西大陸編01『新世界の戦争と皇国の決断』
※注意
この小説中に出てくる『皇国』という国家は、『史実の大日本帝国をモデルにした架空の国家』です。
『皇国』が明治維新後に元世界で歩んだ歴史も、史実の大日本帝国とは違います。
歴史小説ではなく、あくまでファンタジー小説なので。
その点、ご理解の程宜しくお願いします。
モリゲスの地では、イルフェス王国と反イルフェス同盟の戦いが行われようとしていた。
イルフェス軍の総指揮官を任された王女エレーナは、純白のユニコーンに跨り、白銀の鎧に身を包み戦乙女と見紛う美しさ。
側には、軍旗を持った美少年や、美しい装飾の施された純白のマスケットを持った美少年が付き従う。
銀色の鎧は見た目と動きやすさを重視した作りで、鎧としての防御効果はあまり無い。
しかし、イルフェス王家の"二本足で立つ銀獅子"の紋章を刻まれた鎧と軍旗は、王家の将軍であるエレーナの所在を、全ての将兵に見せ付けるようであった。
「部隊の展開は問題ないな?」
「はい、この分だと予想よりも早く仕掛けられそうです」
馬上から指図する王女の威厳に満ちた様子は、彼女が女王であるかのようだ。
イルフェス軍は歩兵28000、騎兵3400、砲兵1900、戦竜兵200、飛竜兵100の合計33600。
対する反イルフェス同盟軍はライランス王国軍が24000、フェルリア王国軍18200、ソクト王国が6600、シュンザ公国が1100、ソヴァ公国が900、スキード公国が500の合計51300である。
常備兵力の殆ど無いリッカ侯国とナガン侯国は、兵力の供出はせずに資金の提供のみに留まった。
数的には同盟軍有利だが、敵からは影になって見えない丘の裏に総司令部と予備兵力を、丘の上にローハン中将の前線司令部を置き、その前に主力を並べるイルフェス軍に対し、同盟軍は丘の下側であり、この点は先に戦場に到着したイルフェス軍有利の態勢と言えた。
戦いの火蓋を切ったのは、イルフェス軍の砲兵隊である。
72門の大砲が、同盟軍の中央に向かって砲弾を浴びせる。
数分後、同盟軍も砲兵隊を投入し、負けじと撃ち返し始める。
砲丸に絡め取られた兵士が、後ろに居た数人の兵士と共に吹き飛び、少しずつ戦列を崩していく。
だが高所の有利さ。イルフェス軍の大砲は同盟軍を射抜くが、同盟軍の大砲はイルフェス陣の手前で失速してしまう。
勿論、失速した弾丸でも残存する運動エネルギーは相当なものであるから、イルフェス軍にも被害は出る。
だが、被害の度合いを比べると、明らかにイルフェス有利と言えた。
「頃合だな。飛竜隊に伝令、爆弾で敵中央を攻撃させろ」
丘の上から戦場を見渡していたエレーナが、次の命令を発する。
数十分後、近隣の基地に待機していた32騎の飛竜隊が離陸していく。
ついに、虎の子の飛竜が戦場に到着する時が来たのだ。
その間も砲兵隊による射撃は行われ、根競べの砲撃戦が続いていた。
飛竜の任務はといえば、まず偵察、次に敵部隊への襲撃である。空飛ぶ軽騎兵なのだ。
弓やマスケットの届かない高度から擲弾を落としたり、混乱する敵に対しては上空からマスケットによる狙撃を行ったりする。
騎兵であれば、密集方陣を作る歩兵部隊を襲撃するのは骨が折れるが、飛竜であればそれは比較的容易に行える。
砲兵と飛竜兵によって敵陣を崩し、歩兵や重騎兵、戦竜兵によって止めを刺すというのがこの世界での一般的な戦術だ。
イルフェスの飛竜が接近してくることを知った同盟軍の兵士たちは、銃に弾丸を装填して射撃の準備をする。
マスケットは決して対空射撃に使うための銃ではないが、それによって弾幕を張ることで飛竜の行動を阻害したり、上手く行けば飛竜に怪我を負わせたり、騎竜兵を撃ち落すことも可能なのである。
イルフェスの砲兵隊が同盟軍のそのような行動を阻害するために、同盟軍の戦列に弾丸を撃ち込む。
飛竜兵が野戦で使う爆弾は、擲弾兵が使う擲弾と同じものか、それを少し大きくしたものである。
時限信管で爆発するため、落とす時の速度と高度が非常に重要である。投下速度は時速50km以上、高度は120m程度。
十数個の擲弾を装備する騎竜兵が、次々と導火線に火を付けて投げ落としていく。
同盟の歩兵隊はマスケットを空に向け、砲兵隊は対空砲に散弾を装填して追い払おうとする。
飛竜用の対空射撃といっても、基本的には散弾銃で鳥を撃ち落すのと同じで、それをより大規模にしただけだ。
だが、砲の追従性の問題もあり、高度100m以上を時速50km以上で飛ぶ飛竜にはなかなか当たるものではない。
運良く命中しても、体格が大きく皮膚も分厚い飛竜には、1発の命中程度では掠り傷程度にしかならない。数発は命中させないと、戦闘力を奪う事はできないのだ。
「エレーナ殿下、飛竜による攻撃は成功のようです。歩兵隊を前に出してはいかがでしょう?」
「いや、敵の飛竜が来る恐れが高い。歩兵隊はこのまま横隊で待機させる。敵中央への攻撃は、引き続いて砲兵隊で行う。弾薬の準備を欠かさぬように」
「御意。砲兵の弾薬はまだまだありますゆえ、心配はございません」
今度は同盟軍の飛竜36騎がイルフェス軍に襲い掛かる。
最初は苦戦していたイルフェス軍だが、イルフェスの飛竜が上空援護に入ると同盟軍の飛竜を追い散らし始める。
西大陸で随一の飛竜の産地であるイルフェスは、質の良い飛竜を多く生産している。
飛竜自身の戦闘力の差で同盟軍に勝っているのだ。
同盟軍側が全騎爆撃任務なのに対し、イルフェス側は既に爆撃を終えて身軽になった飛竜と、待機させていた飛竜を制空任務にしていた事も、イルフェス有利に働いていた。
反イルフェス同盟側は急造の連合軍ゆえ、意思疎通が上手く行かず作戦が後手後手なのだ。
「殿下、敵は痺れを切らしようですぞ。歩兵部隊が前進して来ます」
「銃撃戦用意。横隊の整列を徹底させよ」
砲兵による攻撃も飛竜による攻撃も芳しくない同盟軍は、歩兵隊の数に頼んで一気に決着を付けることを考えたようだ。
赤い服や白い服、青い服などを着た様々な国の兵士たちが様々な連隊旗を伴い、進軍する。
お互いの距離が300mを切った。
「全部隊、射撃準備! ただし、命令があるまで発砲は禁止!」
それまで沈黙を保っていたイルフェスの兵士たちは、肩に捧げていた銃を射撃体勢に構える。
しばらくすると、お互いの歩兵隊の距離は100mに迫っていた。
同盟軍歩兵が銃を射撃体勢に構える。
「射撃開始!」
凡そ60mから70m付近に接近したとき、両者の火花が散り、白煙が立ち込める。
これだけ接近して数千の兵士が撃ち合っても、一度の射撃で倒される人数は数十人程度である。
しかし、同盟軍に狙われたイルフェスの中央では、事態はもっと悲観的である。その数十人のうちの約半分は、中央の部隊の損害だった。
が、イルフェスの方も負けてはおらず、お互いに敵の中央を攻撃している。
歩兵同士の十数斉射目が終わる頃に、ライランス軍戦竜隊の突撃が始まった。
綻びはじめたイルフェス軍中央に殺到するつもりなのであろう。
イルフェス軍は両翼の小銃兵と砲兵で戦竜の衝力を受け流しつつ、自軍の戦竜隊を向かわせる。
そこかしこで戦竜同士の決闘が始まる。
戦竜兵は対戦竜用の大型の槍を持つ。これで敵の戦竜を串刺しにするのだ。
重騎兵と同等の速度で、10倍の体重にのせられた槍の一撃は非常に重い。長く重い槍を片腕で操作する関係上、戦竜兵は選抜されたエリートだ。
当然、上級将校だけではなく末端の戦竜兵も騎士階級である。討ち取れば、戦利品や身代金は多くのものが見込めた。
双方の戦竜兵達は高い士気を保ったまま、相手の戦竜隊を突破して敵の歩兵陣を狙わんとする。
「戦竜隊には悪いが、囮になってもらう。敵の中央もガタガタだ。残った歩兵と騎兵で、突撃をかける」
歩兵の横隊は、お互いににじり寄りながらさらに数回の射撃の応酬を経て、両軍の距離が徐々に縮まっていく。
「全軍突撃させ、重騎兵隊も投入せよ」
エレーナの命令は速やかに太鼓を介して伝えられる。
指揮官の号令で、イルフェスの全軍は最後の射撃を行うと騎兵部隊と共に突撃に移る。
鼓笛隊の鼓舞によって全軍が射撃から白兵の体勢へ移行した。
イルフェスの横隊が駆け足で同盟軍の横隊に突撃する。勝敗を決定付ける重要な銃剣突撃である。
お互いの兵士が銃剣を突き刺し、銃床で殴りつけ、サーベルで斬り合う。
十数分に渡る壮烈などつきあい。
お互いに敵の中央を攻撃したが、先に崩れ始めたのは同盟軍側であった。イルフェス軍の突撃によって完全に崩壊する前に戦闘を切り抜けようとした同盟軍の指揮官によって、同盟軍中央が撤退していく。
同盟軍の中央を守っていたのは主力のライランス軍だったが、他の同盟諸国との間に亀裂が生じ、そこから崩壊した。
イルフェス軍中央部隊は、ギリギリの所で持ち応えた。
あと数分長く敵の攻撃に晒されていれば、同盟軍と同じく崩壊していたであろう。
ライランス軍を中心とした同盟軍は攻撃を成功させられなかった。同盟軍の敗北である。
しかしイルフェス側も少なくない損害を負い、両軍は決定的な結果を残せぬまま撤退した。
反イルフェス同盟軍の損害(戦傷、戦死)は8553、対するイルフェス軍の損害は6417であった。
皇国は決断を迫られていた。
西大陸(サウシェスト大陸)のイルフェス王国とは先日通商条約を結んだばかりだ。それが突然『戦争を始めたので支援して欲しい』と来た。
皇国がこの世界で今すぐ獲得可能で、今すぐ欲する資源、食糧。
それの安定供給のためには、大内洋に面するイルフェス王国の協力は欠かせない。西大陸随一の穀倉地帯であるイルフェス王国の協力なしに、皇国臣民の腹は満たせない。
「この世界は、武力でも経済力でも何でも、力を見せつけねば生きて行けぬ戦国時代のようなものでしょう」
首脳会議の席で、臨席したある学者が言った言葉である。
「この世界が戦国時代だというのなら、我々はどう動くべきでしょうか?」
「天下を取る……これに尽きます。実際に天下を取った徳川幕藩体制は色々不備もあり、明治維新で倒れましたが……それにしても200年以上の平和で安定的な体制を築きました」
「皇国国内の天下取りと、世界の天下取りは訳が違うのではありませんか?」
外務大臣である。各国と戦争なり外交折衝なりを進める最前線だから、学者の言葉が気になるのも当然だろう。
「そもそも、そんな世界中を武力統治するような能力は我が国には無いでしょう。西大陸だけでも広大なのに、大内洋の東にはさらに大きな東大陸(ロナルナ大陸)があります」
国防大臣の言葉だ。至極もっともである。皇国軍は基本的に国防軍であって、遠征軍ではない。
「何も、直接統治だけが支配力を広げる手段ではありません。諸国と同盟するのです。丁度、我々が元居た世界で英国や米国と手を結んでいたように。そして、この世界ではリロ王国やオレス王国、イルフェス王国と結んだように」
「待って下さい。皇国は通商条約は結んだが、軍事同盟まで結んだ覚えはありませんよ」
「では、何もしないのですか? そうしたら諸国は『皇国とは付き合う価値なし』と判断する公算が高いですが。円安も進むでしょうし、最悪食糧が全く入って来なくなる可能性まで考えねばなりません」
皇国は新参者も新参者。一ヶ月ほど前に『突然』大内洋の真中に現れた国家である。
それが、通商条約を結んでくれた相手に戦争の手助けも出来ないとあっては、今後の国際関係にマイナス面の影響は避けられないし、今ある条約さえ反故にされる可能性がある。
内政は出来て当然、その上で外交と戦争が出来て一等国。そのどちらが欠けても、この世界では二等国以下だ。
現実的な問題もある。
イルフェス王国から輸出される穀物を載せた船が、反イルフェス同盟の軍艦や私掠船に襲われる事件が何件も起きている。
穀物の1tも無駄に出来ない皇国にとって、これは現実的な脅威であり、参戦理由にもなった。
総理大臣、外務大臣、国防大臣らを中心とした政府首脳は、『イルフェス王国の防衛と西大内洋の通商保護』を目的とした軍事的な行動を決定し、天皇もそれに異を唱えることは無かったという。
昭和17年――新暦1542年――の2月上旬の事だった。
西大陸編は14話まで。
以降も、1話約3000~5000文字を目安に考えております。
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