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皇国召喚 ~壬午の大転移~(己亥の大移行)  作者: 303 ◆CFYEo93rhU
東大陸編(上)
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東大陸編02『侵略者を追い払え』

 リア公国は東大陸西海岸のほぼ中央に位置するユラ神国と北方のリンド王国の間に位置し、台形の国土の面積は皇国の東京都区部とほぼ等しい。


 首都は国土の中央よりやや南に位置する人口2万5000の都市ヴュカース。

 国土の大半は山脈で、人口は約20万であり、産業としては銅鉱山と岩塩鉱がある。国民の多くはこの鉱業労働者であり農民は少なく、食糧はユラ神国からの輸入で成り立っていた。


 50年前、リンド王国の王家の傍系であるリア公爵が、自領をユラ神国に寄進した。

 ユラ神国は、リア公爵領をリア公国として分離独立させ、現在に至っている。


 リンド王国は、10年間で大拡張した軍備を背景にリア公国に“領土の返還”を迫った。

 リア公国は実質ユラ神国の領土だったため、リア公国はユラ神国に通報した。


 ユラ神国としては、困った事になった。

 リア公国の鉱山は有用だが、だがリンド王国と戦争してまで護る必要があるのかと。

 今や東大陸随一の軍備を持つリンド王国と全面戦争になれば、ユラ神国は負ける可能性すらある。だが、“保護国”を護れなければユラ神国の“宗主国”としての面子に関わる。


 そこへ、手を差し伸べたのが皇国である。

 皇国が軍事力を提供し、リア公国の防衛とリンド王国への侵攻は皇国が担当するから、ユラ神国は自国の防衛だけを考えてくれれば良いと。


 “対等な軍事同盟”によって、ユラ神国はリンド王国からの最後通牒に対して強気に出られた。 『ユラ神国もリア公国も、いかなる侵略者に対しても断固として戦う』と。



「本来、この地はリンド王国のものであった。だが、50年前にユラ神国がこの地を分離独立させ、ユラの保護国とした。我等は、かつてのリンド王国王家の直轄領を奪還するための尖兵である。リア軍を排除し、ユラ軍が応戦に来るまで、リアの地を死守するのが我等連隊の役目である」


 リア公国に、リンド王国軍の歩兵連隊を中心とした軍が侵攻してきたのは早朝だった。


 リア公国軍の常備軍は歩兵連隊1個600人に、騎兵連隊1個120騎、砲兵中隊1個に大砲4門。

 対するリンド王国軍の戦力は本隊から分派された先遣部隊の歩兵旅団のみだが、歩兵だけで3個大隊1800人余。砲兵大隊1個に大砲16門、騎兵中隊1個160騎。


 事実として勝負にならない。1時間余りの戦闘で、リア公国は降伏した。


「あとは、我々の増援とユラの増援のどちらが早く到着するかだ」

「十中八九、我が軍の方が早く到着するでしょう。そうすれば砲兵連隊の増援もあります」


 連隊長はリンド軍の勝利を確信していたが、リア公国の上空3000mを九七式艦攻が飛行している事には、リンド軍の誰一人として気付いていなかった。



 日が天高く昇る頃、リンド王国の第二波、主力部隊がリア公国からユラ神国への国境に向けて進軍していた。

 だが、ユラ神国まであと3km(2マシル半)という所で思わぬ襲撃を受ける。


「何だあれは、飛竜じゃないぞ!」

「あれが何かは解らんが、とにかく物陰に隠れろ!」

 といっても、切り拓かれた街道で物陰など殆ど無いのだが。


 襲撃者の正体は皇国東大陸派遣軍の海軍艦隊航空隊。

 零戦12機(60kg爆弾×2)、九九式艦爆12機(60kg爆弾×4)、九七式艦攻12機(60kg爆弾×6)の合計36機。

 合計144発の60kg爆弾によって、4列縦隊の行軍隊形は見るも無残に引き裂かれ、後方を進んでいた砲兵連隊の馬匹は死傷し、大砲もあらかた破壊されてしまった。


 爆弾を投下し終えた航空隊は、7.62mm機銃で残敵の掃討を始めた。

 マスケットで反撃を試みる者も居たが、当然命中などしない。殆どの兵士が、何が何やら解らぬまま逃げ惑うただの人と成り果てている。


 密集して行軍していたことが仇となり、リンド王国軍の隊列は殆ど壊滅し麻痺状態。

 5000人は居たリンド王国軍の将兵は、航空隊が引き上げる頃には3000人程度まで減っていた。

 大砲の殆ど全てと馬匹、小銃隊が壊滅した事で、もはや組織的な戦闘が行える状態ではなくなっている。


 皇国軍の航空隊が戦場を離れて10分程経つと、戦場に八九式軽戦車の中隊が現れた。20両の八九式軽戦車は、背後に歩兵連隊を引き連れ、先頭を進んでいる。


「皇国軍か。西大陸では何やら派手に暴れたそうだが、東大陸ではそうはいかんぞ」

 命辛々、岩陰に隠れた旅団長はそう言うが、事実としてリンド王国軍に反撃能力は無い。

 小銃隊も砲兵隊も殆ど死傷しており、残っているのは連隊旗と鼓笛隊と輜重隊だけだと言って過言ではないのだ。

 その他の軍属や娼婦なども殆ど無傷ではあったが、彼等は勿論戦闘など出来ない。リア公国侵攻部隊で無傷なのは、後続の第三波部隊である騎兵隊のみである。


「小銃隊、二列横隊に整列!」

「連隊長、小銃隊はもう全滅です。我が中隊では、生き残りは十数名で……」

「ではどうする、逃げ帰るのか?」

「降伏しましょう。このまま敵に背を向けても、追い散らされるだけです」

「ならば旅団長は、王の旗は何処だ!」

「王の旗はあそこに。旅団長も無事です」

「連隊旗はともかくとして、王の旗を奪われるわけにはいかん」

「では、ここに踏み止まって徹底抗戦して時間を稼ぐしか……」

「そうだ、だから残りの小銃隊を前へ。1分でもいいから旅団長を逃がす時間を稼ぐんだ」

「了解です……!」


 連隊長の号令で、幸か不幸か殆ど無傷だった鼓笛隊が懸命に太鼓を打ち鳴らす。

「小銃隊、装填!」

 二列横隊に整列した小銃隊は、弾薬を装填し、小型の戦竜のような鉄の箱が射程内に来るのを待った。



「中隊、榴弾にて砲撃開始!」

 そこここでぱらぱらと整列するリンド王国軍の小銃隊の遥か手前で停止した戦車隊は、500mの距離から砲撃を開始した。

 撃ち出された榴弾は各所で炸裂し、そもそも数が少なかったリンド王国軍の小銃隊をさらに削っていく。


 戦車隊はじりじりと前進しつつ、後方部隊を射程に収める。

 逃げの態勢に入っていた輜重部隊の馬車列も、戦車隊の砲撃や銃撃によって列を引き裂かれ、馬はミンチになり、馬車も悉く破壊されていく。


 たまに、思い出したかのように小銃隊の反撃を受けるが、戦車の装甲をマスケットで何とかするのは難しい。

 突出した戦車隊はそのままリンド王国軍の後方に回り込み退路を塞ぎ、その後に歩兵隊が残敵の掃討を行う。


 軽機関銃や小銃の射程はリンド王国軍の倍以上あるのだが、皇国軍の歩兵隊は四方八方に逃げ散るリンド王国軍を捕捉するのに苦労している。


 殆ど個人単位で逃げるので、機関銃で纏めて掃射が出来ない。脇の藪の中からリンド兵が飛び出して来て皇国兵が致命傷を負うという事もあった。


「敵の指揮官と軍旗はどこか!」

 下馬していた皇国軍歩兵連隊長が問うた。

「連隊旗はあそこです……」

 副官が指差した先には、無残に捨てられた連隊旗が転がっていた。

「敵の連隊旗を確保しろ。王旗もある筈だが……」

「この辺りには、見当たりません……」

「そうか、それは残念だが――」


「連隊長、前方を進軍中の戦車中隊より報告。敵軍の王旗ならびに旅団長の身柄を確保との事です」

 通信兵の報告に、連隊長の周辺にいた将兵はおおっと喜びの声を上げた。

「まだそこらの藪の中に潜んでいる敵兵がいるかも知れん。残敵を警戒しつつ、この辺りを掃除しろ。こちらの風習では死者は火葬だそうだから、遺体は燃やしてしまって構わん。制服と遺骨は丁重に葬れ」

「はっ! 第1中隊は歩哨に就け。第2中隊は遺体を集めろ、第3中隊は――!」

 大隊長が声を張り上げるその傍の藪の中で、身を伏せていた1人のリンド兵がそっと撃鉄を上げて引き金に指をかけた。


「大隊長ー! 衛生兵ー! 担架と軍医をー!」

「小隊、敵兵を逃がすな! 撃てー!」

 狙撃された大隊長は、左肩を撃たれた。幸い動脈などの急所は外れたので命に別状は無かったが、右手で左肩を押さえてその場に倒れこむ。

 同時に十数発の小銃が硝煙の残る藪に撃ち込まれ、銃剣突撃を行おうとしていたリンド兵を蜂の巣にした。


「敵兵、討ち取りました!」

「わかった。だがまだ居るかも知れんから、警戒を緩めるな!」

「はっ、2個分隊でもって藪をつつき回しますか?」

「こちらから踏み込む必要は無い。大隊長を担架に乗せたら、藪から離れろ。300mも離れれば安全だろう」

「了解です!」


 衛生兵によって担架に乗せられた大隊長を援護しつつ、歩兵隊は藪から距離を取る。


「おお、田村軍医か……ちょいと縫ってくれれば良い」

「いえ、まず弾丸を取り除いて、消毒しませんと」

「そうか……餅は餅屋だ。軍医に任せる」

「モルヒネを打ちますか?」

「いや、いい……そのままやってくれ」

「はい。少し我慢して下さい、少佐」

 衛生兵が止血をしつつ、軍医が鉗子を使って右肩に残った弾丸を取り除く。

「縫合します……」

 軍医は手際良く傷口を縫合していく。その間も、助手の衛生兵は止血作業を続ける。


「傷の応急手当は終わりました。念のため抗生物質を処方しておきます」

「うむ、隊の状況は?」

「敵の襲撃はありません。戦場の後片付けは順調です」

 大隊長の問いかけに、副官が答えた。

「わかった。連隊長と連絡を取りたい」

「了解です」


 無線機を片手に、負傷中の大隊長は直属の上官である連隊長と連絡を取った。

「おお、嶋田少佐。負傷したと聞いて心配したぞ」

「ご心配かけまして申し訳ありません、大佐」

「無事なら良い。連隊はこのままリア公国を通ってリンド王国との国境に陣を構え後続部隊を待つが、少佐は指揮を続けられるな?」

「大丈夫です。移動時は馬に乗りますし、利き手は無事ですので」

「そうか、では少佐の大隊はリア公国の東の国境付近を頼む」

「了解です。東の国境付近に陣を敷きます」

 大隊長はすぐさま出立の準備を始めるように命令をした。


「何、部隊は全滅、王旗は奪われ、旅団長も捕えられただと?」

「はい。相手はユラ軍ではありませんでした」

「ユラではない?」

「おそらく、皇国軍です」

「皇国……? 例の、ライランス軍を全滅させたとかいう皇国か?」

「はい、おそらく……」

 戦場から逃げ帰って来た歩兵中隊長の言葉に、騎兵連隊長は頭を抱えた。“噂では”皇国軍は飛竜よりも速い飛行機械に1分間に100発撃つ銃を持っている。

 だが、噂は噂だ。


「貴様は、ブオーンと唸る飛行機械とやらは、見たか?」

「はい。まさに仰るとおり、ブオーンと唸っていました」

「噂は本当なのか……?」

 だが、そのような話、俄かには信じられないのも事実。常識の上どころか、斜め上を行っている。


「だが、ここで我々が撤退すれば、リアの地を確保した先遣部隊に申し訳が立たん」

「いえ、既にリアの地は皇国軍に制圧されています。今から騎兵隊のみで足を踏み入れるのは、得策とは思えません」

 進軍しようとする騎兵連隊長を、歩兵中隊長が諫めようとする。

「一時撤退し、態勢を立て直すべきです。敵の火力は本物です。こうしている間にも、敵の追撃部隊が迫っています。早く撤退すべきです」

「わ、わかった……連隊、回れ右! 駐屯地に帰還する!」



 駐屯地に帰還した騎兵連隊を待っていたのは、師団長と軍司令官だった。

 連隊長と言えど、軍司令官と直接顔を合わせる事はまず無い。


 連隊長を見ながら、軍司令官が口を開いた。

「戦闘は、どうだったか?」

「前衛の歩兵部隊と砲兵部隊が壊滅しました。私の騎兵連隊は、このまま進むと同じように壊滅する可能性があると判断し、独断で撤退いたしました」

 独断撤退は命令違反である。処罰は免れないという覚悟で、騎兵連隊長は答えた。


「その判断は賢明だったかもしれない。我が国のリア公国への宣戦布告に対して、ユラ神国から返答があった。今朝、貴官等が出発した後の事だ」

 軍司令官はユラ神国からの文書の写しを読み上げる。

「ユラ神国はリア公国への侵略を看過しない。ユラ神国と同盟国である皇国はリンド王国に対して宣戦を布告する。……というのが、この文書の要約だ。腑に落ちない顔をしているな。私もだが」

「皇国?」

「数ヶ月前、大内洋の中央に忽然と現れた異界の国だそうだ。西大陸ではライランス王国相手に負け無しだったらしい」

 軍司令官本人も、自分の言葉を半分以上信じていない。

 異界の人物が忽然と現れるという噂は各地で耳にするが、さすがに国ごととなると、前例が無い。


「それが、何故リアの件に首を突っ込んでくるのですか」

「皇国からの返答はこうだ。皇国はユラ神国と強固な同盟を結んだ。故にユラ神国の敵は皇国の敵である」


 西大陸の列強、ライランス王国が突如異界から現れたという皇国という国家に散々痛めつけられたという話は、東大陸でも噂になっている。


 東西両大陸を行き来する船は多くはないが、決して少なくもない。貿易商人は、物品と共に有形無形の情報も商品として扱う。

 突然異世界に転移した皇国が、この世界の情勢について精度の高い情報を仕入れられたのは様々な情報を買ったからだ。


 勿論、重要な情報程高値だし、情報が絶対に正しい保証もない。しかし“高い情報”はやはりそれなりに裏もとってあるし、絶対に間違っているという事も少ない。

 無論、皇国独自で裏取りも並行してこそ意味があるが。


 皇国という国家は戦争に強いが食糧に不安を抱えているという情報も、リンド王国にはもたらされていた。

 ユラ神国に食糧を輸送するための大型船が派遣されているという事も。

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