東大陸編06『皇国軍の敗北』
皇国陸軍は、自動車化されていない一般的な歩兵師団でも、捜索連隊(騎兵連隊)用の軍馬や将校の乗馬用の軍馬、砲兵用の軍馬を除いて、輜重連隊のものだけを数えても5000頭以上の軍馬と1500両以上の馬車を保有している。
馬車1両あたりの輸送量を500kgとし、弾薬が3/5の300kgとすると、弾薬の量は450tになる。
凄まじい量にも思えるが、これでも全力で大体2~3回戦闘を行えば弾薬はゼロになる。
また、食糧や燃料、消耗品等もこの程度の馬車列では2~4日分程度しか輸送できない。
皇国陸軍は、毎日必死でユラ沖の補給艦から物資を輸送し続け、近隣の都市や村から物資を買い付け続けねば維持出来ないのである。
独立戦車連隊は、歩兵師団とは別に独自の輜重大隊を引き連れている。
部隊の全部が馬匹ではなくトラックの優良部隊だが、その分“重い”部隊だ。弾薬だけでなく、戦車とトラックに必要な燃料や予備部品の量が“重い”。
輸送船の数は問題無いのだが、港の陸揚げ能力の限界から維持が非常に危うくなっている。
派遣部隊の数が半数以下だった西大陸での作戦では、何とかギリギリ保ったのだが、この東大陸での作戦行動については、既に燃料弾薬の補給が追いついていない。
ユラ神国の主要な港の殆ど全てを使って物資を陸揚げしているにも関わらずだ。
リンド王国軍の将軍達が真っ青になっている裏で、皇国軍の将軍も真っ青になっていたのだ。
リンド王国が攻勢に回せるほぼ全軍を決戦に出してくれたから良かったものの、もし持久戦に持ち込まれていたら、皇国軍は動けなくなっていただろう。
リンド王国軍部隊の突撃が完全に跳ね返され、戦場が死体で埋め尽くされると、皇国軍の攻撃が止んだ。
乗馬し、白旗を持った皇国軍の軍使が、リンド王国軍の司令部へ向かって歩み寄っていく。
リンド王国軍の軍団長には、すぐにその意味が解った。降伏勧告に来たのである。
「リンド軍の将軍はおられるか? 私は皇国陸軍大佐、繁原重蔵と申す!」
繁原大佐が時代がかった口調でリンド王国軍の司令官を呼びつけると、リンド王国軍の陣地からも白旗を持った軍人が徒歩で出向いてきた。
「私はリンド王国陸軍大佐、ケレル=ストックレイ。歓迎します、皇国軍の軍使殿」
「ありがとうございます。では早速ですが、司令官の将軍はおられますかな?」
「後方の司令部にて指揮下部隊の降伏の準備をしています。私は軍団長であるデュール中将の代理として来ました」
「では、貴軍は我が軍に対して降伏をするという事で宜しいのですな?」
「はい。降伏します。先任であるデュール中将の第3軍団、レイル中将の第4軍団双方ともです」
「では、軍旗と軍刀、軍服を頂きたいのですが」
「用意しています。両中将の軍刀、軍服、そして王旗……」
ストックレイ大佐は俯き加減で降伏の確認を行っている。
王旗を奪われるとは、死罪にも等しい屈辱だが、これだけ一方的にやられたのでは仕方がない。
「まあ、そう気を落とされるな。貴方達はよく戦いました。何も恥じる事はない。もっと堂々とされて宜しいのですよ」
「ありがとうございます。しかし、敵国の将校に説教されるとは……」
デュール将軍とレイル将軍の2個軍団の降伏が行われた2時間後、戦場に別の4個軍団が接近中という偵察報告が寄せられた。
「今さっき戦った軍の規模の倍という事になるな」
「航空支援が得られたとしても、弾薬が保つか?」
「既に持ち運んだ弾薬の半分近くを消耗しています。この上で倍の規模の軍隊と戦闘になれば、弾薬は払底します」
「とりあえず、海軍に情報を提供して出来る限り叩いて貰う。その後の陸戦は……撤退も視野に入れねばならんかもしれない」
「はい……」
4個軍団、25万6000のリンド王国軍は、リア公国を北西方から半包囲するように接近していた。
連絡を受けた海軍艦隊航空隊が全力で襲撃を行うが、その数は未だ24万以上を数える。
「砲兵連隊は砲撃開始!」
皇国軍の砲兵連隊は、広く展開するリンド王国軍を満遍なく砲撃する。
1ヶ所に集中攻撃するより、1発あたりの損害を増やせるからだ。
2個連隊で105mm榴弾砲が128門。これが敵軍の16個師団に向けて放たれる。1個師団辺り平均8門だ。
「怯むな! 進軍せよ!」
先程から激しい空襲と砲撃に晒され、兵の士気がみるみる落ちていくのが解かる。
敵の大砲の密度はそれ程でもないものの、一撃一撃の火力が凄まじく、精度も高いため、爆音がすれば確実に多数の死傷者が生まれる。
「伝令! 中将閣下に伝令です!」
「何かあったか?」
「はい、こちらを御覧下さい」
伝令将校から手渡された手紙を、リンド王国軍第1軍団の軍団長が見る。内容は、第3軍団と第4軍団が降伏したというものだった。
「この事は伏せておけ。第3軍団と第4軍団は未だ健在だ、解ったな?」
「了解ですっ!」
相変わらず激しい砲撃だ。
1分間で何人が死傷しているだろうか。
敵との距離はまだ5マシル(≒6km)以上あるのだが、これでは接近して布陣する間に何千人、いや何万人が死傷してしまう。
しかも敵砲兵隊の姿が見えないというのが不気味だ。どこから砲撃されているのかが解らないと、不安は増大する。
「全軍停止、戦闘陣形へ変更せよ」
「連隊、止まれ! 四列横隊に整列せよ!」
他の軍団でも同様に、砲撃の中、戦闘段列への陣形変更が行われている。
中央に歩兵隊、歩兵の後に戦竜隊、側面に砲兵隊、砲兵隊の後、戦竜隊の側面に騎兵隊。
見渡す限り銃砲撃に曝されており、誰もまともな思考状態にないのは明らかだ。
「全軍、進撃せよ」
「連隊、前へ進め!」
抜刀した各々の連隊長を先頭に、太鼓に合わせて歩兵戦列が速足で行進していく。
他の兵科も、それに従って歩みを進める。
距離が近づいて来た事によって、歩兵砲と迫撃砲による砲撃が加わる。
先程以上の苛烈な砲撃に、リンド王国軍戦列には動揺が走るが、それでも進軍は止まらない。
その頃、決戦を前に皇国軍の砲兵連隊は力尽きてしまっていた。
「後方の砲兵連隊より報告です。弾薬が尽きた模様です……撤収準備に入っているとの事」
「そうか、よくやってくれた。無事にユラまで帰還しろと返信しろ」
その後、歩兵砲、迫撃砲による射撃で刈り取られていくリンド王国軍だったが、まだ人数は半分に減った程度だ。
「頃合だな。全軍、ユラに向けて撤退だ」
彼我の距離が約3kmを切ったところで、皇国軍の軍団長は撤退を決意した。
30分に渡る死の行軍を乗り切ったリンド王国軍兵士は約12万。
しかも、これだけ痛めつけられてもまだ撤退する気配がない。
12万と至近距離からぶつかれば、5万の皇国軍は分が悪いのは事実だ。
命令が下された皇国軍は、戦車隊を殿に整然と退却を開始した。
「何だ、敵は撤退していくぞ!」
「やった、俺達は勝ったんだ!」
リンド王国軍では撤退する皇国軍を見て、自分達が“勝利”したのだという事実に湧いていた。
「騎兵隊に追撃させますか?」
「いや、いい。今はリアの地を確保する事が重要だ。補給も必要だろう」
リア公国における大会戦では、リンド王国は多大な出血を出しながらも勝利を手にした。
対する皇国軍はリンド王国第3、第4軍団の捕虜を引き連れながらユラ神国へと帰還して行った。




