東大陸編30『傭兵隊長と皇国騎兵隊長』
山科少佐を隊長とする先遣隊とポゼイユ侯爵が雇った傭兵隊がポゼイユ領郊外の平原で合同訓練を行っていた。
合同訓練といっても時間の余裕が無いから、どの程度の事が出来てどの程度の事が出来ないかの確認作業であり、出来ない事について、それを出来るようにするまでには至っていない。
「まあ、大体は分かっていた事だ」
副官にそう言って訓練を終えた山科だが、手帳に覚書させた内容には“要改善点”がびっしりだった。
それなりに現地情勢に詳しく戦闘力もある集団なので、連隊や中隊の相談役として細切れに使いたいところなのだが、通信と部隊間連携の格差が大きく、それをすると傭兵隊が確実に皇国軍の足を引っ張る。
山科の部隊が騎兵連隊という事も足並みが揃わない原因なのだが、歩兵連隊だとしても戦い方が違い過ぎて足並みは揃うまい。これはどちらが良い悪いの問題ではなく、単に違い過ぎるという事だ。
「山科隊長は筆まめですね」
「これが隊長の仕事でしょう、違いますか?」
手帳と鉛筆をポケットにしまいながら、声をかけて来たキスカに同意を求める。
キスカも“隊長”なら解る筈だ。数日間とはいえ共に過ごしてそういう感触があった。
山科が観察している範囲でも、キスカは副官の少年を侍らせて色々と記録させたり幹部同士で色々話しあったり、末端の兵士相手には正規軍顔負けの訓練を課している。
傭兵は準備においても戦場においても総じてやる気がないという巷の評判とは真逆だった。
「記録を取る責任に関してはそうですが、実際記載するのは書記官にやらせるものだと」
「ああ、そういう……。自分で書くと気持ちの整理にもなって良いんです。書きながら改めて問題点を発見したりね。私から言わせて貰えば、書記官に投げっぱなしの貴族将校が困ります。書かせるだけ書かせて満足し、指揮官としての仕事をしない方とは作戦会議でも話が纏まらない」
将校、特に高位の将校は同時に貴族か最低でも騎士であるから、軍務や私生活を補佐する官職が付く。
これは皇国軍の将校でも師団長や連隊長といった役職なら補佐官に相当する副官が手配されるから似たようなものだが、リンド王国軍の貴族将校の中には“決済まで全部補佐官任せ”が実際居るのだ。
そういうのが大多数だったりはせず、一部の例外に収まっているのがまだ救いではあったが、個人の資質の問題というより“連隊の伝統”でそうなっている場合が多いようだった。
同じ連隊の連隊長は世襲か親族間での持ち回で、補佐官も親族同様の顔見知りという事が殆ど。
だから連隊幹部の間でこういう“伝統”を改めようという話が出て来る事は無い訳だ。
しかし、このせいでリンド王国軍部隊との調整や会談が上手く行かない事があるので、出来る事なら改めて欲しい問題の一つでもあった。
「命がかかっていないからですよ。例えば商売を生業とする人が帳簿をつけるのを怠ったら商売が上手く行かず、つまり命に関わる。だから商人は金勘定が上手いが農民はそうでもない、というのと同根です」
「軍隊は、戦争になれば直接的に命が関わる仕事ではないですか。指揮を間違えば末端の兵卒だけでなく、自分自身の命も危ない」
「そうとも言い切れないようですよ。私が師匠に習った範囲では少なくとも300年から500年くらい前の戦争で指揮官が直接的に命の危機に晒される事は稀だったそうです。その頃の伝統が現代まで何となく続いている連隊も、中にはあるでしょう」
「そういう貴女は、命がかかっているのですか」
「痛いところを。かかっているとも言えるしかかっていないとも言えます。私自身は、この仕事を止めてもそんなに困らないのですよ。“本業”がありますから。しかし団員の多くはそうではない。私が傭兵団を解散したら途方に暮れる者が必ず出てきます」
「部下の命がかかっている、という事ですか?」
「それだけではありません。もしも……私が傭兵団を解散したとして、盗賊に零落れた者が襲った村に住む住民の命もかかっているんですよ。ギルドは戦争が無い時も傭兵団を維持し続けている私を阿呆と笑いますが、笑止です。槍や鉄砲の扱いしか知らない者をいとも簡単に解雇するせいでどれだけの村が襲われたか」
そういって視線を落としたキスカの横顔は、傭兵隊長ではなく婦人のそれであった。
山科はキスカについて“戦功ある有名な傭兵隊長”としか聞いていなかったが、ポゼイユ侯爵が他の誰でもなく、キスカに話を持ちかけたのは理由がありそうだ。
キスカという奇特な人物を通じて、皇国に対して暗に伝言しているのかも知れない。
「ではリエール隊長。命のかかった仕事を頼みますよ」
合同作戦に問題が多いとはいえ、だったら独立部隊として作戦の一翼を任せても大丈夫なのだろう。
目の前の女性は“皇国天皇が信用し婚姻を許可したリンド女王の臣下であるポゼイユ侯爵が信用して雇った傭兵隊長”なのだから。




