西大陸編13『王都が沈黙する時』
ライランス王と近衛軍司令官が2人きりで真剣に話し合いをしている。
議題は勿論、皇国軍の『王都を灰塵にする』宣言についてだ。
「軍務大臣は相当悲観的になっている。一つでも良い。何とか勝ち戦を収めてからでなければ、負けるものも負けられぬ」
「そのとおりでございます。陛下」
「策はあるのか?」
「王都の防衛は万全です。空からの攻撃には飛竜連隊が、陸からの攻撃には砲兵連隊が先制打撃を与え、敵の意図を挫きます」
「敵の飛竜は、我が飛竜の数倍の速度、数倍の強さと聞くが?」
「口から出まかせでしょう。第一、そんな速度で飛べばどんな強靭な飛竜とて骨折します。全くナンセンスです」
「此度の皇国騎侵入では、飛竜連隊は迎撃に出なかったな?」
「監視体制の不備と、情報伝達の遅さがありました。しかし、現在は改善されております。今度皇国軍の空襲があっても、飛竜連隊は迎撃に出撃可能です」
「では王都の防衛体制は信頼して良いのだな?」
「はい。仮に勝てないまでも、一方的に負けることは絶対ありませぬ。1人でも多くの皇国兵を、地獄に引きずり込んでやります」
「……わかった。今回の降伏の件は見送る事にする。必ず皇国に手痛い一撃を与えよ。さすればより良い条件での降伏の道も開けるやもしれんからな」
皇国の首相は、頭を抱えていた。
「ライランスから返答は?」
「ありません……」
「何度も打診しているのに、梨の礫か」
「こちらは、それなりにこの世界の国際法に則った外交をしているつもりですが、馬鹿にされた気分です」
「期限の1週間は過ぎた。こうなった以上、二航戦には王都を爆撃してもらう必要がある」
「はい」
「予定通り、目標は王都郊外の飛竜基地、歩兵、騎兵、砲兵の駐屯地だ。市街地は外させろ。勿論、王宮にも爆弾を落としてはならん」
「二航戦には十分徹底させています」
「近衛飛竜連隊を潰せば、幾らなんでも降伏するだろう……」
「もし、それで降伏しなかったら……」
「我々に出来る事はもう無いよ」
西大内洋に展開する第2航空戦隊から発艦したのは第一次攻撃隊の零戦24機、九九式艦爆24機、九七式艦攻24機の72機。
全て爆装(零戦は60kg爆弾×2、九九式艦爆は250kg爆弾、九七式艦攻は800kg爆弾)である。
コレィ上空に到達した航空隊は、零戦は飛竜基地、九九式艦爆は歩兵陣地、九七式艦攻は砲兵陣地へと向かった。
「飛竜が出てくる。爆撃後は速やかに格闘戦に移行せよ」
零戦隊の隊長機は急降下して爆弾を落とし終えると、機を翻して急上昇。各機もそれに続く。
24機から投下された48発の60kg爆弾は、吸い込まれるように飛竜基地の各所に命中、基地施設を大きく損傷させた。
続いて待機場所から離陸しようとしていた飛竜十数騎を機銃掃射で射殺。合間を縫って離陸した飛竜数騎も、まだ速度が不十分な所を射撃されて墜落する。
零戦隊は、とにかく飛竜の数を1騎でも減らすために機銃を撃ちまくる。迎撃に飛び立とうとする飛竜は、片っ端から零戦に射殺され、遂には残りの飛竜は竜舎から出て来なくなった。
とどめに、まだ破壊が不十分だった竜舎を20mm機関砲で射撃し、石造りの建物を次々と廃墟にしていく。建物の中で怯えていた飛竜も、20mmの集中射撃で死んだか大怪我をしたであろう。
「近衛飛竜連隊は何をやっているのだ!」
王都の邸宅から郊外の飛竜基地を眺めていた近衛飛竜名誉連隊長の公爵は、配下の部隊のあまりの不甲斐無さに怒り狂っていた。
「こ、皇国軍に1騎の損害も与えられないなど……全員鞭打ちだ!」
持っていた望遠鏡を床に叩き付け、執事に指示する。
「連隊長以下連隊員全員の鞭打ち刑を準備しろ!」
近衛歩兵師団が駐屯する基地を空襲した九九式艦爆隊は、まず大威力の250kg爆弾で建造物を集中的に狙った。一部の爆弾は対艦用の徹甲爆弾であり、石造りの建物を貫通後に内部で大爆発する。
対空砲など無く、対空ロケット弾陣地も大したものが存在しない歩兵基地に対して、艦爆隊は爆撃機としては良好な運動性能をもって機銃掃射を行う。屋外のテント群は勿論、倒壊した建物から命辛々脱出してきた兵士にも、機銃の洗礼は行われた。
数百人の死体が転がり、それ以上の数の負傷者が呻き声を上げたり、あるいは無言で助けを求める光景がまた繰り返される。
砲兵連隊が駐屯するのは、王都を防衛する要塞砲群とも言うべき堅牢な砲兵陣地であった。
だが、九七式艦攻の800kg徹甲爆弾に対してはその防護力も無きに等しかった。露出している砲台や砲兵陣地は勿論、堅牢な防護が施された強大な要塞砲も、800kg爆弾によって完膚なきまでに破壊される。
爆弾投下高度である高度1500mは対空砲や対空ロケット弾の射程外。
厳重な対空防御陣地も、何の反撃も出来ぬままに破壊された。
そして不運にも、爆弾の1発が要塞の主弾薬庫に命中、誘爆し、数年の歳月と数百万デュカの資金をかけて建造された要塞は大爆発を起して沈黙した。
だが、ライランス軍の苦難はまだ終わらない。
第二次攻撃隊の空襲が始まったのだ。
第二次攻撃隊は第一次攻撃隊と同じく零戦24機、九九式艦爆24機、九七式艦攻24機の72機。
零戦隊は再び飛竜基地へ、艦爆隊はまだ手を付けていなかった近衛騎兵連隊駐屯地へ、艦攻隊の半数は近衛歩兵師団駐屯地、残りの半数は再び砲兵陣地へと向かう。
最初の空襲から約1時間半が経過した飛竜基地。また、あの羽虫のような音が遠くから鳴り響いてくる。
「ああ、まただ……またあの音だ」
ただ無言で空を見上げる者、恐怖に慄く者、神に祈りを捧げる者……。
様々な人間達の思いを打ち砕く一撃が、また放たれた。
今回は迎撃に出てくる飛竜は居ない。出ても無駄だと悟ったのか、土嚢や瓦礫で防護した簡易陣地に生き残った飛竜と竜士を匿っている。
だが、遠方の爆発に対しては陣地も機能したが、至近距離に着弾した爆弾には土嚢ごと吹き飛ばされるだけであった。
また天井を覆うものは殆ど何も存在しないため、陣地に篭る飛竜は機銃掃射の良い的になってしまう。
飛竜や竜士が血に染まり、腕が千切れたり、頭が吹き飛んだような死体もあった。
近衛歩兵師団駐屯地では、250kg爆弾を抱えた艦攻隊がとどめの爆撃を加えていた。
既に死傷者合わせて2千人以上。施設も殆ど破壊し尽くされ、第一次攻撃を生き延びた兵士に隠れる場所は存在しない。
そこを艦攻隊は後部機銃を使って地上を掃射していく。本来防御用の機銃を使って、逃げ惑う兵士を次々と射殺していくのだ。
近衛騎兵連隊の駐屯地の状況は、近衛歩兵師団の状況と似通っていた。
特に堅牢な防御陣地も存在しない駐屯地は、250kg爆弾の爆撃に対して無防備であり、7.62mm機銃に対しても装甲として機能するのは石造りの建物くらい。木造の建物などは機銃弾も貫通し、内部の人間の幾人かを射殺した。
砲兵連隊要塞陣地では、先程と同じく800kg爆弾を抱えた艦攻隊が要塞を完全破壊するために猛爆を加えていた。既に要塞としては機能しないであろう陣地を、2度と使用不能なように爆撃する。
陣地に設置してあった数十門の大砲は悉く破壊され、使用可能な大砲はほぼ存在せず、仮に大砲があったとしても弾薬庫の大爆発で弾薬が無い以上、この砲台群はもはや何の戦術的価値も持たないだろう。
二波に渡る皇国軍航空隊の攻撃により、ライランス王都を守る“最後の盾”である近衛軍が壊滅した。
各基地から上がる炎は王都のどこからでも見え、その煤煙は王都を覆いつくした。
ライランス王国は、この1日で王都の防衛力を丸裸にされてしまった。
だが、第2航空戦隊の爆弾、ガソリンもほぼ払底してしまったのである。
「陛下、迎撃は失敗しました。我が軍は完全に機能不全です」
「陛下、イルフェス軍の騎兵2個連隊が我が王都に向け進軍中との報告が……」
ライランス王は遣り切れない気持ちで一杯であった。そもそも、この戦争はイルフェスによるアランシア地方の侵略がきっかけではなかったか。この世に正義は無いのだろうか?
だが、感傷に浸っている場合ではない。
「軍務大臣、軍は事実上機能しなくなったという事で良いのだな?」
「はい。陛下……」
「わかった。イルフェスの目的はアランシア地方なのであろう。くれてやる他無くなったな」
ライランス王がふっと笑うと、外務大臣が遮るように言葉を発した。
「しかし陛下。イルフェスはアランシア地方だけでなく、戦争の賠償金を要求してきています。賠償金が払われなければ、軍を進めると」
「盗人猛々しいとはこの事か! 幾らだ。賠償金とやらは」
「……金3億リルスです」
「3億? 3億リルスだと……? どこの口からそんな……」
「事実です。さらに皇国も金2億5000万リルスと金1億デュカ、さらに別途捕虜返還の際の身代金500万リルスを要求してきています」
「何を馬鹿な……合計5億5500万リルスに1億デュカなど、東大陸のユラ、リンドが協力してさえ払えぬわ!」
「しかし、放置すればイルフェスの軍勢が手当たり次第に略奪をし、国土は荒れ果てるでしょう」
「だが、5億5500万リルスと1億デュカなど、余にどう用立てろというのだ?」
「奴等は50年で完済せよと申しております……。国中の商人、さらにフェルリアやソクトの商人にも頭を下げて金を借りるしかありますまい」
「当然、王室費も大幅に削る必要があるな」
「陛下、それは……」
「よい。余は贅沢な暮らしに飽きた。後は、死ぬまで質素な暮らしというものも良かろう」
「陛下、皇国は通商条約の締結と近海航路の安全確保、さらにカレーン島の割譲までも要求しておりますが……」
「仕方あるまい……余が愚かだっただけだ。すまぬな」
「……ライランス王国万歳! ゼートップ陛下万歳!」
ライランス国王は固く口を結び、静かに私室に戻った。