ノーエルへの訪問(15)
15
木陰に行くとここだけかなり気温が下がっていた。
「3人で交代しながらここまで涼しくしたんだよ。」
「一定空間の気温を下げてそれを持続させる。頑張ってるじゃない。それなら私も少しお手伝いするわね。」
さあ、ここからは三つ子たちがかなり楽しみにしている時間だ。
私は一定空間の気温を下げる「ダウンタイン」を使ってから、鞄を開ける。
私たちはシーツの上で円になり、三つ子たちが私が鞄から出す物を待っている。
「はいどうぞ。」
私はジュースの入ったペットと紙袋をシーツに置いた。
紙袋をシディーが膝の上に乗せ、ソフィーとナリーと一緒に中身を覗き込む。
「おー。」
「美味しそう。」
「毎月これが楽しみで。」
さっきまで少ししょんぼりしていたナリーの顔に笑顔が戻る。
「今日も1人四っつずつ、各種1種類ずつ食べれるように買ってきたわよ。さあいただきましょう。」
毎月この子たちに授業をするときは、午後の時間すべてを使って夜近くまで実技練習をする。
だから、こうして授業の切りのいいところでおやつの時間を作るのだ。
そして、甘いものが大好きな三つ子ちゃんたちのために毎月そこそこ有名なお菓子店でこの子たちが好きそうなお菓子を買いそろえジュースと一緒に持って来る。
今日は季節的にプリンやケーキといった足の速い物は避け、焼き菓子を中心に4種類取り揃えてきた。
3人とも好き嫌いはあまりないが特に大好きな物ならある。
シディーはプレーンやノーマル味が好き、ソフィーはバニラやホワイトチョコが好き、ナリーはフルーツ系が好き。
それぞれの好きな味を3種類ずつと私が好きでこの辺りではあまり食べられない味付けのお菓子を一つ買って来るようにしている。
ジュースはその時の気分で買ってくる。
「今日は焼き菓子を中心に買ってきたわよ。ジュースはヨーグルト系の味付けがされてるお水ですって。」
紙コップにジュースを入れ、4種類ずつお菓子を渡せば4人で30分から長ければ1時間ほどおしゃべりができる小さなティーパーティーの時間だ。
「いただきます。」
「いただきまーす。」
外は暑いがここだけはかなり涼しく居心地がいい。
これからする授業の後半戦の準備も兼ねて、少し休憩しつつおしゃべりは止まることがない。
「先生。」
「なあにシディー。」
「昨日ね。」
「あっ、それ私が話すの。」
「ちょっと私もそれ話したい。」
「何が会ったの。」
「あのねあのね。」
「シディー。」
「ソフィーもよ。」
「はいはい、3人で話して。」
3人が顔を見合わせて頷いた。
「昨日授業で算数のテストが返ってきたの。それがねナリー満点だったんだよ。」
とシディーが教えてくれた。
「ナリーすごいじゃない。魔道座学だけじゃなくて、普通の勉強もよくできるのね。」
「先生シディーはね昨日体育で跳び箱5段飛べたんだよ。」
とソフィーが教えてくれた。
「へえシディーはやっぱり運動能力が高いのね。」
「先生昨日国語で読書感想文が返ってきたの。それでねソフィーのが学習韻のコンクールに出ることになったの。」
ナリーが教えてくれた。
「ソフィーは何を読んだの。」
「魔法が出てくるお話。」
「そうソフィーが使う言葉は綺麗だものねえ。」
話しの話題はさまざまだ。
授業のこと、家のこと、友人関係のこと、魔道のこと、そしてたまにいやしょっちゅう私のことも聞かれる。
今日も定番の質問がソフィーの口から飛び出した。
「先生。」
「なあにソフィー。」
「先生彼氏できた。」
「できないわよ。先月もいないって言ったでしょ。そんなに簡単にできないのよ。」
「先生綺麗だから彼氏なんていっぱいいると思ってた。」
「シディーそれは問題発言よ。彼氏が何人もいたら腹黒い女じゃない。」
ソフィーに指摘されてシディーたちが笑う。
「シディーは私にそういうイメージを持ってるのね。なるほどなるほど。」
「違うって。」
「先生。」
「なにナリー。」
「さっきの男の子に先生が告白したら、絶対に結ばれるよ。」
「さっきの男の子って踊り場で丸まってた子のことよね。」
3人が頷く。
ここでいつもどおり突っ込んでそれをこの子たちがあの男の子に言ったらあの男の子が傷ついてしまいそうなので、私は言葉を濁すことにした。
「今は恋人を作りたいって思わないの。」
「なかなかできないからとうとう諦めたの。」
「違うわよ。」
少し感情を込めて反論した後、私は余裕を含んだ微笑みを見せる。
「今の私の恋人は仕事なの。」
「ええ。」
3人がハモる。
「あなたたちも仕事を始めたらわかるわよ。どこかで一回仕事にのめりこみたくなる時期がくるから。」
この子たちと笑っているこの時間が本当に大好きで、できることなら毎週でもノーエルに足を運びたいぐらいだ。
「先生もっとノーエルに来てくれたらこうやっていっぱいお話できるのに。」
「そうなのよソフィー。本当はそうしたいのだけど、スケジュール調整がうまくいかなくて。」
「先生が教えてるのって私たちだけなんでしょ。」
「そうよ、ソフィー。私じゃないとあなたたちは教えられないから。」
「先生がオールSSだから。」
「そう、ここに来る魔道良の先生たちの中でオールSSは私だけだから。」
「先生すごーい。」
「勝てないわけだよ。」
「オールSSの先生に教えてもらえるって嬉しいよね。」
私は頷いた。
「私もあなたたちを教えられて幸せよ。」
三つ子たちの実技担当の話を聞いたのはだいたい6年ぐらい前。
つまり、私がグループリーダーをするこのグループを作ったばかりのころだった。
毎日ひっしになって慣れない仕事をこなしながら、やっとこのグループはどんな仕事をこなしていけるのか、グループメートたちの愛称はどうかといったことが掴めはじめていた。
このころ考えていたのは、どうすればグループの魔道良内ランキングを上げられるか、どうすればこの子たちの才能をもっと開花させ、新しい一面を見つけることができるのかといったことだった。
いつもそうだが、うちのグループはとにかく若い。
グループができた当初は最も年上のスマスが27歳、最年少のメーラは少額1年生だったのだ。
所属するグループメートの半数が学生で、まだまだ伸びしろの多いグループメートたちにはさまざまな仕事の形を経験させ、実践力を身に着けると同時に自分が楽しいと思える、向いていると思える仕事内容を探す機会をあげたかった。
「雫様。」
「なに。」
上手が私に電話を繋いだことが事の始まり。
「もしもし。」
「はい。」
「わたくし魔道良2310室ノーエル担当局の「神町」と申します。木漏れ日雫様でいらっしゃいますか。」
「はい。」
「本日はノーエル支援部隊への加入のお電話をさせていただきました。」
神町さんはとてもはっきりした人だと思った。
普通は勧誘の電話をかけていきなり勧誘なんて口にしない。
そのころはまだ時間もあったから、私はゆっくりと話を聞く余裕があった。
「なるほど勧誘のお電話ですね。うちのグループに声をかけてくださってありがとうございます。お話を詳しく聞かせてください。よければそちらまで伺いますよ。」
「そんな、お願いしているのはこちらですから、わたくしがそちらに伺います。」
「ありがとうございます。ただ私のグループルームはずいぶん散らかってるので、そうですねえ、どこかで待ち合わせをしてお話を聞かせていただいてもよろしいですか。」
「わかりました。」
こうして、西棟の15階にあるミニテラスで待ち合わせ私と神町さんはお茶を飲み、ケーキを食べながら話していた。
グループルームが汚れていることは否定のしようがない事実だったが、それよりもプライベートを大切にしたがるグループメートが多かったから、あえてグループルームには神町さんを入れなかったというのが本音だ。
あのころは今以上に他人に対して警戒心を持っていたり、他人嫌いだったり、恥ずかしがりだったりするグループメートが多かった。
あれを思えばやはり6年でずいぶん成長したものだ。
「まずノーエルについて簡単にご説明しますね。」
神町さんから、ノーエルはどういう土地なのか、どうして今魔道良が支援しているのか、その支援内容にはどういうものがあるかなどということを聞いた。
「ありがとうございます。よくわかりました。自然豊かな素敵な場所なんですね。」
「そうなんです。とっても素敵な場所なんですよ。たしかにナチュラルスパイラルが少ないせいで日常生活も魔道なしではやっていけませんが。」
神町さんは本当にノーエルが好きで、ノーエルのために何かできることはないかと探求しつづけている人だということが話し始めて10分で伝わってきた。
(この人は信頼していい。)
「それで今回はたしかノーエルの支援部隊への勧誘でしたよね。」
「はい。」
「こちらでは、前向きに検討しています。勤務にかんする具体的なお話になるのですが、事前に調べた情報によれば、ノーマルワークに分類されていてかつウェルフェアポイントの加算もされると聞きました。」
「そうです。」
「もちろんポイント目当てでお仕事を引き受けてただノーエルに行くだけなんてことはしません。お約束します。それでもウェルフェアポイントが入ってくるのは、うちのグループとしては非常にありがたいことなんです。それに、福祉的な活動は学生の多いうちのグループにとって、教育の観点から積極的に取り入れていきたいと思っていました。大自然の中で過ごす時間は子供たちに限らず私たち大人の心も癒してくれますし。」
神町さんの表情がどんどん明るくなっていくのをすぐ横で感じた。
「そうなんです。本当に大自然が広がっていて、かなり気持ちいいですよ。」
私は頷いて話を次に進めた。
「うちの班がノーエルに行ったら、具体的にはどんな勤務内容になるか教えてもらってもいいですか。」
「はい、わかりました。」
神町さんが私にタブレットを見せながら説明を始めた。
「ノーエルでの支援内容は多岐にわたりますが、基本的には、持っている免許や魔道力を基準にしながら、できるだけみなさん1人1人が行いやすい勤務内容を私たちとグループのみなさんとで話し合います。もちろん途中で変えていただくことも可能です。」
「はい。」
「それでですね。」
神町さんがここで止まった。
「木漏れ日さんは魔道良の所属年数が長いですから、回りくどいことはやめますね。」
「はい。」
(何が飛び出すのだろう。)
「私が木漏れ日さんのグループに声をかけた理由について説明させていただきます。そうすれば、話の筋を掴んでいただけると思うので。」
「はい。」
「率直に申し上げます。ノーエルは今木漏れ日さんの持つ魔道指導専門官実技資格オールSSを必要としているんです。」
私は目を見開いた。
「プロフィールを見たんです。驚きました。オールSSなんて初めて見ましたから。事実ですよね。」
隠す必要はどこにもなかった。
「はい、実技のオールSSの他にも座学も少しなら教えられます。」
「少しなんてレベルじゃなかったですよ。座学も教えられる教科がたくさんあって驚きました。」
「とんでもありません。」
少し頭をかいて笑うしかなかった。
「実技免許オールSSを持っている魔道指導専門官なんてめったにいません。ノーエルの支援部隊に所属してくださっている魔道指導専門官のみなさんの中にもいなくて。」
「はい。」
「今ノーエルに実技免許オールSSを持っている魔道指導専門官でないと魔道実技を教えられない子供たちがいるんです。」
「えっ。」
オールSSを持っていないと教えられないということはかなり魔道力が高い生徒ということだ。
「この4月から学習韻の幼稚部に上がってきた子供たちの中にオールSSを持つ魔道指導専門官でないと実技の授業ができない子たちがいるんです。」
「幼稚園生ですか。てっきり中高生だと思っていました。」
正直に驚いた。
幼稚園生をオールSSが教える、いや幼稚園生なのにオールSSでないと魔道実技が教えられない生徒だなんて。
「はい、これを見てもらっていいですか。」
神町さんがタブレットの画面を変える。
「その子たちの魔道検査のデータです。」
私はタブレットを借りてじっくりモニターの中身を頭に入れる。
「嘘。」
まず口から出たのはこの一言だった。
「これって本当に3歳児のデータですか。」
「はい。」
「規格外ですよ。場合によっては命の危険も。」
「ええ、この子たち自身の命の危険はもちろんですが、既に時折暴走を起こしかけて周りのものを壊してしまったり、自覚なく人を傷つけそうになっってしまったりすることがあるそうで。この子たちが生まれてから3年間なんとかしてオールSSの魔道指導専門官かそれに匹敵する魔道士の方を探していたのですが、なかなか見つからなくて。」
「3年間探していたということは、この子たちは産まれたときから規格外だったんですね。」
「はい。」
「なるほど。それで、私がここに移動してきたと。」
「はい。」
私は少し笑ってしまった。
「あのー、どうかしましたか。」
「いえ、オールSSの資格を持っているのは、私と室長と「愛子」さんの3人だけですもんね。あの2人には頼めなくて当然ですよ。」
「はい、お2人とも忙しい方ですから。」
私はポットから紅茶をカップに注ぐ。
「つまり神町さんのお目当ては私だけということですか。」
わざとらしい質問だった。
これでyesが返って来るとも思っていない。
少しだけ神町さんの焦った顔が見たかった。
「いえいえとんでもないです。もしそうなら、最初から木漏れ日さんに死かオファーしませんよ。木漏れ日さんのグループのみなさんはそれぞれ医学に長けていたり、とても優しかったり、魔道力が高かったり、素敵な方ばかりでノーエルにぜひ行っていただきたいって思ったんです。」
なるほど、大筋は私がメインだが、うちのグループメートたちのことを高く評価してくれているらしい。
悪い話ではない。
「わかりました。ぜひお力にならせてください。」
神町さんの顔が桜色になる。
「ありがとうございます。では手続きを始めさせてもらいますね。」
「はい。」
それからはあっという間だった。
グループメートにこのことを伝え、説明し、承諾を得て、手続きを済ませ、初めてノーエルに行く日を決めた。
「雫様お時間です。」
「はーい。」
ノーエルに向かう前日、私は神町さんのオフィスを尋ねた。
「失礼します。」
「あー木漏れ日さんすみません。」
「いえ、私がお願いしましたから。」
その日は私が教える三つ子たちのことを聞くために神町さんのオフィスにいた。
「今資料を用意しますから、そこにかけていてください。」
「わかりました。」
この前資料を見せてもらって以来三つ子たちのことは聞いていない。
「お伝えするのが遅くなって申し訳ありませんでした。一応守秘義務があって、担当するときちんと決まってから出ないとお伝えできなかったんです。」
「わかってますよ。大丈夫です。」
神町さんが私にUSBを差し出した。
「これにこの子たちのデータが入っています。データをご自分のパソコンに移行していただいてかまいませんよ。」
「はい。」
USBを受け取って、持ってきていたノート型パソコンにデータを移し替える。
「三つ子ちゃんなんですね。かわいい。」
それぞれの顔写真は毎年更新され、以前の写真も見ることができる。
「赤ちゃんの時からかわいいし、そっくりですね。」
「ですよね。本当にかわいくて。」
私は一通りこの子たちに癒されてから、本題に移った。
「すみません。話が逸れました。今回はどうして実技の授業が私でないといけないのかの確認に伺いました。」
「承知しています。ご説明しますね。」
神町さんがこの前私に見せたデータをもう一度私に見せる。
「彼女たちが抱えるオールSSを持っている木漏れ日先生でないと教えられない理由というのは、セルフスパイラル保有量の多さにあります。」
私は無言で頷く。
「セルフスパイラル保有量の測定検査でこの数値が出た以上規定に乗っ取りオールSSの魔道指導専門官でないとこの子たちの実技の指導はできません。それに。」
「授業以前にいつセルフスパイラルが暴走するかもわかりませんし、この年の子供たちはまだ自分の力のコントロールがうまくできませんから、まずはそこから教えてあげないといけません。感情の高ぶりなんかでセルフスパイラルが暴走してしまうことだってありますからね。」
神町さんが頷いた。
「ちなみにこういった子供を指導されたご経験は。」
私は苦笑いを浮かべて首を横に振るしかなかった。
「すみません。ありませんね。私の持っている魔道指導専門官資格はペーパー的な要素が強くて、実践をしたことはないんです。ですから、この子たちが私の初めての教え子になるんですよ。」
私が魔道士専門学校で非常勤講師をやりはじめたのはこれから半年後のことだったのだ。
「わかりました。全力でお力になるので、何かあったらいつでもおっしゃってください。」
「ありがとうございます。そう言っていただけると心強いです。」
こうしてこの三つ子を見るようになって今に至るのだ。
初めの時期は本当に大変だった。
子供に魔道を教えたことだってほぼほぼ初めてだというのに、いきなり3人それも息の合った三つ子でしかもスパイラル保有量が1人で民家1軒ぐらいなら吹き飛ばせるぐらいあるという。
まずは3人の観察に徹し、私に対する恐怖心を亡くしてもらうところから始めた。
それからセルフスパイラルの発散をさせつつ、少しずつ魔道の指導もした。
あっという間の6年だった。
とにかくこの子たちがかわいくて毎回会うのが本当に楽しみで。
なんて記憶を思い出していれば、この子たちに呼び戻される。




