ノーエルへの訪問(21)
21
「さあ始めようか。楽しい時間の始まりだ。」
体を覆う悪魔のオーラ、脳、心臓の中まで浸透してきそうな嫌な感覚、体と心を蝕んでそれは耳元で囁いた。
「さあ遊んで、呻いて、絶望して。」
はっと目を開けて雫が跳ね起きる。
浅い呼吸を何度も繰り返す。
「夢、夢なの。」
雫が慌てて首を上げ、辺りを見回す。
部屋にいる5人全員が起きていた。
「Mira。」
何とか声を振り絞る。
「はい。」
「平気。」
「一応。それよりメーラとチコが。」
「えっ。」
雫が慌てて2人に視線を向ける。
メーラとチコが布団の上で苦しそうに呻いている。
「シーナは。」
「平気。」
「じゃあ、Miraとシーナでそれぞれメーラとチコのケアを。」
「はい。」
「わかりました。」
「電気つけるわよ。」
部屋の明かりをつけ、辺りを見回す。
(何かに荒らされた形跡も、強い悪気がこの部屋に侵入した形跡もない。でも、今確実に私、いや私たちは悪気に包まれた。私は悪魔の声を聞いた。)
隣の部屋から音がして、雫がそちらを見ると、襖越しに向こうの部屋にも明かりがつけられたことがわかった。
「起きてる。」
雫が襖越しに少し大きめの声で話しかけると、クシーの声が返ってきた。
「起きてるよ。」
「体調を崩してる子はいない。」
「彩都が闇に当たったみたいな感じになってる。あとはみんな平気だよ。今糸奈が彩都のケアに当たってる。」
「そう、こっちもメーラとチコが同じような状態でMiraとシーナにそれぞれケアしてもらっているわ。」
「容体は。」
雫がメーラたちを見る。
「Miraチコの具合はどう。」
「何とか落ち着いてきています。あと20分ほど治療を続ければ。」
「こっちもそんな感じ。メーラの意識は戻ってきてるよ。」
「オッケー、クシーチコとメーラも大丈夫そう。あと20分ぐらい手当すれば治るわ。」
「了解。この後どうする。」
雫がMiraを見る。
「Mira。」
「すみません。今一時的に雫に全権を委ねてもいいですか。」
雫が少し考えた後頷いた。
「わかった。後で正式に私から全権委任の申し出はするけど、それまでの間も任されるわね。」
「はい。」
「チコたちをお願い。」
「わかりました。」
雫が深く息を吸い込み、ゆっくり息を吐く。
(今何時。)
雫が時計に目をやりため息をついた。
(0時30分か。30分ぐらいしか寝てないし。)
雫がスマホを持って廊下に出た。
「クシー、クシーじゃなくてもいいけど、そっちから1人出てこれる。」
「僕でもいい。」
襖を開けてクシーが顔を覗かせる。
「もちろん。」
部屋から出てきたクシーと雫が向かい合う。
「今の私はMiraの代わりヨ。」
「全権を一任されたんだね。」
「ええ。」
「僕もこの部屋の5人の発言権を持ってきたから、2人で話して今後のことを決めよう。」
「わかったわ。まずは状況確認ね。」
雫がスマホのストップウォッチを押す。
「まず、どうして全員起きているかだけど。」
クシーが先に口を開いた。
「とても嫌な感覚に体を飲み込まれて目が覚めたの。」
「他のみんなはなんて。」
「まだ話は聞けてないけど、みんな険しい顔をしていたし、チコとメーラが闇に当たったような症状を訴えていることから考えるに同じじゃないかしら。そっちは。」
「僕も同じだよ。とても嫌な感覚だった。不快な感覚から逃れようとして目覚めた感じだね。目が覚めた時には既に彩都がひどく魘されていて、すぐに糸奈がケアを始めたんだ。」
「なるほど。10人全員が否応なく起きてしまったほどの強大な悪気の塊と考えて、想定されることは。」
「新しいモンスターの出現かな。」
「そうね、これだけ大きな生命体反応が発生したら、それしか考えられないわよね。」
「先週の。」
「わからない。とにかく、MEMCに連絡をするわ。ノーエル局に行ってこの辺りの生命体反応の確認もしたいし。」
「手の空いてるメンバーにはすぐに外出の準備と最悪の事態も考えて、戦闘の準備までさせておいた方がいいね。」
「ええ、戦闘用警備服を着てあとMSHMTキットと魔道石等の準備をして。」
雫がストップウォッチを見る。
「私たちが起きたのが、これで時間を計りだすだいたい4分前として、0時27分。0時半からこれで計りだして3分経ってるから、発生から7分経過してるわ。」
「あと3分はきついね。」
「何も起きてないという可能性が消えたわけではないわ。それに、メーラとチコにそれぞれシーナとMiraがついているから、あの子たちの準備時間を逆算して、あと25分、いや切りが悪いから27分後、つまり1時までで見ておいて。」
「わかった。まあ何もなかったら、それでいいしね。」
「ええ、よろしく。」
クシーが部屋に戻り、雫がスマホから連絡先を選ぶ。
しばらくのコール音の後、男性の声が聞こえてきた。
「魔道良2205室魔道緊急任務対策室ファーストカウンター「池牡蠣」です。」
「魔道良2205室第37グループグループリーダー木漏れ日です。」
「どうされましたか。」
「0時27分ごろ、魔道緊急任務イエローの案件が発生しました。直ちに事実確認等の調査を要請します。」
「わかりました。現在地はノーエルですね。」
「はい。」
魔道緊急任務対策室のファーストカウンターで池牡蠣が雫のGPSの位置を確認し、周辺エリアの上空写真を開く。
(特に何もなさそうだけどなあ。イエローだし、何もないならそれでいいが。)
「どうした。」
後ろから声がして池牡蠣が振り返る。
「田野村チーフ。」
「ノーエルの辺りじゃないか。」
「はい、木漏れ日さんからたった今連絡があって魔道緊急任務イエローの事態が起きたと。」
「詳しい内容は。」
「すみません。まだ聞いてません。」
「それ聞かないと何も調べられないだろう。」
田野村が池牡蠣の操作していたマウスを取って、衛星画像を見ていた手を止めた。
「電話繋がってるよな。」
田野村の声に緊張感が走る。
「はい。」
「代わってくれ。」
「はい。」
田野村がマイクセットを池牡蠣から受け取り、雫に声を掛ける。
「木漏れ日。」
「あっはい、田野村チーフ。」
雫の声に驚きの色が出る。
「今どういう状況だ。」
「数分前に強い悪気のようなものに体を包まれるような錯覚をうちのグループの全員が感じました。数名が闇に当たったような症状を起こし、現在治療中です。この辺りの悪気もいつも以上に濃いままですし、何より突然これほどの現象が発声するのは不自然だと考え、ご連絡しました。」
「当たってるぞ。」
「えっ。」
田野村の声に雫の表情が硬くなる。
「今ノーエルの上空写真を見てるんだ。2,3分前に撮影されたものだ。今そっちに送るから確認できるか。」
「はい。」
電話をスピーカーにして、送られてきたデータを開き、雫の口がぽかんと開いた。
「これって。」
「強い悪気の原因はこれだろうな。」
「イエローから赤に変わったと判断して構いませんね。」
「あー、すぐにボックスを立ち上げる。指揮官は俺がしよう。」
「田野村さんが。」
「あー、なんというか年寄りの勘だ。」
(嫌な勘がするのか。)
「わかりました。よろしくお願いします。まだグループメート全員が動けるわけではないので、逐一情報をいただいている間に準備を済ませます。」
「了解した。」
電話を切り雫が女性用の部屋の襖を開ける。
現在時刻は0時36分。
「チコとメーラの容体は。」
「メーラはもう大丈夫そう。もう少し横になってればすぐ良くなるよ。」
「チコはもう少し回復に時間がかかります。」
雫がチコを見る。
「さっきより良くなってるみたいね。ねえ、きちんと治療すれば現場に行けると思う。」
Miraとシーナ、それから布団に横になるメーラの顔が険しくなる。
「赤なんですね。」
「ええ。」
「具体的には。」
シーナに雫がスマホをひょいっと投げた。
「それ見て。」
まずシーナがスマホのモニターを見て、それをMira、メーラが回していく。
「これって。」
最後に写真を見たメーラが雫にスマホを投げ返す。
「そういうこと。動ける子、Miraとシーナとメーラはカラー分けしておいて。チコは様子を見て私が決めるわ。Miraとシーナ、メーラは今から22分後の1時までに準備して。戦闘用警備服を着用し、MSHMTキット、魔道石をはじめとした必要グッズの確認を済ませておくように。チコは。」
「もうしばらくこのままで。」
「了解。」
Miraに答えて雫が襖を閉める。
「こういうときはスマホ投げていいんだから。」
メーラがぐちっぽく呟く横で、Miraとシーナがさっと立ち上がり、準備を始める。
「クシーいる。」
男性用の部屋の襖越しに雫が声を掛ける。
「いるよ。」
襖を開けたクシーに雫がスマホを渡す。
「部屋で回して返して。」
クシーがそれを見て、すぐに部屋の奥へ投げる。
「赤だったんだね。」
「ええ、彩都の調子はどう。」
「もう少しで良くなると思うけど。」
「現場には行けそう。」
「今は何とも言えないな。」
「わかったわ。彩都以外の4人はあと20分で装備をまとめてほしいんだけど。」
「スマスとレーク、それから僕は準備できてるよ。」
「わかったわ。それなら糸奈にあと20分でって伝えておいて。1時にはここを出発させたいの。」
「わかった。」
部屋をぐるっと一回りしたスマホが雫の手元に返ってくる。
「この後どうするつもり。」
「取りあえずここで彩都とチコを私が見ながらMEMCから来る連絡をみんなに伝えて、みんながくれる情報もMEMCに伝える。チコと彩都の容体が回復して、もし現場に行けるようになったら2人を連れて、それが無理なら私1人で瑠璃湖に向かう。私、チコ、彩都を除いた7人を4人と3人の部隊に分けて、現地偵察隊とノーエル局に行くメンバーに分けるつもりよ。だから、そっちの部屋の4人でカラー分けしておいて。」
「わかった。」
雫が持つスマホの画面に映し出されているノーエルの上空写真には深い夜の中の瑠璃湖が映っている。
そして、瑠璃湖の中心が赤黒く光っていた。
「開けるわよ。」
「はーい。」
雫が女性用の部屋を開ける。
「メーラも着替えたわね。」
「はい。」
「動けそう。」
「うん、無理だったらすぐ伝える。」
「うん。」
こういう時、メーラは決して見栄や意地を張らない。
それは雫も良く理解している。
「カラー分けは。」
「シーナがブルー、私がイエロー、メーラがレッドです。」
「そうね。Miraにはこの後ノーエル局へ行ってほしいの。ノーエル局の鍵を持ってるのって九道さんよね。」
「はい。」
「それなら九道さんのお家に行くのにMiraがいた方がいいわ。メーラとシーナは現地偵察に行ってもらうからそのつもりで準備してて。それから、こっちに彩都を連れて来てもいい。」
「えっ。」
「彩都も闇に当たっててね。チコと同じような容体だと思うの。こっちで2人を見ながらMEMCからの情報をあなたたちに無線で飛ばそうと思って。」
「わかりました。」
「そういえば雫。」
「なにシーナ。」
「MSHMTの他の機械ってノーエル局の他にもう1台あったよね。たしかここに。」
「あっ。」
雫がはっとする。
「取ってこようか。」
「いいえ、男性組は何人かスタンバイできてるから、向こうに任せるわ。」
雫が180度体を反して襖を閉める。
現在時刻は0時43分。
「手の空いてる人いる。」
「はい。」
クシーが襖を開ける。
「MSHMTの機械がここにもあるでしょ。」
クシーが少し黙ってはっとする。
「たしかに。」
「持ってきて。」
「わかった。」
(気づかなかった。盲点だった。もしかしたらここのMSHMTも先週使ってるかもしれないじゃない。)
「雫。」
クシーが部屋を出て行くと、スマスが襖の近くに来た。
「スマス。」
「カラー分けできたよ。」
「ありがとう。どうなった。」
「僕と糸奈はブルー、クシーはイエロー、レークがレッドだよ。」
「そうよね。シーナとメーラを現地偵察隊に組み込んでるの。だから。」
(スマスとあと誰だ。誰を一緒に連れて行く。レークか糸奈かクシー。ノーエル局にMiraと一緒に行かせるならクシーとあー、足になるからレークだ。ということは。)
「スマスと糸奈にそこに入ってもらって、クシーとレークはMiraと一緒にノーエル局へ行ってもらうつもりよ。メーラ、シーナ、糸奈、スマスの現地偵察隊の指揮はスマスに任せます。」
「わかった。集合時間は。」
雫が時計を見て、女性用の部屋を見る。
「シーナ、メーラ準備できてる。」
「あと3分ちょうだい。」
「私も。」
「ということだから、スマスと糸奈がすぐ出発できるなら、3分後の0時48分に玄関外にしましょう。」
「わかった。糸奈には僕から伝えておくよ。」
「よろしくね。」
「任せて。」
こういう時でもスマスの表情は決して崩れない。
(落ち着け私。)
スマスの表情を見ていると、雫は自分が焦っていることに気づかされる。
(これがベテランの品格なのかしらね。)
雫が女性用の部屋に戻る。
「シーナ、メーラ3分後の0時48分までに玄関へ行って。スマスと糸奈と4人で行動で、指揮はスマスに任せてあるから。」
「現地偵察だよね。」
「そう、瑠璃湖の周辺を飛んで、衛星写真と現地の環境報告をお願いするつもり。」
「わかった。」
メーラが髪の毛を括った髪ゴムの上から、もう一つ飾りのついた髪ゴムを結ぶ。
「MSHMTの機械は。」
「今クシーに取りに行ってもらってる。」
「全くすっかり忘れてたよ。」
「ええ、シーナありがとう。」
「雫、私は。」
「Miraはレークとクシーを連れてノーエル局に行って。今クシーがMSHMTの機械を取りに行ってくれてるから、クシーが帰ってきたら出発できるんじゃないかしら。」
「では私は九道さんのところに行って鍵をもらってきますね。」
「ええ、Mira、クシー、レークの3人グループの指揮はMiraに任せるから。」
「わかりました。」
「ノーエル局でMSHMTを起動させて詳細なデータを見るのと、生命体マップを見てきてほしいんだけど。」
「了解です。」
「じゃあ彩都を連れてくるわね。」
雫が廊下に出ると階段を降りてきたクシーと目が合った。
「雫いいかな。」
「クシー急ぎ。」
「MSHMTの機械のことで。」
「彩都をこっちに連れて来てからでもいい。」
「わかった。」
「そうだ。クシーの準備とレークの準備ができたら、Miraと一緒に3人でノーエル局に行ってもらうからね。指揮はMiraに任せてる。」
それだけ言うと、男性用の部屋の襖を開け、雫が彩都を見る。
「彩都。」
布団の上でぐったりしている彩都に視線を向け、続けて雫が近くに座るレークを見た。
「彩都のこと見ててくれたのね。ありがとう。彩都をこっちに連れて行くわ。チコと一緒に私が見るわね。」
「おー。」
「そうだレーク。もうすぐスマスたちがここを出るの。「フライトヘルパー」してあげて。」
「なんで俺が。」
「時間ないの。早く。」
「あー。」
しぶしぶといったようにレークが雫の方に歩いてくる。
「雫。」
「はい。」
雫がくるっと振り返る。
「行ってきます。」
シーナとメーラがきちんと警備服を着て、大きなリュックを背負い、雫に右手を差し出した。
雫がその手をしっかり握る。
「行ってらっしゃい。玄関まで送りたいんだけど、ごめんなさい。レークに任せてあるから。」
「はい。」
「気を付けてね。」
2人がしっかり頷いて玄関に向かった。
雫が時計を見る。
(時間通りね。)
雫は部屋に上がり、彩都を抱き上げた。
「軽いなあ。」
「雫。」
襖の方を向くと糸奈が立っていた。
既に準備はできている。
「糸奈気を付けて。」
「あー行ってくる。雫も気を付けてね。」
「ありがとう。」
「雫。」
糸奈の後ろからクシーが顔を覗かせる。
「ええ。」
雫は糸奈に手を振って廊下を進んだ。
(私1人じゃ無理かなあ。)
糸奈とクシーに道を開けてもらい、雫が女性用の部屋に向かう。
「クシー、彩都を寝かせたら戻ってくるわ。」
「わかった。」
部屋の中ではMiraがチコの近くに座って荷物の確認をしていた。
「Mira。」
「シーナたちは行きましたか。」
「ええ。」
雫が彩都を寝かせる。」
「レークはもうスタンバイできてるわ。私がクシーと話し終えたら3人で出発して。」
「わかりました。」
雫がすぐに立ち上がりクシーのところに戻る。
「お待たせクシー。MSHMTのことよね。」
「うん、かなりひどいんだ。」
「ひどいって何が。」
「本体を先週使った履歴は残ってなかったんだ。けど、魔道石は根こそぎなくなっていて、付属機器はひどい状態だ。」
「使い物にならないってこと。」
「もしかしたらね。機械本体自体はいいけど。」
「付属物がひどいか。」
クシーが大きな黒いキャリーケースを開ける。
中にはパソコン型の大きな機械と小さな黒いバックが入っていた。
雫がその一つに手を伸ばし、中身を確認する。
「これは。」
鞄の中に入った端末を見て、雫が苦笑いを浮かべる。
「ひどいだろ。」
「ええ、どうやったらこうなったのかがわからない。」
雫が鞄を取り換える。
「本当に魔道石が蛻の殻ね。」
クシーが難しい顔で頷く。
「わかったわ。全員キットを持たせているから最悪ノーエル局のMSHMTの機械だけでも持って行きましょう。」
「これに手を出してるってことは、ノーエル局の分はもっとひどいかもしれないよ。」
「そうね。」
雫が少し下唇を噛んだ。
「ありがとう。クシーももう行って。Miraとレークが一緒よ。現地の指揮はMiraに任せてあるから。」
「了解。」
クシーを送り出し、雫はもう一度MSHMTの機械を見る。
機械本体には何も問題ない。
しかしこの機械と一緒に保管されているはずの魔道石がなかったり、付属機器が壊れていたりする。
「これ使い物になるかしら。」
雫が女性用の部屋に戻る。
「Mira。」
「はい、もう行きます。」
「気を付けて。」
「先ほどからずっと電話が。」
「でしょうね。」
雫がMiraと一瞬視線を交わしてスマホを取る。
時刻は0時50分。
「すみません。」
「大丈夫か。」
「現地指揮で手がいっぱいでした。」
「だろうな。」
「すみません。イヤホン付けます。」
スピーカーで話しながら雫が自分の鞄の中をがさがさと探す。
(よしあった。)
小さなポーチを開け、右耳に青のイヤホン、左耳に赤のイヤホンを付ける。
どちらもワイヤレスだ。
左耳に取り付けた赤いイヤホンの下側に付けられたスイッチを爪でオンにする。
「お待たせしました。」
続けて右耳の青いイヤホンも同じようにスイッチをオンにする。
「今どうなってる。」
「0時48分にメーラ、シーナ、スマス、糸奈を現地偵察に向かわせました。0時50分にMira、クシー、レークをノーエル局に向かわせました。ここでチコと彩都の治療をしながら情報を確認しています。」
話しながら雫はパソコンを手早く立ち上げる。
「わかった。10人のGPSをマークしていいか。」
「確認します。」
雫が赤いイヤホンのスイッチをオフにした。
「聞こえてる。」
「はい。」
「出席取るわよ。スマス。」
「はい。」
「糸奈。」
「はい。」
「シーナ。」
「はーい。」
「メーラ。」
「はい。」
「現地偵察組は全員揃ってるわね。次クシー。」
「はい。」
「Mira。」
「はい。」
「レーク。」
「おー。」
「オッケーこっちも揃ってるわね。MEMCにGPSのマークをさせてもいいかしら。」
「はい。」
全員の返事を聞き、雫が赤いイヤホンのスイッチをオンにした。
「かまいません。」
「了解。」
緊急任務対策室の1台のノート型パソコンにノーエルの地図と、グループメート全員のそれぞれの名前のマークが現れる。
マークとは魔道士のGPSの位置を把握して、任務の間その位置を確認しながら作業をすることだ。
任務中だから、大したことではないが、一応雫は毎回グループメート全員に確認するようにしていた。
「マーク完了しました。」
「モニタリングを続けろ。」
「はい。」
男性が片仮名のロの字型の席の中央に立つ田野村から、ノート型パソコンに視線を戻す。
その間に雫がウェブページを開いた。
「チーフパスワード教えてもらっていいですか。」
「あー悪い悪い。俺とお前の頭文字の横に18×3+24×9だ。」
(つまり。)
雫がキーを入力する。
(tmks270。)
ページが開き、一気に大量の情報が開示される。
「見れました。」
雫が視線を走らせる。
「さっきの赤黒い光強くなってますね。」
「あー、確実に生命体反応数値も上がってきてるはずだ。今こちらから言えるのはこれだけだ。」
「わかりました。現地偵察隊に生命体反応数値のモニタリングも任せてあります。情報が入り次第すぐにそちらにお送りします。」
雫が赤いイヤホンのスイッチを切る。
「という訳よ。各自状況報告。」
ページを一通り覚え、雫が席を立つ。
「こちら現地偵察隊。到着予定時刻1時。」
「あと5分ね。」
「まもなくノーエル局上空です。クシーとレークはノーエル局入り口で待機、私が九道さんに事情を説明し、ノーエル局の鍵をもらってきます。」
「わかったわ。」
雫が赤いイヤホンのスイッチを入れる。
「こちら木漏れ日、現地偵察隊の到着予定時刻1時です。」
「了解。」
(この間に。)
赤いイヤホンをオフにして雫が鞄の中から大きな黒いケースを取り出す。
外は硬いプラスチックでできていて、雫が蓋を開けると仲は細かく仕切られふわふわとした綿が敷き詰められていた。
綿の上にいくつも大きな石が乗っている。
(使うなら、今だよね。)
雫がチコと彩都を見る。
「チコ、彩都、聞こえる。」
彩都はゆっくり目を開け、チコの反応はなかった。
雫が2人のすぐ傍に座る。
「彩都。」
「雫。」
「そう、調子はどう。」
「ずいぶん楽だよ。でもごめん。まだ現場には行けそうにない。」
「無理しないで。彩都、「ミストストーン」使ってもいい。」
「だめだよ。そんな高価なもの。」
「いいの。こういう時に使うために持ってるのよ。」
「いいの。」
「ええ。」
「わかった。」
雫が頷いて、黒いケースから白い菱形の石を取り出す。
直径10cmほどの菱形だ。
「ちこ、チコさーん。」
雫がチコの肩を何回かゆする。
(寝てるだけな気がするんだよね。)
「チコ。」
雫が大きな声で呼びかけるとチコがゆっくり目を開けた。
「雫。」
「チコ、起きて。」
「うん。」
「体調はどう。」
「楽だよ。」
「すぐ現場に行けそう。」
チコが首を横に振った。
「それは無理か。わかったわ。チコミストストーン使ってもいい。」
「あれ好き。」
「オッケー。」
雫が彩都の時と同じ石を取り出した。
「石に絶対触っちゃだめよ。」
「はーい。」
チコのおでこに石を乗せ、雫がその上に右手を乗せる。
「白き光里に包まれて、悪しきものを浄化せよ。聖なる魔道の結晶体よ、闇を掃い光と女神の栄光を彼女に。ミステラルリルレクエーレ。」
チコのおでこの上に乗せられた石が白く発光する。
優しい光がすーっと舞い上がりそれは霧のように辺りを包み始めた。
雫がその石をチコの右肩の近くに置く。
「ゆっくり休んでね。」
彩都にも同じことをして雫がパソコンの前に戻った。
「雫。」
「なに。」
青いイヤホンからスマスの声がする。
「瑠璃湖周辺に到着したよ。」
そのころクシーたちと別れたMiraはすーっと地上に着陸した。
(夜分遅くに本当に申し訳ないですね。)
Miraが目の前の木造の家屋を見る。
玄関の前の表札には九道と書かれている。
(あまりためらっている時間はありません。)
Miraが玄関の前に行き、インターフォンを押した。
「夜分遅くに申し訳ありません。Mira rainです。瑠璃湖で強い生命体反応が確認されました。ノーエル局のモニターで確認したいのですが、鍵をお借りできませんか。」
しばらくして横開きのドアがゆっくり開いた。
「Miraさん。」
顔を出したのは九道だ。
驚いていますと顔に書いているほどにはっきりとした表情をしている。
「夜分遅くに申し訳ありません。瑠璃湖で巨大な生命体反応を感知しまして、ノーエル局のモニターで確認したいのですが、鍵をお貸しいただけませんか。」
「そんなまたですか。」
九道が膝から崩れ、Miraが慌てて支える。
「私たちも驚いています。今グループメート全員で対策に当たる準備をしているんです。」
「すみません。私が昨日までのようにノーエル局に泊っていれば。」
「いえ、九道さんは何も悪くありません。今夜きちんと休んでくださっていて、私はとても安心しました。あまり時間がありません。九道さんは後から来ていただければいいので、とにかく鍵をお借りできませんか。」
「わかりました。」
九道が一度室内に戻り、金色の鍵をMiraに渡した。
「私もすぐに追いかけます。よろしくお願いします。」
「はい。」
Miraが両手で鍵を受け取り、上昇した。
スマス、糸奈、メーラ、シーナが瑠璃湖の上空に到着し、現場を見下ろしていた。
珍しくメーラが難しい顔をしている。
「なになに怖くなったの。」
シーナに軽く背中を叩かれる。
「そんなこと。」
「2人とも今はそんなことを話している場合じゃないよ。シーナは上空からの映像を雫に送って。メーラは周辺地帯の映像を雫に送って。糸奈はこの辺りの生命体反応の観測をして、データができたら雫に送ってくれ。」
「はい。」
それぞれが仕事を始める。
メーラとシーナは双眼鏡のようなものを装着し、スイッチを入れゆっくり首を回したり、空中を移動したりする。
一方、糸奈はタブレットを操作してモニタリングを開始する。
「スマスは。」
「僕は瑠璃湖のぎりぎりまで行ってみるよ。」
「気を付けてよ。」
「わかってる。」
メーラとシーナに頷いてスマスがゆっくり瑠璃湖の方へ飛んでいく。
「雫。」
メーラがイヤホンに向かって話しかける。
「メーラねなに。」
白い霧が立ち込める部屋の中で雫がパソコンを見ながら答える。
「取りあえず360度の周辺映像撮れたわよ。中心点は瑠璃湖から少し離れたところだけど。」
「十分よ。ありがとう。データをちょうだい。」
「中心点変えてみる。」
「ええ、時計回りに1時間ずつずれて360度撮影を続けてちょうだい。」
「はい。」
「雫こっちもできたよ。」
「シーナね。」
「上空映像撮れたんだけど送って言い。」
「ええちょうだい。」
「私も1時間ずつずれようか。」
「そうね。お願い。」
「はい。」
メーラとシーナが双眼鏡の右目のレンズの上にある緑のボタンを押す。
「来たわよ。」
雫がパソコンに送られてきたデータを見て、そのままMEMCに送る。
「田野村さん。」
赤いイヤホンのスイッチを入れ雫が話しかける。
「あー受け取ったよ。」
「1時間ずつポイントをずらして同じように360度撮影をさせています。データが届き次第すぐにお送りしますね。」
「わかった。」
赤いイヤホンのスイッチを切り雫がメーラとシーナが送ってくるデータを見てはMEMCに送っていく。
「糸奈は何してるの。」
「生命体反応のモニタリングだよ。もうすぐ計測できるだけの情報が入るから、あと少し待ってね。」
「わかったわ。スマスは。」
雫がスマホにGPS位置を示す画面を映し、スマスの位置を確認する。
「瑠璃湖に近づいてくれてるの。ありがとう。でもスマス、無理はしないでね。」
「わかってるよ。」
スマスが少しずつでも確実に瑠璃湖の上空、赤黒く光る瑠璃湖の上空に向かう。
(いい風だ。こんな風が噴く夜はゆっくり景色を眺めながら空中を舞いたいところだね。)
スマスの長い緑の髪が風に靡いて軽く広がる。
(まあ今日は仕方ない。この風の心地いい夜に外に出られたというだけで我慢しようか。)
スマスが双眼鏡を掛けた。
「上空写真送るよ。」
「はい。」
スマスの声に雫が答える。
スマスが左のレンズの上にある黄色いボタンを何回か押した。
「6枚届いたわ。そのまま360度撮影もできない。」
「えー。」
「お願い。」
「はいはい、やってみるよ。」
「雫モニタリングできたよ。データを送るね。」
雫がスマスからきた上空写真をMEMCに送っていると糸奈から生命体反応のモニタリング結果が届いた。
「結構いるのね。」
MEMCにデータを送りつつ、素早く目を通す。
「ざっと見ても数百は生命体がいるね。」
「ストレス指数自体はまだ問題ない範囲だけど、これからもし仮に戦闘になったら、この生命体たちの安全は保障し兼ねるよ。」
「移動させる。」
雫がしばらく沈黙する。
「MEMCに確認するわ。作業を続けて。」
「了解。」
雫が赤いイヤホンのスイッチを入れる。
「田野村さん、木漏れ日です。お送りしているデータはすべて届いていますか。」
「あーかなりのクオリティーだな。特に上空写真はよく撮れている。」
「ありがとうございます。撮影者に伝えておきます。これを見る限り早急に事が起きるという印象は受けないのですが。」
「そっちが送ってきてくれてる生命体反応のモニタリング数値を見るにそうのんきなことも言ってられなさそうだぞ。」
「はい。そこでご相談なのですが、瑠璃湖周辺に生息している生命体数百匹を一時避難させてもいいですか。戦闘になった場合、この子たちの安全までは保障し兼ねます。」
「それ自体は構わんが生命体たちの避難場所に目星はついているのか。」
「はい。」
雫が笑みを浮かべた。
「わかった。許可しよう。」
「了解しました。」
雫が赤いイヤホンを切る。
「スマス。」
「はーい。」
「今話していい。」
「どうぞ。」
「糸奈とシーナの役割を変えてくれない。この後その辺りの生命体たちの一時避難誘導をしたいの。あなたたちの中ではシーナに任せるのが適任でしょ。」
「了解。糸奈とシーナは役割を交代。」
「はい。」
2人が上空で落ち合い、シーナがタブレットを糸奈から預かる。
「使い終わったら返してね。」
「わかってるわよ。」
糸永双眼鏡を装着し、飛んでいく。
「何時までできてるの。」
「6時。」
「次は7時だね。」
「そう。」
シーナがモニタリング用のタブレットを見る。
「雫二つ目送るよ。」
「ええ。」
生命体反応のモニタリングの結果は2分おきに更新される。
一つ目のデータの時刻が1時3分、これが1時5分の物になる。
(数値が上がってる。)
雫がMEMCにそれを送りながら目を細めた。
データには瑠璃湖とその周辺地域のざっくりとした地図とその上の生命体たちの生命体反応数値が出ている。
さっきのデータから瑠璃湖の真ん中の数値が100上がっているのだ。
「田野村さん。」
「見た。」
「もし仮にターゲットが瑠璃湖の中で回復しているとしてこの数値からするに。」
「今の上がり方を続けた場合の完全復活時刻だろ。今計算してるから待て。せめて種類だけでもわかればいいんだが。」
「そうですね。こちらもデータが挙がってき次第すぐにお送りしますので、引き続きお願いします。」
魔道緊急任務対策室のボックスでは6人の社員が慌ただしくキーボードを叩いていた。
今はまだ生命体の種別がわからないため、それぞれの大きさや特性の生命体の一般的な数値を仮定してそこに到達するまでの時間をそれぞれのケースに合わせて計算していくしかない。
「計算急げ。」
「せめて種別がわからないと効率悪いですよ。」
文句を言いながらも各自全く手を止めることはない。
「いいこと教えてやるよ。木漏れ日はこの手の仕事をフルセットで任せても10分で片付けるぞ。」
「まじですか。」
「前から思ってたんですけど、あの人実は機械なんじゃないですか。そんなの無理ですよ。」
「それが無理じゃないんだなあ。あいつは。」
「ハックシュン。」
突然くしゃみが出て雫が辺りを見回す。
「寒くはないんだけどなあ。」
一瞬逸れた注意を慌てて雫が頭の中へ引き戻す。
(あそこを使わせてもらえたとして、許可を取らないと。)
「Mira。」
「はい。」
雫の声にMiraがすぐ答える。
「状況報告。」
「九道さんに事の次第をお伝えし、今取り合えず鍵だけノーエル局に持って行ってるところです。」
「レークが暇してるわよね。」
「おそらく。」
「レーク借りてもいい。」
「えっどうするつもりなんですか。」
「瑠璃湖周辺の生命体の誘導場所の候補に心当たりがあるんだけど、そこの許可をもらうのに走らせたくて。クシーはMSHMTの機械を触るのに必要だし、Miraもいた方がいいわ。」
「なにしろって。」
レークの声が聞こえてきた。
「Mira構わない。」
「わかりました。生命体一時避難の件は九道さんに後で伝えておきます。」
「ええ、世帯主には強制しないと伝えておいて。」
「はい。」
「というわけでレークお使いよ。私が指導してる三つ子ちゃんたちの家わかる。」
「知らねえよ。」
「ならルーペ付けなさい。そこに地図映すから。そこに行って私の声が相手に聞こえるように準備して。」
「はー。」
「たぶんレークと向こうのご両親は初対面だから、できるだけ警戒されないようにするのよ。」
「なんで俺が。」
「今手が空いててこの距離を超高速で飛んで行けそうなのレークだけなのよ。」
「もうスパイラル切れかかってんだけど。」
「飛べるぐらいは残ってるでしょう。お願い。」
「へいへい。」
この間にも、雫はスマスたちから送られてくるデータをMEMCに送りながら、レークのルーペに地図を送っていた。
「見えたわね。」
「どんだけ飛ばすんだよ。」
「大したことないわ。」
「後で覚えてろよ。」
「それがあなたの仕事です。」
雫がノーエルの上空写真を凝視する。
(どうやって生命体たちを誘導する。シーナに誘導係を任せること自体は問題ないけど、誘導経路が問題かな。瑠璃湖周辺の心理韻地帯を横断していって、自宅から10km離れた辺りに退避させればいいか。自宅側にバリアキッドを設置して、お家の安全は確保しつつ生命体たちを拘束せずに、でも自力で瑠璃湖まで戻って来れない距離に避難地点を設定する。この辺りの生命体たちに凶悪なのはそんなにいないし、自然環境も大きく変わることはないからなんとかなるはずだけど。)
雫が深く深呼吸をする。
(数値が上がってきてる。)
この間にも新しい1時7分のモニタリングデータが挙がってきた。
「シーナ。」
「はい。」
「避難先の候補のところから許可が下りればすぐに生命体たちの一時避難誘導を開始するわ。誘導係はシーナに任せるからよろしくね。」
「了解。今この辺りの生命体たちの種類を見てたけど、たいして問題なさそうだね。」
「ええその点に関しては問題ないと思うわ。あとこの場所っていうのがお家の裏庭でね、お家側に簡易のバリアキッドを設置してほしいの。」
「了解。ちなみに退避場所からそのお家までの距離は。」
「だいたい10km。」
「それなら大丈夫かな。ここからそこまでの地図送って。」
「今準備してる。」
雫がかたかたとパソコンを操作し、エンターキーを押す。
「きたよ。雫から指示があるまで待機してるね。」
「ええ。」
「雫。」
「はい。」
クシーの声だった。
「MSHMTの機械立ち上がったよ。」
「詳細履歴は。」
「今送ってる。」
(来た。)
ほしにほしかった情報がようやく手に入った。
雫がデータを開け、MEMCに送る。
「向こうのMSHMTの詳細データ届きました。」
魔道緊急任務対策室で1人の職員が声をあげる。
「ビックスクリーンに出して。」
「はい。」
田野村が食い入るように目で送られてきた詳細データを見る。
「田野村さん。」
「木漏れ日見たか。」
「今見ています。これってまずくないですか。」
雫がマウスで世話しなくデータを後らせながら一気にその内容を頭に叩き込んでいく。
その顔には苦々しい笑みが浮かんでいた。
「まずいな。」
田野村の顔には険しく真面目な表情が貼りついている。
「先週一応倒したことになっているのが「レッドネック」なら、きっと今池の底でじわじわ回復してるのもレッドネックですよ。」
雫の脳裏に雫の背を優に超える巨大なモンスターのシルエットが浮かぶ。
「そう考えて差しさわりないだろう。」
「とした場合の完全回復自国の割り出しお願いします。」
「わかった。」
雫が赤いイヤホンをオフにする。
「クシーありがとう。」
「今ノーエル全体の生命体観測モニターを見ています。」
Miraが大きなモニターの前に立つ。
スマホをガラス張りのモニターに近づけてデータを読み取っている。
「送ります。」
「ありがとう。」
雫がそれぞれを受け取り次々にMEMCに送っていく。
(データが揃い始めてる。欠けていたパズルの部分が埋まり始めてる。あとは。)
「レーク。」
「今着陸態勢だ。」
1時13分、2分おきに挙がってくるモニタリングの数値が上がっていくことに警戒しながら雫がレークを呼んだ。
「いいかドアの前に着いてインターフォン押したらすぐスマホをスピーカーにするからな。」
「はいはい。」
そこからやらせるのかと突っ込みたい気持ちを堪え、雫が答える。
レークが着陸し、インターフォンを押す。
こんな夜中の来客なんてめったにないから恐る恐る扉が開く。
「男が出てきたぞ。」
「言葉遣いに気を付けなさい。」
雫がぴしゃりときつい一言をレークに飛ばす。
扉を訝し気に開けた男性がレークを見た。
「君は。」
レークがスマホを取り出し、画面を男性の方へ向けた。
「お父様でいらっしゃいますね。夜分遅くに申し訳ありません。木漏れ日雫です。彼は私のグループメートでこのお使いを頼んだレークアラバーです。」
「木漏れ日先生。」
お父さんの声が裏返る。
「子供たちはもう寝ていますよね。」
「はい。」
「それならお母様と今からお伝えすることを聞いていただけませんか。」
「わかりました。」
雫の声の調子からただ事ではないと察したお父さんがお母さんを連れてきた。
「木漏れ日先生。」
しかしお母さんの顔はまだ眠そうで、レークを見たお母さんが慌てて真面目な表情を作る。
「お母様お父様、夜分遅くに申し訳ありません。今瑠璃湖で少しトラブルが起きていまして。」
「えっ。」
「ご安心ください。この辺りの地域には決して被害が出ないよう最大限の対策を取ります。私がお約束します。」
「はい。」
「それで瑠璃湖の近くにいる生命体たち「オフォーン」や「サネレル」や「スリックリー」などの生命体たちの安全を守るため、一時的に私たちの手で避難誘導をしたいのです。その避難先にお家の裏庭を使わせていただけないでしょうか。もちろんその生命体がお家に被害を出さないようバリアを張りますし、避難先はここから10km先の裏庭にします。」
お父さんとお母さんの頭がなかなかついていかずしばらく沈黙が続く。
「うちに被害はないんですね。」
「はい、お約束します。瑠璃湖の近くの生命体たちの安全を守りたいんです。」
また沈黙が続く。
その間も雫の手が止まることはない。
世話しなくデータを送り続けている。
(うん。)
後ろから肩をトントンと叩かれて雫が後ろを振り返る。
霧の中から彩都の顔がうっすら見えた。
(彩都。)
エスパー魔法を雫が飛ばす。
(データを送るの僕がやるよ。)
(でも。)
(大丈夫。ここにいたらすごく楽だから。)
(ありがとう。)
雫がパソコンの前からどいた。
「わかりました。構いませんよ。」
「木漏れ日先生を信じます。」
「ありがとうございます。ただこのことは子供たちには内緒で。聞いたらきっと行きたがりますから。」
「そうですね。」
「トラブルが落ち着きましたら、改めてお礼に伺います。もう少しおやすみください。」
レークがスマホをしまい、軽く会釈をして飛んでいった。
「あの子は。」
「木漏れ日先生のグループメートさんなんだろ。ずいぶん変わった子だったなあ。」
(よしこれで取り合えず。)
雫がスマホを見る。
「シーナ許可が下りたわ。誘導を開始して。」
「了解。モニタリング誰に頼めばいい。」
「そっちは今どうなってるの。上空映像と周辺映像はちょうど一通り届いたけど。」
「スマスのホローをメーラがしてて、糸奈は今こっちに戻ってきてる。」
「糸奈にシーナのモニタリングを引き継がせるよ。」
「わかったわスマス。シーナ1人で平気。」
「うん、数も種類もだいたいわかったから。」
「ならお願い。」
シーナが糸奈にタブレットを渡す。
「本当に1人で平気。」
「うん。」
池の近くにスマスとその少し後ろで辺りに警戒しているメーラがいた。
「わかった。それなら頑張って。」
糸奈にシーナが大きく頷く。
「生命魔法のプロってわけじゃないけど、こういうの得意なの。任せて。」
シーナがぴゅーっと飛んでいく。
そのころレークが上昇を続け、三つ子たちの家から少し離れたところで止まった。
「おい俺はどこに戻ればいいんだ。」
「そうねえ、悪いけど帰ってきて。」
「はっ。」
「だから宿舎に帰ってきてッて。」
「なんでだよ。」
「機材が重たくて私と彩都とチコだけじゃ運べないの。」
「はあー。」
「いいから早く。瑠璃湖までは私が空飛ぶジュータン操縦してあげるから。」
レークがため息をついて体の向きを変える。
「地図。」
「はいはい。」
レークが右目に付けたルーペにここから宿舎までの地図が映し出される。
データの送信を彩都に任せたおかげで雫がスマートフォンの捜査に集中できる。
「すげえ遠いじゃねえかよ。」
「飛んで帰ってくればすぐよ。私なんて今日そこ歩いたら1時間もかかったんだから。」
「知らねえよ。」
レークがぶつぶつ言っている遥か彼方、でも比較的近い空の上でシーナは超高速で頭を回転させていた。
(まず生命体たちを数か所に分けて集めないと。この辺り3kmに住んでる生命体たちを345度分集めないといけないから。)
シーナがこの辺りの地図を思い浮かべる。
(よし取り合えず始めよう。)
シーナがフェザードを拡げる。
さっきまでの細身の体の背中側からオレンジの明るい光を放つ翼が現れた。
(これで生命体たちを起こして注意をこちらに向ける。)
「誘導魔法「アーチアントレーナー」。」
シーナがフェザードを大きく広げ旋回を始める。
シーナが辺りを飛び回るたび、木々や土の中でざわざわごそごそという音がする。
(この子たちを連れて行きたいのは9時の方向。問題は2次3時あたりに住んでる子たちを池の前に出すわけにはいかないこと。)
シーナの頭が今日一番の速度で回っている。
「往復する。一定距離を開けて生命体たちを数グループに分けて、避難先まで同時進行しながら連れて行くのは無理ね。」
聞き耳を立てる。
独り言だが、マイクの性能がいいため今のセリフは雫を始め全員に聞こえているのだが、シーナがそれに気づいているかは定かではない。
(そうねえ瑠璃湖の正面を突っ切るわけには行かないし、往復する方が安全か。)
「後は。」
1時17分、雫が赤いイヤホンのマイクをオンにした。
「田野村さん、計測まだですか。」
「悪いレッドネックはイレギュラー種だからちょっと時間がかかってる。だがざっくりはできたぞ。完了度70%現段階の答えだがおそらく1時50分から2次10分の間にレッドネックは完全復活する。」
「全員揃えて体制立て直して、周辺機器の準備して、戦闘方法考えて、役割分担してたら時間足りませんね。」
「まあな。」
雫がため息をつく。
「わかりました。最悪のケースを考えて1時50分までには何とかできないか考えてみます。」
「了解した。」
雫が赤いイヤホンをオフにして顎に手を当てる。
(どうする。あと42分で何ができる。スマス、メーラ、糸奈はそのまま瑠璃湖の近くにいてもらうとして、Miraとクシーをそっちに合流させる。シーナの生命体の一時避難誘導はあとどれぐらい時間がかかるかな。レークが戻ってきたら何を刺せる。)
雫がゆっくり息を吐いた。
「彩都データの受け渡しは問題ない。」
「うん。」
「よかった。そのまま続けて。」
「了解。」
(今一番時間を気にしないといけないのは。)
「シーナ。」
「はーい。」
どれぐらいの生命体がついてきているかを確認しながら空中を飛ぶシーナが答える。
「あと何分ぐらいで終わりそう。」
「ええ、30分はほしい。」
「そうよね。人手を増やせば少しは変わる。」
「たとえば。」
「Miraはどう。」
「Miraかあ、うんMiraが来てくれればもう少し早く終わるんじゃないかな。」
「スパイラルが足りないというよりは、完全に人手が足りないのね。」
「そう、瑠璃湖の外周を回るルートで生命体たちを避難させてるから時間がかかるの。」
「なるほど。わかったわ。私からMiraに掛け合ってみる。」
「お願い。」
シーナが森の中に視線を落とす。
(よしちゃんとついてきてるわね。)
雫たちが付けている青いイヤホンは、イヤホンをオンにしている間回線を共有することで他のメンバーが何を話しているかを聞くことができる。
「というわけなんだけどMira聞こえてた。」
「すみません。違うことをしていました。」
「ならもう一回言うわね。というか一度全員聞いて。瑠璃湖の中で着々と回復してるのはレッドネック、イレギュラー種のモンスターよ。見たこと、聞いたこと、戦ったことのある人。」
無反応だった。
「ないよねえ。」
「雫は。」
「随分前にレッドネックと戦う魔道士をボックスでサポートしたことはあるけど、実際に戦ったわけじゃないから詳細なことは覚えてないの。それで、そのレッドネックの回復見込み時刻が1時50分から2次10分の間なの。つまり最悪の場合あとだいたい40分後。それまでに体制を立て直して、スマスたちのポイントで合流して、作戦を練らないといけない。そこで今回は、最悪の事態を想定して、1時50分までにすべてを整えたいの。となった時、一番時間に余裕がないのはシーナよ。Mira、シーナのヘルプに行ってくれない。ノーエル局でのお仕事はクシー1人に任せたい。クシーにはそっちにある生命体反応表示モニターの情報を私の端末に自動送信する設定をしてほしいんだけど。それが終わったらノーエル局から瑠璃湖に向かってくれて構わないわ。」
「わかりました。シーナに合流します。」
「自動設定自体はそんなに時間がかからないんだ。ただここから瑠璃湖まで飛んで行くとなると戦闘時のセルフスパイラルに少し不安が。」
「そうね、なるほど。少し考えるわ。ノーエル局で待機してて。」
「了解。」
雫が時計を見る。
現在時刻は1時22分だ。
「あの私に何かできることは。」
自分の席から九道がMiraに声をかける。
「九道さん。」
答えたのはMiraではなくクシーだった。
「はい。」
「先週の魔道士はMSHMT以外には何を使いましたか。」
「えっちょっと待ってください。特には何も使ってなかったと思うんですけど。」
九道が分厚いファイルを開け、ぱらぱらと捲っていく。
「やっぱりMSHMT以外には何も使ってませんよ。」
「それなら魔道士支援用のグッツがまだありますよね。」
「はい。」
「お手数ですが、一通り持ってきてもらえませんか。使えそうなものがあれば、使わせてもらいます。」
「わかりました。」
九道がノーエル局の階段を上がっていく。
「クシー。」
「魔道院のスパイラルを使わないためだよ。それにこういう時のために備蓄してるんだろう。使えるものはしっかり使って、手を出しちゃいけないものを触らなくて済むように工夫する。」
「わかりました。」
「Miraは早くシーナのところに行ってあげて。」
「はい。」
九道が戻ってくるのを待たず、Miraがリュックを背負ってノーエル局を出た。
「シーナ今どのあたりですか。」
「瑠璃湖から西に5km行ったとこ。」
「わかりました。今ノーエル局を出たので近くに着いたらまた連絡しますね。」
「うん。」
イヤホンから2人の会話を聞いて、糸奈がほっと一息つく。
「シーナとMiraは連絡が取れたみたいだよ。」
「よかった。それならなんとか間に合うだろう。」
スマスが瑠璃湖の赤黒い光を見下ろす。
その後ろでメーラはシーナが飛んで行った方向を見ていた。
(40分を切った。間に合うかなあ。)
雫がチコを見る。
「彩都悪いんだけどスマホを見てて。チコを起こすから。」
「はーい。」
雫が立ち上がり、チコの枕元に行く。
「チコチコさーん。起きてー。」
この子1時間の間、こんなに周りが、主に雫が、ばたばたしているのに寝返り一つ打たずに眠り続けていた。
(たぶん最初は闇に当たって本当に辛かったんだろうけど、ミスとが部屋に充満しだした辺りから気持ちよくてただ寝てるだけになってる。)
雫がチコを何度もゆする。
「チコみんな外で頑張ってるよ。チコもみんなのところ行こう。時間ないの。起きてー。」
チコがゆっくり目を開ける。
「朝。」
「まだ夜中。でも大事なお仕事の時間よ。」
「お仕事。」
雫が大きく頷く。
「そう、だから起きて。」
「はい。」
チコがゆっくり体を起こした。
「よしじゃあ、お部屋の奥で着替えておいで。そのあと戦闘用の荷物をまとめて。」
「はい。」
チコがゆっくり部屋の奥へ歩いていく。
「彩都ありがとう。」
雫がさっきの場所に戻る。
「もうすぐレークが帰ってくるよ。」
彩都が雫のスマホのモニターを指さす。
「そうね。帰ってきたら取り合えず。」
言いかけた時がらがらと横開きの玄関が開いた。
「帰ってきた。」
横柄な足音がどんどんこの部屋に近づいてくる。
障子が大きく開けられた。
「なんだよこれ。」
「ミストストーンを使ったの。わかるでしょ。」
「あー。」
部屋に上がってきたのはレークだ。
「取りあえずそこ閉めて。せっかく溜めたミスとが逃げちゃうから。」
「へいへい。」
レークが襖を閉め、近くに座り込んだ。
「白のミストストーンか。」
「そうよ、疲れた体が癒されるでしょ。」
「おー、帰ってきてラッキーだったぜ。」
「でしょう。それでお願いしたいのは。」
レークが小さく舌打ちをする。
「休ませてあげるためにここに帰って来させたわけじゃないのよ。ちゃんと仕事しなさい。それでお願いしたいのは、廊下に会ったMSHMTとグループのトランク二つを空飛ぶジュータンに乗せる作業なの。」
「空飛ぶジュータン。」
「レークの言葉の語尾が上がった。
「そう。」
「誰が運転するんだよ。」
「私、さっき言ったでしょ。」
レークがほっと息を吐く。
「そうだったな。」
「まさかさすがにそこまでは頼まないわよ。彩都とチコは本調子ってわけじゃないからね。できるだけセルフスパイラルの消費は避けたいの。それに便乗できるんだから、ラッキーだったわね。さあ1時35分つまりあと10分後にはここを出るから。」
「へいへい。」
レークがさっと立ち上がる。
「玄関にジュータン準備するからな。」
「ええ。」
雫がレークを見送って、パソコンを見る。
2分おきに挙がってきていた瑠璃湖周辺の生命体反応のモニタリング情報が20個を超えた。
雫が赤いイヤホンをオンにする。
「田野村さん、計算は何割終わりました。」
「ちょうど挙がったよ。レッドネックが水中から完全復活した状態で出てくる最終見込み時刻は1時59分だ。」
「わかりました。申し訳ありませんが、私はコンピュータの前から離れますので、何かあればすぐに知らせてください。今までにお送りしていたような情報は自動送信されるように設定していますので。」
「了解。」
雫がスマホに視線を落とす。
「彩都、彩都も準備始めて。」
「わかった。」
「雫できたよー。」
チコの声に雫が振り返る。
「リュックは。」
「あー。」
チコが慌てて部屋の奥に戻る。
「着替えしても荷物がないと戦えないわよー。」
「はーい。」
雫がMiraのGPS位置に視線を留めた。
「Mira状況報告できる。」
「はい。今シーナと二手に分かれて生命体たちを移動させています。シーナは2往復目で、避難場所への簡易バリアの設置は既に完了しています。」
「オーケー。みんな聞いて、レッドネックの完全復活見込み時刻は1時59分、つまりあと30分後よ。スマス、メーラ、糸奈は引き続きその場に待機。生命体反応数値のモニタリングと瑠璃湖上空の現地撮影は継続。手の空いてるメンバーには瑠璃湖周辺に取り付け式のモニタリング器を付けてほしいの。設置が完了してこちらへの情報送信が確認できたらタブレットを使ってのモニタリングは終了してもらって構わないから。」
「了解。」
スマスの返事が返ってきた。
「続けるわよ。シーナ、Miraは今のまま生命体たちの一時避難誘導を継続。遅くても1時50分までには終わらせて。」
「了解。たぶんできるよ。」
「その返事を聞けて安心したわシーナ。何かあったらいつでも伝えて。」
「はい。」
「最後に、私、チコ、彩都、レークは1時35分になったら空飛ぶジュータンで宿舎を出発し、ノーエル局にいるクシーを迎えてそのまま瑠璃湖に向かいます。というわけで、クシーもうしばらく待っててね。」
「了解。」
「瑠璃湖に1時45分ぐらいには着けたらいいなと思ってる。」
「わかった。」
雫が部屋を見回す。
(そうだ。あれ持って行かないと。)
そのころクシーはノーエル局で一通りの作業を終わらせ九道が持ってきた大量の鞄の中身を次々に確認していた。
「使えるものがたくさんありますね。」
「大丈夫でしょうか。」
九道の心配そうな声にクシーの手が止まった。
「魔道院のスパイラルを使わなくても倒したい。雫も私たちもそう考えています。そのために、使えるものは全部使う。うちのグループを信用してください。万が一、うまく行かなくてもその時の対処法まで雫は考えていますから。」
九道が少し考えた後頷いた。
「そうですね。私はみなさんを信じて自分のやれることをやります。」
クシーが作業を続けた。
「チコ準備できた。」
「うん。」
リュックを背負ったチコがぴょんぴょん跳ねる。
「よしじゃあ行きましょうか。」
1時34分、チコを連れて雫が玄関を出ると、空飛ぶジュータンの上にレークと彩都が座っていた。
「MSHMTとグループのトランク二つ乗せといたぞ。」
「ありがとう。チコ乗って。」
「はーい。」
チコを先に乗せ、雫は最後に乗り込む。
「そうだ。」
雫がポケットから白い石を二つ取り出した。
一回解放しちゃったら、蒸発するまで使わないとだめだから、もったいなくて持ってきちゃった。」
「ミストストーン乗せた空飛ぶジュータンかよ。」
「白いミスとが飛行機雲みたいになるかも。」
チコが嬉しそうに両手を広げる。
「今は夜だから目立っちゃうかもね。」
「気にしなーい。気にしない。さ、離陸するわよ。目的地もすぐそこだからきちんとしたバリアは張らずに飛ぶからね。振り落とされないように。あと荷物を見ておいて。」
「はい。」
3人の返事を聞き雫が息を整える。
「我こそは聖なる女神ステファシーの末裔にして、ロイヤルブラットが一つ木漏れ日家の眷族なり。飛行魔法空飛ぶジュータン。」
ひゅーっとジュータンが離陸していく。
「少し急がないと10分で瑠璃湖に着かないかも。ごめん飛ばすよ。」
雫がひゅっと右手の人差し指を前に差し出すと、離陸したジュータンがすごい勢いで飛行を始めた。
「きゃー。」
歓声を上げながら楽しむチコ、慌てて荷物を庇うように持つ彩都、チコと同じぐらいの悲鳴を上げるレークを乗せて、白いミスとを排気ガスのようにまき散らしながら空飛ぶジュータンは夜のノーエル上空を飛んで行く。
「雫やめろー。これ以上とばしたら無理無理無理。」
「大丈夫よレーク、あと10秒で着くから。」
「はっ。」
「10、9、8、7、6、5、4、3、2、1。」
ジュータンがぴたりと止まり、すとーんと落ちていく。
「雫すごーい。」
「ぎゃあ。」
楽しそうな声をあげるチコ、荷物が吹き飛ばされる心配がなくなり姿勢を戻す彩都、今度は確実にチコより大きな声で悲鳴をあげるレークを乗せて、白いミスとをジュータンの上空に巻き上げながら空飛ぶジュータンは地面ぎりぎりまで高度を下げ、ぴたりと止まった。
ちょうど目の前にノーエル局の入り口がある。
「ナイスパーキング。」
雫が指を鳴らす。
今の状況を忘れていそうなほどのどや顔だ。
「あー楽しかった。」
「俺ら生きてんのか。」
にこにこするチコと額に汗びっしゃりのレークが対照的で彩都がくすくす笑う。
「レーク生きてるに決まってるでしょ。これぐらいで火とは死なないわよ。」
「死なないにしてもジュータンの操縦が下手だと言われても文句は言えないよ。」
ノーエル局の入り口が開いてクシーが出てきた。
「入り口の前にぴったりつけたじゃない。」
「急発進、急ブレーキ、急降下、出してた最高時速も規格外、落下距離は一般人が気絶しても可笑しくないほどだった。パーキングはうまいけど、それだけだね。どうしてジュータンの操縦免許が取れたのか謎だよ。」
「3人なら平気だって信じての運転よ。さすがに私も普段からこうじゃないわ。」
「普段からやってなかったら、こんなむちゃくちゃな運転が成立するわけない。どこで覚えたの。」
「「ノンフェリーゼ」よ。」
「なるほど。あそこはこれぐらいとばすのも当たり前なのか。」
「ええ、本当に急ぎの時はこの倍の速度を出さないとむしろ操縦させてもらえない。」
クシーが話しながら大きな荷物を次々とジュータンの中に乗せていく。
「ここのMSHMTとあといろいろ支援グッツが残ってたから持って行くよ。」
「先週の子たちそれには手を付けてなかったのね。」
彩都がクシーが持ち上げるトランクを受け取ってジュータンの空いているスペースに乗せていく。
ノーエルに来たときは人の方が多かったジュータンが、今は荷物だらけだ。
「よしこれで全部だよ。」
「オーケークシー。さあ乗って。」
クシーがジュータンに乗り込むと、九道が入り口から出てきた。
「九道さん。」
「雫さん。」
ジュータンに近づいてくる九道に雫が手を伸ばした。
九道が雫の手を握る。
「すみません。」
「いいえこちらこそすみません。必ず終わらせますのでもうしばらくここで様子を見ていてもらえますか。」
「わかってます。信じてます。」
雫が大きく頷いてそっと九道の手を離した。
「行くよ。」
「はい。」
「飛行魔法空飛ぶジュータン。」
ジュータンが離陸を始め、瑠璃湖の方向へ飛び始めた。
「綺麗。」
飛んで行くジュータンから白い霧のようなものが出ていて、九道はしばらくそれに見入っていた。
「さてとさすがにここから瑠璃湖までをバリアなしで飛んだら誰か吹き飛ばされちゃうから。」
雫が右手でジュータンを操縦し、左手でバリアを張る。
「予定通りあと5分で着くわよ。」
「なあ雫。」
「なあにレーク。」
「今さっきと同じ速度で飛ばしてるのか。」
「そうよ。」
「なら、さっきと違って激しい揺れを感じないのは。」
彩都がレークの会話を引き継いだ。
雫がそれに答える。
「バリアを張ってるから。あとは単純に飛行速度にむらがないようにしてるから。飛行中に速さが変動してないのよ。」
「それができるなら最初からそうすればいいのに。」
「違うのよクシー。さっきあの運転をしたから、今この速さを保ててるの。」
「時間に余裕があるってこと。」
「ええ。」
雫が満面の笑みで頷いた。
瑠璃湖が近づくにつれ、チコの顔色が悪くなっていく。
「チコ。」
「はい。」
「ミストストーンを一つ自分の近くに持ってらっしゃい。ここで値を上げていたらこのあとの戦闘まで持たないわ。」
「はい。」
「悪気が強くなってるんだね。」
「ええ。」
1時44分、ジュータンがスマスたちの視界に入った。
「スマス。」
「確認できてるよ。どこに着陸するんだい。」
「そうねえ。」
雫がバリアを解きジュータンの操縦を両手で行う。
「さあ4人ともしっかり何かに掴まっててね。」
雫が両手の指を合わせ菱形を作り、それをゆっくり上げてすとんと落とした。
ジュータンがするすると地上に向かって高度を下げる。
「3、2、1。」
呟くような雫のカウントダウンの後、ジュータンが地上に着陸した。
「よしできた。」
「雫。」
雫がふうっと息を吐いて振り返ると、後ろでクシーたちが顔を曇らせていた。
「なに。」
「ここに着陸させる必要あったか。」
レークが半分きれながら雫に尋ねる。
「あったわよ。」
雫がレークたちから視線を逸らし反対を向く。
ジュータンの目の前には大きな瑠璃湖が広がり、池からジュータンまでの距離は凡そ150mほどだ。
「もっと離れてた場所に設置してもよかったんじゃないの。」
ジュータンのすぐ傍に舞い降りて、メーラが雫を見た。
「ここに降りるから意味があるの。」
「具体的には。」
「何かあった時、全員を連れて逃げられる。」
この一言で場にいた全員が察した。
今回の戦闘はちょっとやばいのだと。
「さあ降りましょう。スマス状況を伝えて。」
「瑠璃湖周辺に生命体反応の測定器の固定は完了したよ。データの自動送信も確認されたからタブレットを使ってのモニタリングはもうしてない。ついでに上空映像と周辺映像を撮影するための取り付け式カメラもセットしておいたよ。」
「ありがとう。あとはMiraとシーナね。」
雫がイヤホンに向かって声をかける。
「シーナ。」
「はいはい今帰ってるとこ。」
「ということは終わったのね。」
「50分までに終わらせロッテ言ったの雫でしょ。」
「そうだったけど、素晴らしいわ。」
シーナとMiraが少し距離を取って飛んでいた。
「助かったよMira。」
「いえシーナの指示が的確だったからですよ。」
雫が設定した生命体たちの一時避難場所にはさまざまな種類の生命体たちが集まっていた。
それぞれの縄張りの距離を確保しつつ密集している。
シディーたちのお家側には1kmに渡って簡易のバリアが張られている。
「あっ帰ってきたよ。」
1時49分チコが一番最初にMiraとシーナのフェザードを見つけた。
「おかえりなさい。ご苦労様。」
「あまりに瑠璃湖の近くにいたから驚いたよ。」
フェザードを畳、シーナが雫を見る。
「近くていいでしょ。」
「危なくないですか。一応このジュータンは濡れたら使い物にならないんですからね。」
「そうだったわねえ。」
雫が苦笑いを浮かべる。
「さてMEMCに連絡しちゃうわ。」
雫が赤いイヤホンをオンにする。
「こちら木漏れ日、魔道良2205室第37グループ全員瑠璃湖前に集合しました。」
「生命体たちの一時避難誘導は完了したのか。」
「はい。」
「相変わらず仕事が早いなあ。」
「ありがとうございます。」
魔道緊急任務対策室のボックスで片仮名のロの字型に置かれた机の真ん中に回る椅子を置き、そこに座る田野村が会話を続ける。
「確認するが今回はどういうふうにけりを付けるつもりだ。」
田野村の周りで、雫の周りでそれぞれが聞き耳を立てていた。
「そうですねえ。」
雫がグループメート一人一人の顔を見ていく。
瑠璃湖の中央では赤黒い光里が一層輝きを増している。
空には綺麗なお月様が上っているのに、全くそんなことに心を巡らせている余裕がないほどの緊迫した状態で、雫が口を開いた。
「当然消滅させます。」
グループメートたちの顔にほんの少し微笑みが浮かぶ。
「封印じゃないのか。」
田野村が聞き返す。
田野村の周りではボックスに座る職員たちが息をのんでいた。
「はい。」
「具体的な理由は。」
「このレッドネックにはこれまでに魔道士が封印をした履歴がありませんね。」
「あー。」
「初回の封印が一番大変なのは田野村チーフもよく知るところでしょう。」
「しかし。」
「今回のモンスターはイレギュラー種なうえ、古代モンスターの蘇りですからね。戦闘パターンのデータもほぼ0に近く、どんな攻撃をしてくるかわからない。」
「あー。」
雫の口元に笑みが零れた。
「チーフそれが何か問題ですか。」
「何も問題ないのか。」
「はい、少なくともうちのグループにとっては何の問題もありません。」
スマスたちが頷く。
「逃げる手段は確保してあります。お任せください。」
田野村が腕を組んでしばらく考えたのち、ため息をついた。
「止めても止まらないだろう。」
「そうですね。私としては早くオーケーをいただきたいんです。もう10分切ってますから。」
「わかった。もう好きにしろ。」
「ありがとうございます。」
赤いイヤホンをオフにして雫がぐるっと一同を見る。
「大丈夫よね。」
「おめえ切ってから聞くなよ。」
「そうねレーク。」
「どこまでが本気ですか。」
「消滅することは本気。」
「まあ封印は無理だよなあ。」
「封印ポイントを作るときにこちらにリスクを伴うからね。」
「となるとやっぱり消滅させる方がいいのか。」
「戦闘不能の瀕死状態にして改めてもっと大人数で戦うって方法は。」
「それもなくはないけど、そうなると水中にレッドネックは沈んじゃうから水中戦闘になってしまうわチコ。」
「あーそっか。」
「普通のモンスターならそうするところだけど。」
「今回はここでけりを付けるべきね。」
「そう、異論のある人。」
「異議なし。」
(表情に澱みがない。全員のスイッチが入っている。)
雫が大きく頷いた。
「では早速スタンバイに移ります。」
「チーフ本当にいいんですか。」
「現場のリーダーがあー言ってるんだ。大丈夫だろう。今俺たちがやるべきことは現場からどんな情報の要請があってもいいようにスタンバイすることだ。手を止めるな。」
「しかし。」
パソコンを操作する手は止めずとも、ボックスにいる7割ぐらいの職員の顔に不満が浮かんでいた。
「古代モンスターの蘇りなうえ、イレギュラー種のモンスターをたった10人で消滅させるなんて非現実的だと思ってるのか。」
「はい。」
男性の職員が答えた。
胸元には星が四つ描かれたバッチと「円動」の名札。
「確かに今は木漏れ日グループリーダーが一番現場をリアルに感じています。ですが、何の知識もなしにあんな危ないことを考えていたんじゃ。」
「円動君知らないの。」
円動の右隣から女性の冷たく静かな声が聞こえてきた。
女性の左胸の辺りには星が五つ描かれたバッチと「蔵瀬」の名札。
「蔵瀬さん、何をですか。」
「木漏れ日雫リーダーは私や円動君、何なら田野村チーフより偉いのよ。」
「えっ。」
「本当に知らないの。」
「はい。」
「もしかしてさっきの計算の時に田野村チーフがフルセットで任せても木漏れ日さんなら10分で終わらせるって話してたのとも関係あります。」
「ええ。」
ぼっくすの違うところから蔵瀬に女性の声が飛んでくる。
「そうですよね。」
「あー。」
田野村が膝の上でパソコンを操作しながら答える。
「木漏れ日は星九つだからな。」
「はっ。」
円動が思わず立ち上がった。
立ち上がった時の反動でタイヤのついた椅子が後ろに転がっていく。
「おい話してもいいが手を止めるな。」
「すいません。」
円動が慌てて座り直す。
「星九つって。」
円動のようなオーバーなリアクションをした社員はいなかったが、半数ほどの社員が驚いていた。
「あれ知らなかった。」
「知りませんでした。」
「でも木漏れ日がボックスに来て指示してるところぐらいは見たことあっただろう。」
「はい、でも人手が足りてないだけだとばかり。」
「それはそうなんだが、シンプルに星九つ持ってるからどこでも突然働けちゃうわけ。だから、知識もなくモンスターを消滅させるって言ってるわけじゃない。むしろこの場合は最も被害を出さずハプニングを終わらせられる方法を選んだと言える。おまえら木漏れ日をなめるなよ。おまえらの歳にはとっくに星九つ持ってたからな。」
「ハックション。」
話している真っ最中、突然雫がくしゃみをした。
「まただ。」
「また。」
「そうさっきもくしゃみが。」
雫が首を横に振る。
「違うそんな場合じゃなかった。さあ時間がないわ。今から各自の役割を決めます。まず今回はレッドネックと戦う戦闘員を4人、瑠璃湖周辺でバリアを張るサーバーに3人、サーバーと戦闘員の間でその都度その都度対応するホロアーが3人で行きます。サーバーには彩都、メーラ、スマスをホロアーには糸奈、レーク、チコを戦闘員には私、クシー、Mira、シーナの4人を振り分けます。各自の残ってるスパイラルの残量を考えるとこうなるんだけど、意見のある子は。」
正直ここの役割分けはかなり難しいところなのだ。
宿舎で10人が行ったカラー分け、あれは自分のセルフスパイラル量に応じて赤、黄色、青のどこに自分が位置しているかを明確にすることで的確な役割を与えるためのものなのだが、今回のような役割が必要な場合はカラー分けがされていてもいなくてもあまり変わらない。
たとえば、瑠璃湖で起きる戦闘の被害を村に出さないために瑠璃湖周辺にバリアを張るサーバーが赤のメンバーばかりだと、サーバーの意味がない。
しかし、サーバーに青のメンバーを集中させると肝心の戦闘員がもろくなってしまう。
戦闘員とサーバーをそれぞれ客観的に見ながら適宜それぞれのホローに行くホロアーには頭の回転の速さ、それなりのセルフスパイラル、それからサーバーとしても戦闘員としても役割をこなせる人材をあてがわないといけない。
こういうことを総合的に考えるとこのメンバー分けになるのだ。
「特にないなら早速始めるわよ。彩都、メーラ、スマスのサーバー組の中心指揮はスマスに任せます。3人で瑠璃湖周辺の360度にバリアを張って被害が瑠璃湖周辺に出ないようにして。糸奈、レーク、チコのホロアー組の中心指揮は糸奈に任せます。いつもとは戦う相手が違うから、サーバーと戦闘員の両方に上手に注意を向けて行動して。最後に私、クシー、Mira、シーナの戦闘員の中心指揮は私が務めます。今回目指しているのはレッドネックの消滅です。消滅させるだけの一撃をするには私たち4人じゃ足りないかもしれない。その時はホロアーの力も借りて一気に叩きます。さっきも言った通り、レッドネックの戦闘パターンや使ってくる攻撃の内容は未知数で具体的な戦闘方法を思案できない。それでもできるだけ早く確実に消滅させます。」
「はい。」
「サーバーの3人はレッドネックが出現したら、生命体反応数値をバーで確認してね。戦闘員とホロアーはリアル数値で確認しながら戦います。」
「はい。」
「あとこれをあげておくわね。」
雫がチコと彩都にミストストーンを渡し、他のメンバーには大きな魔道石を中心に固定したネックレスを渡した。
「レッドネックが出現したら、一気にこの辺りの悪気が強くなるであろうことは容易に想定できるわ。それで闇に当たってしまったら任務に支障をきたすから作ったの。少しでもガードになってくれればいいんだけど。」
「ありがとうございます。」
「きっと力になってくれるよ。」
それぞれが装着した。
紐の部分が長めに作られていて、魔道石は首より少し低い位置で光っている。
「さあ、私からは以上です。時間がないわ。各自持ち場について。」
「はい。」
雫が時計を見る。
「あと7分。」
時刻は1時52分、緊張感が増していく。
「彩都、メーラ、今回は1人120度ずつバリアを張ることになる。メーラが12時、僕が4時、彩都が8時の位置に待機してバリアを張ろう。各自イヤホンを確認してすぐに連絡が取れるようにしておいてね。」
スマスの前に彩都とメーラが立ち打ち合わせをする。
「どのバリアを使う。」
「そうだね、最初から最大エネルギーを使う必要はないだろう。初めは中の中から始めよう。」
「はい。」
3人で頷きあい、それぞれの方角へ飛んで行く。
「今回僕らホロアーに一番求められていることは臨機応変な対応力とグループメートたちの回復だ。」
糸奈がレークとチコを前に解説する。
「チコはスマスたちから回復魔法の依頼があったらすぐに動けるようにしておいて。僕は雫たちから回復魔法の依頼があったら動けるようにする。レークはサーバーと戦闘員の状況を常に把握するようにして。もし雫たちがMSHMTやその他の支援グッツを使うことになったら作業を手伝えるようにね。あと雫も言っていたように消滅の時は僕らも協力する必要があるかもしれない。心の準備をしておくように。」
「はい。」
「おー。」
いつものだらけたレークといつものぼーっとしたチコは今はいない。
2人とも真面目で気を張っている。
「さて取り合えずだけど。」
雫がクシー、Mira、シーナを前に話し始めた。
「どういう攻撃技を使うのか、生命体反応数値がいかほどか、悪いけど全く察しがついていないの。ここまで不透明な相手も珍しいわ。」
「ノンフェリーゼにいた時はよくあったんじゃないの。」
「あったはあったけど、人数も状況も違いすぎるからね。というわけで。」
雫がジュータンに置かれた黒いキャリーケースを指さした。
「MSHMTの準備だけはしておきます。それからクシーがノーエル局で見つけてくれたアイテムも使えるものは使いましょう。」
「わかりました。」
「機械の準備は僕とMiraでやるよ。」
「お願い。その間にシーナと私で一回りしてくるわ。」
「はい。」
Miraの返事を聞き、シーナと雫が飛び立つ。
「上から見れば見るほど嫌な光ね。」
「でしょ。」
瑠璃湖の中心で赤黒い光が強く大きくなっている。
「最初にシーナが見た時より。」
「大きくなってるし強くなってる。この辺りの悪気も来た時の何倍も濃いよ。」
「そう。」
雫が赤いイヤホンをオンにした。
「田野村さん。」
魔道緊急任務対策室ではボックスの前の大きなスクリーンにレッドネックの生命体反応数値がグラフになって表示されていた。
「どうだ。」
「各自スタンバイを始めています。あと4分ですよね。」
「あー。」
「やっぱり数値が上がってきていますね。」
雫が右手にスマホを取る。
「あー。」
「特に大きな変化はありませんか。」
「今のところはな。」
「わかりました。今回はサーバー、ホロアー、戦闘員の3部編成で戦います。各自が持ち場についた後、そちらに連絡を入れると思うので、それぞれのホローをお願いします。」
「了解した。Good luck。And nice fight。」
「Thanks。」
(かっこつけなんだから。そういうところが好きなんだけど。)
雫がイヤホンをオフにしてもう一度辺りをぐるっと見回す。
「雫Miraが呼んでる。」
雫が視線を落とすと池の近くでMiraが雫とシーナを見ていた。
「シーナありがとう。」
雫がMiraの前に着陸する。
「MSHMT準備できました。」
MSHMT本体は電源が入れられ、周りに付属機器が付いている。
「ノーエル局のMSHMTと宿舎に会ったMSHMTのそれぞれのパーツをなんとか組み合わせたから、結構無理をさせているんだ。」
「これが落ち着いたらすぐに新しいMSHMTを2台注文しないとね。」
「魔道石はほとんどなくなっていたので、グループのものをあてがっています。」
「そうそれでいいわ。そのために持ってきたんだし。」
雫が時計を見る。
「あと2分、各自状況報告。」
「こちらスマス、各自持ち場についたよ。レッドネックが出現後中の中からバリア魔法を展開予定。戦闘の長期化に備えてセルフスパイラルを回復するための魔道石の準備もできてる。」
「オーケー、スマスたちの活躍がないとこの辺りのお家に被害が出ちゃう。よろしくね。」
「任せて。」
「こちら糸奈。チコにサーバー側に僕が戦闘員側に集中して、レークが両方の状況を把握できるようにしているよ。戦闘で必要になったら声をかけて。」
「了解。かなり忙しくなると思うわ。よろしくね。」
「わかってる。」
「私たちもスタンバイできてるわ。さあ始まるわよ。いつも通りナイスな連係プレーで乗り切って、帰ってふかふかの布団で寝るわよ。」
「はい。」
「カウントダウン始めます。」
魔道緊急任務対策室のビックスクリーンで1時59分30秒前からカウントダウンが始まった。
「25、24。」
スマスたちがそれぞれの持ち場で魔法宣言の準備を始める。
深い森林の間に身をひそめるかのように凛と立つ。
「20、19。」
糸奈、チコ、レークがそれぞれ一定の距離を取ってサーバーと戦闘員たちを見ている。
「15、14。」
雫たちが1列に並び瑠璃湖を見つめる。
「あーそうだ。取り合えずレッドネックが出てきたらマニュアル通りまずはどういう攻撃が効いて、どういう攻撃をしてくるのか調べるからね。」
「今言わなくてもわかってるよ。」
シーナが思わず吹き出しそうになりながら答える。
「10、9、8。」
田野村がレッドネックの数値を現したモニターに視線を落とす。
「5、4、3、2、1。」
「さあかかってらっしゃい。」




