくらいなら、むしろ先手を打ってこちらから皇国に和親通商交渉を持ち掛けても良かっただろうに。


 しかし今や、その可能性は潰えた。

 戦争を始めてしまった以上、どこかで終止符を打たねばならない。

 それも、なるべく良い方向で終わらせねばならない。


 リンド王国とマルロー王国が皇国の下に合同し、『皇国主導による世界平和』が達成されれば、それはそれで人類の歴史的偉業になるかもしれない。

 セソー大公国だって、東西の両王国の緩衝材として常に距離を測りつつ微妙な政治を行う必要が無くなる。

 勿論、その正反対になる可能性も否定は出来ないが。


「皇国軍の航空偵察の頻度が高くなっている事は報告済みだろう。マルロー国王陛下やセソー大公殿下からの援軍はどうなっている?」

「特に何の連絡も、援軍もありません」

「ここが陥落すればシテーン湾沿岸が全体的に危うい事を理解されているのか……」

「こうなったら島民に武装させますか?」

「いや。その必要は無い」


 セソー大公家は、元を辿ればリンド王家であり、マルロー王家。

 過去、シテーン湾とノイリート島の覇権を巡り、リンド王国とマルロー王国の間で血で血を洗う戦争が幾度もあったが、両大国もさすがに疲れ、無為な戦を止めるために

 この海の平和の証しとして王子と王女の婚姻が為され、セソー大公国が建国されたのだ。

 セソー大公国は、シテーン湾の平和と安定を両王国から“委託”された訳だ。

 再び、この島と海域に血を吸わせるのは、ノイリート伯爵の本意ではない。


 この期に及んで局外中立が不可能なのはノイリート伯爵だって良く解っている。

 セソー大公国は、正に父と母の夫婦喧嘩に巻き込まれる無力な子供の立場なのだ。


 むしろ、ここは心を鬼にして、皇国軍の進駐を認め、ノイリート要塞に皇国の軍旗がはためくという事実を内外に知らしめれば、無用な争いを早期に終結可能なのではないか?

 夫婦喧嘩を止めさせるのに、子供が泣きながら駄々を捏ねるしか無いのならば……。


「皇国軍への降伏の準備を。白旗と、将兵の武装解除を恙無くな」

「閣下……!」

「裏切り者の汚名なら受ける。叛逆の処罰も受ける。それで良いか?」

「はい……それが、閣下の熟慮の結果なのであれば……」


 シテーン湾の最重要拠点は、戦わずして白旗を掲げる事となった。



 セソー大公国の宰相であるシテーン侯爵は、大公家の婚姻を為し、リンド王国とマルロー王国の両国から侯爵位を叙爵された家系である。

 北極大陸へ通じる海であるシテーン湾を平和の海にした功績により、両国王からシテーン侯爵位を授けられたのだ。


「先日、ノイリート伯爵が独断で皇国軍に降伏し、島を明け渡しました」

 シテーン侯爵の口から発せられた言葉に、軍議を行っていた議場の空気が凍り付く。


「ノイリート伯爵が、皇国に降伏ですと!?」

 諸卿に共通したのは“裏切られた”という思いだ。

 “飼い犬に手を噛まれた”というよりは、“飼い犬が無言で家出した”ような悲しみ。

 ノイリート伯爵は忠臣であり、故に重要拠点たるノイリート島の行政を任されている。

 それが何故……。


「ノイリート伯爵からは大公殿下へも、皇国軍への降伏を促す文書が」


 セソー大公国軍は“リンド王国から皇国という穢れを払う”と出陣した。

 つまり、これは父であるリンド王国のための戦争なのだ。という大義名分である。

 大公家発祥の地。リンド王国のセソー宮殿に皇国関係者が出入りしている。

 という情報もセソー大公の開戦意欲に火を着けた。


 セソー宮殿はリンド王家の宮殿だったが、今はセソー大公国の駐リンド大使館となっており、実質的にセソー大公国の飛び地として存在している。

 そこに、リンド王国の国務卿から

『リンド王国とマルロー王国との間の中立を、今までどおりに貫いて欲しい』

 という内容の書状が来たのだ。しかも、リンド女王直筆の親書まで携えて。

「何が“中立を”だ! 最早、リンド女王は心まで悪に屈した。悪徳の支配から父王国を救い出すのが我が使命!」


 セソー大公は、リンド王国の国務卿の動きは背後の皇国の差し金と信じて疑っていなかったが、皇国としては全くそんなつもりはなかった。

 国務卿が、皇国の駐在大使にも話を持ちかけた所、皇国の公使が直接赴けば心象が悪かろうから、リンド国とセソー国だけで話を付けた方が良いだろうと。

 だからリンド王国からの書状の内容も、皇国は一切関知していない。

 皇国はリンド王国の“宗主国”になったのではないのだから、他国の外交文書を検閲する権利など元々ない。


 皇国は皇国として、独自にこの地域の平和と安定を望む旨を、天皇や総理大臣の名に於いて北方諸国の大使や公使に宛てているが、返答は『平和を乱したお前に言えた事か』だ。

 『まあ、そういう批難も解る』という感想は、皇国の外交官ならず武官からもある。

 皇国は皇国のために、自分の都合で本来全く関係の無いユラ神国とリンド王国の紛争に割って入って、利益を貪った。

 実際は、皇国軍の派遣は単に“食糧確保”という面だけで見れば、割に合っていない。

 が、もう一つの目的である“諸国に皇国を宣伝する”というのが、あまりにも劇薬だった。



 皇国はこの世界に転移してから、多数の国や地域を相手に“無差別的に”和親通商交渉を行ったが、地理的な問題もあり、大内洋に面した諸国に限られた。

 つまり、極北洋や大外洋に面するマルロー王国や、その近隣地域に皇国の交渉団は派遣されていない。

 北方諸国には、接触したリンド王国の外交官などから、僅かな情報が漏れ伝わってくる程度だった。

 皇国についてよく分からないうちに、その皇国によってリンド王国が“滅ぼされた”のだ……。


 皇国にも言い分はある。

『降伏を拒んで拒んで、国王が本当に死ぬまで抵抗を続けたのが悪い!』


 だが、リンド王国を“滅ぼした”皇国に対する諸国の見方は、これで確定的になった。

 『自ら進んで皇国に下る』か、『徹底的に抵抗する姿勢を見せる』か。

 そこに、皇国が一番望んでいた“程々の外交関係”は無い。


 別に、全ての国と仲良く。などとは皇国の臣民や外交官だって望んではいない。

 それが可能ならば理想かもしれないが、元世界での『列強諸国』のグダグタっぷりを良く知っている皇国からすれば、どこか一国でも有力な国と手を組めれば、成功だろうと。

 この世界におけるアメリカやイギリスが無理でも、フランスでも十分だ。

 この際はドイツでも仕方が無い。イタリアやスペインは勘弁して欲しいが……。



 セソー大公国空軍の飛竜数は229騎。

 1個連隊あたり104騎の定数で2個連隊。残りの21騎は主に若い竜から成る予備中隊である。

 連隊あたりの予備竜は8騎で、つまり“予備”としてある飛竜は全体でも37騎にしかならない。

 後は、引退した老飛竜を無理矢理連れ戻して来るか、錬成途上の幼い竜を連れて来るしかない。

 人口比で言えば列強王国の1/5~1/8の大公国は、それだけ無理をしているとも言える。

 蛮族掃討や局地的な紛争程度であれば、これで十分事足りたし、万が一に列強王国の戦争に巻き込まれても、200騎の飛竜隊というのは相当な戦力になる。

 だから、それで“今までは”国防上何も問題なかった。


 しかし数十、数百の飛竜を簡単に撃ち落とし、後方の飛竜基地すら直接に爆撃して来る皇国軍を相手に、200騎の飛竜がどれ程の意味を持つだろうか?

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