ノーエルへの訪問(27)
27
「コアの浄化完了しました。」
雫が手を降ろして呟く。
「あー確認できた。ご苦労。」
田野村も椅子に深く腰掛ける。
「事後処理は。」
「これからグループで行います。」
「大丈夫なのか。」
「ええ無理のない範囲で済ませてしまいます。」
「わかった。」
MEMCでは円動や蔵瀬も安どの表情を浮かべていた。
「よしデータの整理と最終チェック、それから向こうの機械のデータの転送作業さっさと済ませて解散するぞ。」
「はい。」
田野村の声にも円動たちの声にもさっきよりずっと余裕が感じられる。
(疲れたー。)
雫がイヤホンを外し長いため息をつく。
張りつめていた心の糸がすうっと緩んだ拍子、水面に張っていたシールドがぱりんと音を立てた。
「あっ。」
雫が気づいた時には時すでに遅しで、既に水の中だった。
(やばいやばい。)
慌てて水面に顔を出す。
「雫。」
ジュータンの方から近づいてくるスマスの緑色のフェザードが雫の視界に入った。
「大丈夫かい。」
「ええ取り合えず。」
スマスが雫を抱きかかえ、お姫様抱っこする。
「笑顔で飛んで帰ってきたらかっこよかったのに。」
雫が少し頬を膨らます。
「疲れたのよ。」
「わかってる。」
雫が空を見上げる。
視界の半分はスマスの顔、もう半分はお星さまがたくさん輝く夜空だ。
「雫大丈夫ですか。」
ジュータンに着いて早々Miraが雫に駆け寄った。
その後ろでレークやメーラが大爆笑している。
「大丈夫、気が抜けちゃって。」
「今乾かしますね。」
Miraが雫の服に触れるとオレンジのスパイラルが雫を包み、服や髪の毛から水分を飛ばした。
「ありがとう。」
「いいえ。」
雫が改めて一同を見る。
(よかった。)
ここまで来てようやく雫の顔に笑顔が戻った。
やり遂げたという安どと達成感がこみ上げてくる。
「お疲れさまでした。」
「お疲れさまでした。」
チコ以外の8人が答える。
「よかった。終わったー。」
「うん終わったよ。」
「お疲れさまでした。」
「頑張ったね。」
「なかなかハードだった。」
雫が何度も首を縦に振る。
「私たち倒せたんだよ。イレギュラー種で古代モンスターの蘇り。」
達成感を感じているのは雫だけではない。
「このタイミングにチコが起きていないのが残念ね。」
「みんなでわーってやるタイミングは一緒にお祝いしたいよな。」
雫がチコの近くにしゃがんで頭をなでる。
「チコ勝ったよ。明日みんなで一緒にお祝いしようね。」
雫が立ち上がりもう一度8人を見る。
「さて一通り喜べたし、疲れてるところ申し訳ないけど、残った仕事を終わらせようか。今何時。」
「4時前ですね。」
「あらら明るくなっちゃう。」
雫が目を細める。
「どうしようかな。」
(体力がかろうじて残ってるってところか。できるだけ魔法は使わせずに済ませたいけど。)
雫が一度頷いた。
「この後の話しね。チコはこのまま寝かせてあげて。メーラ、シーナ、レークもできるだけ早く帰ってもらうとして。」
「シーナには生命体たちをここに戻す仕事があるから。」
「そうなのよ。でもそのためには一度この辺りの安全確認をしないといけないし、この辺りに取り付けてる魔道良の機器も取り外さないといけないわ。生命体たちが帰ってきたら、規制線を張るわよ。」
「わかった。」
「そうだ、Miraは九道さんにこのことを伝えに行って。九道さんがこっちに来たいっておっしゃったら連れて来てもらって構わないから。」
「わかりました。」
「Miraとチコがいないから、私を入れた8人で編成組むわよ。」
「さっきの班分けで行けるんじゃないかな。」
「なるほど。じゃあ、スマス、シーナ、メーラ、糸奈は瑠璃湖周辺の森林の様子を確認して。シーナ、その時に生命体たちが安全に戻って来れるかも確認できる。」
「わかった。」
「私、彩都、クシー、レークはこの辺りにある魔道良の機材を片付けるわよ。異常があれば適宜報告してね。」
「了解。」
「では各自用意スタート。」
最後の大仕事だ。
「雫、では行ってきます。」
「ええ気を付けて。」
Miraが雫に声をかけてフェザードを拡げた。
ここからノーエル局までは1人で飛んでだいたい10分かかる。
「あれ。」
Miraを見送っていると、雫のスマホが鳴った。
(田野村さんからだ。)
雫がスマホを耳に当てる。
「はい木漏れ日です。」
「よかった、繋がった。」
「チーフどうされましたか。」
「機材のデータをこちらに転送してほしいんだよ。」
「あーすみません。まだ準備ができていないんです。急ぎますね。」
「あー、そうだったか。さすがに忘れてなかったな。」
「忘れませんよ。」
(半分忘れてたけど。)
雫がこっそり心の中で呟く。
「準備ができ次第またご連絡します。」
「わかった。」
雫がスマホをポケットにしまう。
「何からしようかな。取り合えず、この辺りに取り付けてる機材を一度ここに集めましょうか。そのあとMEMCのボックスと一緒にデータの転送作業をするわね。池の中に落としたメタルコインの回収は。」
「明日でいいんじゃない。」
クシーが池の方を見る。
「そうね、残念だけど、水中から引き上げるだけのスパイラルは残ってないわ。チーフに確認するわね。」
そのころスマスの指揮の元4人が瑠璃湖周辺の森林地帯上空を飛んでいた。
「低木が倒れていないか、道を塞いでいないか、それから。」
「スマス、そんなにまとめて言われても覚えられないから。」
メーラが文句を言う。
「シーナ嫌でなければ手を貸して。」
シーナの隣を飛行する糸奈がシーナに右手を差し出した。
「えっ。」
「疲れてるだろ。この後のこともあるし、スパイラルの消費は最小限に留めておいた方がいい。」
「ありがとう。」
シーナが糸奈と手を繋ぐ。
「糸奈ばっかりずるい。」
メーラがシーナの右手を取る。
「2人で飛ぶより、3人で飛んだ方が楽ヨ。」
少し先を飛んでいたスマスがそれを見て微笑んだ。
「いいんじゃないかな。しっかり地上さえ確認できれば、どんな飛び方をしても問題ないよ。」
ちょうど4時を回ったころ、Miraはノーエル局の前に着陸した。
1階部分には明かりがついている。
(やっぱりずっと待っててくれたのね。)
Miraが扉を開けると机に突っ伏していた九道が慌てて顔を上げる。
「九道さん。」
「Miraさん。」
九道がMiraの前に駆けてくる。
「無事終わりました。」
九道がほっと肩をなでおろす。
「よかったです。」
「今から現場に行きますか。それとも今日はこのまま帰られますか。」
「行きます。」
九道が即答した。
「わかりました。では戸締りを。」
「はい。」
数分後、小さな鞄を持った九道がノーエル局から出てきた。
「九道さんすみません。飛んで行った方が速いので抱っこさせてもらいますね。」
「はい。」
九道が一瞬顔を強張らせたが、すぐに頷いた。
Miraがふわっと九道をお姫様抱っこする。
「Miraさん、慣れてますね。」
「よくスパイラル切れしたグループメートをこうやって抱きかかえて帰るんです。」
「へえ。」
「慣れませんよね。お洋服は大丈夫だと思いますが。」
「はい平気です。お願いします。」
「わかりました。では離陸しますね。」
Miraがフェザードを拡げてどんどん高度を上げていく。
「気持ち悪くありませんか。」
「はい。」
「できるだけ高低差から来る浮遊感は魔法で防いでいますが、何かあれば遠慮なく言ってくださいね。」
「はい。」
九道が辺りをきょろきょろ見る。
(どうしよう。こういうときどこを見たらいいかわからない。下を見るのなんて絶対無理だし。)
(九道さん怖いのかしら。)
Miraがふっと九道に話題を振った。
「九道さん、見てください。」
Miraが空の方に九道の視線を誘導する。
「綺麗です。」
空を見た九道が息をのんだ。
「はい。」
「ノーエルは自然豊かな場所ですから、こんなに綺麗な夜空が見えるんですよね。私森の緑とこの夜空のコントラストが大好きなんです。この景色を守れて本当によかったです。」
珍しくMiraの言葉に熱が籠っていた。
それを聞いていた九道の顔からさっきまでの強張りが消えていく。
「そういってもらえると嬉しいです。それに本当に綺麗。」
「空を飛んでいるからこそ見える景色なんですよ。」
Miraは九道を連れて瑠璃湖へ急いだ。
「田野村チーフお待たせしました。」
レークたちが集めてきた機材をそれぞれのケースの前に置き、雫が田野村と連絡を取りながらデータの転送作業を行う。
この時のやり方を間違えると、機材の中のデータをすべて焼失してしまうのだ。
今回の戦いのデータはレッドネックの貴重なデータの一つになる。
そのためへまは許されないのだ。
雫もMEMCのスタッフも緊張している。
「雫さんこれですべてですか。」
「はい、さきほど了承いただきましたので、メタルコインは回収していません。」
「了解しました。」
田野村の周りで円動や蔵瀬たちが疲れ切った顔をしながら、機材のデータをMEMCのパソコンに転送していた。
「ボックスの皆さんもお疲れさまでした。」
雫の声は蔵瀬たちにも聞こえている。
「いえこれが私たちの仕事ですから。」
「蔵瀬さーん、そのセリフ俺が言おうとしてたのに。」
「魔方陣も知らないスタッフが言えるセリフじゃないな。」
「チーフひどいです。」
円動の抗議に雫がくすくす笑う。
「夜勤シフトなのにみなさんさすがですね。」
「木漏れ日は夜勤の経験はないか。」
「はい。そっちサイドで働いてた頃はまだ未成年だったので。」
「そうか。」
「こっちでグループを作ってからも、常勤シフトなので、実は今すごく眠いんですよ。」
「昼間もバリバリ働いてたしな。」
「ええ。」
話している間に改宗した機材のデータの転送がすべて完了した。
「チーフ、データの転送作業完了しました。雫さん、機材の電源を切っていただいて構いませんよ。」
「だそうだ。引き続き頼む。」
「はい。」
雫が彩都たちに頷く。
「よし、じゃあ梱包しちゃおうか。」
一つ一つの機材がとても高価だから、ぞんざいに扱えない。
「疲れた。」
「疲れたわねえ。」
「早く帰って寝たいんだけど。」
「俺も。」
「クシーが愚痴を零すということはよっぽどね。」
「疲れてないわけないだろう。」
「そうね、あっレークそれ違う。」
「結果的に箱に収まればいいんだろ。」
「カバーを付ける順番を間違えたら、入らないようにできてるの。」
「うるせえなあ。」
「仕方ないでしょ。」
ジュータンでこれだけ騒いでいても、チコはぴくりとして目を開けない。
「Miraが来たんじゃないかな。」
彩都が手を止めてノーエル局の方角を見た。
雫たちも視線をそちらに向ける。
「そうね。」
雫が立ち上がり、Miraが着地するであろうポイントに近づく。
「九道さん。」
着陸したMiraから降りて九道が雫を見る。
「雫さん。」
「お疲れ様です。」
「いえありがとうございました。」
九道が出した右手を雫が両手で掴む。
Miraがこちらを向いて頷く。
「こんなに遅くなってしまってすみません。ずっと起きてらしたんですか。」
「いえさすがに少し寝ちゃってました。」
「よかったです。」
九道が瑠璃湖を見る。
「よかった。以前と同じ感じがする。」
「もう大丈夫だと思います。今はこの辺りの片づけと周辺の安全を確認しています。」
「わかりました。」
「立ち話も何ですし、ジュータンの方へどうぞ。」
「はい。」
スマスから雫に連絡が入ったのはそれから間無しのことだった。
「雫瑠璃湖周辺の安全確認完了したよ。大きい低木が3本ぐらい倒れているけど、それ以外は大丈夫そうだ。」
「オーケー。シーナ、その低木は生命体たちの誘導に支障をきたす。」
「うーん、生命体たちにとっては大丈夫。人はちょっと困るかな。」
「それなら、明日以降対応するから平気よ。こちらの片付けも終わったから、レークとメーラと彩都は戻ってきて。スマス、糸奈、クシー、Mira、シーナで生命体たちをここまで連れ帰って来るのと避難先に張ってるバリアキッドを片付けて。」
「はーい。」
「了解しました。」
Miraがスマスたちのいるポイントに飛んで行く。
「俺たち何もしなくていいのか。」
「ええレークもメーラも学生さんだからね。あとチコは寝てるし、彩都のスパイラル消費も激しいわ。これ以上は無理させられない。」
「ねえ私も学生なんだけど。」
「これはシーナの専門だから。今度別の形でお返しするわ。スマスたちをこき使ってくれていいから。」
「はーい。」
スマスたちが困ったような笑顔を浮かべている。
「じゃあ取り合えず避難先に行こうか。」
シーナの指示で5人が三つ子ちゃんの家の方へ飛んで行った。
「ただいまあ。」
「おかえりー、お疲れ様。」
帰ってきたメーラがレークたちの隣に行く。
「あれあなたたち九道さんがいるから少し緊張してるでしょ。」
「そんなことねえし。」
「だったらもっとダラダラしていいのよ。寝ててもいいし、ゴロゴロしててもいいし好きに過ごして。」
「帰れないと寝れないんだけど。」
「ジュータンの上で寝てたらいいじゃない。着いたら起こしてあげる。」
「そうじゃなくて。」
「仕方ないわねえ、じゃあ着いたらお姫様抱っこして寝室まで連れて行ってあげるから。」
「そういう意味じゃないってば。」
雫がメーラをからかっていると、彩都が口を開いた。
「そういえば雫、避難先のお家への連絡はどうするの。」
「あーどうしよう。今起こすのも悪いし。」
「私が明日の朝一番でお伝えしましょうか。」
「九道さんいいんですか。」
「はい、そういえばどこのお家を避難先にしてたんですか。私聞いてなかったです。」
「私が教えている三つ子ちゃんのお家の裏庭を避難先にさせてもらっていたんです。」
「あー、あそこだったんですね。わかりました。明け方にでも私から連絡入れてみます。」
「お願いします。午後には私もお礼に伺います。ただ、子供たちは今夜のことを知らないのでそのつもりで。」
「了解です。」
雫がレークたちを見る。
(まだなんか表情が硬いかな。)
「なあ雫。」
「なに。」
ジュータンに寝そべってスマホを見ていたレークが雫に声をかけた。
「この後どうすんだ。」
「そうね、シーナたちの生命体誘導が完了したら後は規制線を張るだけだから。」
「あのそのお仕事、よければこちらで引き受けますよ。」
「えっ。」
「規制線を張るぐらいなら私たちでもできますし、情報の引継ぎさえしていただければ後は。」
「助かります。」
「ならさっそく聞かせてもらえますか。」
「はい。」
5時前、最初に生命体たちを誘導したときと同じぐらいの時間をかけてシーナたちが生命体たちを瑠璃湖周辺に連れ帰ってきた。
「行きより楽なはずなのになんか時間かかったなあ。」
生命体たちの様子を確認しながらシーナが愚痴を零す。
「寝ていた生命体たちが多かったからでしょう。」
「たぶんそうだろうね。」
グループメートたちが全員ジュータンに集合する。
一足早く帰ってきていたメンバーはみんなぐっすり熟睡中だ。
唯一起きていた雫がパソコンを操作していただけだった。
「おかえりなさい。」
「ただいま。」
シーナが真っ先にジュータンに上がり寝っ転がる。
「シーナ横になるのは構いませんから、もう少し奥に行ってもらえますか。」
「はーい。」
「あれ九道さんは。」
「さっきお家に送り届けたわよ。もしかして九道さんに何か伝えることがあったの。」
「いやそういうわけではないよ。」
クシーが首を横に振る。
「さあ私たちも帰りましょう。結局朝になっちゃったけど。」
「うん。」
シーナ、Mira、スマス、糸奈、クシー、雫がお互いの顔を見あう。
「誰が運転するんだい。」
スマスの質問の後、ジュータンの上を沈黙が流れる。
「はいはい。」
雫がしぶしぶというふうに手を挙げると、全員がそれを待っていたかのように頷く。
「でもさこのジュータンに全員乗るかなあ。」
「荷物が多いですし、上限重量ぎりぎりな気もしますが。」
Miraの指摘通り、ジュータンの上にはノーエルに来た時には乗せていなかった重い機材がたくさん載っている。
それに大人が10人だ。
「何とかなるわ。取りあえず行くわよ。飛行魔法空飛ぶジュータン。」
ジュータンが上昇していく。
「少し揺れるけど、我慢してね。」
やはりジュータンに乗っている荷物と人の重さが、ジュータンの制限重量をオーバーしていたが、雫の人間離れした運転テクニックによって何とかなった。
ただし、良い魔道士は真似しちゃだめ。
「着いたー。」
5時20分、もう空が明るくなりはじめていた。
ようやく雫たちが宿舎に戻ってこれたのだ。
雫が空飛ぶジュータンをやめてはーっとため息をつく。
「お疲れさまでした。」
「いい運転とは言えないけど、助かったよ。」
「どういたしまして、疲れたー。」
雫が大きなあくびをする。
「この後だけど、寝てる子たちはこのまま寝室に運びましょう。荷物は取り合えず玄関に入れてくれれば十分よ。ジュータンもざっくり畳んでくれたらいいわ。各自身支度を整えて取り合えず寝ましょう。」
「この後の動きは。」
「あー。」
雫が目をこする。
「三つ子ちゃんのお家への連絡と規制線を張るのとそのあとのもろもろは全部九道さんに任せてるから、私たちが次にやらないといけないことはノーエル局への詳細報告書の作成と帰宅の方法を考えることぐらい。あとここのお掃除が。」
「雫取り合えず寝たいんだね。」
雫の態度がいつもより雑なことにスマスが気付いた。
「ごめん、うん。」
「スパイラルをかなり消費しているし、無理ないよ。Mira、後のことは取り合えずまた後で考えたらいいんじゃないかな。今は雫を始めとしてみんな眠いし。Miraだって眠いだろ。」
「そうですが、帰りのことだけでも考えておかないと。もし公共交通機関を使って帰るなら6時間はかかりますし。」
「残念だけど列車は無理よ。」
「えっ。」
「どう頑張っても間に合わないわ。」
「チコのお迎えのことですか。」
「ええ。それにこれだけ荷物があると少し目立つ。」
「確かにそうですね。」
「やっぱりジュータンで飛んで行くしかないか。」
糸奈の呟きに彩都が同意する。
「列車を気にしなくていいならゆっくり休めるだろ。さあ今は解散にしよう。」
「お疲れさまでした。」
半分強引なのに、スマスが無理やり話をまとめると誰も違和感を感じない。
スマスのすごいところの一つだ。
「さあ荷物とジュータンをひとまず玄関に上げよう。」
「おいレーク起きろ。」
クシーがレークの肩を軽く叩く。
「私がチコとメーラとシーナを順番に寝室に連れて行くから、Miraはスマスたちが荷物を玄関に上げるの手伝ってくれる。」
「わかりました。」
雫がチコとシーナを順番に寝室に連れて行く。
「布団敷きっぱなしにしててよかったわ。」
雫がメーラを迎えに廊下に出ると、不機嫌な顔で歩いて来るレークと鉢合わせになった。
「レーク。」
「なんで俺は起こされるんだよ。」
「いいじゃない、あと少しで寝室よ。」
「いや先にシャワー浴びてくる。」
「それいいわね。暑かったし。」
雫がジュータンのところに戻り、メーラを抱きかかえた時だった。
「雫。」
「あら起きたの。宿舎に着いたから寝室に連れて行こうと思ったんだけど。」
「いい自分で歩く。」
メーラが大きなあくびをして目をぱちぱちさせる。
「汗かいたから寝る前にシャワー浴びたい。」
「いいわよ、準備して入ってきて。」
「うん。」
メーラを見送り雫がMiraの隣に行く。
「手伝うわ。」
「ありがとうございます。ではこの鞄を宿舎の中にお願いします。」
「はーい。」
Miraから受け取った黒い長方形の鞄を雫が宿舎の中に入れる。
「眠いなら先に休んでもらってもいいんですよ。」
「そう言うMiraは眠くないの。」
「眠いですが、雫ほどではないですから。」
「体調崩さないでよ。Miraが寝込んだらうちのグループに大ダメージなんだから。」
「それは雫も同じですからね。」
「あはは。」
雫が困ったように笑う。
5時半過ぎ、荷物を全部宿舎に運び終え、彩都がジュータンを8分の1ぐらいの大きさまで小さく畳んだ。
「ありがとうみんな。」
「これでやっと僕らも休めるよ。」
「雫。」
「何かしらスマス。」
「休む前にシャワーを浴びたいんだけど。」
「もちろんいいわよ。レークたちもそうしてるし。」
「オッケー。」
雫がMiraと一緒に女性用の部屋に戻る。
「チコたちが寝てる部屋から荷物を持って奥の部屋に行きましょうか。」
「そうね、起こすと悪いし。」
部屋に入るとチコとシーナがすやすや寝ていた。
(メーラはシャワーを浴びに行ったんですか。)
(ええ。)
パソコンの入った鞄を持ち雫が奥の部屋に入る。
(今襖を閉めますね。)
Miraが襖を閉めた後、雫が部屋の明かりをつけた。
「雫はもう休みますか。」
「そうしたいのはやまやまだけど、私の部分の詳細報告書は書いて置かないと。」
「今のコンディションで書いてもいいものは書けないと思いますよ。後でミスを直さないといけなくなるなら、少し休んだ方がいいと思いますけど。」
「おっしゃる通りなんだけど。」
雫がパソコンを机に乗せて立ち上がった。
「目覚ましにシャワーでも浴びて来るわ。」
「まったくもう。」
6時前、シャワーを浴びて戻ってきた雫がパソコンを立ち上げてメールを書き始めた。
「本当になんだかんだ言って寝ないんですね。」
「シャワーの効果は絶大だったわよ。何とか目が覚めたわ。そういうMiraは寝ないの。」
「もうすぐ横になりますよ。グループメートが起きた時のための朝食の準備と報告書を書いてました。」
「助かるわ。今日はみんなを寝かせてあげて。」
「わかりました。雫は何時に起こせばいいですか。」
「私は最初から起こすつもりなのね。」
「当然です。」
「じゃ12時で。」
「仕方ないですね。もう少し早く起きてほしいところですが。」
「もう6時なのよ。これぐらいは寝かせてくれないと。」
雫がダブルクリックをしてパソコンを閉じた。
「もう書き終わったんですか。」
「詳細報告書を書くのは断念したわ。今は上手にメールを書いてたの。そうしないと電話がかかってきて睡眠が中断されるから。」
「なるほど。」
Miraが押し入れから布団を二つ出してくる。
「では寝ましょうか。」
「うん。」
明かりを消して雫とMiraが横になる。
「全然明るいわね。」
「もう朝ですからね。蝉も泣き始めてます。」
「はー。」
雫が向こうの部屋に意識を向けると、あちらも既に全員眠っているようで、動く気配はない。
「スマスたちも寝たのかしら。」
「そうだと思いますよ。」
「世間が動き始めるこの時間から、寝るって少し変な気分ね。」
「学生組がこれで昼夜逆転にならなければいいのですが。特に今夜チコが眠れるか心配です。」
「大丈夫じゃないかしら。たしかチコは今夜一仕事あるし。」
「会食か何かですか。」
「ええ。」
「忙しいですね。」
「本当に。」
雫が大きなあくびを一つする。
「おやすみ、Mira。」
「おやすみなさい。」




