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皇国召喚 ~壬午の大転移~(己亥の大移行)  作者: 303 ◆CFYEo93rhU
西大陸編
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西大陸編04『戦列歩兵の死闘』

「え……あれを撃つのか?」

 機関銃に取り付いていた銃手は、そう思わずにはいられなかった。

 ライランス軍は純白の軍服に身を包み、最前列と2列目の兵士は白銀の胸甲を付けている。

 そして、連隊旗と鼓笛隊を先頭に綺麗な4列横隊を形成してゆっくりと行進して来る。

 非常に横長の横隊が前後に間隔を開けて展開しているというだけで、匍匐前進とか、浸透戦術とか、縦深戦術とか、そういうものとは無縁の進軍方法である。

 歩兵というものは、当然身を低くしてじりじりとにじり寄って来るものだと思っていた。

(あれでは、狙ってくださいと言わんばかりではないか)

 マスケット銃と軽機関銃の有効射程距離の差は、数倍以上はある。おそらく、敵は"まだ相手の射程内には居ない"と確信しているのだろう。


 分隊長から射撃始めの号令がかかる。

(彼等はまだ射撃位置に付いていないのだろうが……許せ!)

 そう思いながら、機銃手は機関銃の引き金を引いた。

 苛烈な十字砲火に、ライランス兵は一瞬何が起きたのかと狼狽する。が、それもすぐに終わる。


 遠距離からのマスケット程度であれば跳ね返せるであろう胸甲も、7.62mmの軽機の前には全く意味を成さない。

 最初の10秒で、敵の中隊と思われる横隊は全滅した。次の10秒で、隣の中隊を全滅させた。

 何の手応えも無い“作業”の一環として敵兵数百名を打ち倒したのだ。

 真っ白だったライランスの軍服は、今では真っ赤である。原形を留めていない軍服もある。


 突然の事態に、ライランス軍の部隊は恐慌状態に陥った。敵からの攻撃はまだ先だと思っていたところを突然銃撃されたのだ。それも凄まじい火力で。

 我先にと逃げ出す兵士を、下士官と思われる人物が怒鳴りつけ督戦するが、そんなものは現実の前にかき消されてしまう。


 完全に陣形を乱して逃げるライランス軍を、皇国軍部隊が追う。砲兵隊が敵の退路を砲撃し、軽戦車部隊を先頭に歩兵隊が敵を狙撃していく。


「皆、逃げるな! 逃げる者は射殺する!」

 そう言ってピストルを手にした士官も、ハルバードを手にした下士官も、皇国軍の銃撃の前に等しく倒れた。


 そんな中、まだ皇国軍の手が及んでいない中隊の中隊長は、突撃を命じた。

「ワルスフル連隊の仇討ちだ! 皆、続け!」

 中隊は駆け足で皇国軍の野戦陣地に突撃する。


 程なく、皇国軍陣地から反撃の銃砲撃があった。

(早い、早すぎる。この距離で射撃など!)

 中隊の持つマスケットはレジシオン歩兵銃と呼ばれる小銃。

 最新鋭でもないが、20年前の設計で手堅く、多くの連隊で採用されている。その歩兵銃の有効射程は約半シウス(≒100m)。


 だが、敵の小銃はその4倍の2シウスの距離で有効打を出している。

(銃の性能が違いすぎる! こんな遠距離で、なんでこんなに命中するんだ!)

 銃の命中率というものは、もっとずっと低いはずだ。しかも敵は銃に弾丸を装填する作業をせずに何度も撃っている。連発銃だ。


 こちらの射撃位置に付くまで、駆け足でもあと1分はかかる。

 既に中隊の半数は刈り取られてしまっている。1分後には文字通り全滅しているだろう。

(何を考えている。士官である私が部隊の全滅を心配するなど!)


 逃げ出そうとする者はいない。逃げたら後ろから撃たれるだけだと解っているから、前に進むしか無いのだ。

 敵に正面を向けていれば、胸甲で命が助かるかもしれないというかすかな望みを抱いている。

 いや、前から撃たれた友軍の兵士も、敵の弾丸は胸甲を貫通しているから同じことだろうか?


 そんなことすら、考えている余裕も無い。耳を劈く爆音に、中隊長も含めて頭がどうにかなりそうなのだ。

 敵は連発式の歩兵銃に擲弾、それに炸裂弾を使っている。何かの間違いかと思いたいが、不幸なことにこれは全て現実。


(あと、もう少しで射撃位置に付ける!)

 そう思った中隊長も、そこで数人の皇国軍兵士に狙撃されて息絶えた。

 歩兵小隊の軽機関銃や擲弾筒すら狙撃に参加しているのだ。無理もない。



「ん、何だ? あいつら連隊旗に軍服括りつけて振ってるぞ」

「本当だ。だが、なんだ? 我々に何を伝えたい?」

 突然、ライランス兵が取り始めた奇妙な行動に、皇国軍の攻撃の手は一瞬止まった。

「連隊旗を振っているんだから、つまり“我々はまだ戦う意思があるぞ!”って事を敵味方に告げているんじゃないか?」

「そうだな。確かにそうだ」

 連隊旗を高々と振るということは、つまりはそういう事だと納得して射撃を続ける。

 撃ち方止めの命令があるまで、銃を撃ち続けるのが機銃手の役目なのだから。


「慌ててるなぁ」

「そりゃあ、慌てるだろうさ。俺だって、機関銃の十字砲火に放り込まれたら……」

 生きた心地などしないだろう。


 銃撃再開から30秒ほど経つと、ライランス軍の連隊旗手がたった一人で走ってきた。

 武器は腰にぶら下げた剣以外は持っていなさそうであるが……にしても決死の行動だ。


「何だ? アイツは、死にたいのか!?」

 皆、そう思いつつも、誰も旗手を狙撃しない。


 皇国軍は、この世界に来てから変わったことがある。

 この世界の各国、各連隊が所有する見目麗しい様々な連隊旗に敬意を表して、『連隊旗(旗手)は狙わない』という自主規制のようなものを、形成していた。


 勿論、敵連隊が全滅した後にはその連隊旗を奪うことには変わりないのだが、圧倒的に優勢な状況で敵連隊が撤退を開始したような場合、『追いかけて連隊旗を奪う』という選択肢を封印した。

 戦果として連隊旗を奪った場合も、味方の連隊旗と同じく丁寧に扱い、それらは最終的に国防省所有となった。


 転移以前の大正時代、陸軍の重鎮である某将軍が、「連隊旗は軍人の魂そのものである。敵の連隊旗とはいえ、それを殊更に蹂躙し擅恣に扱う事は慎まねばならない」というような発言をし、明治期の「やれ連隊旗を奪え!」的な空気を幾分かマイルドにする事になったが、決定的ではなかった。

 まあ、その後の欧州大戦(第一次世界大戦)では連隊旗は本部の奥底で、奪うどころの話ではなくなっていたが。


 だが、この世界に転移して最初に目にした『敵の連隊旗』が「まるで絵画そのもののようだった」と言われるほど『芸術的』で、多くの陸軍将兵を感動させてしまった。

 こんなに素晴らしいものを、破いたり、穴を開けたり、燃やしたりしたら、罰が当たるのではと本気で思わせるほど、それらの『芸術性』は高かった。


 実際、それらの連隊旗は皇国の高名な西洋美術史家も唸るほどの凝り様で、後に皇国各地の美術館、軍事博物館で『連隊旗の展覧会』が行われるほどだったのだ。

 国防省陸軍局(陸軍省)が、『連隊旗のデザインの改訂』まで検討するほど、この世界の連隊旗は皇国軍に衝撃を与えていた。


「皇国軍の方々!」

 近づいてきた、ライランスの若い連隊旗手が大きな声を上げた。

「この旗と、連隊長の軍服が見えませんか!?」

 そう、怒鳴りつけるような剣幕だ。

「連隊旗に軍服だ。それはわかる」

「では何故、攻撃を中止してくださらないのですか!」

 ??????。


 言わんとしている事が掴めない。何故、連隊旗を振ったら攻撃を中止せねばならぬのか。

「あなた方は、野蛮人ですか!」

 そう、言い放った。明らかに劣勢な側の軍隊の旗手の、あまりに大きな態度。

「な、野蛮人だと! 貴様……」

 小銃小隊の上等兵が、軍刀を抜こうとした。

「まあ待て、田村上等兵」

「ち、中隊長……しかし野蛮人などと言われては!」

「黙っておけ!」

「はっ、失礼致しました!」

 中隊長は、上等兵の前に出て旗手と直接話を始めた。

「この激しい銃撃の中を、たった一人で走ってきたあなたの勇気に、敬意を表します」

「ありがとうございます」

 そう言いながらも、旗手は不満そうな顔を隠さない。


「残念なことに、我々はあなた方の文明に疎い。何故、攻撃を中止せねばならないのでしょう?」

「あなた方は、国際法も知らないのですか?」

「……はい。残念なことに」

「あなた、将校ですよね? それでよく今まで、戦争をしていられましたね!」

「…………」

「まあ良いでしょう。“軍旗に軍服をかざす”というのは、降伏の宣言です。よく覚えておいてください」

「……!!」

「軍旗を受け取ってください。それと、これは連隊長の帯剣です。これをあなた方の連隊長に渡してください」

「つまり、あなたの連隊は完全に降伏すると、そういう事なのですね?」

「そのための使者として、私が来ました。もう、私の連隊は死者か負傷者しかおりません。これ以上戦っても、お互い得るものは無いでしょう」

「わかりました。では軍旗とサーベル、確かに我々の連隊長に届けます。あなた方の連隊は、我々の捕虜という事になりますが、よろしいですね?」

「構いません。ただし、我々はあくまでも文明人としてあなた方の捕虜になります」

「私は下級将校に過ぎませんが、文明人として扱う事を約束しましょう。連隊長や師団長にも、その事はよく説明させてもらいます」



 この事実は皇国軍を大いに揺るがした。

 『降伏の証は当然白旗』だと思っていた前提が崩れたのだから。

 そうだ、我々は『別世界』に来たのだ。だったら降伏の証が『白旗』だと、何故決め付けられる?


 何故、宣戦布告の時に確認しなかったのだろう?

 『白旗』はあまりにも当たり前すぎて、誰も気が付かなかったのだろうか?


 今までもそのために『降伏を宣言していた敵部隊を、全滅するまで撃ち殺していた』部隊が居た可能性は否定できない。

 降伏した部隊を、一人残らず殺すまで攻撃を止めない……それでは『野蛮人』と言われても仕方が無い。


 改めて、皇国はこの世界の法や文化風俗に疎いという事を思い知らされた事件だった。

 『国際法』について慌てて研究が始まったのも、この事件がきっかけだった。

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