番外編28『自動車に乗り遅れるな!』
リンド王国の王都ベルグから南へ馬車で1ヶ月程の場所に、ユラ神国の首都である神都ユラがある。
そのユラの沖に、皇国海軍の旧式戦艦、畝傍と金峰が投錨していた。
「本当に巨大ね……」
望遠鏡を手に沖を眺めるのは、ポゼイユ侯爵リアン・シャニィその人である。
彼女は皇国に関する仕事としてユラに来ていたが、今は仕事が一段落したので、執事を付き従えてユラの港を見学しているのだ。
「全長は70シンク、重量は3000バルマ以上、前後にある一番大きい大砲は砲口径が15シクル、砲弾の重さは80バルツ……だそうです」
「一等戦列艦の大砲が最大でも6バルツカロネード砲だから、10倍以上ね」
「射程距離も4バルツカノン砲の10倍以上だそうです。目の前にしていますが、信じられません」
「しかも、あの巨体が無風でも8マーシュで動くのでしょう? 蒸気機関の可能性が証明されたわ」
蒸気機関の可能性を夢見てきた侯爵にとって、現実に蒸気機関で猛スピードを出す船があるという事は、胸躍る事である。
自領では、研究に対して水車や風車に比べて恐ろしくコストが高いとか、暴発のリスクが高すぎて実用的でないだとか、散々な言われようだったのだ。
だが、3000バルマ(1万5000トン)の鉄の巨体を動かせるという事が解れば、蒸気機関の優位性の証明になる。
どんなに大きな水車でも、ここまでの出力は得られないであろう。
皇国にある大規模ダム群と、そこで行われている水力発電を知ったら、“水車”に対する考えがまた改まるかもしれないが。
侯爵の支援している機械工房では、蒸気機関を薪や木炭で動かしていたが、皇国では石炭という燃料を使っているらしいという事も最近知った。
石炭の火力は木炭よりずっと強力で、故に蒸気機関の出力も高まる。
だが、出力が高まるという事は機関が暴発してしまうリスクも高まるという事だ。
皇国の技術力は、高出力の機関を安全に運用出来るという事になる。
でなければ、戦列艦の主機関に採用はされないだろう。
「大金を払ってでも、皇国に機械技術の教えを請う意味があるという事よ」
「しかし、リアン様の工房でも蒸気機関は運営されているではありませんか」
「まだ、あれは実験装置に過ぎないわ。私の所の蒸気機関では、大きな川に水車を作ればそれでも可能な程度の仕事しか出来ないのよ。大量の薪と水を消費して、それでは実用的とは言えない」
侯爵の工房では、蒸気自動車というものも試作されていた。
四輪馬車の、馬の代わりに蒸気機関で動く自動貨車であるが、これも速度はそこそこ出るのだが、消費する水の量を考えると
航続距離が非常に短いのだ。水槽車を牽引して、水を補給しながら走ればもっと距離は伸びるが、大量の水を運びながらでは速度が落ちる。
開発費用も考えれば、ごく普通の二頭牽きの馬車を使った方がずっと経済的である。
しかも、機関の運動を上手く車輪に伝える装置(変速機)が無いため、速度に応じて機関の出力を調整しなければならない。
これは動かすのに非常に熟練が必要で、実用的とは言えない。
ブレーキも、人力で動かす手ブレーキである。
これは速度がそれ程でもないのであまり問題になっていないが、皇国製の自動車の完成度から見たら、程遠いレベルである事も事実である。
「皇国製の鉄や蒸気機関、その他諸々の知識を導入する事が出来れば、この国の再建、発展に大いに寄与するわ。大金を払ってでも皇国の学者や技術者を雇って、教えを請う事は“新時代”を生き抜いていくのに不可欠よ。勿論、大金といっても限度はあるけれどね」
「新時代とは?」
「この世界に皇国が現れてから、既存の常識がボロボロと崩れつつあるわ。産業界に革新が起こるわよ。まだ、その事に気付いている人は少ないみたいだけど」
「えぇ……。つまり、どういう事でしょう?」
「科学技術の革新、物価や金融の革新、軍事戦術の革新は勿論、平民の生活も変わらざるを得なくなっていくでしょうね」
「平民の生活もですか?」
「そう。平民の時代が来るわ。私達、貴族の時代が終わるかもしれないわね」
「まさか、平民に何が出来ましょう」
そう、平民とは何の能力も無い、無学で無気力なだけの烏合の衆だ。
対して貴族には、知識と権威、権力がある。平民が主役の時代など、考えられないだろう。
「私が会談した、皇国の大使は平民出身よ」
この事は、侯爵自身も最初は信じられなかった。
全権大使などという重要な地位に、平民出身の人間が就けるのが皇国なのだ。
「皇国では、平民もタダ同然で学校教育が受けられるんですって」
「平民に教育ですか。何と無駄な事を……」
「果たしてそうかしらね。皇国では、男子も女子も、教育を受けた人の殆どが読み書き計算が出来るそうよ」
「平民が読み書きですか。そんな事をして、何か意味があるのでしょうか?」
「平民でも誰でも本が読めるという事を、過小評価しない方が良いわ。皇国では、大量印刷された新聞が安価で出回って情報が広く平民に行き渡り、年間百万冊だったか、本も出版されていて、平民が気軽に読んでいるそうだから」
この世界では、王侯貴族や聖職者、一部の富裕層、商人等しか、読み書きは出来ない。
多くの平民には必要ないと思われているし、平民自身も自分には必要ないと思っている。
無くても恙無く生活が送れているし、書物など高価でとても平民が手を出せるものではない。
自分の名前が書ければそれで良い。
公文書を書く必要があれば代筆士が居るし、官報などは公示人が報せてくれる。
本が量産されて、安価で平民が読み漁るというのは、脅威である。
皇国人は、平民であってもそれだけ“学がある”という事だし、大量の書物を全国的に安価で供給出来るという事も、驚愕すべき事だ。
侯爵が皇国の大使との話や、何冊かの翻訳された皇国の書物を読んで感じた事は、皇国の対外的な力は、勿論強力な軍事力によるものだろうが、その根幹になっているのは平民一人一人まで行き届いた教育であるという事だ。
リンド王国軍には、地図の読めない貴族将校すら居たが、皇国軍は平民の兵卒ですら地図が読めるらしい。
皇国が持ち出して来ている小銃や大砲、自動車や戦車の説明書も、兵卒が読んで理解できる。
“飛竜殺し”と恐れられる飛行機や、“戦竜殺し”と恐れられる戦車を設計したのは、平民の技術者だ。
これでは、戦う前から相当な差が付いてしまっているのと同じだ。
王国軍は単に火力で負けたのではない。末端の兵士の質も含めた、総合的な“国力”で太刀打ち出来なかったのだ。
侯爵は、皇国のそのような“国力”が、今後良くも悪くもこの世界を変革させるだろうと、確信していた。
「幸い、皇国人は抜け目無い所はあるけれど、善良よ。こちらから敵対しなければ、友好的に接してくれるでしょう」
「そう上手く行くものでしょうか? 皇国軍の残虐さは、度々聞き及んでいます」
「戦争になって、残虐にならない兵士がいるかしら? 50歩の距離から、相手と目を合わせてマスケットを撃つ兵士は、残虐ではないのかしら?」
「皇国軍の残虐性は、それ以上です。何の騎士道精神も無く、飛竜を撃ち殺す事に何の戸惑いもありません」
「皇国の元居た世界で、25年程前に世界中を巻き込んだ大戦争があったそうよ。皇国も参戦したらしいけど、1日で数十万が死んだ戦いもあったとか。皇国が残虐というより、皇国の元居た世界が異常なのだと思うわ」
「そんな……異常な国と友好関係など、女王陛下にはお伝えしたのですか!?」
「陛下には包み隠さずお伝えしたわ。だけど、陛下は皇国の天皇陛下と大使閣下を信頼しているようで、それに、皇国に叛乱したところで武力鎮圧されるのがオチよ」
「しかし……」
「相手国の表面だけ見ていては見誤る。強大な軍事力に幻惑されて、皇国の意思を読み誤れば、また同じ過ちを繰り返す事になるわ」
別に馴れ合う必要は無いのだ。
お互いを認めつつ、時には妥協し、時には協力していくのが同盟国というものだろう。
幸い、リンド王国は皇国に鉱物資源や食糧を提供する事が出来る。
まだこの世界に慣れていない皇国に、様々な情報を売るという手もある。
一方的に皇国に金貨を払う必要は無いわけだ。
それでも皇国の高度技術や学問を導入しようとすれば金貨を多く払う事になるだろうが、それが経済発展に繋がり、将来の繁栄の礎となるのならば、無駄な投資ではないはずだ。
女王の臣下の中には、皇国に物資を輸出するだけして金や銀を得るだけで、皇国の持つ技術や学問等を何も取り入れない方針の者もいるが、馬鹿げた事だ。
それではユラ神国や、西大陸のイルフェス王国、ライランス王国に後れを取る事になる。
皇国とどのように関わり、どれだけ与え、どれだけ貰えるかで、今後の国際的な力関係が変わってくるだろう。
“新時代”の幕開けは、この言葉で始まる。
『自動車に乗り遅れるな!』