東大陸編29『リエール傭兵隊』
皇国軍の先遣隊本部は、ポゼイユ市域の外に置かれていた。
ポゼイユ侯爵や警備兵団本部との連絡要員は市内に居るが、本隊は市外の丘陵地に駐屯している。
この丘陵はポゼイユ城の支城が設けられていて、侯爵領の治安維持を行う防衛軍団本部とリンド王国軍のポゼイユ連隊本部もある要地だ。
車両は装軌装甲車2両、装輪装甲車4両、貨物自動車4両、自動二輪車4両、自転車20両、馬匹輜重車6両。
人員は先遣隊長を含んで200余名である。
部隊の要は転移直前に騎兵連隊から改編された捜索連隊の装甲車中隊。
皇国陸軍の捜索連隊といっても、全てが自動車化されている訳ではない。
3~5個中隊のうちの2~4個中隊は未だに既存の乗馬中隊である捜索連隊も多い。
そんな中、真っ先に装甲車で駆け付けるというのは司令部がこの地域を重視している証拠だ。
本来の性能や秘密の試験射撃結果を信じれば、装甲車といっても正面装甲なら2バルツ砲の直撃にも耐える筈であり、歩兵のマスケットであれば全周囲で貫通されない筈である。
武装は12.7mm重機関銃で砲火力は装備していないが、1km先の重戦竜も狙撃で射殺可能な機関銃で火力不足なら、どの道ポゼイユは陥落するだろう。
貨物自動車は37mm対戦車砲を牽引して来ているから、部隊に砲が存在しない訳ではない皇国軍の主力が到着するまでのお膳立てをし、到着後は引き続き側面支援を行うのが任務である。
十分とは言えないまでも、話にならない程の不十分ではないだろう。
ポゼイユ侯爵は、現状当てにならないリンド王国軍と自領の私軍以外の、数に入れられる手持ちの戦力として傭兵を頼った。
傭兵の名はキスカ=リエール。貴族以外では珍しい女性の戦闘員であり、100人以上を擁する傭兵隊長である。
事前に会合の約束があった日時丁度。
リエール傭兵隊の駐屯する本部がある宿屋に、2両の馬車に分乗した皇国軍将兵6人が訪れた。
陸軍少佐、少尉、曹長、軍曹が2人と伍長であり、全員が皇国刀を佩用している。
宿屋に併設されている駐車場で、先任軍曹が荷台の短機関銃を整備していると、少尉が関心した様子で辺りを見回している。
「如何しました、少尉殿」
「そういえば、この大陸に派遣されてから町の中をゆっくり見回す事が無かったなぁと思ったんだ。そう思うと何か緊張してきてね……」
「我々は駆け回るのが仕事で、景色を見渡すのも情報収集の為。旅行家のように町を散策する機会はありませんでしたからね」
今日は傭兵隊との宴席の為、6人はポゼイユ市内に長時間滞在する予定になっているのだ。
表敬の為、部隊指揮官による聖堂や教会への参拝(地域情報の収集も兼ねた軍事行動でもある)は
今までも通る町々で行ってきたが、庶民の暮らす区域に長居した事は無かったので、期待も不安も大きい。
陸軍少佐がポゼイユに駐留する先遣隊長であり、ポゼイユ侯爵の仲介で初顔合わせとなる。
宿屋の正面玄関で出迎えたのは傭兵隊長のキスカ=リエールと副隊長のトゥルク=タッカー。
皇国軍のうち少尉と軍曹2人、伍長は警備として残され、少佐と曹長のみがキスカの執務室として使われている部屋へ通された。
「ポゼイユ侯爵閣下より任務を拝命致しました、傭兵隊長のキスカ=リエールです」
「皇国陸軍少佐、山科希茂です。畏まらなくて結構。私も貴女と同じ平民です。
契約期間中は私が一時的な上官なので、任務の間は皇国陸軍大尉相当の将校として扱いますが、それだけです。副隊長のタッカー殿は皇国陸軍中尉相当として把握しています。ポゼイユ侯爵閣下との契約内容もその筈です」
「確認してあります。明日から正式に山科隊長の指揮下に入る用意も完了していますので隊員をご覧下さい」
お膳立てが殆ど済んでいたので、契約は署名した書類の交換等を形式的に済ませて終了。
傭兵隊の雇い主はポゼイユ侯爵だが、雇用期間中は皇国軍に貸し出されるという形になる。
キスカは単なる防衛隊ではなく、皇国軍を監視してポゼイユ侯爵に情報を流す密偵としての任務も当然預かっているのだろうが、その事には触れない。
皇国が直接雇わないのは、雇う必要も金も無いのが一番大きな理由だが、リンド王国側の有力人物を差し置いて当地の武力を吸収合併するような形になると、貴族や商人からの不要な反発が考えられたのもある。
傭兵隊の契約内容はあくまでも“ポゼイユ領の防衛”であって“リンド王国の防衛”でも“北方諸国の侵攻”でもない。
リンド王国全土の防衛と北方諸国同盟への逆侵攻を行うなら、それはリンド王国軍と皇国軍の仕事。
皇国がポゼイユ防衛以外の目的に傭兵隊を使おうとすれば、その時はポゼイユ侯爵の権限で待ったをかけられるようにしているのだ。
ポゼイユ市はミィカース河から分岐した人工の運河(ポゼイユ運河)の畔にある。
運河は市街の南から南東にかけて接していて、そのうち南東地区が主な物流拠点と倉庫街となっており、南から北に延びる大通りがポゼイユの正面玄関となっている。
大通りには様々な倉庫や商店、住宅、馬車の停留所のような公共施設が並んでいて、流石リンド東方第一の都市と謳われるだけの活気がある。
リエール傭兵隊の居る宿屋は港から大通りを北上して脇道に入った場所にある。
ポゼイユ城や皇国軍駐屯地からだと市の反対側の南東地区になるが、商工業街の一郭にあって上流階級の人物が訪れる場所ではない。
活気はあってもそれは舞踏会のような華やかなものではなく、様々な人、物、金が飛び交う事による庶民の熱気だ。
敗戦したとは言え、完全に滅びた訳では無いからこその光景である。
キスカの案内で食堂に通されると、既に傭兵隊の隊員達が集まっていた。
酒や煙草を嗜みつつ賭博で暇を潰していたようだが、キスカが入ってくると起立して向き直る様は、この世界の下手な正規軍より統率が取れているのではないか?
何故こういう人材がもっと正規軍に居ないのか、若い少尉には不思議な光景だった。
皇国陸軍のカーキ色の野戦服は、この世界の列強各国の“華やかな”軍服に比べるといかにも地味であった(それ故に敵味方の区別はし易かった)が、傭兵隊員達の“粗末な”服装と並ぶと、妙な統一感があった。
隊長のキスカは正規軍に準じるフロック風の深紅の軍服を仕立てていたが、部下達は必ずしもそうではない。
隊旗の下に集い徽章を付けていれば傭兵隊の隊員という扱いの為、服装については細かい規定が無いが、それ故に、隊員の多くは暗めの黄土色系の服装を普段の作業着と兼用の戦闘服としているからだ。
戦場においても革鎧が主な防具として利用されるので“土系の色”という意味で統一感がある。
「宿は貸切で、宴席の用意をしてあります。皇国の将校殿のお気に召すかは解りませんが……」
トゥルクが山科達を席に案内する。
貴族や上級将校の集まりだと席順で揉める事がよくあるが、今回は判り易い。
皇国側は全員平民で軍階級どおりの序列だし、傭兵に階級などあって無きが如し。
隊長のキスカ以外は“その他大勢”という括りで席順など拘らない。序列を付けるなら先輩か後輩かだけ。
皇国の将校2人とキスカ、トゥルクが“将校のテーブル”に座り、残りは適当な席に座って宴の開始である。
料理はこの宴席の為に特別に用意したものらしいが、全員が着席すると早速料理が運ばれてきた。
貴族のように給仕が一皿ずつ用意するのではなく、一度に全部持って来るからテーブルの上はすぐに手狭になる。
将校には白パン、その他には黒パンだが、それ以外はハムと雑多な野菜を包んだ蕎麦粉のガレット、獣肉の蒸し焼き、川魚と山菜のスープ、デザートは数種類のチーズと焼きリンゴ、飲料はビール一択。
素材はともかく、調理が雑である。塩と香草と申し訳程度の香辛料は使われているが、下拵えが不十分。
全く同じ食材を使っても、自分の妻や母親の方が絶対に美味しいものを作ると皇国人の6人が6人とも思っていた。
「侯爵閣下は傭兵を色々募集したようですが、案外集まりは悪いのですね。貴女達が奇特な例外のようだ」
「この業界、報酬は然程宜しくありません。かといって報酬の良過ぎる仕事はだいたい危ないものという不文律がありまして……。命より金が大切という者以外はなかなか募集に応じません」
「給金が安いと人は集まらず、高くても怪しまれると。中々難しいものですね」
「その殆ど唯一の例外が国軍の兵士です。生まれつきの将校ならともかく、望んで兵士になりたいと思う平民は稀です。だからといって兵士の報酬が恵まれているかと言えばそういう事もないのですが、それでも兵士になる者が居るのは、明日をも知れぬ生活よりは安定しているからです。傭兵は不安定ですからね」
「では、あなた方は何故不安定な傭兵を? 待遇は国軍の兵士と同じかそれより悪いのに」
「我々は、戦争はしたいが宮仕えしたくない者達の集まりです。暴れるだけなら山賊でも良いですが、あれは非合法ですから」
「ギルドに所属しないのも?」
「しがらみが面倒臭いのですよ。傭兵ギルドの排他性は他と比べて高い方ですが、良かれ悪しかれです。覚えておいて下さい。傭兵ギルドに頼るくらいなら町内会で、それでも駄目なら我々を頼るのが利口ですよ。何せ我々はギルドへの忠誠というしがらみが無い。雇い主よりギルドの顔色を伺う者とは違いますから、堅実です」
「我々に売り込まれても、人員も火力も足りていますからね」
「皇国の商社が来ているでしょう。大金や大量の商品を扱うからには、地元の事情に詳しい護衛の一つや二つ付けた方が宜しいですよ?」
夜の帳が下りても、蝋燭の灯りで宴席は進んだ。
2~3階建ての建物に囲まれた路地は昼間でも薄暗く、日が暮れたら真っ暗だ。
ポゼイユの大通りには街灯が整備されているが、それも灯るのは日暮れから数時間、街灯の油が自然に無くなるまでであり、深夜は月明りや星明り以外暗黒の世界になる。
ただし様々な物音はする。
歓声や喧嘩の声、犬の吠える声、何かがぶつかる音。
それらの音の発生源の一つは確実にこの場所であった。




