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皇国召喚 ~壬午の大転移~(己亥の大移行)  作者: 303 ◆CFYEo93rhU
番外編
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番外編34『皇国護謨』

 ポゼイユ侯爵の城館に招かれた傭兵隊長、キスカ=リエール。

 様々な意味で皇国に興味を持つ人は数あれど、積極的に協力姿勢を示そうとする人はまだ少ない中、信用をモットーとする傭兵隊長が何故に皇国軍と協力する決断をしたのか。

 ポゼイユ侯爵リアンに尋ねられたキスカは、あるものを取り出して見せた。

「これです。何だと思われますか?」

 キスカがリアンに見せたのは未使用の衛生サック。

「動物の腸かしら?」

「薄い皮膜のように加工したゴムです」

「これが、ゴム? 腸詰に使う腸に見えるわ」

「私の店に皇国兵が参りまして、それを使ったそうです。避妊と病気の予防だとか。見てお分りのとおり、とても薄い割に丈夫です。実用品としての価値は勿論ですが、このような物を末端の兵卒にまで配給する能力が皇国にはあると、そういう事になります」

 皇国兵の相手をした娼婦が、娼館経営者であるキスカに面白いものを見たと話した。

 それに興味を持ったキスカの指示で、正規料金を割引する代わりとして兵士が持っていた残りの未使用の衛生サックを受け取ったのだった。


 キスカが経営しているのは騎士や大商人を相手にするそれなりに高級な娼館だから、一晩の料金も相応に高い。

 それを割引きする対価としては不釣り合いにも見えるが、割引いた分の銀貨で“皇国製品を買った”と考えればどうだろうか。

 皇国も様々な特産品を貿易品にしているが、このような“下世話な”商品は貿易品の項目に無いから、正規ルートでは入手出来ない品だ。

 ある意味では、絹織物や真珠より貴重品なのである。


 皇国が東大陸で最初に国交を結んだユラ神国や、リンド王国の他の都市でも当然使っていた筈で、とするとかなりの量が出回っていておかしくない筈だが、キスカがそれとなく調べた限りでは、葉巻煙草やそれに点火するマッチやらの方が注目されていて、この衛生サックに対する注目度は非常に低かった。


 東大陸に展開する皇国軍の規模から、使用済みと未使用を合わせれば、それこそ銃弾のように何万、何十万という数の衛生サックがある筈だが、恐らくリアンのように先入観から動物の腸を加工したものだと思って注目しなかったのだろう。

 皇国兵が使い捨てるから貴重なものという感覚も持ちにくい。上質の懐紙で鼻をかんで捨てる皇国人の感覚に惑わされている。

 誰の目にも価値があると映る、砂糖菓子や酒や煙草といったものの影に隠れて、こんな大層なものを見過ごしていたのだ。



 皇国軍の請負商人、言わば夜の御用商となったのが傭兵隊長の顔も持つキスカだったという巡り合わせ。


「皇国兵は、これを必要十分な数配られるようです」

「それで、皇国に手を貸す……恩を売る決心をしたのですか」

「これだけが決め手とは申しませんが、判断材料の一つとしては十分でしょう」

 そう言って、キスカは笑みを浮かべた。

「皇国側の都合なのでしょうが、こういうものを使ってくれるとこちらも助かります。性病や意図しない妊娠は本人にとっても苦痛ですが、経営者としても損失ですからね」

 偉い貴族を前にしても、必要とあらば臆面もなく下世話な事を言う。これがキスカだ。

 昼は傭兵隊長として皇国軍に協力し、夜は多数の娼婦を従える娼館の女主人として皇国軍に協力する。


 見返りは大きい。

 大口の常連客を増やすという意味でもそうだが、皇国の珍しい物品を手に入れたり、内情もある程度は漏れて来るものだ。


 キスカがこの先やっていくには、リンド王国を捨てて場所を移し裸一貫という手もある。

 だが自分一人だけならともかく、慕ってくれる娼婦達はもう家族のようなもの。見捨てるなんてとんでもない。

 傭兵隊も同様だ。

 とすると、リンド王国には列強国として立ち直って貰わねばならないし、現状は後ろ盾である皇国を売る選択肢も無い。

 東大内洋を挟んでの遠征という非常に不利な条件化でリンド王国を下した相手だ。不用意に敵に回すのはリスクが高すぎる。


 皇国兵も、上級将校を除く下士官兵は上流階級とは無縁の平民だ。

 上級将校も無爵が多いという違いはあるが、下っ端が平民という点はリンド王国軍と変わらない。

 ならば皇国兵の嗜好は、皇国の民衆一般の嗜好と等しいか、かなり近いところにある筈だ。

 御用商として欲しい情報は、即ち顧客の欲するものについての情報。これが断片的にではあるが得られる。


 傭兵として協力する場合こそ、将兵を慰安するのに、例えば皇国人は米飯が好きだとか、故郷の風景だとか、そういう情報は有用なのだ。

 故郷の里山が懐かしい、などというちょっとした一言を拾って、似たような風景の場所を案内してやる。

 故郷の料理が懐かしい、などという話に、最大限似たような料理を作ってやる。これだけでも慰安になる。

 実際、皇国兵に限らず、話し相手になってやるだけで行為に及ばずとも満足して帰る兵士も多い。


 現状、最も危険なのは皇国軍が崩れる事。長引く遠征で士気が落ちたりしたら困るのである。

 大抵の兵士は早く戦争を終わらせて故郷に帰りたいと思う。これはキスカの見立てでは皇国軍も変わらない。

 言葉は悪いが、“リンド王国の為に”後腐れなく、気持ちよく戦って貰う為に必要な慰安だ。


 リアンがキスカを頼ったのも、勿論傭兵隊長としての実績もあるだろうが、本命はこちらなのではと、そう見当をつけていた。直接問いただしはしないが、侯爵の反応から見て間違いあるまい。


 要は行軍に同行して、皇国兵の心を癒せという事だ。リンド王国の為に。

 妙に高待遇なのも、そういう諸経費を含んでいるからだとすれば納得が行く。


「そうですか。では、頼りにしていますよ」

「はい。侯爵閣下」

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