東大陸編05『第一次リア会戦』
リンド王国陸軍総司令部では、参謀団が軍司令官に“対皇国戦”の作戦計画を説明していた。
「陸軍24個師団、38万4000の戦力でリア公国に布陣する皇国軍を叩き潰します。今回の作戦では飛竜陣地も完成していますから、飛竜の援護も見込めます。4個師団で1個軍団を編成し、6個の軍団がリア公国を完全包囲、皇国軍をすり潰すのです」
「24個師団? 戦力過剰ではないか?」
「皇国軍を殲滅するためには、この程度の戦力が必要だと元帥閣下はお考えです。皇国陸軍は約5万強。約7倍の戦力差ですが、西大陸での戦争の結果から見ると、これくらいでないと皇国軍に返り討ちになります」
ライランス王国との戦闘では、皇国軍は3倍から6倍程度の兵力の劣勢を跳ね返して勝利している。
つまり7倍でも優位かどうかはギリギリなのだ。
6個軍団が共同歩調を取れなければ、各個撃破される危険もある。だが、こうでもしない限り正攻法で皇国軍を何とかするのは不可能だ。
そして正攻法以外(例えばゲリラ戦)で何とかするのは、練度や火力的にさらに不可能だ。
「しかし40万近い兵力となると、少しでも戦線が膠着すれば補給がままならなくならないか」
「一応、前線近くには6箇所の補給物資集積所を手配しています」
「能力は?」
「1箇所につき、1個軍団の1週間分です」
「1週間か、ではやはり速攻が必要だな」
人間の食糧や弾薬より量が必要なのが、戦竜や騎兵、砲牽引用、輜重隊用の馬の飼葉である。
補給部隊を構成する荷馬車は、それ自体が大量の飼葉を消費するものだ。
補給基地から前線の距離が遠ければ遠いほど、輜重隊の積荷の多くが自身を維持するための飼葉として消費されてしまう。
戦竜も飼葉の消費が激しい。体重あたりの消費量は馬より少なくて済むが、絶対量が違うので、結局戦竜隊は大量の飼葉を消費する部隊になる。
大部隊となると補給の問題は疎かに出来ないのだ。
「皇国を撃破後は、そのままユラか?」
「リアを併合出来ればユラは無視して良いでしょうが、ユラが兵を出すというのなら受けて立ちます。そのために10万以上の予備兵力を用意していますから」
「わかった。可能な限り速やかに皇国軍を排除し、リアの地を奪還する。噂の皇国軍を破れば、ユラも萎縮して反撃には出て来ないだろう」
とは言え、これだけの規模の軍を維持するにはユラ神国からの“物資調達”は必須。
その費用については、リア公国を不当に占拠していた等、幾らでも理由は付けられる。相当額の賠償金を得ねば、損害を補填出来ない。
各部隊に出撃命令が下されると、6個の軍団が3つの大街道とその周辺の道路を使って進軍を開始する。
この大街道はリア公国を経由してユラ神国へと続く西海岸道路の動脈だ。
歩兵、砲兵、騎馬兵、戦竜兵……。濃紺の制服に身を包む将兵達は、必勝を期して南進していった。
戦竜は地上最強の“兵器”である。
鉄砲や大砲の発達、歩兵陣形の改良によって、古代の時ほどの圧倒的な力は発揮できなくなったものの、現在でもその軍事的な価値は失われていない。
馬の3倍以上の体長に10倍以上の体重、頭には巨大な角。
数十、数百の戦竜による突進は圧巻である。
長らく、何人たりともその歩みを止める事はできないと思われてきた。
「敵の大砲は、威力も精度も桁外れだ!」
「鉄の戦竜に大砲なんて、反則だ!」
恐慌状態に陥っているのは、無敵と言われたリンド王国戦竜部隊。
500m以上の距離から放たれた速射砲や戦車砲は、戦竜の頑丈な肉体を貫き、ミンチにしてしまう。
重戦竜は銃砲弾から身を守るために鉄製の鎧を付けているのだが、それがまったく無意味と化していた。
今までは、遠距離から放たれた小型の大砲であれば軽い怪我だけで済むこともあった。だが今はそんなことは無い。当たればほぼ即死である。
500騎以上居た戦竜は、15分もしないうちに半分以上が死傷していた。
皇国軍の戦車部隊は、突進してくる戦竜を遠距離から迎撃し、主砲や機銃を撃ちまくった。
戦竜隊の側面を守っていた騎兵隊は、皇国軍の歩兵部隊の手厚い歓迎に進むも退くも不可能な状態になっていた。
遠距離では歩兵砲に迫撃砲と重機関銃、さらに近距離になると軽機関銃に小銃、擲弾筒まで加わり、まさに鉄の雨で騎兵隊を蹂躙している。
そもそも、作戦の前提が狂ったのが問題だった。
頼みの綱であった飛竜基地、飛竜陣地は皇国海軍による断続的な空襲によって壊滅し、多くの飛竜が出撃前に死傷した。
3日間の空襲で飛竜の損害は800騎以上になる。
これは前線にあった飛竜のほぼ全騎である。
空軍が壊滅し、制空権を握られた後の陸軍部隊は悲惨だった。
まず狙われたのが砲兵隊である。
リンド王国の各師団は、配下に1個砲兵連隊を編成している。
1個砲兵中隊で大砲4門、4個砲兵中隊16門で1個砲兵大隊を成し、2個砲兵大隊32門(1/2バルツ砲16門、1バルツ砲8門、2バルツ砲8門)で1個砲兵連隊であるが、その全部が皇国軍による事前の空襲と砲兵連隊の対砲兵射撃で損壊してしまった。
さらに4個大隊から成る軍団砲兵旅団も師団砲兵と同じ末路を辿る。
特に、嵐のように過ぎ去っていった空襲後の、皇国軍砲兵連隊による断続的な砲撃は、リンド王国軍将兵を恐慌状態に陥れた。
皇国軍の一般的な砲兵連隊は4個砲兵大隊から成り、1個砲兵大隊は4個砲兵中隊から成る。
第1大隊は重榴弾砲大隊で、4個重榴弾砲中隊から成り、1個中隊は4門の155mm榴弾砲を装備する。
第2、第3、第4大隊は中榴弾砲大隊で、それぞれ4個中榴弾砲中隊から成り、1個中隊は4門の105mm榴弾砲を装備する。
その他、各中隊は中隊本部、本部小隊、弾薬小隊、通信小隊、観測小隊、他から成る。
つまり皇国軍師団の砲兵連隊の砲数は重榴弾砲16門、中榴弾砲48門となる。
単純な砲の数だけで見てもリンド王国軍砲兵連隊の倍の門数であるが、その射程と破壊力は倍では済まない。
射程については10倍以上、破壊力については比較が馬鹿馬鹿しくなる程である。
歩兵師団では砲兵連隊の他に、高射砲連隊(76.2mm高射砲×16)、高射機関砲連隊(40mm機関砲×16、20mm機関砲×32)が、歩兵連隊には速射砲大隊(57mm速射砲×8)、歩兵砲大隊(75mm歩兵砲×8)と、中迫撃砲大隊(81mm迫撃砲×8)が編成され、歩兵大隊にも速射砲中隊(57mm速射砲×4)、歩兵砲中隊(75mm歩兵砲×4)と、軽迫撃砲中隊(60mm迫撃砲×4)が編成されている。
1個師団は3個歩兵連隊他から成り、1個歩兵連隊は3個歩兵大隊他から成るので、つまり、皇国軍歩兵師団は20mm口径以上の砲、機関砲を合計で308門(高射砲、機関砲を除くと244門。155mm榴弾砲16門、105mm榴弾砲48門、57mm速射砲60門、75mm歩兵砲60門、81mm迫撃砲24門、60mm迫撃砲36門)保有しているという事になり、リンド王国軍8個師団分の砲が配備されている計算になる。
歩兵小隊が装備する擲弾筒や小銃用のライフルグレネードを含めれば、近距離の火力差はさらに著しくなる。
ただし、東西両大陸派遣軍に関しては、砲兵連隊の榴弾砲大隊は全て105mm中榴弾砲、速射砲も全て47mm砲、迫撃砲も全て60mm砲と、本国の一線級師団より“軽量”である。
ともかく、圧倒的な砲火力には変わり無いが。
故に砲戦は一方的に推移し、皇国軍の大砲が1門も鹵獲や破壊をされていないのに対し、リンド王国軍は反撃や移動もままならず、鉄の雨の中、自軍の崩壊を見守るしかなかった。
リンド王国軍の砲兵隊が壊滅すると、皇国軍の砲兵隊はリンド王国軍の歩兵や騎兵、戦竜兵を執拗に砲撃する。
数時間の砲撃戦で、皇国軍は合計1万発近い砲弾をリンド王国軍の各師団に向けて放った。
1個師団あたり平均1200発を浴びせられたリンド王国軍は、戦う前から崩壊していた。
通常の会戦で撃ち合う砲弾の数と1桁違う(リンド王国軍の師団が保有する砲兵連隊の弾丸の定数は、1門あたり50発。つまり合計1600発であり、しかも一度の会戦で全部使う事など無い)上に、砲弾そのものの威力がまた桁違いなのだから当然である。
だが、2人の軍団長は撤退命令が出せずにいた。
この状態で背を向けたらどうなるか、考えただけでも恐ろしい。
故に突撃命令を発した。
戦竜連隊を先頭に、両脇を胸甲騎兵連隊が護る楔形の突撃陣形。
軍団配下の各師団の生き残りを集めて、ようやく本来の1個連隊の定数になる程度にまで兵力が落ち込んでいたが、今は突撃するしか士気を維持する方法が無い。
直撃を受けずとも、砲撃の爆音と爆風で思考力が朦朧としている将兵も多い。
撤退を許可してしまえば、待っているのは混沌とした壊走のみ。
だが、リンド王国軍部隊が憎き皇国軍砲兵や歩兵に迫る前に、戦車連隊が立ち塞がった。
決死の覚悟で突撃していたリンド王国軍は、そのとおりに屍を増やしていく。
戦竜と騎兵を先頭に、後方から歩兵が銃剣突撃の態勢で駆けるが、戦車砲と速射砲、機関銃によって先頭から順に撃ち殺されていく。
一兵でもいいから皇国兵を道連れにと思っても、銃の射程に入れない。
リンド王国兵が持つマスケットの有効射程距離は50m~100m程度だが、戦車砲や速射砲の有効射程距離はその10倍程度あるのだから。
圧倒的に数的優位にある側が包囲されつつあるという事実。
降伏するか?
軍団長や各師団長、連隊長は、その命令を出す事すら出来ぬ程に混乱していた。降伏するかどうか迷っている間にも、屍の数は加速度的に増えていく。
自分達が囮になり皇国軍の弾薬を消耗させる事で、残りの4個軍団の突撃が成功するかもしれない……。
そんな悲壮な考えも浮かぶ。
だが、皇国軍の弾薬は底無しに思える。猛烈な銃砲撃を数時間、殆ど絶え間なく行っているのだ。