外電~魔道緊急任務対策室蔵瀬保波〜
終わったあ。」
蔵瀬がキーボードを机の奥にやって突っ伏した。
「お疲れさん。」
田野村の声を聞き、蔵瀬が顔にかかった髪の毛を整える。
隣では円動が大きな伸びをしていた。
「今夜はこれ以上仕事したくないですね。」
「そうね。」
蔵瀬が円動に返事をし、もう一度パソコンのモニターを覗き込む。
(本当に何もなかったらいいわね。)
田野村が荷物をまとめて鞄を肩に掛ける。
「お疲れさん。」
「お疲れさまでした。」
蔵瀬が田野村の方を見る。
ロの字型のテーブルから出て吹き抜けの方へ向かう。
「よいしょっと。」
田野村が手すりに一瞬足を掛け、そのまま飛んで45階に降りていく。
「何回見ても一瞬冷っとするんすよね。」
「そうね、さっ、私たちも行きましょう。」
蔵瀬が円動に荷物をまとめるよう促す。
ここは緊急事態に職員が集まる場所であり、蔵瀬たちの部屋は別にある。
「はーい。」
蔵瀬が円動を連れて47階の扉からMEMCを出る。
「ちょっと仮眠取りませんか。」
時刻は既に4時を回っている。
円動がホワイトカラーの扉の横に取り付けられた端末に社員証を翳し、鍵を開ける。
「どうぞ。」
「あら、ありがとう。」
部屋の中には15個の机が等間隔に置かれている。
「あー寝みい。」
円動がふらふらと自分の席へ歩いて行く。
円動の机の上には分厚い参考書が乱雑に置かれている。
「机の上たまには片付けたら。」
「はーい。」
円動の席の隣が蔵瀬のデスクだ。
蔵瀬の机の上は綺麗に整っている。
蔵瀬の机の上にも参考書が何冊か立てられている。
「じゃあおやすみなさーい。」
円動が本や書類が山積みになっている自分の席に突っ伏す。
「あーそうだ、円動君、「気島」さんが出勤する前に机の上片付けなさいよ。」
「はーい。」
円動の返事はどこか間が抜けている。
「ねえちゃんと聞いて。」
蔵瀬が作業の手を止めて円動の方を見ると、既に円動はすやすや眠っていた。
(仕方ないなあ。)
蔵瀬が立ち上がって、円動の椅子に掛けられているパーカーを円動に掛ける。
(試験もうすぐだもんね。)
円動の机の上に置かれたカレンダーの31日のところが赤く円で囲われている。
この日、ポリス業務部に勤務する職員の昇格試験が行われる。
昇格試験は毎月一度月の最終日に行われることになっていて、円動はこの日星五つの昇格試験を受けるのだ。
星が増えれば増えるほど、やれる仕事の幅が増えるし、給料も上がるため、円動は毎月昇格試験に挑戦している。
(今月こそ受かるといいね。)
蔵瀬が自分の席に戻る。
(私もやらないと。)
蔵瀬も星六つへの昇格をかけた試験が円動と同じ日に控えている。
MEMCに勤務する職員は、ボックスが招集されない限り何をしていてもかまわない。
こうして円動のように仮眠を取ったり、蔵瀬のように勉強したりすることができる。
仕事さえ立て込まなければ、比較的自由の利く仕事なのだ。
その代わり、一度ボックスに召集されると果てしない緊張感の仲短時間で一気に集中をして仕事をすることになる。
僅かなミスも許されない。
「円動君、円動君てば。」
「はい。」
円動が仮眠を取り出してだいたい1時間後、蔵瀬が円動の背中を何度もゆする。
「なんですか。」
「気島さんが来るまであと1時間弱しかないわよ。早く片付けなさい。」
「やば、ありがとうございます。」
円動が慌てて机の上をガサゴソさせる。
「円動また慌てて片付けてるのか。」
「えへへ、すみません。」
蔵瀬と円動以外の職員で同じシフトになっている同質の職員が円動の片付ける音で目を覚ます。
「蔵瀬さんは寝なかったんですか。」
「ええずっと起きて勉強してたわ。」
「すごいなあ。」
蔵瀬がコーヒーを入れにサーバーの方へ歩いて行く。
「今日私7時半までなのよ。だから今から寝ようと思ってる。」
「残業お疲れ様です。」
「どうも。」
6時に円動たちが帰り、残業で1時間半残ることになっている蔵瀬がクッションを抱えてウトウトしていると、室内にアナウンスが流れた。
「緊急事態発生、緊急事態発生。職員は直ちにMEMCに集合してください。」
はっと目を覚ました蔵瀬が椅子の横に置いているトートバックを手に取り、部屋を出て行く。
(もうなんで残業してる日に限って。)
蔵瀬がMEMCに入ると、あちこちにボックスが作られていた。
(何時だろう。)
蔵瀬が腕時計に目をやる。
(6時50分か。あと40分だったんだけどなあ。)
「蔵瀬さん。」
「はい。」
「この時間出勤だったっけ。」
「いえ1時間半残業で7時半まで。」
「そうだったの。」
蔵瀬に声をかけたのは、40代後半ぐらいの女性だ。
胸元には星六つのバッチが付いている。
「中途半端ねえ。今から入ったら定時で上がれなさそうだし、人手が足りてるから、ボックスにはいなくていいわ。その代わり。」
「はい。」
「7時半までポリスさんとの打ち合わせカウンターに回ってもらっていい。向こうの人を一人こっちにお願いしてて。」
「わかりました。」
蔵瀬が一度MEMCを出て廊下に面する階段を降りていく。
(打ち合わせカウンターに行くの久しぶりだな。)
ボックスで情報収集をする仕事と違い、打ち合わせカウンターでは、その時間ポリス業務を行う魔道士との打ち合わせを行う。
蔵瀬にも業務経験はあるが、数年前のことだ。
(成り行きでオーケーしちゃったけど、私できるかな。)
45階のメイン扉からMEMCに入り直し、蔵瀬が打ち合わせカウンターの前に行った。
「お疲れ様です。7時半までヘルプに回るように指示を受けました。」
「ありがとうございます。どうぞ。」
蔵瀬がカウンターの間に設置された透明のガラス戸に固定された端末に社員証を翳す。
ドアノブのロックが一時的に解除され、蔵瀬が引き戸を押してカウンターの内側に回る。
「12番に行ってもらっていいですか。」
「はい。」
蔵瀬が横に長く続いているカウンターの12番の席に座り、メイン扉を見る。
(この景色懐かしいなあ。)
蔵瀬が久しぶりの打ち合わせカウンターのシステムを確認している時だった。
「ねえ見て。」
「嘘でしょ。」
他の職員の騒めきに釣られて蔵瀬がメインゲートを見てはっとした。
(リアルで見るの初めてだ。)
メインゲートを通った瞬間、MEMC内の社員の目をくぎ付けにしたのは一人の女性。
淡いパステルカラーで統一された服にキラキラと輝くアクセサリーが生える。
歩き方や手の位置、表情に至るまで何をとっても美しい女性はなぜか蔵瀬の方へ歩いて来る。
(えっ、こっちに来る。)
蔵瀬は慌てて姿勢を正した。
「ごきげんよう。」
「おはようございます。ポリス業務部ポリス業務向上化ポリス担当魔道士職員指導室チーフ統括釵瑠璃様。」
釵の表情はさっきから少しとして変わらない。
上品なポーカーフェースのままだ。
「田野村チーフに呼ばれてきたのだけれど。」
「畏まりました。」
蔵瀬がぱっと後ろを振り返り、田野村を探す。
(いたいた。)
蔵瀬が子機を取り、田野村の付けているイヤホンのダイヤルを押す。
「田野村チーフ、釵瑠璃様がお見えです。」
「こっちに通してくれ。」
「畏まりました。」
蔵瀬の声を聞いた田野村がこちらを向いて頷く。
「どうぞお通りください。」
「ありがとう。」
釵がさっき蔵瀬がしたようにガラス戸を開けて奥に入って行く。
(あー緊張した。まさか釵さんと話せる日が来るなんて。残業しててよかった。)
蔵瀬の胸が軽く高鳴っていた。
釵瑠璃は魔道良内でもトップクラスの美人なのだ。
その魅力は男性だけでなく、女性も引き付けて止まない。
(あーなんか元気もらった。残りの時間も頑張ろ。)




