ノーエルへの訪問(24)
24
眩い光が少しずつ薄れ、雫たちが目を開けた。
「カメラ機能再開します。」
衝撃波をシャットダウンするため一時的にオフにしていたカメラを円動が再開させる。
「さすがだな。」
スクリーンの映像を見て田野村が満足げに頷く。
「取りあえず瀕死にはできたわけね。」
雫がゆっくり地面に着陸する。
「田野村さん。」
「あー、数値で確認した。ゲージ-5000だ。」
「回復は。」
「既に始まっているが、とは言ってもちょっとずつだからな、急ぐ必要はない。」
「それはよかったです。では防衛魔法を解いても。」
「あー、いいだろう。」
「わかりました。スマス、彩都メーラ防衛魔法を解除して。サーバーとホロアーは一度私たちのところに集合。」
雫の周りにMiraたちも集まってくる。
「なかなかな魔法だったわね。みんな大丈夫。」
クシーとMiraは平気そうな顔をしているが、シーナとレークは少しふらふらしている。
「疲れた。」
「私も。」
「フルスパイラルプラネットなんて私も今年になって初めて使ったんじゃないかしら。」
「何とか瀕死まで持って行けたようで良かったです。正直この後まだ戦わないといけないとなると。」
「持たなかっただろうね。」
「ええ、みんな消耗が激しいわ。この後もあるし、糸奈が戻ってきたらすぐにヒーリング魔法を掛けてもらって次の準備を始めないと。」
雫がレッドネックに目をやる。
表面が少しグレーにくすみぴくりとして動かない。
開いた瞳もそのままだ。
(今はじっとしてるけど、今も体内で少しずつ回復してるのよね。)
スマスたちが戻ってきた。
円形に集まり雫が一同の顔を見る。
「まずはここまでお疲れさま。本当にありがとう。スマスたちの防衛魔法を信頼できたから、戦闘員を5人にできたし、糸奈とチコのホローがあったからサーバーの負担も少なかったのよ。」
「雫たちの攻撃の威力が大きかったから今-5000まで数値を削れたわけだしね。」
雫が頷く。
「今何時。」
「2時40分です。」
「結局30分は戦ったわけか。もう少し早く終わらせたかったなあ。」
「まあ55000のゲージを30分で片付けたんだし、上出来だと思うよ。」
「でもスマスの消耗は3人の中で一番激しいわよ。」
「私より。」
メーラがスマスを見る。
「ほんとだ。」
雫たちが付けているルーペからは戦闘用のスーツに内蔵された健康管理センサーのデータを見ることもできる。
1人1人の消費したスパイラル量と現在残っているセルフスパイラル量から心拍数まで、実際の肉体面のデータも魔道に関するデータも一度に閲覧できる。
「スマスが平気そうに見えるのはもともとのセルフスパイラル量が多いからね。」
「あれだけの攻撃を受け止めたのは久しぶりだったよ。なかなかに刺激的だったね。」
「刺激的ってスマスらしいね。僕はひやひやだったよ。」
「雫雫、私はみんなにヒーリング魔法かけたよ。」
「ええ、糸奈がスマスの近くで待機してチコがメーラと彩都を交互に回復してくれてたのよね。スパイラルの位置で把握していたわ。それからMiraたちのケアもお願いね。」
「はーい。」
雫が時計を見る。
「さてそろそろ始めましょうか。それじゃあ最低限の応急処置をした後浄化魔法を行います。このサイズだとそうねえ、シンクの炎かな。魔方陣を書くのに時間がかかるから、先に上がってるわ。準備ができたらポジションについてね。」
雫がフェザードを拡げて舞い上がる。
「これは見ものだぞ。」
田野村の口角が上がる。
「木漏れ日ホローはいるか。」
「いえ自力で魔方陣は描きます。」
「芸術作品だもんな。楽しみにしてるよ。」
「何か勘違いしてませんか。」
雫がため息交じりに笑う。
「シンクの炎って。」
円動が首をかしげる。
「浄化魔法最高難度の魔法の一つ。生命体を浄化するにはその生命体を瀕死状態にしたうえで、生命体のマックスの半分の数値を削ることのできる攻撃を一度に当てないといけないからこれにしたのね。でも。」
「魔法が大きすぎて魔方陣を描かないと威力を十分に有効活用できないんだ。」
「へえ。」
雫がレッドネックの頭元まで飛んでいく。
「ゆっくり見るとここからの景色もなかなかいいわね。」
雫がふと足元を見る。
(魔道反応を消したら問題ないかな。)
雫がフェザードを閉じる。
「あいつ何してんだ。」
地上でケアを受けていたレークがふと見上げるのにつられて他のグループメートも顔を上げる。
「雫。」
シーナの声が裏返る。
雫がレッドネックすれすれまで近づきふっと魔道反応を消した。
魔道反応を消したことで重力に従って雫の体が降りる。
「雫。」
「ばか何やってんの。」
クシーとメーラも驚きを隠せない。
雫が降りたのはレッドネックの頭の上だ。
「慌てすぎ大丈夫だから。魔道反応を消せばいいのかなあと思って。現に何も起きてないじゃない。いやあふと乗って見たくなって。さすが5m50cmからの景色はなかなかよ。」
Miraたちが見上げると、雫は大きな生命体の頭にすっと立ち下界を見下ろしているように見える。
「ひやひやさせないでください。」
「雫いいなあ、チコも。」
「チコはもっと可愛い生命体に乗ろうね。」
「ええ。」
チコに答えて雫が改めて周りを見る。
(あいつはこの景色をいつも見てたんだ。まあずいぶん変わったんだろうけど。)
雫が首を振ってそのまま前に歩いていく。
「何すんの。」
「ここで魔道反応出したら復活のお手伝いになっちゃうでしょ。だから。」
雫がすっとレッドネックの頭から飛び降りる。
それも普通に歩いていく延長線上で足を滑らせたかのように落ちたのだ。
「雫さん。」
MEMCのボックスで職員がざわつく。
1,2秒落下し雫がぱっと魔道を開放し、飛行を開始する。
「焦らせるなよ。」
「ごめんごめん。」
雫が頭を掻いてもう一度レッドネックの上に行く。
「今度はちゃんと描くから。」
雫がルーペを外し目を閉じる。
(魔方陣描くのも久しぶり化も。)
雫が目を開けると、瞳が不思議な輝きを帯びていた。
「カメラ可笑しくないですか。雫さんの目が。」
「円動君。」
蔵瀬がため息をついて説明を始める。
「雫さんの目が可笑しく見えるのは、雫さんが瞳のエントランスを解放したからよ。そうすると、スパイラルの出入りが光になるから、私たちのような魔道適性のない人でもいつもと違うように見えるの。」
「そうなんですか。あれ、なんで雫さんは今瞳のエントランスを開けたんですか。」
「魔方陣を描くにはその魔道士が瞳のエントランスを開けないといけないの。念のために聞くけど、エントランスはわかるわよね。」
「それぐらい僕だってわかってますよ。ナチュラルスパイラルを取り込んでセルフスパイラルを魔法として放出する機関のことでしょう。でも目にもあるんですね。」
「そう、魔道士の体はすべてエントランスになってるの。普段から瞳のエントランスを開放していると実際の映像とスパイラルの流れが被って平常心ではいられなくなるから、物心つく前から意識的に瞳のエントランスの開放と閉鎖ができるようになってる魔道士がほとんどなのよ。」
「へえ、全然知りませんでした。魔方陣って写真しか見たことなくて。」
「円動おまえほんとに星四つなんだよな。」
今度は田野村が飽きれる。
「ひどいなあ。」
「チーフ一応円動君に謝ってください。星四つの試験範囲に魔方陣は出てきません。」
「あーそうだったか、悪い、悪い。ならせっかくだから蔵瀬が教えてやれ。」
「ええ。」
「蔵瀬さん。」
円動が目をキラキラさせる。
蔵瀬が長い溜息をついて解説を始めた。
「いい、魔方陣はそれを描く魔道士のセルフスパイラルから作るのよ。魔方陣を描くためにはその魔道士が外界のナチュラルスパイラルの流れを見ないといけない。ナチュラルスパイラルの流れを把握しながら魔方陣を描かないと魔方陣が壊れてしまうから。」
「なるほど、なるほど。」
「魔方陣の機能はね、例えるなら線路よ。スパイラルで描かれた魔方陣が魔道士一人一人の放った魔道を先導するの。ほら見てみて。」
雫がぐるっと一回転し辺りを見回す。
ノーエルは元々ナチュラルスパイラルが少ないためそこまで視界がぼやけることはないが、フルスパイラルプラネットの残り香のようなスパイラルがあちこちに漂っている。
Miraたちがいる辺りは他と比べて圧倒的にキラキラしている。
(うん、目が慣れてきた。行けるかな。)
雫がMiraたちを見る。
一度9人は空飛ぶジュータンのところまで戻ったようだ。
「ミストストーン持ってきててよかったわ。Mira私の鞄のいつものところにもう一戸入れてるから開放して。」
「しかし。」
「この後大きな仕事があるわけだし、きちんと回復してほしいの。」
「わかりました。」
「レークは水と炎の二つ掛け持ちでいいわよね。」
「おい今日だけでどんだけこき使うんだよ。」
「こき使うんじゃなくて、お給料に見合うだけの働きをするのよ。大丈夫、いろいろ特別手当が出るはずだから。」
「そういう問題じゃねえし。」
「気にしない、気にしない。」
(どうしようかな。シンクの炎に耐えられる耐久地の魔方陣となると。ここは3層構造ぐらいにしないと無理かな。)
雫がレッドネックの頭頂部を見る。
「角の間に置かないとだから。」
雫の右手が光始める。
「円動君、あれが魔方陣になるの。魔方陣を描くときはまず魔方陣のゴールになるところから描くのが基本なんですって。」
「へえ。」
雫が姿勢を屈め、レッドネックの頭の上に三つの円を描く。
縦に三つ描かれた円は一番下の円から少しずつ大きくなるように描かれている。
「次は。」
雫が描いた三つの円の中心を貫くように太い円柱を描く。
「これで3階建てのゴールができた。」
雫が体を起こして地上を見る。
「後は9人分の位置を描いて、そこから泉の上を経由してレッドネックに巻き付ける形で描いて、ここに到達させればいいから。」
雫が5mの高さを往復したり、瑠璃湖の外周をぐるぐる飛び回ったりしている間、チコと糸奈がグループメートのケアに当たっていた。
「Mira手貸して。」
「お願いします。」
チコの前に座るMiraが右手を前に出す。
チコがMiraの手に自分の手を重ねて目を閉じる。
「結構スパイラル使ったね。でもまだ大丈夫そう。」
「はい魔道をここまでしっかり使ったのはノーエルに来て初めてですから。」
チコが頷く。
「ストーンストックネックレス付けて号令がかかるまでゆっくりしててね。」
「わかりました。」
「次の人ー。」
「はーい。」
Miraと交代でチコの前に座るのはシーナ。
「手を貸してください。」
「はーい。」
シーナの右手をチコが両手で包む。
「シーナはこの後生命体たちをこっちに戻す大仕事があるから、セルフスパイラルをたくさん残しておかないとね。」
「あーそっか。」
チコが近くに置いてあった鞄から小さな瓶を出す。
「シーナ後ろ向いて。」
「はーい。」
チコが瓶の蓋を開け、キラキラと光る液体をシーナの背中に掛ける。
「冷た。」
「あれ冷たかった。」
「何掛けたの。フェザードの回復薬じないの。」
「そうだよ。nの3321。」
「いやー薬品コード言われても。」
「フェザードの回復に役立つお薬だよ。即効性があるから今のシーナにぴったり。」
「ありがとう。」
チコの隣で糸奈もスマスたちを見ていた。
「スマス取り合えずこれ飲んでおいて。」
「何味だい。」
「悪いけど、スパイラル補給飲料に味はないよ。」
「いつも思うけど、こんなにキラキラしてたんじゃ飲む気にならないんだよね。」
「文句言わないの。スマスのスパイラルの減り方は少し問題なんだから。レークとクシーも同じのあげるから。」
「いらねえし。」
「文句言わずに飲む。」
「そういうおまえは飲まねえのかよ。」
「僕はまだそんなにスパイラルを使っていないからね。」
「そろそろなんだけど、準備できた。」
雫が魔方陣を描き始めて10分弱、雫の声を聞きグループメートがレッドネックを見る。
「おおなかなかの出来だね。」
「もはや一つの芸術だわ。」
「暢気なこと言わないでよ。描くほうは大変なんだから。」
レッドネックの上に立つ雫の右手には5cmぐらいの光る棒が握られている。
「円動君ちゃんと見てた。」
「はいすげえ。」
「今の出わかったように、魔方陣を描く魔道士はあーやって自分のセルフスパイラルを鉛筆代わりにして魔方陣を描くの。」
「たしかにあの鉛筆みたいなの最初よりかなり短くなってる。本当に鉛筆みたいですね。」
雫は自分が描いた魔方陣のゴール地点に立っていた。
三つの円を縦に描き、中央を円柱で繋いでいる部分だ。
(なんか魔方陣の話ししてる。)
雫が赤いイヤホンの向こうの会話に聞き耳を立てる。
「蔵瀬それじゃ説明不足だ。魔方陣はもっと奥が深いんだぞ。」
「そう思うのはチーフが魔方陣ファンだからじゃないですか。」
「正確には雫の魔方陣ファンな。」
「はいはい。」
田野村は呆れた蔵瀬の顔を気にもせず話始める。
「いいか魔方陣の出来は魔道士が消費するスパイラルの量からその魔法の成功失敗まですべてを決めるものだ。」
「具体的にはどういう意味ですか。」
「魔方陣が、魔道士の使用する魔法に対して大掛かりすぎると魔道士の使用するスパイラル量が増えてしまい、場合によってはスパイラル切れで魔法が失敗する。だが逆に規模の小さい魔方陣にすると魔方陣が魔法に耐えられず壊れてしまい結果的に魔法が失敗してしまう。ついでに言うと魔方陣を描くために使用する自分のスパイラルのこともよく考えておかないと他の魔道士は良くても自分がスタミナ切れになるわな。魔方陣を描く魔道士に求められるのはどれだけの規模の魔方陣をどれだけの耐久地で作るかを判断できる確かな知識と実践経験だ。そういう意味では雫はとんでもなく優秀だぞ。今回の魔方陣も実に素晴らしい。たとえば今回雫がどうして魔方陣のゴールを3層構造にしたかわかるか。」
「えっ。」
円動が改めて魔方陣を見る。
「1番下の円に5本、2番目の円に4本線が繋がってますけどこれが何の線かわからないんだよなあ。」
「おい、今回雫と一緒にシンクの炎を出すのは何人だ。」
「9人です。あー。」
田野村がため息をつく。
「そういうことだ。」
「だったらこんなにあっちこっちに線を引かずに9本だけにしたらいいじゃないですか。」
「それはだめよ。」
「何でですか。」
「理由は二つ、考えて見なさい。」
蔵瀬の質問に円動が首をかしげる。
「魔道士のいる地点からゴールまでの線を一本ずつにすると耐久地が大変だから。」
「その言葉は可笑しいが正解だ。魔道士が立つ位置からゴールまでの距離が今回は10m以上になる。シンクの炎なんて強力な魔法をこれだけの長距離たった一本で運ぶのは無理だ。もう一つは。」
「ええ。」
蔵瀬が手を挙げた。
「魔方陣がシンプルすぎると消滅しきれない可能性があるからですよね。」
「その通り。」
「えっ。」
「複雑な魔方陣を作れば目標の全体に満遍なく魔法の効果を与えることができる。一極集中でこの規模の魔法を使いたいときはシンプルで強固な魔方陣を描けばいいけど、今回みたいな浄化魔法の場合は目標の全体に魔法を行き届かせないといけないから。」
「つまり今回雫さんはそれなりに強い魔法に耐えられる耐久地でなおかつレッドネック全体に影響を与えられるような複雑な魔方陣を描いた。複雑な魔方陣を描くことでシンクの炎みたいな強い魔法でも魔方陣全体の耐久地を下げることができて、雫さんのセルフスパイラルの激しい消費も抑えられた。一石三鳥ですね。」
蔵瀬と田野村の目が点になった。
「どうしたんですか。」
「いやあなんていうか。」
「ハックション。」
話しを聞いていた雫が突然くしゃみをする。
(もしかして、さっきから私噂されてくしゃみしてたの。)
雫が足元を見る。
グループメートがぼちぼちという感じでこちらに向かっている。
(今ならいいか。)
雫が赤いイヤホンをオンにする。
「チーフ私を褒めすぎです。あと円動さんそれで合っていますよ。」
「聞いてたのか。」
「聞こえるんです。チーフ、あんまりオーバーなうわさを立てないでください。」
「はいはい。」
田野村の全く聞いていないというふうな返事に呆れつつ、雫が話を続ける。
「円動さん。」
「はい。」
「魔方陣は本当に奥が深いです。私だってまだまだ匙加減を間違えることがよくあります。今回は合えて、私の予想より少し強固で大掛かりな魔方陣を作っています。今回は絶対に失敗できませんから。魔方陣を描くときは、共同作業をする相手と目的をきちんと把握して、強度と規模を決めます。もし興味がおありでしたら、ぜひしっかりお勉強してみてください。」
「はい。」
雫がイヤホンをオフにする。
「蔵瀬さんが魔方陣に詳しいのは。」
「私も今の円動君みたいに雫さんから教えてもらったからよ。私が初めて見た魔方陣も雫さんが描いたものだった。あの時も本当に綺麗でね。一瞬でファンになったわ。」
「さあ、雫の魔方陣も堪能したし、俺たちは仕事に戻るか。」
「えっ。」
「シンクの炎の使用許可出さないといけないでしょ。そのための調査。」
「まあ大丈夫だと思うがな。」
「あー、近隣地域への影響の確認ですね。」
「そういうことだ。」
「雫今行きます。」
9人がジュータンから雫の方へ歩いて来る。
「雫。」
糸奈が手に持っていた瓶を雫目掛けて投げる。
グルグルと回って瓶が雫の手元にすっと入ってきた。
「便は割れ物だから投げないの。」
「受け取れるだろ。」
「まあ。」
雫が瓶のラベルを見る。
「飲んでおいた方がいいよ。」
「ありがとう。」
雫が瓶の蓋を開けて一気に口に流し込む。
「美味しくない。」
「文句言わないの。」
「はーい。」
瓶の蓋を閉め、雫が下を見る。
「自分のポジションわかる。」
池の周りには大きな9個のマークが描かれている。
地上に複雑なマークが描かれ、そのまま2mほどの高さまでデザインが描かれた壁がある。
「ここで合ってる。」
「正解よスマス。早速魔方陣の強度と快適さを確認して。」
「はーい。」
12時の位置にスマスが行きマークの中心に立つ。
足元に描かれたマークは風邪のスパイラルの象徴マーク。
スマスの周りの壁は円形に伸びている。
描かれているのは溜め顧問柄だ。
スマスが中央に立ち、ゆっくり動いたり、一回転したり、腕を拡げたり、魔方陣に触れたりする。
「いいよ。」
「了解、このままみんながスタンバイするまで待ってて。」
「雫。」
1時と2時の間に描かれたマークの上にシーナが立つ。
シーナの足元には草のスパイラルの象徴マークがオレンジで描かれている。
2mの壁は5枚の花弁が開いている形に組み立てられ智絵柄が描かれている。
「なにシーナ。」
「もう少し広くして。」
「つまり壁が近すぎるってことね。」
「そうそう。」
「はーい。」
雫がシーナの立っている辺りにスパイラルで作った棒を飛ばす。
雫が右手を動かすと、その棒が雫の手の動きに合わせて魔方陣を上書きしていく。
「こんな感じかしら。」
「ありがとう。」
3時の位置にMira、4時半の位置に彩都6時の位置にレーク、7時半の位置にチコが立つ。
「Mira問題ない。」
「はい。」
Miraの魔方陣には天気予報の晴れマークのようなマークが黄色で描かれ、2mの壁はロート型に開いている。
壁に描かれているのは、ピンクの羊雲柄だ。
「雫もう少し壁を低くできないかな。」
「あと15cmぐらいなら。」
「それで十分だよ。」
「わかったわ。」
彩都の足元には3重の円が描かれ、2mの壁は球根のように最終地点で閉じていた。
描かれているのはたくさんの丸。
彩都のいる辺りは全体的に黄色だ。
雫がさっきと同じ要領で魔方陣を変える。
「おい。」
「私を呼んでるのよね。」
「あー。」
「なら名前で呼びなさい。なにレーク。」
「もう少しシンプルにできなかったのかよ。目がちかちかする。」
「仕方ないわねえ、レークの魔方陣は水と炎の2種のスパイラル誘導ができないといけないから、半々で魔方陣も描かないと。」
レークの足元には水色の水のスパイラルの象徴マークと、オレンジの炎のスパイラルの象徴マークが、足元の円の半分ずつに描かれている。
2mの壁も縞縞柄をオレンジと水色のスパイラルが描いている。
「せめて壁の半分ずつに色を固めればよかったんじゃねえの。一緒に描かれてるからちかちかすんだよ。」
「我慢してよ。半分ずつの両極端に分けたら、レッドネックに与える効果に斑が出るの。」
レークが舌打ちをする。
「いつものことでしょ。」
「へいへい。」
雫がチコを見る。
「チコ大丈夫。」
「うん、平気だよ。今日の魔方陣も綺麗。」
「ありがとう。」
チコの足元には雪の結晶の形のマークが白色で描かれている。
長方形の2mの壁にも雪の結晶がたくさん描かれている。
「糸奈はどう。」
「問題ないよ。」
「雫。」
9時の位置にいるのはメーラだ。
メーラの魔方陣には毒のスパイラルの象徴マークが描かれており、2mの壁は薔薇の形のような複雑なつくりになっている。
「なにメーラ。」
「もう少しキラキラさせてよ。」
「デザインに関する注文は原則受け付けてないんですけど。」
「えー。」
雫が右手にまたスパイラルの棒を作る。
「今日は特別よ。」
「やったあ。」
「おい、それなら俺のも。」
「レークの歯話が違うの。」
メーラの魔方陣の紫色が全体的にキラキラ度を増した。
「次は。」
雫が10時半の場所を見る。
「クシー。」
「問題ないよ。」
クシーの足元には剣と盾のマークが描かれている。
少し鉄光しているような色だ。
2mの壁も少し暗い色で閉鎖的に見える。
「俺この壁に隠れてるんじゃない。」
「その魔方陣の中に立っていてもそれと同じぐらいの存在感はあるわよ。」
「それはよかったよ。」
「最後は。」
11時半辺りの位置、つまりスマスのすぐ近くにいるのが糸奈だ。
「糸奈ごめんなさいね。360÷9=40で40度ずつにマークを描けれたらよかったんだけど。」
「気にしないで45度で描いた方が広いスペースを確保できるし、何より正確に描ける。」
雫が頭を掻いた。
「その通りです。大丈夫、狭くない。」
「うん僕にはこれぐらいでちょうどいい。」
「そんなふうに言わないでよ。今度糸奈用の大きな魔方陣描いてあげるわ。」
「そういうことじゃないんだけど。」
雫が笑う。
「スマスはどう。」
「大丈夫だよ。糸奈は力加減が上手だから衝突の心配は最初からしてない。」
「オッケー。」
雫が円盤の上でぐるっと一回転する。
(それぞれのポジションに問題はない。)
雫は頷き12時の方向を向いて、右足の踵をトントンと魔方陣に打ち付ける。
(ここの強度も問題なさそうね。)
雫が時計を見る。
「あららもう3時になっちゃった。早く終わらせないと朝になっちゃうわね。」
「私もう眠いんだけど。」
「30分ぐらいしか眠れてないからね。」
「さっさと帰って昼まで寝る。」
雫がくすくす笑う。
「わかったわ。ならさっさと終わらせて帰りましょうか。」
雫が赤いイヤホンをオンにする。
「田野村チーフ、魔方陣準備完了しました。魔法供給実験過程に入ります。良好な場合そのまま浄化魔法シンクの炎を発動します。」
「了解した。周辺地域におけるシンクの炎による損害の規模はごく僅かであるため、魔道良2205室魔道業務部魔道緊急任務対策室はシンクの炎の使用を許可する。」
「了解しました。」
雫がイヤホンから指を離す。
「始めるわよ。準備はいいわね。この一発でレッドネックを確実に浄化する。」
「はい。」
「それではこれより魔方陣の試運転を開始します。各自微弱スパイラル供給を開始。スタートは12時からとします。」
スマスのマークが輝き始める。
雫がスマスの位置に集中する。
スマスの位置から緑色のスパイラルが流れ始め、レッドネックまで敷かれた魔方陣の上を緑の輝きが満たしていく。
(切れてる。)
雫がぱっと舞い上がり、瑠璃湖の上の魔方陣の上に舞い降りる。
(ここが切れたらお話にならないわ。)
スパイラルの棒で雫がその部分を上書きする。
こうして一人ずつ微弱なスパイラルを実際に魔方陣に供給し、魔方陣に亀裂がないか、きちんとレッドネックの全体を覆えているかの確認をするのがこの時間。
「次1時半。」
Miraがスパイラルを流す。
「次。」
この作業だけでも10分はかかる。
「木漏れ日見落としがある。3時55分の位置でレッドネックの足元だ。」
「ありがとうございます。確認します。」
3時20分、雫が自分の定位置に戻った。
「魔方陣の確認完了しました。それでは、シンクの炎の宣言を始めましょう。スタートは全員で、一節目をスマス、Mira、シーナ。二節目を彩都、レーク、チコ。三節目を糸奈、メーラ、クシー。四節目を私が言って最後は全員でね。」
「了解。」
「じゃあセーノ。」
「我らは魔道良2205室第37グループの魔道士。邪悪なものに安らかな眠りを与えるため、今こそその力をここに。」
「いずれはすべてのものに訪れる最後の時を今ここで。」
「愛と誠意と敬意をもって我らが齎そう。」
「安らかにただ僅かな未練と心残りの欠片さえも残すことなく。」
「シンクの炎で葬ろう。」
「浄化魔法シンクの炎。」
さっきまでそれぞれのスパイラルカラーだった魔法がすべて濃い赤色に変わる。
9方向から届けられるシンクの炎がレッドネックの位置で一つになり激しく燃え上がる。
この上に立つ雫が魔法の威力を部分ごとに調整しながら自分も魔道を供給する。
レッドネックの表面は目視できない。
しかし魔法を出している側とコントロールしている側は、そして観測用カメラで見ているスタッフたちはわかる。
確実に確実にレッドネックが消滅していく。
「踏ん張って。」
これだけ強大な魔道を使えば当然リバウンドがあるし、何よりスパイラル切れとの戦いだ。
(あと少しもう少し。)
雫が自分の放っている魔法の威力を上げる。
「よし。」
田野村が声をあげる。
「木漏れ日カウントダウン開始するぞ。10、9、8、7、6、5、4、3、2、1。」
ガラスの割れる音が響いた。
ガラスではなく魔方陣が割れたのだ。
キラキラと輝きを瑠璃湖の周りに降り注がせて散っていく。
「あの芸術作品がこんな一瞬でなくなるんですね。」
「そう雪よりも儚いんじゃないかしら。魔方陣は作った魔道士が持続させることをやめればあっという間にただのスパイラルに戻るから。」




