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ノーエルへの訪問(25)

25

 満月を久しぶりに見た。

この子1時間見えなかっただけなのに、こんなに久しく感じるものなのか。

「みんな大丈夫。取り合えずジュータンの上に戻るわよ。」

イヤホンから聞こえてきた雫の指示に従って僕は立ち上がる。

「あれチコ大丈夫。」

立ち上がった時地面に横たわるチコが視界に入った。

「チコ。」

慌てて駆け寄る。

「大丈夫だ、寝てるだけだろ。」

レークが近づいてきてチコを抱き上げた。

「なんだ、寝てるだけか。よかったよ。」

俺たちのいた場所は比較的ジュータンに近かった。

雫はまだ空の上に浮いて辺りを見回している。

きっと浄化しそこなってしまったパーツがないか探しているのだ。

「田野村さん。」

「今やってる。」

雫と田野村チーフの会話が聞こえてきた。

「私が肉眼で見る限りないと思うのですが。」

「あれだけ豪快にやっておいてそれでもまだ残ってたら、それこそ本物の化け物だろ。」

「いいえ、本物の化け物なんですよ。古代モンスターが今の世に蘇っている段階で。」

雫がふと俺を見た。

「彩都、ジュータンに全員集まったら声をかけてくれる?」

「わかった。」

ジュータンにチコを寝かせるレークを手伝い、僕もジュータンに上がった。

「疲れた。」

シーナが戻って来るなりジュータンに寝そべった。

「シーナ横になるのはいいからもう少し奥で寝てくれないかな。」

「はーい。」

次々にグループメートが集まってくる。

(何時だろう。)

ふとそう思って時計を見るともう3時半だ。

丑三つ時を過ぎている。

「雫みんな戻ってきたよ。」

「はーい。」

雫がジュータンの近くに着陸し、靴を脱いでジュータンに上がってくる。

「お疲れ様、今MEMCで消滅計算してるからちょっと待ってね。」

「大丈夫だろう。」

「たぶんね。」

「あれだけ豪快に燃やしておいてまだ残ってたら。」

「考えたくないな。」

「それにもし残っててももう池の中だよ。僕たちじゃこれ以上は無理かな。」

「さすがにこれ以上セルフスパイラルを使うのは。」

「帰りのことも考えないといけないからね。」

「そうね。取り合えず田野村チーフからの連絡を待ってる間にセルフケアをしましょう。」

熟睡しているチコにシーツをかけて雫がぐるっと見回す。

「チコの分のケアは私がやるとして。」

「雫も休んだ方がいいよ。」

糸奈からスパイラル保有飲料の入ったボトルを押し付けられているスマスがそれに構わず雫に声をかける。

「ありがとう、私は大丈夫。」

近くに置いてあった鞄を手元に寄せて雫がチャックを開ける。

「誰から診ようかな。」

雫と俺の目が合う。

「彩都おいで。」

「えっ。」

雫が俺に微笑んで頷く。

「僕は大丈夫だから。」

「うーん。」

雫が苦笑いを浮かべる。

「万が一の時、この後一番の大仕事をしないといけないのは、彩都になるから。」

言われてみればそうだ。

「そうならないといいね。」

「ええ。」

俺は雫の前に座る。

「失礼します。」

雫が俺の両肩に手を置いて目を閉じる。

「セルフスパイラルの減りは他の子たちに比べると穏やかね。さっき糸奈にスパイラル保有飲料飲まされなかった。」

「うん、飲んだよ。」

「それがきちんと効果を発揮してるのね。いいことだわ。」

雫が俺の肩から手を放す。

「ありがとう。魔道石の力を借りてゆっくり回復させておいて。さっきも言ったけど、万が一レッドネックをさっきの一撃で浄化できていなければ、この泉の中からそのパーツを探さないといけないわ。10人のリサーチ魔法のデータを繋げる仕事は彩都に死かできないからね。」

「うん、しっかり休んで万が一に備えるよ。それで何も起きなかったらそれでいいし。」

「ありがとう。そうだ、私も他の子たちを診てるから私の鞄に入ってるパソコンを立ち上げてMEMCと繋いでおいてくれない。」

「わかった。」

雫がジュータンの上でうとうとしているシーナのところに行く。

俺はその間に雫の鞄からパソコンを取り出してMEMCと回線を繋ぐ。

「南さんお疲れ様です。蔵瀬です。」

待機画面が切り替わり、向こうの職員さんの顔が見えた。

「お疲れ様です。」

俺は雫を探す。

(あっいた。)

声をかけようとしたが雫の表情に俺はそれを止められた。

かなり険しい顔をしている。

「彩都繋がった?」

どうしようか迷っているうちに雫がこちらを向いて声をかけてくれた。

「MEMCと繋がったよ。」

「そうありがとう。計算結果はイヤホンと同時にそのパソコンからも伝えてもらうようにお願いして。」

「わかった。」

俺がパソコンに視線を戻すと職員さんが頷いた。

「聞こえてました。了解です。イヤホンと同時にそちらのパソコンにも情報をお送りします。」

「ありがとうございます。」

俺はいったんパソコンの近くを離れる。

「彩都悪いんだけど、その白い箱を取ってくれないかな。」

飲み物を取りに行こうと糸奈の横を通り過ぎかけた時、糸奈に呼び止められた。

「うんいいよ。器具まで指定してくれてもいいよ。」

「助かるよ。それならS2と書かれたピンセットを取ってほしい。」

「はーい。」

白い箱を開けると中にはさまざまな形状や大きさのピンセットがずらりと並べられていた。

「はい。」

「ありがとう。」

糸奈はメーラの掌にピンセットを近づけていく。

「何か刺さってるの。」

「そう、魔方陣の欠片がね。」

「大丈夫って言ってるのに。そのうち吸収されるわよ。」

「そうかもしれないけど、吸収されるまで待つより今取った方がいい。」

糸奈がピンセットにスパイラルを纏わせてメーラの掌に近づける。

「痛い。」

「痛くない。」

騒ぐメーラに同じぐらいの声のトーンで返事をする糸奈を見て、俺は自分の鞄の方へ進む。

(疲れた。)

ふらふら歩いていくとスマスが視界に入った。

「お疲れ様。」

俺の鞄の横にスマスの鞄があるのだ。

「大丈夫かい。」

「大丈夫、スマスは。」

「なんとかね。今回の仕事はずいぶん大掛かりだったからね。本来なら30人ぐらいで取り組む仕事だったよ。」

「たしかに。」

「少し休憩に来たのかな。」

「うん、雫のお使いも終わったし。」

スマスがさっきから頻りに右手首を触っている。

「怪我したの。」

「少しね。」

「どうしたの。」

「いやさっき防衛魔法を張っていた時に、近くの枝の棘に手が当たったみたいでね。今気づいたんだ。」

「見せて。」

「大丈夫だよ。」

「魔方陣の欠片が刺さるより、危ないと思うよ。」

スマスの右手をそっと取って、傷口を確認する。

「ちょっと待って。」

自分の鞄の中から救急箱を取り出して、中身を確認する。

「彩都は応急処置ができるんだね。」

「スマスだってこのぐらいできるでしょ。」

「そうだけど、どこで教わったんだい。」

「糸奈から少し教えてもらったんだよ。」

「彩都は怪我しやすいもんね。」

「うん、すぐ出血しちゃうから。」

俺の体は魔法に強いのに、実際の怪我にはとても弱いようでちょっと切っただけでも血が出るし、打ちどころが悪ければ、捻挫や打撲もしてしまう。

そこで糸奈が実際の怪我に対するだいたいの応急処置の仕方を教えてくれたのだ。

「はい終わったよ。」

「ありがとう。」

 3時40分ごろ、雫が号令をかけた。

「みんなこっちに来て。」

チコ以外は全員体を起こしてパソコンを真ん中に置いて円になった。

パソコンにはチーフの顔が映っているようで、正面に座る雫がモニターを凝視する。

「木漏れ日。」

「はい。」

少し緊張する。

「残念な知らせがある。」

「はい。」

雫は冷静に返事をしているが、俺たちは全員ため息をついていた。

「消滅率はおそらく99%だ。」

「コアですか。」

「あー。」

「もう池の中ですよ。」

雫がここでようやく深いため息をついて頭を抱えた。

「仕方ないか。」

雫が呟く。

「今日の午前中のうちに急ぎで魔道士を派遣できそうですか。」

「今空きがないか探してるんだが。」

「見つからないんですね。」

「すまん、1週間以内には。」

雫が首を振る。

「いえそれでは遅いと思います。1日でもあればレッドネックはまたかなりの強さまで戻りますよ。」

「今回と違いコア以外はすべて消滅しているんだ。1日や1週間であの大きさまで戻ることは。」

チーフの声がここでいったん止まった。

「いやもう今回に関しては一般常識は通用しないか。」

「はい。」

「だがどうする。今日これ以上魔法を使うのは危険だろ。」

「それはそうなんですが。」

俺はわかっていた。

雫はこの状況を既に想定していた。

雫が口を開く。

「彩都を経由する形でリサーチ魔法を使えば、私たちのセルフスパイラルの消費を抑えてレッドネックのコアを探すことができます。」

「彩都、南君のことか。」

「はい。」

「しかし彼もかなり疲れているだろ。」

雫が俺を見る。

俺は円の後ろを回って雫の隣に行った。

「チーフお疲れ様です。南彩都です。」

「南君お疲れさま。雫の案は現実的に実行可能なのかい。」

「はい問題ありません。」

チーフが一瞬驚いたような顔をして頷いた。

「わかった。それならグループメート共同でのリサーチ魔法で瑠璃湖内に落ちたコアの位置の特定をしてくれ。」

「了解しました。」

「けどよ。」

レークが手を挙げる。

「けどよ、レッドネックのコアを見つけたとして、もう池の奥底に沈んじまってるんだろ。」

「それはレークに取りに行ってもらうということで。」

「あっ、やらねえし。」

「レークがやるにしてもやらないにしても、レッドネックのコアの正確な位置が把握できるのは、有益なことですよ。川や海のように流れに乗って移動してしまう心配もありませんし。」

「ええ、あとレーク安心して。さすがに今のは冗談よ。コアの位置がわかったら、私が魔法で水面まで引き上げるし、コアの浄化は私1人でやるわ。」

「そんなことして大丈夫なの。」

「ええメーラ。」

雫が頷く。

「そういうわけですので、これより作業に移ります。MEMCには引き続きバックアップをよろしくお願いします。」

「了解した。」

雫がモニターに向かって会釈をし、支持を出す。

「じゃあさっきと同じ場所に立って。彩都がいた場所に私が行くから、彩都は瑠璃湖の中心空中で待機。」

「了解。」

それぞれが仕度をする。

「彩都大仕事になるわ。よろしくね。」

「うん。」

俺はしっかり頷いた。

「チコ、チコさーん、起きれますかー?」

雫が何度かチコを起こしさっきチコがいた場所まで連れて行く。

「よしチコここで立ってて。」

「はーい。」

まだ半分うとうとしているチコを何とか立たせ、雫がさっき俺のいた場所に行く。

「全員スタンバイできた。」

「はい。」

イヤホンから全員の声が聞こえてくる。

雫がこちらを振り返って頷く。

俺は瑠璃湖の方へ飛んで行く。

「チコ大丈夫。」

「うん、大丈夫だよ彩都。」

空中からチコの顔を見下ろせば、ほとんど瞼が閉じていてうとうとしている。

「本当に大丈夫。」

「大丈夫よ。これでもいつもより起きてるわ。チコこれが終わったら今日のお仕事はおしまいだから。」

「はーい。」

雫にもチコに無茶をさせている自覚はあるようだ。

チコのためにも早く終わらせなければ。

「雫瑠璃湖中心上空に到着。合ってるよね。」

俺は右目に掛けたルーペでもう一度位置を確認する。

「ええ合ってるわよ。始めて頂戴。」

「オッケー。」

雫たちが目を閉じる。

そして、俺も目を閉じる。

本来他人と魔道を共有するときは人数が増えるほど大変になるし機械のアシストなしでのエントランスの共有は困難を極める。

でも俺はそれができる。

俺の武器の一つで、相手のエントランスを感覚的に意識することができれば、俺のエントランスと繋ぐことができる。

機械のアシストを使うとかえって俺に負担がかかるから、いつも自力でやっている。

「エントランス接続完了。」

「了解それでは彩都以外のメンバーはリサーチ魔法使用開始。」

雫の指示で、俺以外の9人がリサーチ魔法を使い瑠璃湖内部を調査する。

1人が調査できるのはだいたい40度程度で、それぞれの行ったリサーチ魔法の結果がエントランスを通じて俺のところに届く。

普通ならこれだけの数の魔法の結果がエントランスから入ってくれば、1人の魔道士の処理能力をオーバーしてしまい、魔道士が体調不良になる。

だが、なぜか俺はそうならない。

特に雫たちの魔法情報に慣れているからこれぐらい平気で、9人が送ってくれた情報を自分の中で一つにする。

「情報の融合完了。」

「了解、それじゃあその情報を私たちに送って。」

「はーい。」

今度は俺から雫たちに自分の中で作った情報を送る。

「届いたよ。」

「届きました。」

「私にも。」

グループメートたちがエントランスを経由して受け取れたようだ。

よかった。

「彩都ありがとう、もういいわよ。」

雫の声を聞き、俺は一つずつエントランスの接続をオフにする。

 「お疲れさま、体は大丈夫。」

「うんありがとう、平気だよ。」

「今日のプラットホームもかなりの完成度だったわね。」

今のようにグループメートのエントランスを全部俺のエントランスと繋げて、魔道のやり取りをすることを俺たちはプラットホームと呼ぶ。

命名したのは雫でこの作業にぴったりな名前だと思っている。

「これからこの結果をチーフに伝えるわ。次の指示を出すまで各自ゆっくり休んで。」

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