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皇国召喚 ~壬午の大転移~(己亥の大移行)  作者: 303 ◆CFYEo93rhU
東大陸編(下)
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東大陸編34『卑怯な戦い』

 全員の準備完了を確認するとキスカは抜刀し、剣を高く掲げた。

「攻撃始め!」

 キスカの号令で、導火線に着火された擲弾と石が次々と投げ込まれる。

 霧と硝煙の向こうから、爆音に交じって馬の嘶きと蹄音が聞こえてくる。

 腹に響く蹄音は、纏まった数の馬がこちらに向かって来ている事を示していた。

 偵察隊の軽騎兵ならば損害の少ないうちに逃げるという選択肢もあった筈だが、そうはならなかった。

「射撃用意! ……撃て!」

 投石紐から装填済みのマスケットに持ち替えた前衛は馬の蹄音を頼りに射撃すると、マスケットとクロスボウで第二列を構成しているキスカ達の元に走った。

 霧に加えて広範囲に投げられた擲弾とマスケットの硝煙が煙幕として機能し、この局所的な退却行動は全く妨害を受ける事無く成功した。

 彼等はキスカ達の後ろで、素早く銃弾を再装填する。


 硝煙の幕を突っ切って来た騎兵の一団がキスカの隊旗に向かって馬を駆けさせる。

 中には両手にピストルを持ち、手綱を握っていない者も居た。

 だがそれは明らかに、隊旗を奪おうとしている動きだ。


 人員が徐々に後退するので、隊旗だけが前方に取り残されている。

 そこがリエール隊の十字射撃の交差点である事は感じつつも、旗手も隊旗護衛手も居ないので、奪えそうな気になるのだ。


 名誉を重んずる王や貴族の軍であれば、隊旗を囮に使うなど絶対に出来ない芸当。

 結果的に奪われる事が無くても、奪われてから取り返しても、そういう戦法を使う事自体が外道である。

 こればかりは異世界の皇国軍でも真似出来ないだろう。なにせ“天皇陛下からの賜りもの”である。


 対して、傭兵という名の外道な山賊崩れに後れを取る訳には行かない騎兵隊は、隊旗を奪って何が正義なのか示さずには居られない。

 逃げるにしても、戦利品として旗くらい奪わなければ面目が無い。

 “黒地に描かれた金貨を貫いて交差する鉄の槍”が忌々しい。


 硝煙が広がると狙撃が難しくなるので、リエール隊は射撃武器をロングボウとクロスボウ、投石紐による投石に切り替えた。

 銃より威力は弱いが、それでも人馬に対する打撃力は相応である。

 戦竜を相手にするのではないから、技量のある弓射手は有用なのだ。

 霧中でも確実に作動するというのも、銃撃一辺倒とは違う利点だった。


 隊旗を奪おうとする騎兵が悉く討ち取られるのを見た騎兵指揮官は、隊旗を諦め、薄く展開しているリエール隊の側面からの攻撃に切り替えた。

 歩兵横隊が最も苦戦する側面からの騎馬突撃である。

 薄く展開する傭兵隊相手なら軽騎兵でも十分だ。


「狙撃します!」

 200m程後方で身を伏せて戦況を眺めていた皇国軍小隊は、リエール隊の対応が間に合わないと見て小銃の引き金に手をかけた。

 二脚を展開していた軽機ではなく三八式騎兵銃である。

 霧の合間に見える騎兵に対して機関銃では無駄撃ちになるし、リエール隊への誤射も怖い。

 狙撃するなら素直に小銃が良いという事で、月明かりを頼りにした射撃。

 危険な側面から来る騎兵を集中的に狙う。

 人体に命中した弾はそのまま標的を戦闘不能にし、馬に命中した弾は騎兵を振り落とした。

 振り落とされた騎兵が起き上がると、リエール隊が長弓や銃剣、長剣で止めを刺す。


 皇国軍の掩護により散発的な攻撃になってしまう騎兵を、リエール隊は見事な陣形変更で対処した。

 馬は足が速いが、急な方向転換は出来ない。冷静に対処すれば突っ込んで来ても避けられる。

 これが大軍同士の野戦であれば、避けようとして隊列を乱すと収拾がつかなくなる訳だが、リエール隊は闘牛士が暴れ狂う牛を華麗に捌くように回避してはすぐに穴を埋める。

 敵が大集団でもなければ波状攻撃もして来ないから使える戦法であるが、逆に言えば基本陣形に忠実過ぎて無駄な損害を出さずにいるという事。

 この場での勝利は望めないと判断した敵部隊は退却を始めた。



 21騎の騎馬と24人の騎兵を討ち取り損害ゼロ。リエール傭兵隊に新たな勲功が輝いた。

 キスカ達は残敵が居ないか調査すると同時に、目ぼしい戦利品を拾い漁る。

 武器と食糧は殆ど無かったが、死体の衣服と野営跡に金目の物は幾らかあったようだ。

 銃剣を突き刺した死体から当然のように時計や財布などを頂戴し、荷馬車にしまう。

 戦死者に対する礼節云々と言っても始まらないから、皇国軍も見て見ぬ振りだ。


 キスカの副官として付き従っているシャイアノは、携帯ペンを片手に戦利品の内訳を帳簿に書き込んでいる。

 金銭価値のある戦利品は一旦部隊の共有財産とされ、50%が戦闘員に、25%が非戦闘員に無条件で、15%は特に手柄や功績のあった者への特別加俸として、残る10%は部隊の予備費として貯蓄される。


「あの距離からの狙撃、お見事です。噂のサンパチライフルという銃ですか」

「あれは、的が大きいから当たっただけです」

「謙遜されますね。選抜狙撃兵でもあんな芸当出来ませんのに」

 謙遜でも何でもなかった。本職の歩兵や狙撃兵(分隊狙撃手)と比べれば技量は劣る。

 味方は下馬して敵は馬に乗っているという判り易い状況で、安定した伏せ撃ちが出来たから誤射も無く当てられただけなのだ。


 キスカ達は戦利品の調達と同時に、階級章の確認や手帳の有無を探り、敵の詳細を調査していた。

 特に文字で記された情報は、皇国軍単独では読めないので諦めていた部分だ。

 師団司令部では文書翻訳官を雇っているが、全ての中隊に配属されないし、士官を中心に文字と単語、文法を勉強しても数ヶ月(実質は1ヶ月もない)では所詮付け焼刃にしかならない。

 英語に例えるなら、“a”とか“b”という文字や“a boy”という簡単な単語は読めても、“Boys, be ambitious.”という文章を瞬時に読解するには心許ないレベルである。

 司令部が現在進行形で辞書を作りつつ語学教育をしている中、複雑な文章を読める人物が手近に居るのは心強い。


 しかし、そんな好条件の時に限って特段の成果が無かった。

「ここに居た上級将校は全て逃げたようです。ザラ公国軍の第3軽騎兵連隊という以外、何とも……」

「その部隊は、何か特徴がありますか? 斬り込みが得意とか、敵中行軍が得意とか」

「いえ、特には。ザラ公国軍自体に特段の武勇伝はありませんし、指揮官も平々凡々な貴族と聞いています。ただ撃退はしましたが、この程度で諦めてはくれないでしょうね」

 人馬の死体が転がる光景を見ながら、キスカが呟く。

「それは、確信があっての言葉で?」

「マルロー王国は……リンド王国もそうですが、特に大陸北方の王侯軍は“前進あるのみ。後退は無い”というような美学をお持ちですから」

「美学ですか」

「数百年前の疫病に苦しめられた記憶がまだ何処かにあるのでしょう。進まないと死んでしまうように追い立てられるというか……不安から逃げる為の前進です」

 それはユラ神国でも何となく聞いた話ではあった。まるで泳ぎ続けないと死んでしまうマグロのような世界観である。

 今、リンド王国やマルロー王国という国家がある辺りは、大昔に酷い疫病に見舞われて人が住めなくなる程の惨状だった。

 当時の人々は死に物狂いで南下し、その過程で奪って犯して殺して大変な災厄を中部から南部の諸国に振り撒いたのだと。

 疫病そのものによる死者より、そちらの被害の方が桁違いに大きかったというのだからなかなか笑えない話だ。

「ザラ公国はマルロー王国程に積極的ではないですが、まあ軽騎兵の幾らかが失われただけで全軍撤退は考え難いでしょう?」



「さて、では必死で反撃してくるかもしれない敵への追撃ですが。リエール隊長はどうお考えで?」

「降って来ましたね。この時期の雪は珍しいですが、こうなると無理な行軍は体力を奪います。北方諸国同盟軍の動きも鈍るでしょうし、無理な追撃は控えた方が宜しいかと考えます」

 追うならば、今すぐに野営陣地を引き払って雪中を早足で進まねばらない。

 キスカの話だと、降り続くとしても翌日には雨に変わるだろうという話だが、どちらにせよ重装備の皇国軍には文字通り“荷が重い”話である。


 冷たい雨や雪の中では、ただ歩くだけでも体力を消耗する。今後の為に体力を温存する事も考えれば、追い詰められている訳でも無い時の強行軍は控えるべきだ。

 戦闘で興奮した頭を精神的に冷ますのは良いが、肉体を物理的に冷やすのは不味い。

 当面の敵は逃げ散ってくれたから、歩哨を立ててゆっくり休むのが無難であろう。

 一晩中焚火して、ここに有力な部隊が存在すると誇示するだけでも意味がある。

 ここが楔となれば、突破するにしろ迂回するにしろ敵は相応の準備が必要になるから、2~3日の時間は十分稼げるだろう。


「進むにしても退くにしても、これだけの損害を出した以上、我々を無視して行動はしないでしょう。そうなれば我が師団本隊も動き易い。それに人間、必死となれば何をするか解らないものですからね……」

 現に必死になっている皇国という国に仕えている身としては、他人事とは思えない話であった。

 半分以上は成り行きとは言え、異界の大陸に出兵など1年前なら誰も考えもしなかった事だ。


「まぁ、そこはお互い様ですね」

 キスカは妖艶に微笑んだ。

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