東大陸編03『世界最強海軍の激闘』
「伝え聞く所によると、皇国の武器は一撃で数十、数百の兵士をなぎ倒すとか」
「どこの魔法使いだね。そんな御伽噺に出てくる英雄の武器があるわけなかろう。新参者にまんまと負かされた、ライランスの誇大妄想だ。それに、大内洋を渡って数万の兵力を展開する事は不可能だ。数百か、せいぜい数千が限度だろう」
リンド王国軍では“皇国”の噂が、上は将軍や提督から、下は兵士に至るまで流れていた。
戦列艦アウリス・ソレイユーグ号の提督私室で、主席提督のベリアール元帥はライランス王国海軍の損害について様々な報告が纏められた紙面に目を通していた。
ドアをノックする音に、ベリアールは顔を上げて一言、入れとだけ答えて再び目を落とした。
「失礼します」
そう言って入ってきたのは、海軍附特別顧問のハッケン子爵。紙面と睨めっこをしているベリアールを見ながら、子爵は椅子に座った。
「提督、またライランスのことですか」
「私もこれが仕事でね」
ようやく、ベリアールは目を上げて子爵と目を合わせた。
「他国の動向を見るのも良いですが、ライランスはライランス。我がリンド王国とは違います」
「他人の振り見て我が振り直せという諺もある……で、私のところに来たのは何の用で?」
ベリアールは書類を纏めて話に入る。
「我が国王陛下は、海軍にユラ神国攻撃も含めた戦争計画を求めておられるのはご存知ですな?」
「ああ、知っている」
予てよりリンド国王は陸海空軍に対して、ユラ神国を標的とした攻勢も視野に入れるように言っていた。
「攻撃の時です。戦列艦10隻から20隻を以ってユラ神国の沖に進軍し、皇国に痛い目を見せてやるのです」
「そのように、陛下は仰せなのか?」
「左様です。それで皇国の商船の一つでも拿捕か撃沈してやれば、奴らも目を覚ますだろうと仰せです」
「…………」
既に陸軍の一部隊が皇国軍によって壊滅させられている。それの弔い合戦と、ユラ神国への支援を止めさせる意図があるのだろう。
「可能ですかな?」
「陛下がやれと仰るならば、我々も一応の準備はしている」
「では……」
「ユラ神国の沖まで何の抵抗も無ければ可能なのであって、皇国の艦隊とぶつかった場合の結果については保証しかねる」
「随分と弱腰ではないですか、常勝提督らしくもない」
ベリアールは、リンド国内では常勝提督として通っていた。
歴史に名を残すような輝かしい勝利こそ無かったが、堅実な艦隊運用で小さな勝利を積み重ね、敗北を喫した事も無かったのだ。ベリアール提督に任せれば負けないという安心感があった。
「私は魔術師ではない。勝つべくして勝つよう、艦隊運用を行っているだけだよ。皇国の軍艦は、確認されている限り全て動力機関を搭載した鉄甲艦だそうだ。そして商船までもが動力機関を搭載し、船体は鉄でできている。この意味が解かるかね?」
「不利なのは解かります。ですが不利だからといって最初から戦を放棄するのは、武人として……」
「不利、といった程度の問題ではないのだよ。単に木の船は鉄の船より不利だといった話ではない。私は船体の全てが鉄の船を何十も建造できる国力をこそ恐れる」
ベリアールは良く言えば慎重、悪く言えば臆病なところがある。ハッケンはそのような性格を知っていたから、今度もかという思いであった。
「国力ですか」
「そうだ。巨大な鉄の船1隻造るのに、一体どれ程の鉄が必要か? 製鉄所の規模から、我が国とは違うのだろうな」
憶測でしかなかったが、ベリアールは言わずにいられなかった。噂される巨大な鉄の船を造れるだけの鉄を、皇国は生産可能なのだ。
(ライランス王国は負けるべくして負けたのだ……)
皇国では、実際は何百、何千という鉄の船が行き来していると知っていたら、ベリアールはより頭を痛めていただろう。
リンド艦隊の南下を捉えた第3航空戦隊は、攻撃隊を編成する。
第1次攻撃隊は零戦8機(60kg爆弾×2)、九九式艦爆8機(250kg爆弾)、九七式艦攻8機(250kg爆弾)の合計24機。
爆弾は全て対地用の榴弾である。徹甲弾を節約するためと、木造帆船に対しては徹甲弾よりも炸薬の多い榴弾の方が効果的なためだ。
戦列艦16隻、フリゲート18隻で編成されたリンド艦隊は、順風を受けて南下している。沖に出ている艦隊上空に飛竜の直掩はない。
「敵騎発見! 皇国のものと思われます!」
「対空戦闘準備!」
艦隊司令官の命令で、各艦では対空砲や対空ロケット弾の発射準備作業が行われる。
「速い!」
「照準できません!」
時速300kmを超す皇国軍機に対し、リンド艦隊の対空火器は追従出来ず、対空砲弾や対空ロケット弾は皇国軍機が通った後の空間を虚しく通過する。
そんなリンド艦隊を嘲うかのように、皇国軍攻撃隊は爆弾を投下し、機銃を乱射する。
24機の皇国軍機は大型の戦列艦を集中攻撃する。
16発の60kg爆弾のうち10発が、16発の250kg爆弾のうち12発が5隻の戦列艦に命中し、大破炎上させる。
攻撃を受けた5隻はマストも炎上倒壊し、艦隊から落伍していく。
攻撃を受けた艦上では、多数の死体が血塗れで散乱しており、床は血に染まっていた。
特に250kg爆弾を受けた艦では、上半身が吹き飛ばされたまま下半身が壁に横たわっているなど、無残な状態の死体が複数あり、生き残った将兵もその爆弾の破壊力に恐れおののいていた。
戦列艦が使う通常弾(球形弾)では、こうはいかない。
「艦列を乱すな、残った艦で皇国船を討ち取る!」
リンド艦隊は残った11隻の戦列艦と18隻のフリゲートでユラ沖の皇国船を襲撃すべく、さらに南下を続けた。
だが、第1次攻撃隊が去った1時間後には第2次攻撃隊(編成は第1次攻撃隊と同様)がリンド艦隊を襲う。
先程と同様、照準の合っていない対空砲火が皇国軍攻撃隊の横を通り過ぎる。
が、先程と違う現実が皇国軍を襲った。投弾を終え、機銃で別の戦列艦を狙っていた九九式艦爆の1機が、対空ロケット弾を被弾したのだ。
対空ロケット弾は、導火線による時限式のロケット弾だ。規定の時間が経つと、黒色火薬によって鉄製の破片が飛び散る仕組みである。
そのロケット弾の破片が、九九式艦爆の右翼を強かに叩いた。至近距離で炸裂した破片は、複数が九九式艦爆を包み込み、右翼をもぎ取られた同機はそのまま海に突っ込んで爆発した。
「やったぞー!」
「敵を全部撃ち落せー!」
殆どまぐれ当たりに近いものであったが、当たりは当たりである。皇国軍機を撃ち落としたリンド艦隊の士気は否応にも上がる。
だが、リンド艦隊の戦果はこれのみに留まり、この対空攻撃で艦隊の対空ロケット弾が底を突いていた。
また、さらに戦列艦2隻とフリゲート3隻が大破炎上し、多くの人員が失われていた。
第3次攻撃隊(編成は第1次、第2次攻撃隊と同様)が現れたのはまた1時間が経った頃である。
「ええい、皇国軍の飛竜は一体何騎いるのだ……」
通常、海戦に用いられる飛竜は偵察や連絡用で、爆撃用途に用いられるものはせいぜい10騎かそこらである。
対して、皇国軍はこれで合計72機の爆撃隊を向けてきている。これは標準的な飛竜母艦に搭載可能な飛竜数の数倍である。
しかも、抱える爆弾の威力が途方も無い。
小型爆弾ですら、飛竜の10バルツ爆弾の数倍の破壊力があり、大型爆弾になるとその破壊力は10バルツ爆弾の10倍以上ではないかと思えるほどだ。
「対空攻撃はいいから、回避運動に専念させろ」
「しかし……」
「もうロケット弾が残っていないだろう。対空砲弾も殆ど使ってしまった。この上、下手に悪足掻きするよりは回避に専念すべきだ。各艦に伝えよ」
「了解しました!」
対空砲や対空ロケット弾は最上甲板に置かれる。通常の砲列甲板よりさらに上の艦首楼甲板、艦尾楼甲板、上甲板、ギャングウェイ等の置けるところに置かれるわけだ。
これらがあまり重いと艦の重心を不安定にさせる。だから対空火器は必要最小限しか積まないのが基本である。
皇国軍のように“航空攻撃の天下”でないこの世界では、その程度の対空火器でも事足りたのである。
皇国軍航空隊は、無傷の大型艦を集中的に狙って次々大破炎上させていく。
その爆弾は、ついに旗艦であるミリーア号を捉えた。
九七式艦攻から投下された250kg爆弾はミリーア号に命中し、最上甲板を突き破って砲列甲板で爆発した。
砲列甲板としては最上の甲板は、2バルツ砲の砲列や弾薬がある。爆弾が、置かれていた火薬に引火すると大爆発を起こし、さらに下層の3バルツ砲列甲板にまで火の手が回る。
そうすると、さらに激しい爆発が起こって最下層の5バルツ砲列甲板を巻き込み船体は炎に包まれながら崩壊。
数分も経たぬうちに、ミリーア号は轟沈した。艦隊司令官や司令部が他の艦に移乗する間もなかった。
先程、第2次攻撃で九九式艦爆を撃墜した時の威勢はどこかへ吹き飛んでしまった。
次席提督が呆気に取られる間もなく、皇国軍の攻撃は続く。
回避運動に専念する艦隊に対しては、緩降下爆撃を行う九七式艦攻の命中率がやや落ちてきた。
だが、急降下爆撃を行う零戦と九九式艦爆の高い命中率は相変わらずで、特に専門家である艦爆の命中率は終始7割を超えていた。
第3次までの攻撃で、皇国軍は旗艦ミリーア号を含む戦列艦8隻とフリゲート5隻を沈没ないし大破させた。
だが、攻撃はまだ半分が終わったばかりなのだ。