西大陸編12『皇国軍の技術力とは』
シュフの王宮では、ライランス他連合国との講和に向けた会議が行われていた。
国王ボードワン四世、王太子ヴルス=ボードワン、王女エレーナの他、国務卿のジオード、軍務卿のメリーが列席している。
エレーナは紅一点ではあるものの、軍事に関しては軍務卿以上に理解が深いところがある。
「エシュケールの戦いは皇国の大勝利であった」
「観戦武官の報告によると、まさに一方的な戦闘だったとか」
「俄かには信じられぬが……」
「陛下、宜しいでしょうか」
「エレーナか、申せ」
「はい。観戦武官の報告を総合するに、皇国軍の1人あたりの火力は我が軍の少なくとも5倍はあると思われます。例の、皇国製小銃の見本も拝見しましたが、この仮説を裏付ける決定的な証拠です」
「連発銃のことだな?」
「単に連発できるというだけであの銃を見るのは誤りです」
そう言うと、エレーナは独楽を取り出した。周囲が呆気に取られているのをよそに、テーブルの上で独楽を回す。
「このように、独楽は一点で立っているにもかかわらず、非常に安定しています。高速で回転しているためです」
「ふむ、続けよ」
「皇国製の小銃を検証した結果、銃身内部に銃弾が高速回転する仕組みがある事が判明しました。簡単な事ですが、銃身内部に螺旋状の溝を切るのです。銃弾は、独楽のように回転して発射されます」
「つまり、弾道が安定する?」
「そのとおりです、陛下。しかも皇国製小銃弾は、球形ではありません」
「球形こそ理想の形。一番安定する形であろう?」
「それが、実地検証の結果そうではないことが判明しました。先端が尖った、椎の実のような形の弾丸は、空気を切るように進み、故にその影響を受け難く、つまり遠距離で速度が落ち難くいのです」
「何と……」
「皇国軍の兵が射撃演武をしましたが、その結果は陛下もご存知でしょう」
「知っておるよ。凄まじい命中率だったとか」
「私が自前のマスケットで、同じ距離条件で射撃してみましたが、4発しか命中しません。皇国兵は5発命中させております」
「殿下よりも、皇国の兵卒の方が成績が良いというのですか!」
「事実です、軍務卿。しかも5発撃つのにかかった時間が問題です。私は1分弱、皇国兵は15秒足らずでした」
「それが連発銃の威力か」
「さらに、銃弾そのものの威力です。先程、皇国製小銃は遠距離で速度が落ち難いと申しました。対して、我々が常識的に使用している球形弾は、遠距離になると予想以上に速度が落ちる事が判明しました。速度が落ちるという事は、そうです。弾丸の破壊力が落ちる事に他なりません。木板、鉄板を使い、我が軍のジリールと皇国軍の三八式の威力を比較して見ますと、遠距離になる程威力に差が出ています。弾丸の持つ破壊力は、三八式銃弾はジリール弾の倍以上です」
「倍も違うのか!」
「特に遠距離での鉄の板に対する貫通力は3倍近くありました。我が軍の近衛胸甲騎兵が使う最高級の胸甲を、距離1シウス(≒200m)で難なく貫通しました」
「近衛胸甲騎兵を、1シウスで撃ち抜くというのか!」
「はい。胸甲を貫通後にも破壊力が残っている事が確認されました。むしろ……胸甲を貫通する際に弾丸が変形した状態で体内に進入するため、怪我の度合いは大きくなる可能性が」
「皇国兵が鎧を着込まないのは、まさかそのような理由があっての事か?」
「解りませんが、その可能性はあるでしょう。最高級の鎧でも銃弾は防げず、下手に防ごうとするとかえって傷が酷くなるとすれば、鎧は無いほうが良いでしょう」
「では、皇国製小銃を防ぐ鎧は作れないのか?」
「厚みを増せば、いかな皇国製小銃といえども貫通不能な事も確認しました。ただ、その厚みで胸甲を製作すると値段はともかく、重すぎて実用的ではないでしょう」
「重装騎兵でも無理か?」
「全く無理とは申しません。最高級の素材で、厚みを増せば……ただ馬を狙撃されたら? 馬にも同様な鎧を付けるのは、不可能です。重すぎて馬は歩く事すら出来ないでしょう」
「皇国兵は、馬を狙撃するのか!?」
「はい。馬の方が的が大きいですので……戦場には、かなりの数の馬の死体があったと、報告にあります」
「それでは、戦利品として馬を持ち帰る事が出来なくなるが?」
「皇国軍は、それ程戦利品に固執しないようです。皇国馬の体格は我々のよりも格段に良く、おそらくは質の劣るライランス馬を戦利品としても意義を見出せないのでしょう。あれ程補給に苦慮する皇国です。質の劣る馬を食べさせる飼葉は無いのでは?」
「ほう……」
「陛下、もしも我が国と皇国が戦争になった場合の事をお考えですか?」
「鋭いな。さすが我が娘だ」
「必敗です。これはヴルス、軍務卿も意見を同じくしています」
「“腹が減っては戦は出来ぬ”という格言がある。そして皇国は腹を空かせている」
「ですが皇国民が餓死するまでは数ヶ月以上を要するでしょう。その間に我が国は滅ぼされ、肥沃な大地は皇国の手に落ちます」
「今後も、皇国とは適度な距離を置きつつも同盟を続けるべきです、陛下」
「ヴルスもそう申すか」
「はい。陛下には誤った道を進んで欲しくはありません」
「そうか。余の次はそなたが王だからな」
「そのような事……私は父である陛下の治世が末永く続く事を願っております」
「ヴルスは、陛下が長生きをされれば自分が王である時間が短くなるので、楽を出来ると申しております」
「エレーナ! 私は、別にそのような意味でだなぁ……」
「まあ良い。誰が国王であろうが、イルフェスを善い方向に導きさえすればよい」
「そのような陛下の高潔な志、感服いたします」
「国務卿は世辞が多くて困るな」
「いえ、事実を申したまで……」
「そうか? で、国務卿。フェルリア他の連合国をどう見る?」
「ライランス以外の諸国は、日和見でライランス側についていたに過ぎません。最初の決戦で兵を供出して以降は非常に弱気になり、殆ど戦場には姿を見せないのがその証拠です」
「つまり、他国は無視しても構わない……」
「ライランスが降伏すれば、フェルリアや他の国も降伏するでしょう」
「軍務卿も同意見かな?」
「はい、陛下。フェルリアは補給が良くありません。軍の規模は大きくとも、実体は形骸です」
「エレーナ、そなた近衛軍を率いてライランスに止めの一撃を食らわしてみたくはないか?」
「それは腕が鳴ります。近衛胸甲騎兵連隊を2個、お任せいただければ……」
「幾ら近衛兵といっても、たったそれだけで良いのか?」
「陛下、殿下が負けた戦はありません。それにライランス軍は皇国軍との戦闘で殆ど散り散りです」
「だが、ライランスはまだ無傷の近衛軍があるぞ。飛竜に要塞もだ」
「そのための騎兵連隊です。各個撃破すればよい事。予告の皇国軍の爆撃が行われた後に、王都を攻めます。ライランス王都に、銀獅子の旗を打ち立てて御覧に入れましょう」
「そうか。そこまで自信があるのであれば、任せよう。近衛胸甲騎兵連隊の出陣を命ずる」
「はっ! ボードワン陛下とイルフェス王国のために!」
『ボードワン陛下とイルフェス王国のために!』
王以外の全員が起立し、敬礼をすると各々退室していった。
「果たして、上手く行くか……」
エレーナの戦果を疑っているわけではない。エレーナの連隊がライランス王都に到着するまでに戦争が決着してしまうのではないかと疑っているのだ。
皇国軍という未知数の存在のために……。
皇国軍が予告した王都爆撃までの期限はあと5日であった。