東大陸編01『利用できるものは利用する』
東大陸西海岸、ユラ神国の首都ユラの沖に3隻の軍艦が投錨し停泊していた。
皇国軍の軽巡洋艦天龍と龍田、そして旗艦である木曾である。
ユラ神国は東大陸に大きな影響力を持つ大国であり、ユラ神国との友好関係が結べれば、その後の東大陸諸国との外交も有利に進む可能性が高い。
皇国の全権大使は、天皇の親書と東大内洋のリロ王国国王ミリスの親書を携え、ユラの宮殿へと向かった。
宮殿はまさに荘厳としか言いようが無かった。
ヴェルサイユ宮殿のような華やかさは無いが、広い宮殿の中は“場の空気”が荘厳なのだ。純白の壁面には様々な彫刻が施され、長い廊下には歴代の教皇の肖像画が飾られている。ここは大聖堂が併設され、毎年各国からのべ数百万人以上の巡礼者が訪れるのだという。
全権大使は謁見の間に通される。ここは他にも況して荘厳な雰囲気が醸し出されている。
「教皇聖下です」
「聖下への御目通りが叶い、光栄の極みでございます」
謁見の間の三段高い場所に置かれた、『教皇の椅子』と言われる煌びやかな椅子に座ったユラ神国の教皇、ユーリア50世。初老の男性だ。
皇国の全権大使は片膝をつき頭を下げて礼をしたまま、教皇に感謝の言葉を言った。
「皇国の全権大使殿、よく参られた。話を聞こう。面を上げよ」
「はい。早速ですが、我が国の天皇陛下ならびにリロ王国の国王陛下からの親書を持参致しました。御覧下さい」
全権大使が親書を侍従に渡すと、教皇がそれを受け取り、内容を読み始めた。
「我が国と国交を結び、貿易を行いたいと?」
「はい。ユラ神国は東大陸の中心。あらゆる物が集まる国と聞き及んでおります。豊かなユラ神国と通商を行う事で、両国の発展に大いなるものがあると信じます」
「我が国は皇国に様々な物を与える事が出来よう。では、皇国は我等に何を与える?」
「金や銀は勿論、高品質の絹や異界の珍しい品々……そして武力です」
全権大使は“武力”という言葉を口にした。皇国が西大陸で散々見せ付けたものだ。
「武力ならば足りている。これ以上は必要無い」
「リンド王国を相手にしても十分でしょうか?」
「……どういう意味かな?」
「リア公国の件です」
どのような返答が来るだろうか。全権大使は不安な気持ちを隠しつつ、淡々と述べた。
一瞬、教皇は言葉に詰まったように見えたが、すぐに話しを続ける。
「その問題は解決している」
「彼等は、解決しているとは思っていないというのは聖下もご存知では?」
「だが、それが即戦争に繋がるような問題ではなかろう」
未解決の問題を巡って一々戦争を起していたら、世の中は戦争だらけになってしまう。
「我々皇国と、リロ王国が掴んでいる情報を総合すると、彼等はやるつもりです。我が軍の偵察隊は、リンド王国陸海軍の戦争準備を確認しております」
「というと、具体的に申してみよ」
「飛竜陣地の構築、陸軍部隊の集結、戦列艦等への物資搬入等々です」
全権大使は、会談の直前まで使って集めた情報を出した。
巡洋艦に搭載された3機の水偵と少数の海兵隊で出来ることは限られていたが、それでも貴重な情報を収集する事が出来たのは幸運だったと言える。
「そうか、そこまで掴んでいるのか……皇国は」
「はい」
ユラ神国も、勿論この動きは掴んでいた。
数年前から続くリンド王国軍の戦力増強、リア公国へ向けたリンド王国の侵攻準備。“王領奪還”を目指しているのは明らかだろう。
「では、皇国が提供可能な武力とは?」
「陸海軍に航空戦力を加えて、10万名程」
「10万だと? 10万の兵力を、大内洋を渡って派遣すると?」
10万と言えば大軍だ。それを大内洋を渡って展開できるとなると、戦術の常識が覆される。
「はい。皇国は既に軍の用意をしています。あと1週間程で到着するでしょう」
「随分と準備が良いではないか」
「皇国は、貴国に賭けました。今や貴国の敵は皇国の敵です」
格好付けすぎたかな? と思いながら、全権大使は平然と言い放った。
ユラ神国の敵は、即ち皇国の敵である!
「皇国が一方的に、我が国を防衛するという事になるのか?」
「はい。その見返りとして、貴国との国交樹立、そして第三国との国交樹立の際に貴国に協力をお願いしたいのです」
少し考えると、教皇は全権大使を見つめて言った。
「なるほど、良かろう。貴国と国交を結ぶよう、国務長官にも私から要請する」
「ありがとうございます。聖下」
教皇との会談の3日後、皇国とユラ神国は正式に国交を樹立し、軍事同盟を締結した。
内容は、少し変更が加えられて“対等な軍事同盟”となった。皇国が一方的にユラ神国を護るだけでなく、ユラ神国も皇国を護るという事だ。
即ち『東大内洋以東において、両国のいずれかと、第3国が戦争になった場合、もう一方に同盟国としての参戦の義務が生ずる』という事である。
さらに4日後、皇国軍の陸海軍部隊がユラ沖に到着した。
これは、交渉が失敗した時にユラ神国を恫喝するための戦力としても使用される予定だったが、ユラ神国との交渉が為ったため、本来の対リンド王国用の戦力として使用される事になったのだ。
戦力は陸軍が2個歩兵師団5万5000(1個戦車連隊含む)、航空機が84機(九七式戦闘機24機、九七式重爆撃機24機、九九式襲撃機24機、九七式司令部偵察機4機、九八式直協偵察機8機)。
海軍が正規空母2隻(3航戦の天城、赤城。搭載機は各艦零戦24+4機、九九式艦爆24+4機、九七式艦攻24+4機)、軽空母4隻(陸軍航空隊輸送用)、軽巡洋艦2隻、駆逐艦8隻の機動部隊と、軽巡洋艦2隻、駆逐艦12隻、輸送船48隻の陸軍輸送部隊、油槽艦12隻と弾薬補給艦2隻、給糧艦2隻の補給部隊。
軍の規模は、西大陸に派遣した部隊の倍以上になる。
また、海軍ではこの派遣部隊とは別に独立部隊として2個潜水隊(巡潜型潜水艦8隻)が東大陸西海岸付近で哨戒任務に就いている。
出血大サービスである。
東大陸でのユラ神国との同盟がどれ程重要か、皇国首脳が考えていたかが解る。
絶対に勝って、ユラ神国に皇国の力を見せつけ、自陣営に取り込まなければならないのだ。
また、この派遣軍は東大陸における皇国軍の中核となる。
ユラ神国は、東西大陸の宗教上の中心地なのであるが、元世界のバチカンやメッカのように、世界各国から崇拝されているわけでもない。
勿論、ユラ教を国教あるいは準国教としている国は多いのだが、全体から見ると半分に満たない。
残りの半分以上は、ユラ教を特別扱いしていない。単に、数ある宗教の一つであって、ユラ神国が列強国なのはユラ教が正しいからなどではなく、単に多くの貴族や騎士、商人から様々な寄進を受けているという事、西大陸との玄関口で海洋貿易で富を得ているという事、金や銀を豊富に産出する事、それらを背景にした強大な軍事力を持つ事、といった理由によるものと考えられている。
東大陸の列強国でも、ユラ神国を快く思っていない国は存在する。表立って敵対はしないが、ユラ教皇と友好関係にない国だ。
それらは心情的にリンド王国寄りの国々である。
皇国がユラ神国と同盟しリンド王国と敵対すれば、リンド王国に有形無形の支援が行われる可能性がある。東大陸派遣軍は、それら国々への牽制も兼ねられている。
皇国は何故、敵も多いユラ神国を重要視するのだろうか。
ユラ神国が世界最大の宗教国家という理由は勿論大きい。多くの国と敵対するにしても、大義名分が立ちやすい。
それに、敵も多いが味方も多い。
ユラ神国側の国との交渉の際にユラ教皇のお墨付きがあれば、皇国が独自に交渉するよりも遥かに成功率が高まるだろう。
ユラ神国と親交の深いヴィユム王国が東大陸随一の稲作地帯だという理由もあった。
ヴィユム王国では、米が主に家畜の飼料として多くの国に輸出されている。米は小麦と比べて収穫率が高く、都合が良かったのだ。
それを、皇国は輸入しようと考えている。
ただ、ヴィユム王国で生産されている米はインディカ種であり、ジャポニカ種を主食とする皇国人の口に合うのかどうかが疑問視されていた。
それに対して、政府は「官営食堂や学校給食で使用する」方針で調整している。
前者は、官が率先して民の負担を引き受けるという態度を示すため。後者は、小学生程度であれば味の違う米でも適応可能だろうという理由によるものだ。
どちらにせよ、短期間で大量の米を輸入する事は不可能なので、近い将来の課題ではあったが。
このように、ユラ神国と良好な関係を築く事のメリットが大きいと判断されたのだ。
東大陸編の開始です。
西大陸編よりやや長めです。




