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ノーエルへの訪問(18)

 18

 (疲れたな。)

シディーたちの家から宿舎までは歩いて45分ほどかかる。

今20時ぐらいだから、雫が宿舎に到着するのは21時前だろう。

(すっかり遅くなっちゃった。夕食はいらないって連絡してあるし、帰りが遅くなることも伝えてあるから、怒られはしないと思うけど。)

ノーエルには街灯がない。

外を照らすのは満天の星々と、煌々と輝くお月様だけだ。

きちんと道を把握していないと確実に迷子になってしまう。

(まあ1本道だから迷子になることはないと思うけど。)

さすが8月だ。

夏のからっとした空気のせいで太陽が照り付けていないのに体の周りが暑く感じる。

(飛んで帰りたいところだけど、それは無理ね。明日一仕事ありそうだし、セルフスパイラルには余裕を持たせておかないと。それにしても今日の授業は結構きつかったなあ。サードウォールエンドレスとサードソードエンドレスを3回分使うなんて私もまた無理を。)

雫が歩きながら一瞬目を閉じた。

その時、強いオーラを感じてぱっと目を開ける。

(嘘。)

その場に立ち尽くし、辺りをきょろきょろ見回す。

(よっ。)

頭の中に聞こえてきた声と、雫の周りを覆う光景に、雫の表情がどんどん硬い物になっていく。

(いい趣味とは言えないわよ。)

雫の頭に声をかけたのはネオンダールだ。

(人の記憶を勝手に見て、それを再現するなんて。)

(いいじゃん、いいじゃん。おまえの記憶はすげえ楽しいからさ。面白いよなあ、ここにいるやつら、みんなすげえ暗い顔してるじゃん。みんなわざと笑ってるじゃん。見てて楽しいんだよ。)

雫が歯を食いしばって歩き出す。

(安心しろ。ちゃんと宿舎の前まで俺が送ってやるからさ。)

(この幻影を解く気は。)

(ないね、おまえが幻影を見ててくれないと、俺もおまえの記憶に入れねえからさ。それに、記憶を見せられるときのおまえの顔もいい感じなんだよなあ。俺の好み。)

雫がゆっくりと息を吐いて歩き続ける。

(怒るなって。)

(怒ってない。)

(声が怖いよ。)

(怒ってはないけど、非常に不快ではあるわね。)

(そんなにはっきり言っちゃってさ。)

雫が見ている幻影の景色は、雫が子供時代を過ごした木漏れ日本邸の食卓だった。

食卓はいくつもあって、和室、洋室、テラス、会食席・・・、数えだしたら切りがない。

今雫が見せられているのはこの中でも、最も広く、大切な時しか使われない、木漏れ日本邸で一番大きな会食席の一つだった。

和室になっていて、綺麗な装飾が施された大きな卓袱台を何百人という人が囲んでいる。

全員煌びやかな和装に身を包んでいた。

木漏れ日本邸ではこの間を紅玉の間と呼ぶ。

(おまえってさ、母親2人いるのか。)

(ええ。)

(他の子供はもっと母親多そうじゃん。なんでおまえは2人だけなの。)

(産みの親で1人、育ての親が私は変わらなかったからもう1人で2人。)

(すげえことなんだな。他の子供は何人も育ての親が変わってる。)

(ええ。)

ネオンダールは今雫が見ている幻影の記憶以外にも手を出しているようだ。

「雫。」

雫がぴたりと立ち止まり、声のした方を見る。

「雫何をしているの。早くおいでなさい。」

雫は心の中で呟いた。

(はいお母様、すぐにそちらへ伺います。)

呟いてからため息をつく。

(ってここで答えても聞こえないんだったわね。)

(そうだぜ。にしても、おまえがそんなに委縮するなんておもしれえ。)

雫が母親の方をもう一度見てから歩き出す。

(これなんの席だ。)

(そこまではわからないのね。)

(あー、さすがになあ。)

(木漏れ日家の定期会食会。)

(なにすんの。)

(木漏れ日本邸に各屋敷の主人夫妻とその子供たちが集まって、情報交換や、会議をするの。)

(そこに雫がいるってことは、雫の親は本邸の主人夫妻だったんだな。)

(ええ、木漏れ日本邸を取り仕切る最高位夫婦よ。)

(でもよー、その最高位夫婦が今頭をぺこぺこしてるのは誰だ。)

ネオンダールが言っているのは、今雫の親が深く頭を下げながら、常時機嫌を伺っている女性のことだ。

艶やかに着飾り、美しい表情を浮かべ、指の先一本まで上品に見せている。

微笑む口元はいつも潤んでいて、少し細めた瞼の奥からは明るくしかしとても深い輝きがこちらを刺す。

真っ黒で長く艶のある黒髪が女性の存在を際立たせている。

(あの人が今の木漏れ日家の当主よ。)

(名前は。)

(木漏れ日「春宮」様。)

(へえ、おまえが様を付けるのはなんでだ。そうやって呼ぶように刷り込まれたわけじゃないだろ。)

(そうね、私がこう呼びたくて呼んでいるだけ。)

(へえ。)

さっきから雫はまっすぐに一本道を歩き続けている。

雫の頭の中には幻影が映されているが、雫はひたすら自分がまっすぐだと思う方向へさまざまなものを突っ切りながら歩いていた。

雫が幻影に触れようとすれば、幻影をすり抜けてしまう。

それに雫はあまり幻影には深くは入り込まず、ただただ歩いている。

(なあ。)

(なに、飽きた。)

(いやいや、まだまだだよ。)

(じゃあなに。)

(なんでこの会におまえはいないの。おまえの記憶にあったから、この会の記憶を引っ張ってきて、おまえに幻影として見せてるわけだが、小さくて可愛かったであろうおまえの姿がない。)

(私はいないわよ。)

(いやいや可笑しいだろ。おまえがこの場にいないなら、どうしてこんなにこの光景を覚えてる。)

(さすがは記憶に首を突っ込める悪魔ってだけあるわね。)

(誉め言葉として受け取っておくよ。)

(さっき母親に呼ばれたでしょ。)

(あー。)

(あの時、私はこの部屋にいないの。)

(ならどこにいるんだよ。)

(この部屋の隣に子供たちだけを集めている部屋があってね。大人が会議をするときは子供たちを全員そこに入れて、時間を潰させるのよ。この時間は会議が終わって、子供たちがここに戻ってき始めているころでね、母親が子供部屋の障子のすぐ傍に座っているでしょう。だから、私に声をかけたのよ。)

(なんで出てこねえの。)

雫はしばらく答えなかった。

(障子の向こうからずっと大人たちの話を覗いていたから、これだけ正確な記憶が残ってるんでしょうね。今はずいぶんコントロールできるようになったけど、このころは見るものすべてを覚えてしまっていたから、大変だったわ。)

(いつになったらおまえは出てくるの。)

(もうすぐじゃない。)

雫は無感情にネオンダールに答える。

「雫。」

雫は予想通りと言うように、右側を見た。

さっきまで雫の親が挨拶をしていた女性が雫を呼んでいる。

「恥ずかしがっとらんでこっちにおいで。お姉ちゃんと一緒でもええから。」

雫が足を止めた。

(なになに、これ面白いところなの。)

(ねえネオンダール。)

(なになに。)

(あなたにまだ慈悲があって、面白半分に子の記憶を渡しに見せているのなら、少し黙っててくれない。)

(あーいいぜ。ギブアンドテークといこう。)

雫が立ち止まって幻影に見入る。

「春宮様、お呼びでしょうか。」

会食席の奥は縁側になっていて、子供部屋からこちらに来るなら縁側から入ってくる方がいい。

まだ7歳ぐらいの雫がゆっくりと春宮の隣まで歩いていく。

淡いピンク色で染められた着物を身に纏い、頭には輝く簪を付けている。

「あら、姉様は。」

「申し訳ありません。もうまもなくこちらに来ると思います。」

「そうか、さあ私の膝の上においで。」

畳の上に数枚の座布団を重ね、その上に座っている春宮が雫を抱き上げ、自分の膝の上に乗せる。

それを他の子供たちが冷たい視線でちらちらと見ている。

「雫。」

「はい。」

「朝のご挨拶の時に聞かせてくれた今日のテストはどうなったん。満点は取れた。」

「はい春宮様、ほっといたしました。」

「それはええ子やねえ。雫、雫はみんなのお手本になるんよ。みんなの中で一番頑張って、みんなを照らす星になるんやで。」

「はい春宮様、誠心誠意努力いたします。」

雫がじーっと2人の会話を聞いている。

幻影の傍観者としてけっしてこの世界に存在しないものとして、2人を見つめ続ける。

「お待たせいたしました。」

雫がぱっと春宮から縁側の方へ視線を動かす。

「「四月」。あんたもこっちにおいで。」

「はい、春宮様。」

四月と呼ばれたのは、青い着物に身を包んだ雫より少し年上の女の子だった。

「春宮様、申し訳ございません。雫が膝の上に乗せてほしいと駄々をこねたのでしょう。」

「違うよー。私がおいでって言ったん。雫はええ子に私の言うこと聞いてるだけやで。」

「そうでございましたか。失礼いたしました。」

四月が春宮の近くに座り、春宮と雫を見上げる。

「ですが、あまり長く雫を膝の上に置かれていては。」

「なに。」

春宮が満面の笑みで四月を見下ろす。

「いえ、なんでもありません。」

四月が顔を下に向けた。

雫が春宮の顔を見上げる。

「春宮様。」

「なに雫。」

「お姉様の近くに行きたいです。」

春宮の笑みが一層深くなる。

「ほんまにあんたらは仲がええねえ。ええよ、お姉ちゃんの隣に行き。」

「ありがとうございます。」

雫が春宮の膝から降り、四月の隣に正座をする。

「2人の可愛い姿が見れて嬉しいわ。また顔見せてや。」

「はい、失礼いたします。」

四月と雫が深く頭を下げ、春宮の前から離れる。

(お姉ちゃん。)

つい呟いてしまった雫の一言をネオンダールが聞き逃さなかった。

(四月ってお姉ちゃんなんだ。もしかして、これをゆっくり見るためにわざわざ止まって、俺を黙らせたの。)

雫がふっとしゃがみこんだ。

雫の視界から幻影が消える。

(あらら、解離反応が起きちゃったか。だめだよ、幻影に対して感情的になったら。現実の存在と、幻影の中の存在に齟齬が生じて現実の体に負荷がかかっちゃう。)

雫がしゃがみこんだまま顔を上げる。

(わかってる。)

(今日はもう無理かなあ。)

(そうね、これだけ長いこと見せてあげたんだから、今日はもう勘弁して。)

(いいよ、そうだお礼に何か気になってることがあるなら、教えてあげるよ。)

雫が立ち上がってゆっくり歩き始める。

(なら先週瑠璃湖で何があったか教えてくれる。)

(それはだめ。)

(なんで。)

(俺が教えたら楽しくないじゃん。)

(楽しい楽しくないなんてどうでもいいの。)

(君が自分で調べなよ。君の仲間がいい感じにそれぞれ情報を持ってるはずだからさ。)

(なら話を変えるわ。どうしてノーエル全体の悪気がこんなに強くなってるの。)

(その理由は、もうすぐ雫自身が理解するよ。)

(そう。)

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