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皇国召喚 ~壬午の大転移~(己亥の大移行)  作者: 303 ◆CFYEo93rhU
東大陸編(下)
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東大陸編37『リンド王国軍、北へ』

 フュリス公爵の誤算。

 リンド女王は、この地域に本気で王国軍を向けた。

 皇国軍との戦いで損耗した王国軍だが、主戦場を皇国軍に任せるばかりでリンド王国軍が働かないのでは面子が立たない。

 リンド王国にとっては、未知の皇国軍には負けたがまだまだ既知の周辺諸国には負けていないという思いは依然として強い。


 リンド王国軍はミナ伯爵領の帰属問題を解決する為とエイルーン回廊防衛の為に、ベルグやカーリス、ケリューネ方面から陸軍を差し向けた。

 といっても、全部合わせてもやっと3万5000という“列強”にしてはお寒い陣容。

 皇国と全力を賭けて戦った時の1割にも満たない程度の戦力でしかない。

 だが“大国リンド”としてはいまいちというだけであって、数的にも質的にも精強な軍団である事には変わりない。


 王国内がごたつく中、兵を出すとしても精々数千の旅団くらいだろうと考えていたフュリス公爵にとっては大きな誤算であった。

 動ける王国軍をほぼ全てこの方面に突っ込んで来たという事は、北方諸国同盟軍によって皇国軍が突破されれば、後が無いという事だ。

 幾ら短期間で自国軍を打ち破った精鋭軍とは言え、背中を任せるとは。

 エイルーン回廊の防衛はそこまでの冒険をするに値する事なのか?


 数千でも軍を派遣すれば、それで負けても仕方なかったという言い訳は立つ。

 形だけ軍を出して、面子を保ちつつ講和というのが“賢い選択”だと思っていたが、リンド女王は満足な教育を受けていないせいで想像以上の愚か者だったのだ。


 エイルーンに差し向けた主力軍が不在の間に、リンド王国軍に国土を蹂躙されては困る。

 ミナ伯爵領への圧力をかける為の軍も、相手が3万5000の王国軍では防ぎきれない。

 “破れかぶれになった馬鹿”の道連れに付き合わされるのは愚かしいが……。

「シャーナという女を誤解していた。リンド王家は先祖代々から愚か者の巣窟だった訳だ」

 フュリス公爵は、そう言って自分を納得させるしかなかった。



 ミナ伯爵領、サミュート村の方面に派遣されたリンド王国軍は、陸軍の将軍として長年仕えてきたターレス男爵率いるケリューネ師団である。


 フュリス公爵からの書状曰く

『ミナ伯爵領の領民はリンド王家から蔑ろにされ、生きる気力すら失っている。隣国の君主として、このような状況は見るに耐えない。憐れな民に救いの手を差し伸べるのも貴族の責務であるから、これは全く、心からの善意に基く人道的な配慮であって、元凶たるリンド王家が口を差し挿む余地は無い』

 という話であった。哀れな領民に要請されたから編入するという事だ。

 それがどうだろうか。領民を悪徳の支配する王国から守るべく派遣されたフュリス公国軍は、ケリューネの連隊旗を見るや早々に退却を始めている。

 事前計画では、リンド王国軍を蹴散らして見せてミナ伯爵領を拠点として使えなくさせる手筈だったのだが、予定が狂ったので長居は無用なのだ。


 ターレス男爵の本隊はそのままミナ伯爵の居るリノ城へと向かった。

 事前にベルグからの最後通牒を受けており、王家の旗とケリューネの軍旗を見、フュリス公国軍のあっけない撤収を目にしたミナ伯爵は、女王の勅命によりケリューネ伯爵の名代として軍を率いてきたターレス男爵に頭を垂れた。

 立派な軍服を纏った旗手が、これ見よがしに王国旗と連隊旗を扱っているのだ。

 旗はただの布切れだが、そこには確かに人の心を動かす“力”が篭っている。

「ミナ伯爵。王国の地方を預かる貴族として、女王陛下に対して申し開きはあるか?」


「申し開きはありません。ただ、私は女王陛下の御姿を遠目に拝見した事はありますが、御声を拝聴した事はありません。王配殿下となれば御姿すら存じません。そのような婚姻が行われたと、中央から早馬が来たから知っただけなのです」

 確かに、シャーナ女王と結ばれた皇国人の顔を知るリンド貴族は少ない。ターレス男爵も名前しか知らない。

 相当な大急ぎで取り纏められた事だから、書類だけでは体裁を整え、肖像画などを広く各地に渡らせたり、御披露目の晩餐会などは“リンド国内情勢が落ち着いてから”という曖昧な時期に行う事になっていた。

 王都に住む貴族や平民、他国から派遣されている外交官等に対しては、一応の御披露目が行われたが、全国的には音沙汰無しも同然。だからミナ伯爵が言いたい事は、ターレス男爵も何となく理解できる。

 “よく知りもしない奴の事を無条件で信頼など出来るか”というところだろう。


 ミナ伯爵は話を続ける。

「伝え聞くところに拠れば、皇国という異界の国は圧倒的な武威で王国内を荒らしまわったとか。そのような国の王家に連なる者と、我がリンド王家が契を結ぶというのがどうしても解せません。率直に申し上げれば、今の王家に我々の将来を預ける事が危険であるという結論に至ったまで。領内の多くの民も概ねそのような不安感を抱いておりますが、決断したのは他でもない私自身。私の首を王都に持ち帰るならば覚悟は出来ております。広場で処刑されるが宜しいでしょう。しかし、領内の平民についてはどうか、格別の御慈悲を賜りたく……」


「陛下は貴殿の首など望んでおらん。首といっても人間の頭は大砲の弾くらいに重い。

余計な荷物を背負って戦いに赴く馬鹿は居らんだろう? 貴殿も実戦経験があるなら解る筈だ」

「私を捕縛しに来たのではないのですか?」

「貴殿を捕縛するのに1万を超す兵が必要と思うか?」

「それは、思いませんが……」


 といっても、何の御咎めも無しというのでは示しがつかない。

 平民相手なら鞭打ちが手っ取り早い訳だが、貴族となるとそうもいかない。

 という訳でミナ伯爵が命じられた罰はフュリス公国が降伏するまで自室での謹慎。

 “自宅”ではなく“自室”での謹慎は貴人に対する刑罰としての軟禁の一つであるが、屋敷内や敷地内を歩き回ったりする自由は奪われ、食事や入浴も制限されるものである。

 自室からの外出は禁じられ、いつもと変わりなく行えるのは自分のベッドで眠る事くらいだ。


「我等がこの地域を“鎮定”する故、貴殿は少し頭を冷やされるが良かろう。さすればそのうち、女王陛下や王配殿下の詳しい事もおいおい入ってくる。今は戦争中だが、国内が平穏を取り戻せば……様々な事が公になる」

 半分は自分に言い聞かせるようにミナ伯爵を説教する。



 サミュート村長や反乱に同調した貴族ではない支配層には、形式に則って鞭打ち刑が行われた。

 王旗の下、軍楽隊が打ち鳴らす太鼓の音に合わせて響く鞭の破裂音だが、本来であれば死刑になってもおかしくないものが鞭打ちで済んでいるという“慈悲深い”刑罰の執行である。

 兵士も将校も見境なく機関銃で撃ち殺す皇国の人間が、何故か眉を顰める刑罰だ。


 領内で一通りの手続きを済ませ終えると、ターレス男爵は少数の部隊を残し再び師団を率いてフュリス公国へと向かって軍を進めた。



 ケリューネ伯爵は、歩兵連隊の擲弾兵中隊ではなく、独立した擲弾兵連隊を持っている。

 擲弾兵連隊は3個大隊から編成され、そのうち1個大隊が師団主力と共にミナ伯爵領に派遣された。

 残り2個大隊のうちの1個大隊は王国軍パリク師団の馬廻りとして編制されている為、実質的に精鋭の半数を派遣した形となる。


 ターレス男爵の率いる軍勢は基幹たる歩兵連隊5個、擲弾兵大隊1個、砲兵連隊1個、騎兵連隊2個、戦竜連隊1個から成る堂々たる師団である。

 リンド北方にあって、ほぼ無傷で生き残っていた師団のうちの1つだ。

 このケリューネの師団とカーリスの師団が中核となり、他に幾つかの部隊を合流して編成されたのが対フュリス公国の軍団である。


 皇国との戦争で手持ちの軍艦も何隻か失っているというのに、ケリューネ伯爵がここまで派兵に乗り気なのには理由がある。

 ケリューネ伯爵は先代の頃より軍事に関して先王より謹慎処分を食らっていた為、配下の軍勢を王国軍の列席に加わらせる事を許されていなかった。

 非常に屈辱的な事だったが、その御蔭で皇国軍との激戦に投入されず生き延びたとも言える。

 ケリューネの諸都市にとって、先代伯爵が受けた汚名を返上する時が来たのだ。

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