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ノーエルへの訪問(16)

16

 「さあ後半戦を始めましょうか。」

「はーい。」

一通りお菓子とジュースを楽しんだ15時、雫の一言で三つ子たちの顔つきが変わる。

ここからが後半戦だ。

ここからは三つの系統の魔法の練習をする。

かなり遊び心のあった前半とは違い、今からはひたすらにスパルタな授業が始まる。

「今月は8月だからループ月か。」

3人が頷く。

雫の授業では1年を3か月ごとの4シーズンに分けて、実技を教える。

最初の月で3か月かけて習得する魔道のノーハウを叩き込み、2か月目にそれを定着させ、3か月目のテストでその魔法を使いこなせるようになったかを評価するというループを4回繰り返すのだ。

そして今日は8月だから、7月から始めた第3シーズンの2か月目に当たる。

「よしじゃあ攻撃系統魔法から始めようか。」

「はい。」

3人が横1列に並び、雫と向かい合う。

雫が実技の授業をできるのは月に1回この時間だけだから、三つ子たちに宿題をとにかくたくさん出す。

出来具合は自己申告制にして、三つ子たちの積極的な課題への取り組み方を養いつつ、それを真面目にやっていないとこの授業でさぼっていたことがすぐにばれるという仕組みにしてある。

「まずは攻撃系統魔法の正確性から確かめるわよ。」

雫がお腹に両手を当てて深く息を吸い込む。

「我は聖なる女神ステファシーの末裔にしてロイヤルブラットが一つ木漏れ日家の眷族なり。我の求めに従いて、今ここに新たな魔道の歴史を刻め。防衛魔法「サードウォールエンドレス」。」

雫の前に3色の的が現れた。

ナリーの前には青い的、ソフィーの前には緑の的、シディーの前には赤い的が出現し、ぱっと見た感じそれぞれ30枚ぐらいある。

「準備できたわよ。1から150までを5ずつに切ったから全30枚ずつ。自分の目の前にある色の的以外を破壊したら、1からやりなおされるから気を付けるように。」

「はーい。」

「では構え。」

雫から見て左にシディー、真ん中にソフィー、右にナリーが立っている。

3人それぞれが攻撃系統の魔法を放つ準備をする。

シディーは右手にスパイラルナイフを持ち、ソフィーは左手にスパイラルで作った球を握り、ナリーはスパイラルで作った長方形の板状のものを持つ。

「ソフィーとナリーはそこから攻撃できるわよね。」

「はい。」

「シディーは前に切り込んでくるつもり。」

シディーが大きく頷く。

「それならもう少し後ろに下がって。そうしないと、シディーのナイフが私に当たるから。」

「当たっても痛くないんでしょ。」

「だから絵が嫌なんだってば。」

「はいはい。」

シディーが3mほど後ろに下がる。

雫が3人を改めて見て頷いた。

「始め。」

3人が一斉に攻撃を始め、次々にスパイラルの的を破壊していく。

この課題は攻撃系統魔法の正確性を上げるという意味を持っている。

正確性とは何を刺すかというと魔法のレベルだ。

魔道による攻撃には1から上は無限大のレベルがある。

高い魔力を持てば持つほど高いレベルの魔道が使えるようになり、二十歳までの魔道士が使える魔道の平均的なレベルは、その魔道士の年齢掛ける2だ。

まあそんな平均なんてとうに通り越して、3人がこの7月から練習しているのは、レベル131から150の攻撃系統魔法だが。

(やっぱりきちんと宿題はやっているようね。)

雫が作ったスパイラルの的を3人が次々に破壊していく。

3人ともレベル85の的の辺りまできた。

楽勝というふうに破壊している。

(いい感じね。ここからが大事なんだけど。)

一定のレベルに到達することを目指して魔道を練習するのなら、そのレベルの時の魔道の威力を正確に体で覚えている必要がある。

そこで今やっている練習が役立つのだ。

雫が発動している30枚のスパイラルで作った的はそれぞれ1から5や36から40までの攻撃系統魔法でないと破壊できないように雫が作っている。

自然の原理に従うなら、防御・防衛系統魔法で作ったスパイラルの的より強いレベルの攻撃系統魔法を撃てば、攻撃系統魔法よりもレベルの低い防御・防衛系統魔法の的は破壊できる。

この自然の原理に抗って、雫が作っているのが、強すぎても弱すぎても破壊できないスパイラルの的だ。

雫が雫の師匠から受け継いだ魔法で正しいレベルを大観させるにはちょうどいい。

ただ、全90枚の的を同時に作成し、一定のレベルの時にしか破壊されないスパイラルバランスを作って持続させるのは、雫にとってもそこそこ神経をすり減らす仕事なので、この時は雫の口調がきつくなる。

「普段の宿題への取り組み方が顕著にでるわよ。頑張って。」

3人とも120ぐらいまでの攻撃系統魔法なら正確かつ素早く撃つことができている。

「シディー、今シディーが狙ってるのは、106から110でしょ。それは強すぎる。ソフィーは弱いの。111から115にレベルを合わせるように集中して。ナリー頑張ってその1枚で100よ。」

普段三つ子たちに出している宿題の中にローテイションで攻撃系統魔法を出す子と防御・防衛系統魔法を出す子と監視役をする子をぐるぐる回す「サイクルトレーニング」がある。

普段は監視役の子がレベル計測器を使ってあまりにかけ離れているとそれを注意するのだが、この時間はそれを雫が3人分一斉にやってしまうから、計測器は使わない。

普段計測器に頼りすぎていると、ここで体がレベルを覚えていない付けが回ってくるのだ。

今日一番早く131の的に到着したのはシディーだった。

シディーが一度体制を立て直す。

「ふっ。」

シディーがナイフ片手に的目掛けて走って行く。

的の大きさは半径30cmぐらいで破壊し応えがある。

シディーの掛け声と共に、ナイフが上から下に向かって滑り降り、的を真っ二つに割ろうとする。

しかし、波打つような音とともにシディーが後ろに跳ね返った。

手に持っていたスパイラルナイフが消滅し、シディーが慌てて尻もちを搗く。

「くっそう。」

シディーが立ち上がって的をじーっと睨みながら、小さな小さな声で呟いた。

「シディー強すぎるのよ。」

「わかってる。」

シディーがもう一度スパイラルナイフを作り、的目掛けて走って行く。

「ふっ。」

次の攻撃は的を真っ二つに粉砕した。

「よし。」

シディーがガッツポーズをしている横でソフィーが141の的目掛けてスパイラルの球を投げつける。

ソフィーが投げたスパイラルの球は的に当たってきらきらと弾けた。

ソフィーが長い息を吐いて目を閉じる。

「我の求めに応じ、開花せよ。」

ソフィーが右手を前に出し、掌に強いスパイラル結晶を作る。

先のとんがった菱形のスパイラル結晶だ。

ソフィーの右手が的の方へ向けられ、スパイラル結晶が的目掛けて一直線に飛んでいく。

「よし。」

という明るい声とともに、スパイラル結晶が的の中央を貫通し、的がきらきらと弾けた。

(ナリーは。)

雫がナリーに視線を向ける。

まだ126の的で悪戦苦闘していて、その顔に珍しくいらだちの色が伺える。

「ナリー。」

雫が声を掛けようと下その時だった。

「魔道を司る者よ。」

(詠唱、何をしてくれるのかしら。)

雫が声をかけるのをやめた。

「「アイスブレークインフィニティー」。」

ナリーから白と水色が混じったような強い光が放出される。

ソフィーとシディーが自分たちの課題の手を止めてナリーを見る。

「ナリーやめなさい。」

雫が言う頃にはナリーの魔道が発動していた。

ナリーの前に会った数枚の的があっという間に砕け散る。

その後、ナリーの体を覆っていた光が徐々に弱まって行き、ナリーがしゃがみこんだ。

「ナリー。」

雫たちがナリーの方へ駆けていく。

「大丈夫。」

真っ先に雫がナリーの横にしゃがんだ。

「ごめんなさい。」

俯いたまま小さな声でナリーが雫に謝った。

「まったくもう。怪我は。」

ナリーが首を横に振る。

「あれは攻撃系統じゃないから、反則よ。もう一回1からやり直し。」

「はい。」

「それに、アイスブレークインフィニティーはそこそこ危険な魔道なのよ。今回は的以外に影響を与えなかったから、ぎりぎり許すけど注意するように。」

「はい。」

ナリーがずっと俯いている。

(やっぱり少し情緒不安定ね。3人の中では一番スパイラルを暴走させやすいし、3人の中で一番精神的に強くなってほしいのはナリーかな。)

雫が立ち上がろうとすると、ソフィーとシディーが同時に雫に声をかけた。

「先生。」

「なあに。」

「私たちも1からやり直すよ。」

「私も。」

ナリーがふっと顔を上げる。

「言ったわね。後ろには下がらせないわよ。」

「うん。」

2人が頷いた。

「私たちはいつも一緒だから。」

ソフィーがナリーの左手を取って、シディーがナリーの右手を取る。

「わかったわ。なら早く始めましょう。授業はこれだけじゃないんだから。」

「はい。」

ソフィーとシディーに支えられてナリーが立ち上がる。

「そうだナリー。」

「はい。」

「さっきのアイスブレークインフィニティー、なかなかいい線いってたわよ。」

「えっ。」

「教えてないのによく自力で習得したわね。今度シングルスで私に使ってよ。どうやって対応するか考えておくから。」

ナリーが少し微笑んだ。

アイスブレークインフィニティーは対象物の温度を一気に下げる魔道だ。

さっきナリーは、アイスブレークインフィニティーをスパイラルでできた的に向けて発射し、スパイラルの温度を急激に下げ、結晶化を無効化したのだ。

「もう一度行くわよ。」

「はい。」

 「お疲れ。交代ね。」

ナリーだけでなくシディーとソフィーもほぼほぼ2セットやった後、3人に息をつく暇も与えず、雫が体制を変える。

次は3人が一斉に防御・防衛系統魔法を張り、雫が「サードソードエンドレス」を使う。

サードソードエンドレスはサードウォールエンドレスの攻撃系統魔法バージョンだと思っていい。

「行くわよ。1から5。」

3人が一斉に防御・防衛系統魔法の的を作る。

「次は116から120。」

雫の撃った菱形のスパイラル結晶がナリーの的に跳ね返った。

「ナリー弱いわよ。116まで上げなさい。」

「はい。」

「次121から125。」

次はシディーの的に跳ね返った。

「シディー強すぎるわよ。もう少し下げて。」

「はーい。」

防御・防衛系統魔法の到達レベル目標も130から150だ。

来月には完成度を図るテストをする。

その時には一度も雫のサードソードエンドレスを跳ね返すことなく、ノーミスでテストが終わるようにしておかないといけない。

「以上。」

雫の声に3人がへたりこむ。

なんだかんだでさっきから2時間立ちっぱなしだった。

「さあ次行くわよ。急がないと晩御飯食べそこなっちゃう。」

「先生待って。」

「水分補給。」

雫が3人を見る。

「それもだけど疲れたから。」

「何言ってるの。これからが大変なんでしょ。」

雫が嬉しそうに笑う。

まあいつものことなのだが。

「しっかり水分摂って戻ってらっしゃい。」

「はーい。」

3人がしっかり水分を摂って、雫の前で1列に並ぶ。

「ソフィーはいつもより疲れてるわね。そんなにきつかった。」

「いやきついというか、暑いの。」

「なるほど。」

雫がナリーを見る。

「ナリー、ナリーは今からやる方が好きでしょう。さっきやったようなことはここでやりたい放題すべきなの。遠慮なくがんがんやりなさい。」

ナリーが大きく頷く。

「よろしい。じゃあ始めましょう。」

雫の声で3人が目を閉じ、腹式呼吸を始める。

3人の体の周りを薄い光が包み始める。

「行くわよー。まずは「火」。」

3人が右手を前に出して掌を上に向ける。

そこにオレンジ色をしたスパイラルの球ができていく。

しばらく雫がそれぞれの光の玉をまっすぐ見ていた。

「オーケー、降ろして。次は水。」

3人が一度手を降ろし、もう一度さっきと同じ姿勢になると、次は水色の光の玉が掌の上に現れた。

この後も雫は同じようなことを続け、風、土、草、命、空、光、闇のスパイラルの球を3人に作らせた。

「はい、お疲れ様。」

3人が目を開ける。

これにどういう意味があるかというと。

「ナリーの順応性がまた上がってるわね。素敵なことよ。ソフィーは草、風、命のスパイラルの成長が見られたわ。シディーは相変わらずノーマルね。もう少し練習を続ければ、どれかは上がると思うから頑張って。」

「はーい。」

3人が頷く。

セルフスパイラルというのは、体の中にあるときは同じ成分で、それを外に出すときに自分が望むスパイラルの種類に変化させなければならない。

これをスパイラル操作という。

スパイラル操作が上手になればなるほど使えるその他の系統の魔道のバリエーションが増えるし、自分と各種のスパイラルとの相性の良し悪しもわかってくる。

これを毎日宿題として3人にやらせ、その集大成をこの授業で確認しながら、雫は3人の魔道士としての成長を見ていた。

 「いい感じね。どの宿題もきちんとやっているのがよくわかったわ。とっても優秀なあなたたちにご褒美をあげないとね。」

3人が一斉に雫を怪しい物を見るような目で見た。

「なによ。」

「先生がご褒美って言葉を使う時は大抵いいことないの。」

シディーがどんどん眉を顰める。

「それはひどいわね。まあ合ってるけど。さすがに6年も付き合ってるとよくわかってるじゃない。」

雫が指をくるっと回した。

「サイクルトレーニングからここまでをもう1セットやるわよ。」

「ええー。」

「文句言わない。」

こうして今月の雫の授業は続いた。

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