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のーえるへの訪問(30)

30

 「気を付けて。」

「はーい、悪いけど私のトランクよろしくね。」

「わかりました。13時20分にノーエル局で待ち合わせですからね。絶対遅刻しないでくださいよ。」

「わかってるって。」

私は鞄を肩に掛け直して扉を開ける。

「行ってらっしゃい。」

「行ってきます。」

外に出るとからっとした空気と蝉の鳴き声とギラギラ輝くお日様が迎えてくれた。

(あっつ。)

普段なら髪形が乱れるから帽子は被らないが、今日は大丈夫。

私を見る人の数も少ないし、多少乱れていてもいちいちそれを指摘してくるような人はいない。

私は左手に持っていた白い帽子を被ってフェザードを拡げた。

(約1時間20分で2か所も回らないといけないなんて。Miraに早く起こしてもらってよかったわ。)

今日は、ネオンダールの神殿に行ってから、三つ子ちゃんたちの家に行くことにしている。

強い日差しの上を飛んで行き、10分ほどでネオンダールの神殿に着いた。

(あっつい、こんな時間に動いちゃだめね。)

ネオンダールの神殿は相変わらず暗いオーラを放っている。

室内に充満している悪気が外まで溢れているようだ。

私は神殿の扉を開ける。

(ちょっと。)

扉を開けた僅かな隙間から黒い霧が漏れてきた。

おもわず目を閉じ、息を止める。

(一度空気の入れ替えでもしましょうか。)

私がそのまま扉を外側に引くと黒い霧がすうっと空へと飛んで行き、空中で散った。

まるで日光に浄化されたようだ。

(もういいかな。)

中に入り扉を閉める。

まさか自発的にここに来ることがあるとは思ってもみなかった。

「いるんでしょ、ネオンダール。約束通り会いに来たわよ。」

ここに自分一人だけなのをいいことに私が声をかけると、目の前に黒い霧の塊が現れた。

「どんな格好でお目にかかろうか。」

黒い霧がゆっくり小さくなり、すっと男性が現れた。

全身真っ黒な服、黒い髪で隠れた顔、私はゆっくり彼に近づいた。

「その髪上げてもいい。顔が見たいわ。」

「顔のパーツがないかもよ。」

「そんなわけないわ。あなたがそんな美に反することするはずないもの。」

私は彼の前髪に触れる。

(痛くない。)

てっきり決壊でも張られているかと思ったが、そういうわけでもなかったので、そのまま彼の前髪をゆっくり左右に分けた。

「ほら、とっても綺麗な容姿に化けたわね。」

私はそのまま彼の前髪を耳に掛ける。

「これじゃあちょっと見栄えがあれだから。」

私は右手にスパイラルで作ったハサミを出す。

「こんなところで切るのかよ。」

「この髪だってスパイラルの具現に過ぎないのだから、神殿は汚れないわよ。」

私は躊躇なくハサミを入れる。

「切れんの。」

「できないことはしない主義なの。」

ネオンダールを椅子に座らせ、私は彼の後ろに立つ。

「鏡とかなくていいの。」

「いらないわよ。だってこんなの勘でできるでしょ。ネオンダールの髪だもの。」

「だめだ、やっぱり任せられない。自分で直す。」

ネオンダールが慌てて髪の長さを調整する。

「あら残念、せっかく切れると思ったのに。」

「おまえが勘とか物騒なことを言うからだ。」

私は少し笑ってスパイラルで作ったハサミを消す。

「ねえこの神殿っていつもこんなに暗いの。」

私はネオンダールの隣に座る。

室内には数本のろうそくに火が灯っているだけで、それ以外の明かりは一切ない。

「結構居心地いいし、そんなに暗くはないぜ。」

「いやいや暗いと思うけどなあ。」

神殿の中をまじまじと見ていた私はあることに気づいた。

「ネオンダール。」

「なに。」

「今火がついてるどの蝋燭にも前後左右に一本ずつ蝋燭が置かれてる。本当はもっと明るくできるんじゃないの。」

「できるぜ。」

「ならどうしてそうしないの。」

「それが俺から住民への命令だからさ。」

「じゃあ今火が付いていない蝋燭はどうして立てられているの。」

「知らねえ、ここを設計したやつの気まぐれじゃねえの。」

ごまかそうとしている。

何かを知られまいと隠そうとしているように感じられた。

私はじーっとネオンダールの横顔を見る。

「なに。」

視線に気づいたネオンダールが私を見る。

「もしかして悪魔に惚れた。俺ってイケメンだから。」

「いやそれは違うから安心して。」

「はっきり言うなあ。じゃあなんだよ。」

「ここの蝋燭のことを聞くとあなたが嫌そうにするから、全部に火を付けたら何があるんだろうって気になったの。」

「なんだそんなことかよ。やめとけよ、何も楽しくねえ。」

「どうしても嫌。」

ネオンダールの口ぶりと態度が噛み合っていないように見える。

やってほしくないと言いつつ、完全に拒否をするわけではない。

「返事をしてくれないなら、肯定的に解釈するわよ。」

「いいかもな、もうずいぶん見てねえし。最後に踏ん切りをつけるにはちょうどいい。」

ネオンダールの呟きの意味は理解できなかったが、私は右手の人差し指と中指にオレンジ色のスパイラルを出し、ぐるっと一回転した。

私が指を向けた蝋燭から火が灯り、あっという間にすべての蝋燭に火が付いた。

「あっ。」

さっきまで薄暗かった神殿の中が一変し、暖かいオレンジ色に満たされる。

「綺麗。」

しばらくこの輝きに見入っていた私はネオンダールを見る。

彼は一方向をじーっと見ている。

(何を見てるんだろう。)

私もそちらに視線を向けてはっとした。

「壁画ね。」

「そう、これが視界に入るから、いつもここは暗くしてるんだ。」

「見たくないから。」

「おー。」

いたって真面目なネオンダールの返事を聞き、私は改めてそれを見る。

神殿の壁にはいたるところに絵が描かれていて、どの絵にもネオンダールが出てくる。

ネオンダールの人間の姿や悪魔の姿などさまざまな姿が描かれている。

そしてネオンダールが見ている壁画にはおそらくネオンダールと思われる少年と。

「あの4本足の動物ってレッドネック。」

「そうだぜ。」

「昨日私に見せてくれたシルエットと言い、やっぱりあの子はあなたのパートナーだったのね。」

「そうだな、仲は良かったよ。俺が人間だったころからの付き合いになるな。」

ステファシーの末裔の力で悪魔と意思疎通を図れる私は、ネオンダールの過去を知っている。

ノーエルに来るようになってから、毎回挨拶に行く中で、ネオンダールは私に興味を示すようになった。

もう彼とも6年ほどの付き合いになる。

自分とまともに話せる人間は珍しいようで、話し相手にさせられたり、遊び相手にさせられたり、いろいろいらいらさせられることが多いけれど、それでもネオンダールを嫌いになることはなかった。

彼の過去を知っているからかもしれない。

時々本気で腹は立つけれど、彼が本物の悪でないことを知っているからかもしれない。

「この壁画には俺の思い出したくないものが山ほど描かれてる。あいつもその一つだよ。」

「そう。」

これ以上言葉が出てこなくて、私は椅子に深く腰掛けて壁画を見つめ続けた。

「この壁画はこれで見納めだな。」

「なぜ。」

「もうあいつはこの世にいないんだ。思い出しても辛いだけだろ。」

(でもあなたは昨日レッドネックを浄化しろと私に言って、助けまでくれたわ。)

「今回の結果には満足してるぜ。」

「えっ。」

ネオンダールが一つため息をついて、顎に手を当てる。

この容姿端麗な美青年の姿でそんな仕草をされては、さすがに見入ってしまう。

「雫の心の声が駄々洩れになってるぞ。気にするな。あれでよかったんだよ。知能を持たない古代モンスターの蘇りなんてもう今の時代を生きてはいけない。」

「先週の子たちがもっと早く浄化していれば、あの子はあんなに苦しまなくて済んだのね。ごめんなさい。」

「雫は悪くないだろ。それに雫に浄化されてよかったよ。」

「どういうこと。」

「あんなに優しい目で浄化されたんだ。それで十分だよ。」

ネオンダールが雫の肩にもたれかかる。

雫は一瞬彼を見たが何も言わずネオンダールを受け止めた。

「へえ驚かなかったか。嫌じゃねえの。」

「全然。痛くないからいいわよ。実は今結構辛いんでしょ。」

ネオンダールは答えない。

「レッドネックのコアが瑠璃湖に沈んでいたことは知っていたの。」

「いや先週あいつが復活するまで気づかなかった。瑠璃湖は水が多いから、底での出来事には気づきにくいんだよ。」

「なるほど。あなたが昨日ちらつかせてた先週のこととか楽しいこととかって全部昨夜のことだったのよね。」

「あー。」

「どうしてあのタイミングで再度復活するってわかってたの。」

「一度出てきたあいつのオーラは瑠璃湖に沈んでも見失ったりしねえよ。」

「わかってたならさあ、もっとはっきり言ってくれればすごく助かったのになあ。」

「それじゃあ面白くねえだろ。」

「もう。」

普段はあんなに居心地の悪い神殿が、今は同じ場所とは思えないほどに居心地がいい。

ぼうっとしていてネオンダールに聞きたいことを思い出した。

「そうだ、昨日の夜にね、すごい殺気みたいなものに体が包まれたような気がして目が覚めたんだけど、あれってあなたの仕業。」

「いや俺じゃねえよ。」

「じゃあレッドネックの仕業。」

「いやそれも違うと思うぜ。」

「そうなるとあれはなんだったの。」

「さあな。」

「あなたが治める地域でしょ。何かわからないの。」

「俺が全部わかってるなんて思うな。」

「えー。」

私はオーバーにため息をついて見せてから、もう一度レッドネックの絵を見た。

「そろそろ行かないと。」

「もう帰るのかよ。」

「来月にはまた来るわ。その時も相手してね。」

「へいへい。」

私は席を立って扉の前でネオンダールを振り返る。

椅子に座ったまままだ壁画のレッドネックを見ているようだ。

(生かしてあげたかったけど、長期的に考えれば、環境に適応できず、苦しい思いをすることが容易に想定できたから、そうなる前に浄化するか。ネオンダールが大人の対応をしたとしか言えないわね。)

「ネオンダール、この蝋燭はどうする。」

「後で自分で消す。」

「わかったわ、それじゃあまたね。」

私は扉を開けて外に出る。

木戸をガチャリと閉めて私は空を仰いだ。

「よし。」

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