東大陸編17『皇国海軍第一航空艦隊』
皇国軍では、ベルグ包囲をやめてセグーニュへ一直線に行き、セグーニュを攻撃すべきという意見と、セグーニュ攻撃ではさらにリンド国王の態度を硬化させるだけで実入りが無いという意見に分かれていた。
食糧などが調達しやすいのはベルグだ。セグーニュは、近隣に大した町は無い。
しかし、王の居ないベルグを包囲しているのも何か間抜けに思えるのも仕方が無いだろう。
ユラの司令部では、佐藤中将が決裁を求められていた。
ベルグ包囲続行か、セグーニュ襲撃か。
佐藤中将の出した答えは、“ベルグの包囲続行”であった。
ベルグは皇国の京都や英国のロンドンのように歴史的に王都だから問題は少なく、セグーニュに軍を進めるのは、相手を刺激しすぎてしまうという懸念があったからだ。
話が通じないリンド国王に、どう話を理解してもらうのか、ユラの全権大使も頭を抱えていた。
皇国もユラ神国も、リンド国王を捕えて処刑しようだなどとは一切考えていない。
ただ、リア公国の原状を回復し、皇国船への襲撃を止めさえすれば、それで終わりだ。
そして、リア公国の現状はユラ神国の側になっているのだから、あとはリンド海軍艦艇の皇国船への襲撃をどうするかだ。
襲撃回数に比べて実害は少ないが、かといってゼロでも無い。
独航している皇国船に対して、数隻のフリゲートなどで囲まれると逃げ切れない事もある。
既にリンド海軍艦艇は出払って居るので、今さら海軍の根拠地を叩いても効果は低いだろう。
勿論、報復として叩きはするが。
また、秘密基地や秘密の補給船がある可能性があるので、それの捜索も必要だ。
広い大内洋、巡潜型の哨戒だけでは中々荷が重いという事で、水偵を搭載した5500t型がさらに5隻、
そして水偵を多数搭載可能な利根型偵察重巡2隻も、リンド海軍艦隊の捜索の為に出撃している。
敵は帆船なので、燃料の問題が無い。
水と食糧さえあれば、いつまでも跳梁跋扈される可能性があるのだ。
肝心の水と食糧は、秘密補給船からか襲撃した皇国船や他国船舶から奪っているのだろう。
先の欧州大戦で、敵ながら天晴れな活躍を見せたドイツ海軍のゼーアドラー号の如く活躍されてはたまらない。
皇国では、航路警備を行う護衛駆逐艦の数を増やすという手で何とか被害を食い止めようとしているが、そのために雪だるま式に増えていく石油消費量が、また頭の痛い問題であった。
勿論、備蓄はある。普通に使えば1年から1年半分の石油が。
しかし、備蓄がなくなる前に神賜島の石油開発が軌道に乗るかどうか、まだ予断を許さない。
東西両大陸を行き来する商船の数自体が少ないのでまだ助かっている部分はあるが、護衛駆逐艦の運用で年間数万トンという石油が余計に失われる。
リンド海軍艦艇を文字通り全滅させ、リンド王国に協力する海賊等を全て取り締まるという、かなり難しい事を実行せねば航路の安全が確保されないのが現状なのだ。
リンド王国海軍の戦列艦やフリゲート、スループ等の数は全部で200隻以上になる。
その対応に必要な巡洋艦や駆逐艦は、一体何隻になり、必要な石油や弾薬は一体どれ程になるのか、考えただけでも頭が痛くなってくるだろう。
王都を占領すれば降伏するだろうという見通しが瓦解し、戦争の終結が見えなくなってきた。
食糧の安定供給という大目標のためには、多少の無理無茶も必要という意見もあったが、そのために必要なコストは上がり続けている。
西大陸方面でそこそこ成功した同じ手を東大陸でもという訳には行かなくなってきた。
今や、対リンド戦争は食糧の安定供給のためのちょっとした武力支援という当初の目論みから、皇国という国家の威信という、厄介なものが付いて回るようになっている。
これが傷付くと、大目標の達成が難しくなるだろう。
皇国軍がリンド王国から撤退し、皇国側から自主的に戦争終了という事になれば、皇国と通商を結ぼうかどうか決めかねている多くの国が、そっぽを向く可能性がある。
現在、通商条約を結んでいる国からの目線も、変わらざるを得ないだろう。
勝たねば舐められる。
東大陸は人類発祥の地であり、強国、大国も多い場所だ。
そしてリンド王国は、東大陸でも五指に入る列強国。そこでの勝利は特別な意味がある。
下手に長引かせるよりも、人員や物資を惜しみなく使い、皇国の決定的な勝利を諸国に知らしめる事が何より重要なのではないかという声が高くなってきた。
皇国の精強さを知れば、皇国をよく知らないが故に安易に対立してしまう国も減るだろう。
そうすれば皇国がこの世界で生きて行くに必要な資源の調達も楽に進む。
場合によっては、武威により徴発する事も出来るのだ。
統合参謀本部は、海軍の第一航空艦隊の出撃を決定した。
目的は、積極的なリンド海軍の撃滅である。
今までは、輸送船団を襲ってくるリンド王国軍の軍艦を追い払う事に終始していたが、それでは終わりが見えない。
リンド国王と海軍が停戦と降伏を認めない以上、リンド王国軍の軍艦を全て沈没させねば勝利とはならない。
もはや形振り構っていられないのだ。
第一航空艦隊に所属する一航戦(翔鶴、瑞鶴)、二航戦(飛龍、蒼龍)、三航戦(天城、赤城)が、既に内地を離れて任務に就いている巡洋艦や潜水艦と共同して広い海域の索敵哨戒と攻撃を行う。
そして、北東大内洋を哨戒していた重巡利根の水偵が木造帆船の大艦隊を発見したのは、第一航空艦隊が出撃して10日目の事であった。
「利根より入電。敵艦隊発見。位置は北東大内洋、フレータル環礁」
「敵艦隊か! よし、補給を済ませたら急行するぞ」
第一航空艦隊司令長官には、リンド王国海軍の全滅という難しい任務が与えられていたが、司令長官は自身の持つ戦力に相当な自信を持っていた。
第一航空戦隊(翔鶴、瑞鶴。各艦、零戦24+4機、九九式艦爆24+4機、九七式艦攻24+4機)。
第二航空戦隊(飛龍、蒼龍。各艦、零戦24+4機、九九式艦爆16+4機、九七式艦攻16+4機)。
第三航空戦隊(天城、赤城。各艦、零戦24+4機、九九式艦爆24+4機、九七式艦攻24+4機)。
第七戦隊(最上、熊野、鈴谷、三隈。各艦、零式水偵3機)。
6個駆逐隊、駆逐艦24隻(陽炎型12隻、朝潮型8隻、白露型4隻。陽炎型の主砲は連装両用砲)。
その他支援艦艇多数。
合計34隻(+支援艦艇)、艦上機だけでも400+72機の大勢力である。
司令長官は、第一航空艦隊の戦力は第一艦隊すら屠れると考えるほどだ。
事実、昨年行った第一艦隊との合同演習では、戦艦5隻を大破ないし沈没させたと判定された。
対する損害は、30機程度。1割弱の損害は決して少なくないが、戦果を見れば十分以上だろう。
戦艦を始め、重巡や軽巡、駆逐艦や補助艦に至るまで対空火器の強化を急速に行うきっかけを作った大演習であった。
建造中の大和型戦艦など、設計を変更してまで対空砲の大幅な増設を行っている。そのせいで完成が遅れそうなのだが。
第一艦隊すら全滅させられる程の航空戦力。
精々大型駆逐艦程度の排水量の木造戦列艦を中心とした艦隊など、鎧袖一触であろう。
発見さえ出来れば、その敵艦隊の命運は決まったも同然なのだ。
「利根より入電。敵艦隊の詳細は、大型帆船30隻以上、中小型帆船50隻以上!」
全部で80隻以上。これは大捕り物だ。
艦隊の補給が完了すると、司令長官は艦隊の針路を2500km先のフレータル環礁へと命令した。
利根の水偵は相変わらずフレータル環礁を監視していた。
船の数は増えに増えて、大型艦(排水量2000t以上程度)38隻、中型艦(排水量1000t以上2000t未満程度)36隻、小型艦(排水量1000t未満程度)22隻である。
戦闘艦はそのうちの2/3程度で、1/3程度は補給艦や連絡艦などであろう。
中には飛竜母艦も1隻あった。リンド王国海軍の意気が見え隠れしている。
フレータル環礁まで距離450kmに迫った頃、皇国海軍第一航空艦隊から空襲部隊に出撃命令が下った。
風上に向けて28ktで突っ走る艦隊から、144機(爆装零戦48機、九九式艦爆48機、九七式艦攻48機)の第一次攻撃隊が出撃する。
出撃開始から約1時間半。
皇国海軍の攻撃隊は、フレータル環礁上空へと迫っていた。
フレータル環礁は、北東大内洋でも比較的大きな環礁の一つで、南北約12km、東西約15kmの三日月形の環礁である。
周囲にも複数の小さな環礁があり、全体では南北40km、東西60km程度の大きさの環礁群を形成している。
この地域に分布する珊瑚は、海水温15度程度の冷たい海に適応したものだ。
上空から見れば、これが寒冷な北東大内洋の島だとはとても思えないだろう。
風光明媚な環礁は、元世界の常識から考えれば赤道に近い温暖な海域にある島を思わせる。
しかし、太陽の昇る角度を測れば、ここが北緯45度の北海道と同程度の緯度にある島だとわかる。
これから、この美しい島々が戦場になるのだ。




