ノーエルへの訪問(29)
29
「雫。」
布団の上で爆睡する雫の頭元にMiraが座る。
「起きれそうですか。」
「何時。」
うっすら目を開けて雫がMiraに聞き返す。
「10時半です。」
「約束より早いじゃない。」
「本当に12時まで寝る気だったんですか。そんなことしたら出発までに全部終わりませんよ。」
雫がMiraと反対方向に顔を向ける。
「みんなは。」
「全員起きてそれぞれに。」
「そう、チコも起きれたの。」
「はい、女子の中では一番早く起きましたよ。」
「まあチコは寝たのが早かったしね。Miraは寝れたの。」
「ええ朝食の準備はしていましたし、それぞれ自分で食べてくれたみたいです。」
「そう。」
雫がゆっくり体を起こす。
「みんなが起きてるなら、私も起きないとね。おはよう。」
「おはようございます。」
「何したらいい。」
「そうですね。まず朝食を摂ってください。話しはそれから。」
「うん。」
Miraは既に朝食の乗ったおぼんを近くの机に置いた。
「Miraは。」
「私は既に食べましたよ。」
「今日のメニューは何かしら。」
雫がおぼんのなかのお皿を覗き込む。
「美味しそう。」
「冷めないうちにどうぞ。」
「いただきます。」
「はい。」
おぼんの上に乗せられたのは完璧なまでの健康食。
ご飯味噌汁、魚、酢の物に果物。
「美味しい。」
「よかったです。急いで作ったので味が心配で。」
「何も心配することないわ。私もこれぐらい作れるようにならないと。」
しばらく味噌汁を食べていた雫がふと口を開いた。
「さっき全員起きてるって言ったわよね。」
「はい。」
「それぞれどうしてるのかしら。」
「シーナ、チコ、レーク、メーラは昨日のポリス業務の報告書を書いていて、スマス、糸奈、クシー彩都は荷物の片づけとここの掃除をしてくれています。」
「そう。」
「さきほど九道さんから連絡がありました。瑠璃湖周辺の調査や近隣住民への説明はあちらにお任せしていいそうです。」
「うん、今回はいろいろ任せてしまって申し訳なかったわね。」
「それから、神町さんからも連絡が。」
「あー。」
「電話で簡単に状況はお伝えしました。帰ったら詳しい報告をしに行くことになっています。」
「私も一緒に行くわ。」
「雫は帰ったらポリスの方へ行かないといけないでしょう。」
「最初の挨拶だけでも一緒にするわ。」
「わかりました。その方が心強いです。それから。」
Miraが雫のスマホを見る。
「うん。」
雫が箸を置いてスマホを立ち上げた。
「上手からメールが来てる。」
「後で目を通しておいた方がいいと思います。」
「内容を知ってるの。」
「私の携帯に電話があって、さっきお話したんです。それの具体的な内容が書かれているそうです。」
「どんな話だった。」
「鏡さんがグループルームにいらしたそうで。」
「あー、わかったわ。」
「最後に。」
「まだあった。」
「今日の帰り方ですが。」
「うん。」
「私たちで考えて空飛ぶジュータンで帰ることになりました。」
「わかった。私もそれでいいと思うわよ。」
「今日の14時ごろには出発したいので、それまでに帰りの用意をして、ご挨拶に行ってくださいね。」
「はーい。」
「この後の予定ですが。」
「ノーエル局に行くのと、三つ子ちゃんたちのお家に行くのと、後。」
雫がそこで止まった。
「ネオンダールの神殿ですか。」
「よくわかったわね。」
「こんな大ごとの後ですからね。きちんと報告に行きたいのでしょう。」
「はい。」
「わかりました。オスハルさんには私が許可をもらっておきます。」
「助かるわ。」
雫が魚の最後の一切れを口に運ぶ。
「雫。」
「なに。」
「体の調子はどうですか。」
「少しだるいけどそれだけよ。昨日魔道を使いすぎたのね。私より他の子たちは。」
「みんな大丈夫ですよ。」
「そう、学生組もずいぶん体力が付いてきたわね。」
「ええ。」
雫が嬉しそうに頷いて、箸置きに箸を置いた。
「ご馳走様でした。美味しかったです。」
「はい。」
「仕度をするわ。チコにもお疲れ様って言いたいし。」
「わかりました。」
「もう隣の部屋に行ってもいいの。」
「はいみんな昨日ミーティングをした部屋に集まっていますから。」
「オッケー。」
「では私は先に出ていますね。」
「はーい。」
Miraはおぼんを持って廊下に出て行き、雫は隣の部屋に行く。
「まだ眠いけど、二度寝してばれたらどやされそうね。」
ポニーテールに括った髪の毛にシュシュを結び、雫が鏡に映った自分を見る。
(疲れてるなあ。この顔で三つ子ちゃんたちに会うわけにはいかないか。)
雫がゆっくり息を吐く。
「仕方ない、今日も頑張ろう。」
雫がスマホで電話帳を開き、上手の名前をタップする。
「はい上手です。雫様おはようございます。」
2回のコール音の後すぐに上手が出た。
「おはよう、寝てたわけではなさそうね。」
「もう10時半を回っているのですよ。起きているに決まっているではないですか。」
「私は今さっき起きたところなんだけど。まあそれはいいわ。今からメールを見るんだけど、取り合えず起きたので電話を一本入れたの。」
「ありがとうございます。さきほどお送りしたメールをご確認いただければ、それがすべてですので。」
「はーい、わからないことが出てきたらまた連絡させてもらうわね。」
「もちろんです。」
「今からもう少しノーエルに滞在して、今日の18時までには帰るようにするから。また魔道良が近くなったら電話を入れるわ。」
「畏まりました。お帰りをお待ちしております。お気をつけて。」
電話を切り、雫が黒い鞄を肩にかける。
(みんながやってるなら、一緒にやってしまおうかな。)
「雫おはよう。」
男子用の部屋を覗くと、チコが真っ先に気づいて雫のところに駆けてきた。
「おはようチコ、体は平気。」
「うん。」
「おはよう。」
「みんなもおはよう。」
「雫ここどうぞ。」
「ありがとう。」
メーラが空いている座布団をトントンと叩く。
昨日と違い、みんな自分のパソコンを立ち上げカタカタと何かを書いている。
「はいお茶とお菓子。」
「いただきます。」
雫の右側に座るシーナからお茶とお菓子を受け取って雫が自分の背中にもたれかかっているチコを振り返る。
「チコ昨日はお疲れさま。あの後きちんと浄化したわよ。」
「うん、みんなから聞いたよ。うまくいって良かったー。」
チコが雫の後ろでくるくる回る。
「あらチコ、今日は髪の毛を括ってないの。」
雫の顔に直撃するチコの長くてふわふわした白い髪を雫が手で避けながら尋ねる。
「雫に括ってもらうのー。」
「甘えたさんねえ、自分で括れないの。」
「括れるよ。でも雫に括ってほしいの。」
「私やシーナがやってあげるって言っても嫌の一点張りなのよ。」
「だって。」
「しょうがないわね。道具をこっちに持ってきて。」
「わーい。」
チコが女性用の部屋に走って行くのを見送ってから、雫がパソコンを取り出した。
「持ってきてたんだ。」
「まだ終わってなくて。みんなも書いてくれてるんでしょ。」
「おー。」
レークが目を細めている。
「レーク、まだ眠いの。」
「眠いに決まってんだろ、4時間ぐらいしか寝てねえんだよ。」
「それならまだ寝ててよかったんじゃない。」
「クシーたちが起きろってうるさかったんだよ。」
「なるほど、スマスたちは今どこ。」
雫がテキストファイルを立ち上げる。
「スマスと彩都は玄関の辺りじゃないかな。で、クシーと糸奈はお風呂場。」
「わかったわ。早くこれを片付けて手伝いに行かないとね。」
雫がスマスと書かれたファイルを開く。
(うんうん、これなら大丈夫ね。時々すごく雑な部分が出て来るけど、まあ他の子たちの報告書とくっつければ何とかなるでしょう。)
「雫持ってきたよー。」
雫がちょうどキーボードに手を置いたタイミングで、チコが部屋に入ってきた。
「はーい。」
雫が後ろを振り返る。
「串とゴムとピンとシュシュね。今日はどうやって括ったらいい。」
「雫にお任せ。」
「えーっ。」
チコが雫の前にちょこんと座る。
「じゃあ髪の毛をとかしますよー。」
「はーい。」
雫がチコの髪をときながら考える。
チコの真っ白でふわふわの髪は降ろせば腰の辺りまである。
「チコ、昨日は降ろしてたよね。」
「うん。」
「どうして今日は括る気になったの。」
「雫が括ってくれるから。」
「嬉しいわ。」
雫がチコの髪を一つにまとめ始めた。
「今日は暑いし、私とお揃いにしようか。」
「ポニーテール。」
「そう。」
「三つ編みがいい。」
「さっき私に任せたじゃない。」
「ええ。」
「三つ編みポニーテールにしたら。」
横からメーラが会話に入ってきた。
「えー。」
「そっか、雫三つ編み苦手だもんね。だからやりたくないんだあ。」
「失礼ねえ、三つ編みはできるわよ。」
雫の声が後ろに行けば行くほど小さくなっていく。
「雫の三つ編みの腕でもチコの髪ならいい感じにまとまるわよ。元々チコの髪って三つ編みしにくいし。」
メーラの何とも言えない意味深スマイルにため息をつきつつ雫が三つ編みを始める。
「やったあ。」
「痛かったら言ってね。」
「はーい。」
チコの髪の毛を頭の先から腰の位置まで全部三つ編みにしていたら切りがない。
肩甲骨の辺りまでを三つ編みにして下を一つ括りにした。
「はいこれでいいかな。」
「ありがとう。」
チコが嬉しそうに何度も頷く。
「雫できたから送ったよ。」
「ありがとう、確認するわ。」
チコが自分の席に戻るのと入れ違いにシーナが部屋を出て行く。
(えっと。)
ポリス業務をした後はその業務内容について報告書を書く決まりがある。
10っ分刻みで書いていく必要があり、かなり時間がかかる。
個人で活動をしたところは自分で書いてもらい、小グループで活動した部分は小グループのリーダーが書き、グループ全体で活動した部分はグループリーダーが書く。
つまり、昨夜の業務の報告書を一番書かないといけないのは雫なのだ。
(はー。)
雫は、スマスたちが書いてくれた報告書の内容を確認し、それらを所定の表に貼り付けていく。
もう11時を回っている。
(14時に空飛ぶジュータンに乗るのなら、そろそろ出ないと。)
「メーラ、レーク、チコあとどのくらいでできる。」
「11時半過ぎには終わらせたい。」
「メーラそれは目安じゃなくて希望。私が効きたいのは目安。」
メーラが大きなため息をつく。
「11時半過ぎには終わらせられるよう最善を尽くします。」
「よろしくお願いします。」
「そんなのわかんねえし。」
メーラと違いレークは投げやりだ。
「そんな不機嫌に言われても。私だってできるだけ早くここを出たいし。」
「それはそっちの都合だろ。」
「どっちにしたって今日中には提出したいの。ここで終わらなかったら、空飛ぶジュータンの上か魔道良に帰った後やってもらうことになるからね。」
「はー。」
レークの声が大きくなり、チコがぱっと耳を塞ぐ。
「レークうるさい。」
「そういうおまえはほとんど進んでないだろ。」
「ストップ。」
雫が一度手を叩く。
「レーク落ち着いて。」
「俺だけかよ。」
レークがふてくされたように顔を曇らせる。
「チコもよ。」
「えー。」
雫が席を立ってチコのパソコンを覗き込む。
「本当に進んでないわね。」
「だって。」
「これ何時から書いてるの。」
「9時。」
「もうすぐ2時間半になるのね。チコ、一度休憩しましょうか。」
「いいの。」
「その代わり今日中には必ず書き上げてもらうからね。」
「わーい。」
チコが部屋を出て行く。
それを見送り雫がレークの後ろに座る。
「ごめんなさい、私も少し自分中心になってたわ。出発まで余裕がないから、少し急いでたの。」
レークがこくりと頷く。
「ちょっと見せて。」
雫がレークのパソコンを覗き込む。
「もうすぐ終わるじゃない。メーラといい勝負ね。」
11時半過ぎ、レークとメーラが同じタイミングで報告書の作成を終わらせた。
「終わったー。」
「終わったー。」
「ありがとう。確認するわね。」
「雫は終わったの。」
メーラが雫のパソコンを覗き込む。
「あれ。」
不思議そうな顔で見つめるメーラに雫がウインクで答える。
「みんなの見てたら自分の分まで手が回らなくて。」
「雫は日とのこと言えねーな。」
「失礼ねえ、みんなの見てたのよ。もし、直してほしいところが出てきても、夜に見たらあなたたちに連絡できないでしょう。」
「つまり自分の分は夜に書くってことか。」
「うわー、残業ありきの発言だ。」
雫がため息をついてパソコンをシャットダウンする。
「みんなに休んでもらう方が大事だし。ところで二人はこれからどうするの。」
「もちろん。」
「さぼる。」
「そんなわけないでしょう。」
メーラとレークの息ぴったりな発言にぴしゃりと釘を刺したのはMiraだ。
「Mira。」
「報告書の作成が終わったなら、彩都とシーナを手伝ってください。」
「なんで。」
「昨日も今朝もシャワーを浴びたでしょ。」
「そういうMiraは何してたんだよ。」
「私はずっと台所周りの掃除をしてたんです。」
「じゃあ雫も手伝うわよね。」
今さっきまでMiraを睨んでいたメーラとレークが雫を見る。
「いやえっとー。」
「雫はこれからお出かけですよ。」
「はー、ずるくない。私たちはまだ掃除なのに。雫だってお風呂入ったじゃない。」
「雫にはノーエルを出発する前にいろいろなところへ行ってもらわないといけないんです。」
「納得いかねえ。」
(レークとメーラの抗議が痛い。仕方ないなあ。)
「わかったわ。12時までみんなと一緒に掃除をするから、そのあとは行かせて。」
「まあそれなら。」
「じゃあ決まりね。取り合えずパソコンを片付けてくるわ。」
雫がパソコンを鞄にしまい、廊下に出ると、ちょうど前から来たスマスと目が合った。
「おはようスマス。」
「おはよう、起きれたんだね。」
「何とかね。掃除任せっぱなしでごめんなさい。今から手伝うから。」
「何か所か行かないといけないところがあるんだろう。14時には出発するし。」
「そう言ったんだけど、メーラとレークが聞いてくれなかったのよ。」
「なるほど。」
雫が少し笑って部屋に入った。




