東大陸編07『流転のリア公国』
皇国陸軍がユラ神国で補給と再編成を行っている頃、リンド王国軍も部隊の再編成とリア公国の占領を完了し、防衛体制を整えていた。
リンド王国は確保したリア公国をユラ神国に認めさせようと使者を送ったが、ユラ神国の大使は当然だがリア公国のリンド王国への編入は認めなかった。
「軍団長閣下は皇国軍が攻めて来ても大丈夫なようにと仰るが、実際あの火力に対して“大丈夫”な布陣などあるのかね?」
「敵の炸裂弾と連発銃は脅威です。兵力を集中させて布陣すると、一網打尽です」
「だが、兵を分散させれば火力が弱まるし、各個撃破される」
リンド王国軍の作戦参謀は、ジレンマに悩まされていた。兵力を集中させねば皇国軍を撃ち破れないが、そうすると被害が増す。
もう、既に本国出撃時の半分以上の兵力を失っているのだ。本国の予備部隊から幾らかの増援が見込まれるとは言え、これ以上の損害は絶対に避けねばならない。
だが、果たして皇国軍に損害ゼロで勝利する事など可能なのだろうか?
リア公国の奪還は悲願ではあったが、果たして20万の将兵の損害に見合うだろうか?
「しかし、敵があの火力を維持出来る時間が短い事が判ったのは救いです」
「短いとは言っても、暴風雨のように荒れ狂う火力だ。勝ったとは言え、一体何万の将兵が死んだか? しかも敵は弾薬不足で撤退したに過ぎん。我々は敵本隊に損害は与えていないのだ」
リア公国での会戦は、皇国軍の独り舞台だった。
皇国軍が好きな時に始めて、好きな時に止めたのだ。リンド王国軍は、その間半分以上の将兵が放心状態だったに過ぎない。
皇国軍が弾薬が尽きて撤収したから、その場に残ったリンド王国軍がリア公国を確保しただけなのだ。
「リアの地は特に城壁があるわけでも、要塞があるわけでもない。山岳地に軍は展開できない。防衛に適した地形は限られる――」
「大佐、また皇国軍の機械竜が!」
皇国軍の機械竜の出現によって、話は中断された。
皇国軍の機械竜は飛竜基地を襲撃し、飛竜部隊を壊滅させた。
その上、リア公国へ進攻する行軍中も何度襲撃された事か。
まさに、目の上のたんこぶである。
今回は、前回までの機械竜と別の機械竜が襲ってきた。展開成った陸軍航空隊である。
編成は九七式戦闘機12機(60kg爆弾×2)、九七式重爆撃機12機(120kg爆弾×12)、九九式襲撃機12機(120kg爆弾×2)。
先頭を九七式重爆撃機が進み、比較的高高度からリンド王国軍陣地を絨毯爆撃する。
その後に九七式戦闘機と九九式襲撃機が続き、残りの大砲や人員を急降下爆撃していく。
24発の60kg爆弾と168発の120kg爆弾は、全く無防備なリンド王国軍に吸い込まれていく。
爆撃隊は、リア公国に布陣するリンド王国軍に休む暇を与えない。
投弾を終えると、恒例の7.62mm機関銃による機銃掃射。これでまた数百人が血祭りに上げられる。
2時間程すると、再び先程と同じ機械竜が現れた。皇国陸軍航空隊の第2波(編成は第1波と同様)だ。
陣地の復旧作業をしているリンド王国軍を、再度叩く。
「皇国軍の爆弾は、一体何で出来ているのだ……」
皇国空軍の襲撃を警戒し、あまり密集しないように布陣していたリンド王国軍だったが、それもあまり効果を上げていない。
特に塹壕に篭ったり、強固な土塁を作っているわけでも無い仮陣地だ。
多少兵を散開させていたとしても、九七式重爆撃機の絨毯爆撃は広い範囲を破壊し、九九式襲撃機は高い精度で逃げ惑うリンド王国軍将兵を爆撃していく。
少しばかり土嚢を積んだところで、それごと吹き飛ばされる。
死体を焼却して埋めるために掘った穴に飛び込んで一命を取り留めた兵士すら居た。
天幕では爆弾は防げないのは勿論、機銃掃射も防げない。逃げ遅れた某連隊長は、自分の天幕の中で死亡した。
「本国は何と言って来ている?」
「リアの地を死守しろと」
リンド王国軍司令官は、焦燥に駆られていた。
40万近い兵力を投入して万全の態勢で望んだ決戦。
だが、結果はその半数以上を失う大損害。しかも敵に与えた損害は皆無。
皇国軍を追い払った事で士気が幾分かは上がっているものの、逆に皇国軍のあまりの火力に萎縮している将兵も多い。
「この状態でもう一度皇国軍と戦えば、今度こそ我々は負ける」
「本国からの増援が望めませんからね……」
軍司令官は、本国に向けて少なくとも5万の増援を打診していたが、増援は殆ど無かった。
「40万近い軍勢でも皇国に触れる事すら出来なかったのに、15万の兵力では何も出来ないも同然だ」
「連隊の中には、殆ど実体を持たない程消耗しているものもあります」
「……帰るか?」
「しかし、それではリアをみすみすユラに明け渡す事に」
「しかしだ。帰還して本国で本格的に徴兵を行わねば、戦力の回復は不可能だ」
この世界の“列強国”の一般的な軍事制度は、選抜徴兵制である。
つまり、成人男性の中から使えそうな者だけを選抜して徴兵する。
だが、戦時にこれでは数が確保出来ないから、徴兵から漏れた、あるいは徴兵から逃げた者を拉致同然に連れてくるのだ。
“本格的な徴兵”とは、つまり拉致も含めた荒いやり方の事。
リンド王国軍は、幹部将校も含めて多大な損耗を生じている。
数だけは、まだ何とか15万近い人員が居るものの、実体はもはや形骸だ。
「ユラが出てくるかもしれないというのに、本国は何を考えているのだ……」
軍司令官は決断した。
“本国に帰還して戦力を整える”
3日間の準備期間をおいて、リンド王国軍はリア公国から撤退を開始した。
皇国軍は、ユラ沖の弾薬輸送船から続々と陸揚げされる食糧や弾薬を、前線に運ぶための馬車列に積み込む作業を行っていた。
輸送船からの陸揚げ作業は、近隣の漁村から一時的に借り受けた船まで動員している。
そしてその積荷を荷馬車に移す作業は、全兵科の兵が手伝っている。
「しかし、こうして何日もかけて懸命に運んだ弾薬も、数時間で無くなると思うと複雑な心境ですね」
「口ではなく手を動かせ。それに、これが皇国の選択した道だ。“現代戦”というな」
ユラ神国の首都ユラ近郊に造営された皇国陸軍基地は、陸上部隊と航空部隊が展開している。
その基地で勤務している2個師団+戦車連隊を与る東大陸派遣軍司令官の元に、来客があった。
「中将、ユラ軍のカリオリ侯爵が、お目にかかりたいと」
「カリオリ侯爵が? 通せ」
入ってきたのはユラ神国軍の陸軍元帥、カリオリ侯爵ヘイレル。皇国軍司令官は、開戦準備中に一度だけ顔を合わせたことがある。
「お久しぶりです、佐藤中将閣下」
「こちらこそ、今日はどんなお話でしょうか、元帥閣下」
「実は、皇国軍に折り入って頼みがあるのです。我が軍のリア公国への侵攻に先立って、大規模な空爆を行って欲しいのです」
「大規模な空爆ですか」
そう。“大規模な”空爆だ。
「我が軍は、リンド王国の飛竜陣地建設を察知してから、飛竜陣地の建設を進めていましたが、まだ稼働している陣地はありません。そこで、皇国の陸海軍に、リア公国のリンド本陣を叩いてもらいたい」
「ユラ神国は、どのような軍勢で攻めるつもりなのでしょう」
「8個師団12万8000と、支援部隊が2万です」
「リンド軍は未だに15万近い軍勢があり、さらに本国から最大で10万の増援があるかもしれないのですよね?」
「諜報部の判断では、本国からの増援は無かろうという事です」
「何を根拠に?」
「本国の10万は、戦略予備です。決戦に勝った後の後詰です」
「我が軍が撤退した事で、敵は決戦に勝ったと判断して増援を投入して、一気にユラまで進軍してくるかもしれませんよ?」
「それはありません。リンド軍にその余力はありません」
ふむ、ユラも馬鹿ではないな。同盟国として安心する。
軍司令官は指揮下の航空偵察隊や捜索連隊に独自に情報収集をさせていたが、そこから得られた情報から判断すればリンド王国はユラには来ない。リア公国か、あるいは本国まで撤退して軍を再編成するだろう。
皇国軍が与えた打撃は凄まじく、リンド王国軍は四肢をもぎ取られたも同然の損害を受けている。そこから立ち直って攻勢に出るなど、全く不可能だろう。
「リンド軍が、本国に撤退した場合はどうされます?」
「それならば、我が軍がリア公国に陣を敷いて防備を固めれば良いだけのことです」
「仮に10万の半分の増援を得て、20万のリンド王国軍が再び攻めて来たら如何です? 12万8000では倍近い差です」
「その頃には、皇国軍の準備も整っていませんか?」
「我々を当てにして下さるのは嬉しいのですが……確約は出来かねます」
何せ、ユラの港での荷揚げ量は1日300t程度。それ以外に毎日必要な250t程度の食糧や飼葉が現地調達だ。水や食糧、飼葉、一部の日用品などは現地調達で何とかなっているが、燃料や武器弾薬はそうはいかない。
戦車やトラックのための燃料や予備部品に、大砲や機関銃の弾薬は、大軍と戦うなら1会戦につき最低300t、通常なら1000tは必要だろう。3日間働いて、やっと1会戦分の燃料弾薬が荷揚げされるのだ。
これが皇国の主要港なら、1日で10会戦分以上の弾薬が荷揚げできる。
鉄道が無いというのも大きな問題だ。
港で荷揚げした物資は鉄道で前線近くまで運ぶ……という方法が使えない。
港から前線までの最初から最後まで、荷馬車と河川用の舟で輸送せねばならないのだから、労苦は相当なものだ。
リア公国から最も近いユラ神国の港まで、徒歩(荷馬車)で10日かかる。
軽快な戦車やトラックであれば2、3日の距離なのだが。
皇国軍はリンド王国軍との再度の決戦に向けて準備はしているものの、運んできた燃料弾薬を全て陸揚げするにはまだ数週間かかる見込みだ。
到着初期は戦車や砲、飛行機の陸揚げを優先させたため、弾薬類はギリギリの量しか陸揚げ出来ず、リンド王国軍に対して優位に立っていたものの撤退せざるを得ないという状況を作ってしまった。
その轍を踏まないためには、最低でもあと1週間か10日程度の準備期間が欲しいところだ。
「海軍の航空隊は、既に弾薬が尽きかけていますので、近日中に本国へ帰還する予定です」
「そうなると、陸軍の航空隊のみが頼りですか」
「陸軍航空隊も、爆弾の数がまだ揃わないので、全力攻撃が出来ません」
機体こそ全機稼働状態だが、毎日陸揚げされる爆弾の数が60kg爆弾50発、120kg爆弾300発程度では、出撃1回分である。
反復攻撃するためには、爆弾は最低でも1500発程度必要であり、陸揚げに5日、さらにそこから飛行場へ輸送するのに2日かかるので、1週間は経たないと全力攻撃は難しい。
「何もかも不足しているのですね……」
「目下、全力で戦力の補充中ですが、港の能力が問題です」
「皇国の船は大きすぎますな。あれでは港に接岸出来ない」
「仰るとおりです」
そう。皇国の艦船は、喫水が深すぎてユラの港に接岸出来ない。無理に接岸しようとすれば、座礁してしまうだろう。
故に、輸送船は沖に停泊し、大発や短艇で物資を荷揚げしているのだ。
陸軍を輸送してきた輸送船は、その帰り道にユラから購入した穀物を載せる手筈なのだが、これも荷役作業に非常に時間がかかっており、まだ1隻も帰途に着けていない。
「わかりました。皇国軍の準備に時間がかかるというのは理解しました。しかし、リンド軍が混乱している今が攻勢のチャンスです。我が軍は、単独でもリア公国のリンド軍へ攻勢をかけます。元よりこの問題は、我々の戦いです」
「解りました。では、お互いの武運を祈りましょう」
「はい、我々の武運を!」
リア公国との国境近くに待機していたユラ神国軍の主力部隊は、その後すぐに国境を超える準備に入ったた。




