西大陸編11『王都の内情』
ライランス国王の執務室では、国王、軍務大臣、近衛飛竜名誉連隊長の3人が密談をしていた。
「『王都を灰塵にする』……こんな謀略に臆す事はありませんぞ、陛下。王都には我が近衛飛竜連隊があります。皇国軍など鎧袖一触!」
「軍務大臣、どうなのだ?」
「はっ、陛下。正直申しまして、分が悪いのは確かです」
「何ですと、軍務大臣まで臆されたか!」
「私は事実を申しております、公爵閣下。この宣伝文書が撒かれた時、皇国の飛竜が王都上空を遊弋しておりましたな。あれに対して、近衛飛竜連隊は何をしていましたか? 空を見上げていただけではありませんか」
「それは、突然の襲撃に出撃が遅れて……」
「もし、今回投下されたのが紙切れではなく爆弾だったとしても、そんな言い訳を為されますか?」
「言い訳とは無礼ですぞ。私は事実を言ったまで!」
「つまり、近衛飛竜連隊は皇国軍の襲撃に対応できないと、そういう事ですね?」
「今回の反省を踏まえて、連隊は即応体制にある。次は取り逃がしはしません。陛下」
「うむ。軍務大臣、既に、余の軍勢の半数が壊滅した事について、釈明はあるか?」
「ございません。特にエシュケール会戦での大敗北については、如何な懲罰も受ける所存」
「では、軍務大臣。貴公は命を賭けて王都を守れ」
「はっ。しかし……」
「しかしもかかしもありませんぞ、軍務大臣。大臣は自ら預かる軍隊の精強さを疑っておられるのか?」
「公爵閣下、私はライランス軍というものの精強さをよく存じております。そして、その限界も」
「限界……?」
そう、ライランス軍の、というよりはこの世界の皇国に対する限界である。
「例えば、我が軍の飛竜は高度にして1マシル(≒1.2km)も飛べれば上々です。速度は20~25マーシュ(≒80~100km/h)。しかし、皇国軍の飛竜は2マシル、3マシルという高度を100マーシュ(≒400km/h)で飛んで来ます。これではとても、迎撃は不可能です」
「大臣……あなたも、前線の将兵が言う『皇国軍恐るべし』の流言を信じるのですか?」
「実際に皇国軍と戦った将兵の殆どが口々にそう言うのです。将軍もです。信じないわけにはいきますまい?」
「所詮は敗残兵の口からでまかせ。陛下、軍務大臣は自身の失態までも、前線将兵の言葉を借りて糊塗するつもりですぞ」
「公爵閣下、それは私に対する侮辱と受け取りますぞ。私は、エシュケールの敗北で既に腹を切る覚悟です。この上失態が幾つ重なろうが、処刑される運命にある事には変わりない。その上で、王都が滅ぶ様を見ながら処刑されるのは忍びないと考えているのです」
「先程から軍務大臣は、まるで我々が完全に敗北するという前提で話をしておられる。陛下、このような軟弱者に軍務大臣を任せて置けましょうか? 今すぐ処刑すべきでは?」
「まあ待て、公爵。軍務大臣の処刑は王都防衛が失敗した時に行う。王都防衛に成功すれば、大臣の首は安泰だ」
「陛下がそのようにお考えなのであれば……」
「ただし、王都防衛が失敗したという事は、貴公の近衛飛竜連隊も敗北したという事になるな。その時は、貴公も覚悟しておくが良いぞ、公爵」
「ま、まさか……そのような事」
「我々は一蓮托生の身になったわけですな、公爵閣下」
「私の連隊が敗北するなど、ありえません! 陛下、この男と居ると胸糞が悪くなってきます。お先に失礼致します!」
機嫌を損ねた公爵は、部屋の扉を自分で開けて退出して行った。
公爵の退出を見届けると、軍務大臣が国王に向き直る。
「……陛下」
「何か?」
「王都が灰になってからでは遅いのです。降伏勧告を受け入れては貰えませんか?」
「王都が灰になると、決まった訳では無かろう」
「失礼を承知で申し上げますが、公爵閣下の近衛飛竜連隊が当てになるとは思えません」
「軍務大臣はそこまで我が軍が信用ならんか?」
「信用するからこそです。私が絶対の信頼を置いていた軍を、あっさりと撃ち破った皇国の精強さは本物です。前線の将校の報告書を幾らか、陛下にもお届け致しましたが、ご覧になられましたか?」
「ああ、目を通させてもらった……だが、あれは誇張ではないか?」
「誇張で、前線の飛竜連隊が壊滅致しますか? 数百の飛竜が皇国軍の攻撃で死傷したのは事実です。エシュケールにしても、投入した12万5000のうち3万5000が死傷、6万が捕虜になり、残りの3万のうち1万程は脱走致しました。今、エシュケールを生き残って原隊に居るのは2万5000程です」
「軍務大臣は、何が原因だと考える?」
「圧倒的な火力の差でしょうか。将兵が口々に言うには、敵の火力は我が方の10倍以上であると」
「……降伏の件、考えさせてはくれないか」
「熟慮の上、良い結論を下される事を期待しております。陛下」
皇国の『王都を灰塵に』宣告ビラが撒かれた明後日、ライランス王宮では貴族達が集まる夜会が開かれていた。
国王主催の夜会だけあって、王太子や各級貴族達が集まる、平民が見たら羨望と嫉妬の情で溢れかえるような華やかなものだ。
王宮の庭では、1人の伯爵が毒を吐いていた。
「幾ら中央や南部の貴族が多いからといって、危機感が無さ過ぎる。来週には、この王宮も無くなっているかも知れないのに」
「フィオ様、あまり熱くなられますと……」
「解っているが、解せないのは北部の貴族連中も陛下に降伏の提言をしない事だ。自分の領地や軍が手酷くやられた貴族も多いはずだ」
「……復讐、でしょうな」
「そんな事で、この20万都市を破滅させられてたまるか」
「ん。フィオ様、あちらはエシュケール侯爵令嬢です」
「エシュケール侯爵令嬢……」
フィオは1人で酒を飲んでいたエシュケール侯爵令嬢に駆け寄った。
「お一人ですか、レディ・エシュケール?」
「ええ」
「ご一緒しても、宜しいでしょうか?」
「ええ、フーロンヌ伯爵もお一人なのですか?」
「私は友人が少ない事が特技のようなものですから。ところで、お父上のエシュケール侯爵は何処に?」
「……父も兄も、エシュケールの戦いで戦死しました」
控えていた侍女の持つ鞄から、喪章を取り出した。宴席だからと、わざわざ外していたのだ。
「それは……ご冥福をお祈りします」
「モンルー家を継ぐものは、私一人となってしまいました。すると面白い事に、婚姻の話が幾つも舞い込んで来るんですよ」
「モンルー家は名門ですから……」
「私は、父や兄の眠るエシュケールに骨を埋めたいと思っているのに、結婚の話が出てくるのは中央の貴族ばかり」
「王都は、お嫌いですか?」
「こんなゴチャゴチャした所で、宮中貴族と一緒に暮らすなんて、考えただけでも悪寒が走ります。正式には、私がエシュケール侯爵その人なのでしょうけれど、今ここに居るのは父の名代のようなものです。こんな所に“エシュケール侯爵”として来たくはなかった……」
女侯爵の瞳からは涙が溢れ出てくる。
「侯爵……」
「すみません。今は……侯爵ではなく、ファリス=セシアで居させて下さい」
「存分にお泣きになって下さい、ファリスさん」
そう言って、フィオはファリスを抱きしめた。