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ノーエルへの訪問(22)

22

 1時59分、10秒過ぎても何も起きない。

「どういうこと。」

池の前に待機している雫たちが目をぱちぱちさせる。

「チーフ。」

「俺たちの計算は一応合ってるぞ。」

「ええそれは最初から疑ってなんていませんよ。ただ、現在レッドネックが出現していないのも事実です。」

「なんでだろうな。」

「レッドネックの完全復活数値はMSHMTに残っていた先週の詳細データから導き出したのでしょう。」

「あー。」

「それならどうして。」

時刻は2時を回る。

「雫。」

雫がため息をついてチコに答える。

「チコまだレッドネックが出てこないの。」

「寝坊。」

「そんな可愛いものならいいわね。いつ出てくるかわからない以上、各自警戒を続けるように。」

「はい。」

雫がスマホを立ち上げる。

(MEMCと私たちが予想していた数値を超えて上昇しているのに、出てこない。レッドネックは古代モンスターだし、知能レベルは0と言われている。それなら完全復活数値に到達した時点で瀕死状態から解放されたレッドネックは出てくるはずなのに。)

雫が池に少しずつ近づいて行く。

「雫。」

慌ててMiraが引き留めようとするのを目で制し、雫が池の前にしゃがむ。

(いったい何が起きてるの。あなたの中に何が起きてるの。)

雫が池に右手を入れる。

「雫ー。」

クシーがため息をついている。

(あーそういうことか。)

しばらく水に浸していた右手を上げて雫が立ち上がり振り返る。

「わかったわよ。」

「どうなっていましたか。」

「完全回復見込み数値の計算をし直さないといけなさそうね。」」

これだけではMiraたちに雫の言葉の意図は伝わらない。

シーナたちが首をかしげている。

「レーク。」

「なんだよ。」

「「メタルコイン」1ダースちょうだい。」

「へいへい。」

ジュータンの近くまで出てきたレークが鞄からシルバーの円盤状の小さなコインのようなものを取り出し、雫に向かって投げる。

雫がそれをすっと受け取り空へ舞い上がる。

「田野村さん、メタルコインを瑠璃湖に12個投入します。瑠璃湖内部の詳細なデータが送れるはずです。」

「なるほど、了解した。」

雫が左手に持つメタルコインのバーコードをスマホに翳し二つを共有させる。

(よし。)

雫が瑠璃湖上空を飛び回りながら12個のメタルコインを瑠璃湖に落としていく。

(これで瑠璃湖内部の状態が360度分かなり詳細にわかるはず。)

メタルコインは水中に強い魔道グッツで水中における生命体の識別や生命体反応指数の測定などを行う。

これを瑠璃湖の外周に12個入れることで瑠璃湖の中の状態が少しは正確にわかると踏んだのだ。

雫が瑠璃湖に落としたメタルコインが水中をゆっくり浮遊する。

(きた。)

雫のスマホやMEMCのモニターにメタルコインからの情報が入った。

「みんなも見れてる。」

「はい。」

スマスたちもスマホで情報を確認する。

「田野村さん。」

「受け取った。なるほどな。この感じだと。」

「先週26グループがレッドネックを戦闘不能状態にしたときよりもレッドネックの完全復活数値が上がっていると考えられますね。つまり。」

「先週26グループがこいつを瀕死にしたときよりも強くなっていると。」

「原因は。」

丸椅子の上で田野村が口に手を当てる。

「これは仮説だが、先週レッドネックは自分が受けた攻撃から、その攻撃の魔道を少なからず吸収して成長したんじゃないか。」

雫と今の会話を聞いていたグループメートたちが一斉にため息をつく。

「どうするよ。」

田野村がタブレットを持ち上げて座っている椅子をぐるぐる回す。

「とにかく完全復活指数がどこまで上昇しているかがわからないとこちらも準備ができません。」

「だがイレギュラーなうえ古代モンスターの蘇りなうえ直近のデータも役に立たないとなるとこっちでも計算ができない。雫にも覚えぐらいあるだろう。」

「ありますよ。どこに行っても現場の職員の4割は無茶なことしか言ってきませんからね。」

田野村の周りで魔道緊急任務対策室の職員たちが少し笑う。

(どうしたものかしら。このまま緊張状態を続けるのは効率が悪いし、かといって気を抜いたタイミングでレッドネックが出てきても困るし。基準となるものが何かないと。)

雫が瑠璃湖を見ながら考え込んでいた時だった。

(助けてやろっか?)

雫が頭の後ろから強烈な圧を感じた。

雫の頭の中に映像が流れ込んでくる。

「雫。」

近くにいたMiraが雫の異変を感じ、声を掛けるが雫は答えない。

(そうこんなこともできるのね。私の記憶を覗き見れるということはあなたの力を使えばあなたの記憶を私が覗き見ることもできるってわけ。でもこれ。)

雫がその場にしゃがみ込む。

「雫。」

Miraが慌てて雫の体を支える。

(それなりの負担はついて回るけどな。)

(そうね。)

(何が見える。)

(シルエット。)

(どんな。)

(馬みたいな4本足のシルエットに何かが乗ってる。)

(いいねえ、もう少しいけるかな。)

雫の頭にかかっている圧が一層強くなる。

「雫雫。」

Miraだけでなくシーナやクシーも雫の周りに駆け付ける。

(何か変わった。)

(頭痛がひどくなった。)

(そうだろうな。でもその分もっと鮮明に見えるはずだぜ。)

(ええ見えてるわよ。見えてるし、聞こえてる。笑い声と動物の鳴き声。そしてこのタイミングであなたが私にこれを見せに来たということの意味も。)

雫がぱっと目を開ける。

「雫。」

雫が息を整える。

「ごめん、大丈夫。」

さっきまでの頭痛はどこへやら、雫の体調は完全に戻っていた。

「どうしたんですか。」

「なんでもないわ。」

雫がゆっくり深呼吸をする。

(感謝するわよ。一応ね。)

雫が目を開け、Miraたちを振り返る。

(つまりあのシルエットに成長したレッドネックがきっとこれから私たちの前に現れるって言いたかったんでしょ。だとしたら、今の数値からざっと2500ぐらい数値が加算される。今の速度で数値が上昇を続けた場合。)

雫が頷く。

「レッドネックの回復見込み時刻わかったわ。おそらく2次13分。今から10分後。」

「根拠は。」

雫がクシーの問いにすぐ答えなかった。

「そうねえ、根拠は協力者が私の頭に見せてきたレッドネックのシルエットの大きさ。それだけよ。信じられないならそれでもいい。それぐらい説得力のないものだけど、今はこれに縋るしかないと私は考えてる。」

「その協力者というのは。」

Miraが言葉を留めた。

顔が見えていなくても今グループメートたちがどんな顔をしているか雫にはわかる。

「ええ、みんなの察しの通りよ。」

雫の答えにMiraとシーナは顔を曇らせる。

「雫を信じてないわけじゃない。でも、雫が信じる情報の提供者は悪魔だよ。この土地をこんなに生きづらい物にしてる悪魔なんだよ。それでも雫が信じる理由ってなに。」

「今彼が私に見せた映像には何の悪意もなかったこと。」

「根拠にならない。」

シーナが言い返す。

決して感情的にならず、でも一歩も引く気はない。

「だから言ったでしょ。根拠はないって。確かに信頼するにはリスクの高いものだけど、他に参考になるような情報がないの。」

シーナが黙る。

このグループがノーエルに入れる理由、それは雫がステファシーの末裔であるがゆえにネオンダールと意思疎通を図れるというところにある。

このことはグループメート全員が把握しているが、悪魔から提供された情報を信頼するかは別問題だ。

「いいんじゃねえの。」

「レーク。」

イヤホン越しに聞こえてきたレークの声にMiraが答える。

「うちのリーダーが見たんだろ。うちのリーダーがそれを信じたいって言ってんだろ。雫の予想が外れることなんて100回に1回ぐらいしかねえし、その1回はちょうど一昨日起こしてる。大丈夫だろ。」

「嫌味ね。」

雫が苦笑いを浮かべる。

「まあそれもそうか。それに現状宛になるような情報なんて他にないわけだし。その代わり雫、この情報を信じて何かあったらその時。」

雫が頷く。

「ええスマス、責任はすべて私が取ります。命に代えてでもあなたたちを守ると誓いましょう。」

雫がシーナを見る。

「わかった。何かあったら知らないからね。」

「ええシーナ。きちんと気持ちを伝えてくれてありがとう。いろんな意見が生まれて、より良いアイデアを探求し続けるために私たちはグループで活動しているの。だから。」

「それ以上は言わないで。なんかくすぐったくなるから。」

雫がちょっと笑って頷いた。

「というわけです。田野村さん。」

「2次13分なんだな。」

「おそらく。」

「根拠はおまえが見たシルエットか。全く非論理的だな。」

「すみません。」

「かまわない。情報がない以上使うしかない。それにグループで一致したんだろ。」

「はい。」

「なら俺は何も言わないよ。目標自国の設定を直してスタンバイしてる。」

「よろしくお願いします。」

雫が赤いイヤホンをオフにする。

「各自の持ち場に変更はありません。2次13分までその場に待機。」

「はい。」

雫がふうっと息を吐いて芝生の上に座る。

「緊張感ないなあ。」

シーナが隣に座る。

「なら僕も。」

クシーとMiraも合流し、4人で瑠璃湖を見つめた。

「芝生ってこんなに気持ちいいのに、目の前の光景のせいで全然リラックスできない。」

「雫今はリラックスしなくていいから。」

「ねえ雫。」

「なにシーナ。」

「さっきの話だとレッドネックは私たちの想定より強くなってるんだよね。」

「ええ。」

「その原因は本当に26グループの魔道攻撃だけかな。」

「具体的には。」

クシーがシーナに尋ねる。

「たしかに26グループはMSHMTをいっぱい使ったみたいだけど、そのスパイラルを吸収するだけで。」

シーナがスマホを開く。

「雫が計算した2500の数値アップって起きるのかなってこと。」

「他にもスパイラルを提供することになった原因があるってことが言いたいんだね。」

「そうクシー。」

「単純にネオンダールの悪気じゃないかしら。」

「えっ。」

雫のセリフにMiraたちが驚き、イヤホン越しに他のグループメートの声もした。

「だってレッドネックってモンスターに分類されるでしょ。それにネオンダールと関係があるということはそういうことじゃないかと。」

「じゃあやっぱこの悪魔悪いじゃん。」

「まあ昔のことだから。それにネオンダールの悪気は封じようにも封じれないから仕方ないわよ。」

「それはそうですが。」

 雫がさっと立ち上がったのは2次11分。

計算し直したレッドネックの完全復活見込み時刻の2分前だ。

「じゃあそろそろ気合入れ直してね。」

「はい。」

「今度こそ出てくると思うけど。」

そこまで言って雫が空を見上げた。

他のグループメートたちも皆空を見上げる。

(あきらかにさっきと空気の張りつめ方が違う。)

確実にこの辺りの悪気が強くなっている。

張りつめるような空気の濃さ、瑠璃湖の水面が揺れ始める。

「あれ。」

シーナが瑠璃湖の北を指さした。

木々の間にまだ残っていた一般の鳥がバタバタと飛んで行く。

「今度は本当にお出ましになるみたいよ。」

雫が腕時計を見る。

「いい必ず消滅させるからね。」

「はい。」

「ではカウントダウンに移ります。10、9、8、7、6、5、4、3、2、1。」

投稿開始から1年のご挨拶


皆さんこんにちは、ティラミスです。いつも魔道師木漏れ日雫を拝読いただき、ありがとうございます。まず、今日の投稿を事前にお伝え出来ず、申し訳ありませんでした。雫の初回登校日が今日なのを思い出して、どうしても何かしたくなり、一つお話を進めるという形をとりました。

さて、気づけば1年になっていたという感じで、毎週お話を一つずつ進めるために、大急ぎで書いたり、なかなか内容を固められず、頭を抱えたりしていましたが、1年間続けられたということに達成感を感じています。皆さんが読んでくださっているということが書き続けるためのエネルギーになっています。本当にありがとうございます。

 ノーエルの部分が長くなるということは、最初にお伝えしていたと思います。ただ、私もここまで長くなるとは思っていませんでした。ノーエルの部分では、雫のグループメート一人一人を具体的にイメージしてもらうことと、グループメート全員が集まった時の空気間を感じてもらうことを目標にしていたので、ますます長くなったのだと思います。私自身、雫を書く中で、グループメートの意外な1面をたくさん見つけました。

 1年投稿し続けることができたことで、このお話を完結するところまで書き続けたいという思いが強くなったように感じています。これからもとても長くて、キャラクターもたくさん出てくる魔道師木漏れ日雫を書き続けていきますので、読者の皆様には引き続き拝読いただけますと、幸いです。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

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