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ノーエルへの訪問(26)

26

 雫がチコを抱き上げる。

「ごめんね。無理させたね。」

(チコはここまでかしら。)

ジュータンのところまでチコを連れて行き、雫がシーナを見る。

「コアを浄化し終えたら、ここに生命体たちを戻さないといけないわ。みんなにも手伝ってもらうけど、中心指揮はシーナに取ってもらわないといけないから、体力をぎりぎりまで回復させて。」

「わかった。」

「あとチコをよろしく。」

「はーい。」

スマスが雫からチコを預かる。

「チーフ。」

雫がイヤホンに向かって話しかける。

「わかったか。」

「はい、これからスパイラルカメラで撮影して送ります。」

「よろしく頼む。」

「はい。」

雫が黒い鞄からベルトのついたカメラを取り出し、自分の頭に装着する。

雫の顔の正面にカメラが来るようにした。

(大丈夫かな。)

もう一度雫がジュータンを見ると、既にグループメートたちはおのおのリラックスモードだ。

後の仕事は雫に任せればいいと全員思っている。

「じゃあ行ってくるわね。何かあったら声をかけて。」

「はーい。」

「気を付けてね。」

雫が頷き、フェザードを拡げて離陸する。

(あそこを写すには。)

「チーフ写ってますか。」

「あー写ってる。」

雫が瑠璃湖の東側から西側を向いて空中に浮く。

(さっき彩都からもらったリサーチ魔法の結果だとこの辺りのはずなんだけど。)

雫がもう一度周囲のスパイラルを注視する。

(あった。)

ゆっくりピントを合わせ意識を向ける地点を狭め、雫がコアを見つける。

「今カメラに写っている地点と思われます。スパイラル砲を発射して撮影しますので、データを確認してください。」

「了解。」

「あれって何ですか。」

円動が蔵瀬を見る。

「わからなかったらまず私に聞くのやめてよ。」

蔵瀬がため息をついて解説を始める。

「あれはスパイラル対応カメラ。魔道士がカメラに自分のスパイラルを流すとカメラのレンズが、瞳のエントランスを開いた魔道士が診る景色と同じものを写すようにできてる。」

「それなら瑠璃湖の周りに設置してるカメラと同じじゃないですか。」

「性能が桁違いなのよ。機械的にスパイラルを見ようとするのと、実際の魔道士のスパイラルを使用してスパイラルの流れを見るのとでは全然違う。」

雫がカメラの赤いボタンに指を置く。

「スパイラル供給します。」

カメラから斜めにスパイラルの輝きの円が降りていく。

向かう先は雫がレッドネックのコアがあると推測する地点だ。

「写ったぞ。当たりだ。」

雫が赤いボタンから指を離す。

「大きさや現在の詳細な情報を。」

「ちょっと待て。」

雫がふっと息を吐く。

(さすがにちょっと疲れてるな。この状態でコアを浄化となると少し心もとないか。)

雫がジュータンの方を振り返る。

チコにシーツがかけられ、その周りでほとんどのグループメートがうとうとしている。

大量のセルフスパイラルを使用すると魔道士は激しい睡魔に襲われやすい。

雫も少しうとうとしたい気分だ。

(あれ。)

「糸奈。」

そんな中1人もくもくとグループメートのケアや機材の整理に当たっている糸奈に雫が声をかける。

「なに。」

「さっきと同じのちょうだい。」

「スパイラル補給飲料のことだよね。」

「そう。」

「さっきあげたのは1日一本が適量なんだ。」

雫が困ったような顔をする。

「魔道石をフルに使ってこれなの。お願い。」

「だったら。」

糸奈が瓶を取り出して雫に投げた。

「何これ。」

「栄養供給飲料。」

「体の方じゃなくて。」

「飲むだけでも少し違うと思うよ。」

雫がため息をついて一気に飲み干す。

「変わっただろう。」

「そうかしら。」

「気の持ちようだよ。大仕事が残ってるだろ。頑張って。」

「糸奈も無理はしないでね。」

「はーい。」

雫が瓶を糸奈に投げ返して瑠璃湖を見る。

(浄化したいけど。)

「木漏れ日。」

田野村の声が雫のイヤホンから聞こえた。

「はい。」

「データ出たぞ。あれは確実にコアだ。現在の数値は1100。」

「凝縮数値ですよね。」

「まあな、残ってるスパイラルもかなり濃いから浄化しようと思うと。」

「ざっくり10倍ぐらいと考えるとして、凝縮されたスパイラルを11000分削るとなると。」

「やれるか。」

雫が口に当てていた手をそっと降ろす。

「やれるかじゃなくてやるんです。」

雫が頭からスパイラル対応カメラを取り地上に降りる。

「糸奈これを片付けておいて。」

「わかった。」

雫が再び舞い上がる。

「これよりレッドネックのコアの浄化作業に移ります。コアを水面まで浮き上がらせたのち、浄化魔法を使用します。」

「了解。」

(ここまで来れば後はどうしたらいいかわかる。)

雫が水面の上を飛んで行き、レッドネックのコアが沈んでいる地点で止る。

「シールド。」

雫が水面に自分が立てるぐらいの丸井シールドをスパイラルで作った。

(よし。)

そっとそこへ着地する。

(コアの位置を再確認。)

「我こそは聖なる女神ステファシーの末裔にしてロイヤルブラットが一つ木漏れ日家の眷族なり。私が欲するものを引き上げよ。感覚魔法、「アップタンアップ」。」

雫がしゃがみ、水中に右手を入れる。

そこから水色の光が水中に伸び、しばらく何も起きなかった。

(みっけ。)

雫が目を閉じる。

雫の右手にレッドネックのコアが感じられる。

感覚魔法を使い、雫の手の感覚をスパイラルの光に乗せることで水中を探しレッドネックのコアを見つけたのだ。

雫としては、水の中で腕がものすごく伸びたような感じだ。

「ゲット。」

円形に伸びていた光の形が変わっていく。

少しずつ何かを握るときの手の形に光が変形する。

「キャッチ。」

雫がそのまま手を挙げる。

「アップ、アップ、アップ。」

肉眼ではわかりにくいが、雫の手から伸びているスパイラルがどんどん雫の体内に戻って行く。

「よし。」

雫が呟いた。

まもなくして、レッドネックのコアが雫の手の形をしたスパイラルに包まれて水面に現れた。

「ふー。」

雫がそれを左手で受け取る。

「レッドネックのコアを回収しました。」

雫が自分の左手にすっぽり収まったレッドネックのコアを見つめる。

とても小さく薄い赤色をしている。

(こんなに小さいのに中からとても大きなエネルギーを感じる。この子も元々は。)

「浄化できるか。」

雫がぱっと我に返る。

「はい、浄化します。」

月明りが瑠璃湖を照らす。

月明りに反射する瑠璃湖の水面で水色のスパイラルのシールドがキラと輝き、そこにいる雫もその輝きに反射する。

だが、コアは何にも反射しない。

(そう、あなたもネオンダールと一緒なのね。ごめんなさい、ノーエルのために。せめて最後は安らかに。)

雫が目を閉じる。

「我こそは聖なる女神ステファシーの末裔にしてロイヤルブラットが一つ木漏れ日家の眷族なり。安らかにただ安らかに浄化の光に包まれよ。浄化魔法「ファイナルセラファストン」。」

雫が左手に右手を重ね、小さなハート形のコアを包み込む。

その手から暖かい太陽のような輝きが漏れる。

さきほどのシンクの炎とは全く違う、暖かく優しい光が漏れている。

(手の中にほろほろとはらはらと表面が少しずつ崩れて無くなって行く感覚がある。でも、やっぱりどこか固い部分があってそれは簡単には溶けてくれなくて。)

雫の目にほんの少し涙が溜まる。

(ごめんね。あなたはきっと悪い子じゃなかったんだよね。あの子と同じで。)

その時、雫の手の中でコアが大きく揺れた。

思わず手が離れそうになった。

(だめだろ、気を抜いたら。こいつに慈悲はいらないよ。)

「えっ。」

雫に死か見えていない。

雫の手が包まれた。

雫の手をすり抜けて、抵抗するコアに一瞬強烈な力が加わった。

(ネオンダール。)

(頼むぜ、一気にやってやってくれよ。)

雫にだけ聞こえる声と、雫にだけ見える黒い影は雫の手を自分の黒い手で包み込む。

黒い影の背丈は雫と同じぐらいだ。

(いいの。)

(俺が望んでるんだ、いいに決まってるだろ。)

(わかった。)

雫は目を閉じて力を籠める。

「ありがとう、さようなら。どうか安らかに。」

雫の正面にいる黒い影は雫の手を包み続ける。

(さっきより浄化のスピードが速くなった。やっぱり。)

雫が目を閉じたまま魔法を掛け続ける。

(あっ。)

(何か見える。)

正面からネオンダールに尋ねられる。

(ええ、見えるわよ。)

(何が見える。)

雫の瞼に涙が滲む。

(この子は本当にあなたが大好きだったのね。あなたとの思いでしか見えてこない。)

「雫。」

Miraがふっと雫の方を見た。

浄化しているのに、雫の頬を涙がつたっていく。

「コアから何か見えているのでしょうか。」

「そうかもしれないね。雫に死か見えないものじゃないかな。」

スマスがMiraに答える。

(ねえ、本当にいいの。)

(なんでここまで来てそんなこと言いだすんだよ。いいんだよ、さっきからいいって言ってるだろ。俺が言うんだ。気にするな。)

ネオンダールの声がいつもと違い穏やかだ。

その声に雫の胸が少し傷む。

(こんなの見せられて平常心でいろというのはちょっと無茶よ。あなたの大切な家族でしょ。)

(わかってるだろ。もうこいつには居場所はない。)

(えっ。)

(こいつはもうこの世界じゃ生きていけないから。)

雫が少し息をのむ。

そのあとゆっくりと表情を引き締めた。

(わかった。甘えたこと言ってごめんなさい。)

雫が目を開ける。

「フィナーレ。」

雫の掌から一際眩い光が溢れる。

それに合わせて、雫の前に立っていた黒い影が姿を消す。

(またな。)

雫がゆっくり顔を上げた。

黒い霧がすうっと空に散っていく。

(お昼前にでも神殿に伺うわ。聞きたいことがあるから。)

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