東大陸編25『爆弾の雨に謳えば』
九七式重爆は、最大で72発の2バルツ爆弾と36発の4バルツ爆弾。合計108発(288バルツ分)を搭載可能と見積もられたが、今回の出撃では約半分。36発の2バルツ爆弾と12発の4バルツ爆弾が搭載された。
爆弾は12発ずつ、2バルツ爆弾の束と4バルツ爆弾の束が1つの導火線に繋がれて搭載される。
手動で点火の後投下されると、まず2バルツ爆弾の束3つと4バルツ爆弾の束1つに分離し、最終的に全部の爆弾がバラバラの状態に分離しながら爆発する仕組みだ。
しめて合計48発。これだけでも、爆装飛竜30騎分の爆弾だ。
出撃する12機の九七式重爆なら、飛竜360騎分の爆弾量という事になる。
30騎分の爆弾を余裕を持って搭載する皇国軍の“大型飛竜”の性能に、改めてリンド軍将校は戦慄した。
全力なら108発で72騎分。たった12機の爆撃機で飛竜864騎分の爆弾という、列強国同士の正面決戦でもあり得ない量の爆弾を投下可能なのだ。
864騎と言えば、完全充足の数個飛竜連隊に相当する。
連隊の全騎が爆装する事は無いので、864騎が爆装して出撃しているという事は、国家の保有する飛竜が全騎、決戦場に出撃中というに等しい。
国を挙げての全力出撃を敢行しても不可能な量の爆撃を、たった十数機で成し遂げる皇国軍。
しかも、こういう機体を皇国は本国に何百、何千と保有している。
大陸派遣軍の航空戦力は、皇国軍全体の極一部に過ぎない。
つまり、飛竜に換算して数十万から数百万の単位の航空爆撃能力を、皇国は持っているという事だ。
全体で千騎以上の飛竜を保有する列強国に対して、数十機の航空隊を送り込んだ皇国軍だったが、質量的に見れば、皇国軍の投下した爆弾の方が二桁近く多かった。
補給に苦労していた皇国軍が、ガソリンや爆弾の消費を嫌って出撃を渋ってさえこうだったのだから、本来の全力を出せていたら、もう一桁か二桁多く落とされていただろう。
何の事は無い。リンド王国は皇国に対して“圧倒的な物量”で負けたのだ。
その矛先が、今度はマルロー王国に向けられようとしている。
大陸北方のライバルではあったが、ここ数十年は特段険悪な関係という訳でもなく、間に緩衝地帯を挟みながらも上手くやっていた国を、これから皇国軍が攻撃する。
リンド王国の人々にとっては、何とも後味の悪い戦争が幕を開けた。
北方諸国同盟の中心であるマルロー王国軍の主力部隊は北東のセソー大公国方面から、支援任務部隊は東のザラ公国とセラーニャ侯国方面から、それぞれ進軍してくる。
規模が大きいのは北側からの軍だが、リンド王国の王都ベルグに近いのは東側からの軍である。
皇国軍にとって重要なのは、東側からの軍はベルグ飛行場に駐留する陸軍機の爆撃圏内に入っている事。
約10万から成る軍勢を、それだけで壊滅させる事は不可能だが、撹乱と時間稼ぎにはなる。
何より、ザラ公国からポゼイユ領は近い。普通に歩いても10日とかからない距離だ。
軍事的にどうあろうとも、政治的には最低限ベルグとポゼイユの失墜は許されない。
だが、ベルグにある皇国陸軍の師団はまだ補給が完了していない。
幾らポゼイユが大都市と言ってもガソリンスタンドがある訳ではないから、先々の為には拙速も考え物だ。
事実、急ぎ過ぎて苦労したのがこの半年である。
準備を完了してから、無理をしない程度に急いでポゼイユを目指したら3~4週間はかかる。
行くだけなら今すぐ行けるが、観光に行くのではなく戦いに行く訳だから、到着はしたが戦えなかったという事にしない為にも、多過ぎるくらいの燃料と弾薬で丁度良いくらいだ。
一部の食糧と日用品以外、機械類は鹵獲も現地調達も見込めないから、本音を言えば米軍くらいの充実した後方支援が欲しいが、無いものは仕方がない。
“皇国軍”に対する恐怖を煽るため、準備が整っている少数部隊だけでも先行させて敵軍を揺さぶりつつ、本隊到着までの時間を稼ぐしか無いだろう。
ベルグの陸軍航空隊は、当面は輸送機と司令部偵察機を除く殆ど全部を東に向ける方針で決定した。
その間に、建設工兵が北方の都市に飛行場を建設し、ユラ神国や本国からの増援を受け入れて北東部の拠点を築く。
この新拠点については、北東のスコルマードが最前線基地として適しているが、王都から非常に遠いので準備も相応に負担が大きい。
王都から南北を貫通する大街道の終点であるカーリスが、現時点では有力である。
カーリスに中継拠点があれば、スコルマードにもマシャール・ペイグにも兵力を展開し易いし、北西の港湾都市ケリューネからの街道も繋がっているから、補給面の苦労も少ないだろう。
ケリューネはメッソールと違い、先の戦争では殆ど損害という損害を出していない。
ケリューネ伯爵所有の軍艦が、王国海軍の軍艦に混じって無くなりはしたが、それ以外の人的や物的損害は無かったから、港の状態は保たれている。
敵部隊の撹乱と遅滞を任務に、爆弾を半分と燃料を満載して飛び立った九七式重爆12機から成る爆撃隊は、マルロー王国軍の進軍路にあるセラーニャ侯国上空に近づいていた。
数日に渡る司令部偵察機と前進配備された直協偵察機による偵察によって、マルロー王国軍の師団がセラーニャ街道を進軍中である事が確定したのだ。
現地人たるリンド王国軍の飛竜連隊による航空偵察情報も、それを裏付けていた。
このような時の為にと、皇国からも北方諸国同盟に連なる各国へ宣戦布告が為されている。
爆撃隊は高度を下げ、上空1500mを240km/hでマルロー王国軍の展開する地域へ向かう。
先導する偵察機が敵軍の詳細な位置情報を無線で連絡し、天候等の現地情報も合わせて報告してくる。
天候は晴れ。風も穏やかで視界も良く、絶好の爆撃日和だった。
リンド王国に向けてセラーニャ侯国を進むマルロー王国軍の先鋒は、リンド国境まであと20km程に迫っていた。
今日はここで野営して英気を養い、翌日の早朝から全力で進攻を開始する手筈になっているのだ。
南には、ザラ公国を通ってくる後詰部隊も進軍中であり、街道はポゼイユの手前で合流する。
兵達は昼食を終えると、交替で宿営の準備を始めた。
街道から広がった平原に布陣し、歩哨以外のほぼ全員で天幕や襲撃に備えた陣地を設営する。
「ん……あれは何だ?」
陣地の南西方面で警戒していた歩哨が、見上げた空の先に豆粒のような飛行物体を見つけた。
警備隊の隊長が望遠鏡で眺めると、飛竜では無いが鳥でも無い物がこちらに向かっている。
という事は……。
「皇国軍だ! 将軍に伝えろ、皇国軍の空襲だ! 南西より急速に接近中。数は10騎程度!」
指示を受けた副隊長は、馬に飛び乗ると本部へと急ぐ。
空に向けて警報用の信号弾を撃ちつつ全力疾走で本部を目指すが、間に合わない。
敵の“飛竜”はぐんぐん近づき、馬を追い抜くと本隊の居る方向へと飛び去って行った。
本隊付近に展開していた対空砲兵も、信号弾で事態に気づいたのか慌しく駆け回り、対空火器の装填と照準を大急ぎで行い始めた。
いつも単騎か双騎で来る皇国軍とは、明らかに様子が違う。
誰もが確信した。遂に、偵察ではなく攻撃が始まるのだ!
対空砲も対空ロケット弾も、対応する上限高度は1200m、速度は120km/h程度であり、1500mを240km/hで飛ぶ九七式重爆には照準を合わせる事も、弾を届かせる事も出来ない。
それ以前に、巨大な爆撃機の影に幻惑されて、マルロー王国軍の対空砲兵は爆撃隊の高度を見誤っていた。
何で当たらないんだ? と照準を修正しているうちに、爆撃隊は投下コースを突き進む。
再装填して第2射を撃てれば良い方で、初弾の装填すら完了していない対空砲もある。
万全の対空陣地を構築していたとしても、効果の程は無に等しかったろうが。
リンド製爆弾を点検していた爆撃手や機銃手は、何とかここまで問題が発生せずに来れたことを感謝した。
あとは、導火線に着火して無事に落とし、上手く敵の頭上で炸裂してくれるかどうかだ。
爆撃隊は相変わらず高度1500m、速度は240km/hで水平飛行を保つ。
爆弾倉が開かれると、爆弾の威力不足を補うのに何かの足しになるかもしれないと試験も兼ねて搭載された、数百個の拳ほどの大きさの岩石と同時に、Zippoで点火された爆弾の束が落とされる。
特に問題も無く10秒程で全てを吐き出し、爆弾倉を閉じた爆撃隊はゆっくりと旋回して帰路に着きつつ、地上の様子を見守った。
貴重なガソリンを使った、ちっぽけな爆撃行にどれ程の効果があるのか?
その結果はすぐに出た。
幅約240m、長さ約720mの長方形の範囲に落ちた石と爆弾は、“皇国軍の想定よりは”大きな被害をマルロー王国軍に与えた。
落とされた576発の爆弾は、多くが上手い具合に敵の頭上で爆発してくれたようで、不発か早発だったのは2割(≒100発)程度だろう。上々の成果だ。
しかし、この高度でも想定範囲から百メートル以上ずれて落ちている爆弾もあるのは、ご愛嬌。
だが落とされた方は大混乱だ。
何せ、殆ど対応時間が無かった為に有効な反撃や避難が行えなかった。
落とされる爆弾の数も40~50発程度だと思っていたのに、実際はその10倍を落とされた。
爆弾1発あたり1人が死傷するとして計算しても、450人以上の損害。
実際の死傷者数は石による打撲も含めて520人程だったから、数百の飛竜隊による爆撃の被害に匹敵する訳だ。
「対空砲兵は何をやっていた!」
マルロー王国軍の師団長が対空砲兵連隊長を叱責する。
飛竜の直掩が無いのだから、敵の空軍が攻めて来れば最前線に立つのが対空砲兵。
それが敵を1騎も落とせていないばかりか、1発も当たっていないのは由々しき問題だ。
「敵が速過ぎます。対空砲の追従性能を超えています」
「それでは、軍の防空はどうなる?」
「対抗策を再検討させて下さい……」
マルロー王国軍だって馬鹿ではないから、皇国軍が対リンド戦で見せた空襲の情報は当然検証している。
『飛竜の3倍の速度、10倍の高度で飛び、100倍の威力の爆弾を落とす』というのは。
リンド王国軍の本陣に居たマルロー王国の観戦武官すら、空襲で命を落とす程だったのだ。
だが、やはり事前の“予行演習”と“実戦”は全く違う。
マルロー王国軍の対空砲兵は、気球隊の熱気球を高度1200m程まで飛ばしてみて、それに照準を合わせて模擬弾を撃ち、それなりの成果を得たと考えていた。
それで“砲弾はちゃんと届くし、導火線の調停も可能だ”というのは確認済み。
だが、その標的たる気球は風任せの乗り物であるから、“3倍の速度”の事はどうしても確認が取れなかった。
何をどうした所で、“この世界”に飛竜の3倍の速度で飛ぶ乗り物など存在しないのだから、実験しようにも標的に出来る素材が無い。
飛竜の3倍近い速度で飛ぶ鳥なら居るが、標的としては小さすぎるし、野生種で数が少ないから、人間が捕まえて来て調教し、訓練場の上空を上手い具合に飛ばす術も無い。
無理なものは無理。
対空砲兵は、仮想の皇国軍機を相手に“イメージトレーニング”をするより他無かったのだ。
しかも、マルロー王国軍はまだ気付いていないが、このような従来の対空戦の方法ではどう頑張っても“高度1200m以下を比較的低速で水平飛行する皇国軍機”にしか対応出来ない。
高度1500m以上を飛ばれたら手の出しようが無いし、熟練砲兵下士官が炸裂高度に応じて導火線の長さを調節している間に、ぐんぐん急降下してくる急降下爆撃機相手には、高度が足りても命中は期待出来ないだろう。
あるとすれば、大量の対空砲列を並べ、事前に時限調停を済ませた砲弾の“まぐれ当たり”を期待するしか無い。
対する皇国軍でも、爆撃行の評価は真っ二つに分かれた。
爆弾の元手は安く上がるにしても、中型爆撃機を動かすというのは、それだけでも決して安く済む軍事行動ではない。
今回は実験だったから良かったが、予想通り相手に与えた被害も多くなく、効果も安定しない爆撃任務を、これからも継続するのは愚かだという意見。
爆撃自体は陸戦に絶対必要な任務なのだから、皇国製爆弾の供給不足から爆撃を行えないくらいなら、この程度の爆撃でもしないよりはマシだという意見。
皇国製の爆弾は逆に威力が強すぎて、あまり集中的に爆撃しても効果はすぐに天井を衝いてしまうが、低威力の爆弾が多数だと被害が適度にばらけてむしろ良い。とも。
された方からすれば数百人の犠牲を出している爆撃を“この程度”と評価されているのは悲しい事だが、皇国も政治や経済活動の一環として戦争している以上、費用対効果の評価基準は自分達本来の爆弾による戦果だ。
12機の中型爆撃機が7.2t分の爆弾を落としたという事実のみが重要なのである。
実際の爆撃では、相手の密集具合にもよるから一概には比較できないが、やはり皇国製の爆弾を使うより、爆弾重量あたりの戦果は低い。
仮に今回、250kg爆弾を24発、6t分使っていたら、倍近い損害を強いれただろう。
何と言っても、こちらは加害半径が段違いなのだから、一発で巻き込める人数が桁違いだ。
多少標的から遠くても、標的が何かの影に隠れていても、問題無く吹き飛ばせる。
2バルツ爆弾や4バルツ爆弾だと、標的が少し離れて木製や鉄製の衝立か何かに隠れるだけで、かなり無力化されてしまうのだ。
距離によっては、布製の天幕だけでも破片や爆風を凌げる。
敵兵殺傷の確実性。
殺害するか、第一線での活動継続不可能な程の傷害を負わす可能性を考えると、建造物や掩蔽された陣地を何とかするのは、黒色火薬の20kg爆弾では非力なのだ。
この世界では、飛竜兵の爆撃は、野戦で騎兵や戦竜に対抗するための歩兵方陣を崩すために、方陣の内側目掛けて使われる事が多いが、やはりそういう使い方が一番理に適っているのだ。
そして、そういう目的で使うならば少数の爆弾より多数の擲弾という方法も有効性が高い。
火薬の性能等の差により、重量的には倍の2バルツ爆弾でも皇国製5kg爆弾より総合的な威力は低いかもしれない。
そんな爆弾に、やはり主力は任せられない。
しかし、完全に取って代えるのは無理でも、一部の任務で補助的に使う分には、皇国の兵站が楽になる面もある。
前線に新たな飛行場を造った場合、近隣の飛竜基地に配備されている1バルツ~4バルツの爆弾を合計で数百発購入して、適時に運用する事で本来の爆弾が到着するまでの爆撃任務の一時凌ぎに使う。という結論だ。
航空爆弾ではなく罠用の爆弾に使うとか、そういう方法もある。
本国で火薬と砲弾、爆弾の生産調整が解除されない限り、頼らざるを得ない場面もあるだろうから、その勉強料として見れば今回の任務も無駄ではなかった。
製造方法はこの世界で既に確立されているものだから、皇国が急な増産を依頼してもある程度は対応して貰える。
対価には金銀や宝石以外にも、転移以来供給過剰気味になっている絹織物のような軽工業製品を充てれば、国内の産業維持にもなるだろう。
つまり結論は『適時に購入し、適時に使用する』であった。




