東大陸編23『国際秩序を乱すもの』
リンド王国の東部と国境を接するザラ公国の首都ポカの宮殿では、ザラ公爵が訪れたマルロー国王を持て成す席において、リンド王国への侵攻について話を切り出した。
「陛下。リンドの件は如何に?」
「出陣は時間の問題だが、貴公は皇国軍の演武を観覧したか?」
「いいえ。ベルグに駐在する領事と武官を遣わしたのみです」
「私も自国の将軍が報告を寄越しただけで、この目では見ておらん」
皇国軍がベルグで行った祭りでは、兵器を用いた演武(火力展示)が行われた。
表向き“友好の祭り”だが、皇国に不信感を持つ人々にとっては“恫喝の祭り”だ。
「報告によれば、リンド王国軍を滅ぼした皇国軍の武力は本物らしいな」
「しかし、このまま手を拱いていては、彼の国の富は全て皇国に収奪されてしまいます」
「だが今の段階では、リンド王国軍は存在しないも同然。リンド王国を守るは皇国軍のみ」
リンド王国軍もまだ頭数としては万単位の兵力があるが、実態は形骸であり、とても列強国の戦力としては数えられない。
故に、国内の治安維持等の後方任務を行いながら、補充や訓練を行っている最中だ。
であるから、リンド王国が外敵と戦う場合に戦力として数えられるのは皇国軍の数万のみ。
しかし、この兵力もリンド王国軍との決戦でかなり消耗しているという。
リンド王国の主要な港では、軍の補給物資を陸揚げする皇国船が大量に停泊しているから、圧倒的な強さを見せ付けた皇国軍も内情はリンド王国軍と同様の可能性がある。
北方諸国同盟軍は動員がほぼ完了した30万超の勢力。
皇国軍が準備不足であれば、リンド王国との戦争のようには行かない筈だ。
祭りを名目に威圧して、諸国を牽制している隙に戦力を整えるつもりなら、皇国側にそのような時間を与えてはならない。
こんな事が、実際に上手く行くかどうかは判らないが、今を逃せば来年は無い。
皇国に取り込まれれば、軍事だけでなく政治や経済にも多大な悪影響がある。
そして、皇国の次の標的は恐らくマルロー王国。
だったら、リンド王国の支援に足を引っ張られている間に、一縷の望みを賭けてでも先制して……。
「2週間以内には始まる。始まらねば、始める。貴公も、そのつもりで準備を怠るな」
「はい。レイオン陛下……」
リンド王国からの返信がマルロー王国に届くと早速、王都ワイヤンのランブルーシ城にて御前会議が開かれた。
「ふむ。交渉も無く全て拒否か。頑固な所だけは父親に似たか?」
「あの妾腹は、自分の父親を殺した皇国人の首を刎ねる事に、何の躊躇いがあるのだ」
あの内容がそのまま受け入れられると考えていた人物は居ないが、交渉くらいは申し入れてくるだろうとも思われていたのだ。
北方諸国同盟として最低限譲れないのは王配の首だが、それ以外の部分では交渉の余地もある事はあるのだ。
皇国人たる王配の首すら差し出さないとなると、リンド王国は皇国の下僕であるという確信が強固になる。
事実、王配には最近リューグ公爵という爵位が下賜された。
リューグ宮殿は女王が王女時代を過ごしたベルグの城館なのだ。
その宮殿名を公爵位として叙爵するという事は、皇国の王配こそが唯一にして正統な夫であると公言しているに等しい。
しかし、このような婚姻に反対するリンド貴族は表立っては存在せず、ユラ教皇は何も咎めず、大司教も慣例どおりの結婚式を行っただけ。
西大内洋のオレス王国など、女王が諸手を挙げて喝采していた。
「こちらから幾ら働きかけても、リンド国内の貴族共が靡かないのは解せん。リンド人の誇りとやらは何処に行ったのだ。皇国を追い出そうとはしないのか」
マルロー王国の外務卿は、リンド貴族達の対応に苛立ちを隠せない。
リンド王国軍から脱走してきたという元兵士の言うには、皇国軍の残虐無比なる事、神話に描かれる大魔神の如し。
そのような者達をのさばらせ続けては、世界の終末だ。
「陛下、斯くなる上は……」
「そうだな。悪には悪の報いを受けてもらわねば、秩序が保たれぬ」
リンド女王の誤った考えは修正されなければならない。
王の失政を正し、諌言を行うのも臣下や貴族の務めというのに……。
悪徳が勝利するのが正義なのか?
神は傍観するのみで何も教えてはくれないが、秩序を回復する為ならば、きっと加護を賜って下さる。
リンド王国が交渉を撥ね付けたなら、北方諸国同盟にとって好都合だ。
皇国や皇国軍の支援などという空手形を頼りに強気になっているリンド女王に、自らの愚かさを思い知らさせねばならないのだ!
マルロー王国は、名実共に北方諸国同盟の盟主であるが、国王レイオンは、それが為にリンド王国のような荒廃を招く事は望んでいない。
兵は派遣しても戦場はあくまで国外に限定し、リンド国内か同盟国内で完結させるつもりであった。
近衛戦竜連隊長である王太子のアレキス、近衛飛竜連隊長である王女のメイヴィは、リンド王国軍の戦竜や飛竜が殆ど何の戦果も無く撃ち殺され続けた事実から、今までのやり方では駄目だと、戦術の転換を父である国王に上奏していた。
しかし、それは姑息で拙速な準備不足のモノだ。
それで万事が上手く行くようなものではなく、多分に泥縄的な変更であり、現場の混乱を招く危険もあったが、皇国軍を相手にする限りは有効と考えられる戦術が他に見つからなかったのだ。
上手く行くかは分からないが、やらなければマルロー王国が滅びるだけ。だからやるしかなかった。
「ベルグに宣戦布告の使者を出し、陸海空軍に所期の目的を完遂する事を期待する」
「はっ! 全世界の秩序と安寧の為に!」




