東大陸編04『両海軍の認識』
次席提督の決断によってユラ沖への強襲攻撃を断念したリンド艦隊であったが、皇国軍の攻撃はまだ終わっていなかった。
第4次攻撃隊(編成は前3次部隊と同様)の24機は、北上するリンド艦隊を捕捉すると次々と爆弾を投げ落としていく。
そして、投弾が終わると機銃でまだ無傷の艦を弄るのである。
250kg爆弾を投下された艦は、ほぼ爆沈か大破であるが、60kg爆弾か機銃の攻撃を受けた艦は、艦の形はほぼ保たれたままで人員のみが死傷する。
操艦には多数の人員が必要で、無駄な人員は一人も居ない。機銃で操帆員等を失えば、艦の運動に支障が出てくる。艦橋に直撃を受ければ艦長や航海長等の艦の幹部が失われる。
実際、残り21隻の艦隊で“全く無傷”な艦は3隻しかいない。
第4次攻撃隊が去った後、2時間で第5次攻撃隊がリンド艦隊上空に現れた。
今度は今までの攻撃隊の倍、48機(零戦16機、九九式艦爆16機、九七式艦攻16機)の攻撃隊である。
「くそっ、皇国軍の飛竜は底無しか!」
日が暮れれば空襲も無いだろうが、まだ日没まで3時間近くある。
第4次攻撃の後、1時間が経過しても攻撃が無かったので安心していた矢先である。
これでのべ144騎“皇国軍飛竜”が来襲した事になる。敵は一体何隻の飛竜母艦を保有しているのやら。
単純計算で8隻は保有しているだろう。列強リンド海軍ですら、2隻しか保有していないというのに。
48機の皇国軍攻撃隊は、今まで以上に苛烈な攻撃でさらに沈没艦を増やす。
小破未満の21隻中、13隻が沈没し、6隻が大破。残る2隻も中破し、無傷の艦はゼロになった。
あるいは、即死出来た者の方が幸せだったかもしれない。
爆弾の破片で腕や脚が千切れ飛び、また腹を切り裂かれて内蔵を露出させながらもまだ生き長らえている将兵の苦痛は、想像を絶する。
あまりの苦痛に、ピストルで頭を撃ち抜いて自決する者も居た。
沈没艦から投げ出された将兵に救いの手を差し伸べる者は居ない。
何とか浮かんでいる8隻にしても、人員の多くが死傷しており、他艦の面倒を見ている余裕など無い。
残った人員の操艦で何とかリンド海軍の根拠地であるラ・ノームへ帰還するので精一杯なのだ。
折れたマスト、穴の開いた帆でもって、浸水を必死に食い止めようと足掻く水兵達を乗せた戦列艦隊は、夕刻の中を北上していった。
ベリアール元帥は、一方的に攻撃されて海の藻屑と消えたライランス王国海軍の末路と同じになった自軍艦隊の被害報告を聞くと、自室に閉じ篭った。
艦隊の被害は深刻で、戦列艦16隻、フリゲート18隻で編成された艦隊のうち戦列艦は全部沈没、フリゲートは10隻が空襲時に沈没し、5隻が帰路で浸水が激しくなり沈没、帰り着いたのはたった3隻であり、その何れも酷い損傷で、対して敵に与えた損害は1騎のみという、屈辱的なワンサイドゲームであった。
「閣下、お話があります。宜しいでしょうか」
アウリス・ソレイユーグ号の艦長が、ベリアールの部屋の扉をノックする。
数秒の間を置いて、ベリアールの部屋から返事があった。
「何の用だね、艦長?」
「閣下にお話があります。艦隊運用について、参謀長が直接閣下にお話がしたいと」
「……わかった。参謀長を私の部屋へ通してくれ」
「了解です。すぐに参謀長を御呼びします」
5分と経たぬ内に、参謀長はベリアールの部屋を訪れた。
「よく来てくれた。入りたまえ」
「はい。早速ですが閣下、今後の艦隊運用についてです」
「まあ座れ、ルドール少将。話はそれからだ」
ベリアールはルドール参謀長に腰掛けるように促した。
「では改めて、閣下は皇国軍の戦力をどう評価しましたか?」
「報告が全て事実であれば、想像を絶するな。敵はのべ150騎程度の“飛竜”を差し向けて来たようだが、これは我が海軍の飛竜数の4倍になる。しかも敵は飛竜のみで艦隊を全滅させた。我が方の艦隊は敵艦を1隻も目撃していない。ここから導かれる結論は、敵艦隊は4隻から8隻以上の飛竜母艦を保有し、索敵範囲は広く、飛竜の爆弾も戦列艦を沈没させるほどの能力で、つまりこの世界のどの国の艦隊も、皇国の飛竜母艦艦隊を目撃する事が出来ない」
「そのとおりです、閣下」
「で、その“インビジブルフリート”にどう対抗する?」
ベリアールは自分の中で一応の答えを出していたが、参謀長の意見も聞いておくべきだろうと、質問をした。
「敵艦隊は狙いません。ユラ沖には敵の主力艦隊が居るでしょうが、東大内洋の中央には艦隊は居ないでしょう。我が艦隊は東大内洋の中央に展開し、皇国艦隊を避けつつ、非武装であろう輸送船のみを狙います」
ベリアールとルドールは、ここで考えが一致した。広い広い東大内洋を通る輸送船に的を絞るのは非効率かもしれないが、これしか手が無い。
「ではフリゲートを中心に艦隊を編成し、食糧と水は積めるだけ積ませよう。数週間以上に渡る任務になるだろうから、艦の整備も入念にさせねば」
「はい、閣下。ではそのように取り計らいます」
第3航空戦隊は、この世界に転移して以来戦闘における初の艦載機損失を被った。
「敵の対空砲で初の損害か……」
「はい、九九式艦爆が1機、撃墜されました」
3航戦の司令部では、此度の損害を重く受け止めていた。撃墜されたのは旗艦天城の搭載機で、パイロットもベテランだった。
「敵の対空噴進弾は、追従性こそ劣りますが至近で爆発した際の破壊力は20mm機関砲に匹敵します」
「まともに当たれば飛竜を一撃で血祭りに上げるそうだからな」
「しかし照準と追従性の問題から、そう当たるものではありません。事実、西大陸での戦闘では1発も被弾しませんでしたから」
この世界の軍艦や基地には、対飛竜用対空兵器として仰角の大きく取れる対空砲があったが、本命は対空ロケット弾である。初速こそ遅いものの、炸裂弾なので破壊力や命中率が高い。
野戦軍でも、牽引式の4連発対空ロケット弾が馬匹牽引で使用されることもある。
前装単発式の対空砲と違って、連発出来るところも強みだ。厚い弾幕が形成出来る。
その分、大量の弾薬を消耗してしまうというデメリットもあったが、とにかく、この世界の標準的な対空戦闘では、まず遠距離でロケット弾の一斉射撃があり、中近距離では対空砲に葡萄弾や散弾を詰めて射撃するのがセオリーになっている。
対空ロケット弾の有効射程は、約600m。
比較的高高度を緩降下爆撃する九七式艦攻には殆ど関係無いが、敵艦上空300m付近まで急降下する九九式艦爆にとっては脅威である。
照準と時限信管の調定さえ確かならば、皇国軍にとっても侮れない対空兵器なのだ。
実際は、照準も信管調定も熟練下士官の勘と経験によって行われているため、速度の速い皇国軍機に対応出来ずに外れ弾ばかり出しているが、今回のような“ラッキーヒット”もありうる。
「天城からは予備機と予備搭乗員を出しますから、戦力の低下はありません」
「それは解っている。対策は無いのかという話だ」
「急降下爆撃をしないこと……では根本的解決になりませんか」
「爆撃精度は確保したい」
「今までどおりやるしかないでしょう。実際、転移前は敵の直掩機や対空砲で爆撃機が落とされる事を前提で作戦を立てていたではないですか。むしろ本来出しているはずの損害が出ていないのですから、喜ぶべきです」
「確かに、そうかもしれんな……」
海軍機の被撃墜は、皇国軍の考え方を強固なものにした。
『対空陣地や戦列艦はいち早く討ち取らなければならない』と。