ノーエルへの訪問(14)
14
クシーの教材に目を通して、自分の席に戻った後私は寒月先生から3人の引継ぎを受けた。
「みんな元気です。この前来てもらってから今日まで大きなトラブルもありませんでしたしスパイラルの暴走もなかったと思います。」
「よかったです。課題の方もきちんとやってるみたいですよ。」
「そうですか。それはよかったです。でも自己申告なんですよね。」
「そうですが、私に嘘をついたらどんな目に会うか彼女たちはよく理解してますから。」
私が微笑むと寒月先生も頷いた。
「そうですね。今日ですがどんな感じですか。」
「いつもどおり夕方までみっちり実技の練習をして自宅まで送り届けようと思っています。授業の報告書はできるだけ早く作成していつものようにお送りしますね。」
「お願いします。」
「はい。トラブルに限らず何かありましたか。」
「いえ特にはないと思います。ミスミからは3人とも今日をとても楽しみにしていたとしか聞いていませんし。」
「嬉しいです。」
「ところで木漏れ日先生、今日はいつもとお洋服が違いますね。」
私は自分の服を一瞬見下ろして苦笑いを浮かべるしかなかった。
「昨日の仕事で着ていた服なんです。いろいろあって着替える時間がなくて。」
「そうですか。雰囲気がずいぶん変わりますね。」
「そうなんですかねえ。」
いつもと違って答えにまごつく私を見るのが楽しいらしく、寒月先生はしばらくにこにこしていた。
「では今日もお願いします。」
「はい。」
部屋を出て行く寒月先生を見送ってから、私はパソコンに目を落とした。
授業が始まるまでにノーエルの仕事に限らずできるところまで進めておきたい。
(少しは進めておかないと上手に怒られるわ。)
いつも3人が給食を食べ終えたぐらいに教室へ迎えに行き一緒に実技の練習ができる開けた場所まで行く。
場所は3人に決めさせていて最近のお気に入りは瑠璃湖周辺だ。
あそこは比較的ナチュラルスパイラルも豊富で、自然も豊かで人工物も少ないため、実技の練習にはちょうどいい。
それに普通の少額3年生の魔道実技の授業より激しいことをするから、間違って魔道が暴走するなんてことになってもあそこならあまり心配はない。
12時半前、部屋の扉がノックされた。
「どうぞ。」
私が答えると扉が開いてミスミ先生が顔を覗かせた。
「こんにちは。」
「ミスミ先生こんにちは。」
「あの子たちの引継ぎを。」
少し息を切らしながらミスミ先生が部屋に入ってきた。
「お願いします。」
ミスミ先生が私の前に座って息を整える。
「先生ここに。」
私は先生の顔を見て、笑うのをこらえながら自分の唇の上をつんつんとした。
ミスミ先生が釣られて自分のそこを触りはっとする。
「嫌だ、恥ずかしい。」
「給食を急いで食べてきてくださったんですね。ありがとうございます。」
「いえ、今日はたまたま他の先生の都合で3時間目と4時間目に授業が入ってしまったんです。だから、引継ぎもこんなにばたばたになってしまって。」
「かまいませんよ。寒月先生からもお話は聞いていますし。」
「よかったです。お話したいと思っていた内容は寒月に伝えていたものでほとんどなので。」
「わかりました。では今日も荷物をまとめて学校を出ます。終わりの買いに戻ってこれないと思いますが。」
「はい、そのつもりであの子たちには既に連絡事項を伝えてありますから、大丈夫です。今日もみっちり教えてあげてください。」
「はい任せてください。」
「さてと。」
時計を見る。
12時半を回った。
(そろそろ行こうか。)
私はパソコンなどもろもろをすべて鞄にしまい席を立つ。
「行ってきます。5時間目頑張って。」
「行ってらっしゃい。」
クシーにエールを送り、私は3人の待つ教室に向かう。
そろそろ給食を食べ終えただろう。
学習韻の廊下はいつも賑やかだ。
特に、給食の時間帯は教室でおしゃべりをする子供たちの声や、校庭に出て遊ぶ子供たちの声で学習韻中が賑やかになる。
(あら。)
教室までに階段を降りるのだが、階段の踊り場で一風変わったものを見つけた。
(寝てる。それとも遊んでる。それともそれとも倒れてる。)
私が見つけたのは、踊り場の角っこでまるまって横になっている児童。
ぴくりとも動かずずっところんとしている。
(声をかけるべきかなあ。)
私は少しずつまるまっている児童に近づく。
体のどこかの調子が悪くて蹲っているなら、呻き声だって聞こえるはずだが、何も聞こえてこない。
(放っておくかなあ。いやそういうわけにもいかないか。)
私はしゃがんで児童の肩をトントンと叩いた。
「もしもーし。」
私が耳元で少し大きめの声を出す。
「こんにちはー、寝てますかあ。」
児童は男子、年齢はおそらく10歳未満、もしかしたら三つ子と同級生化もしれない。
「あのー、大丈夫。」
返事がない。
でも体温も感じるし呼吸もしてる。
あまり時間もないので、先生を見かけたらこのことを伝えることにした。
私が立ち上がって階段を降りようとした時だった。
後ろでもぞっという音がして慌てて振り返るとさっきまでまるまっていた男の子がこちらをじーっと見ている。
あまりに目力が強くて私は立ち止まる。
「おはよう。」
取りあえず手を振るが男の子はそのまま動かない。
「大丈夫。体調が悪いわけではなさそうね。」
男の子がこくりと頷いた。
「だったら私は行くけど平気。」
男の子がまたこくんと頷く。
「そうじゃあまたね。あんまりこういうところで寝ていると他の人に蹴られちゃうかもしれないから、気を付けて。」
私は男の子に手を振って階段を降りた。
階段を降りて廊下をまっすぐ進み四つ目の教室に三つ子たちがいる。
扉が半分開いていたからそこから教室の中を覗き3人を確認した。
(いたいた。)
私は扉をノックして教室に入る。
教室に10人前後いた児童たちが一瞬私を見てまた目をそらす。
けれど目をそらさずにこにこしている児童が3人。
「シディー、ソフィー、ナリーこんにちは。」
私は声を掛けながら教室の奥で机を三つくっつけておしゃべりをしていた3人の前に行く。
「先生こんにちは。」
「よっ。」
「もっと先生に礼儀を尽くしなさい。」
「別に礼儀はいらないけど。」
3人の前で止まり1人1人の顔を見る。
「シディー前髪切った。」
「せいかーい。」
「ソフィーのワンピースは新しいでしょ。」
「うん。」
「ナリーはシュシュを変えたのね。」
「はい。」
「先生すごーい。」
「観察力には自信があるの。さあもう給食は食べたわね。」
「うん。」
「食後の休憩ができてるならさっそく行きましょうか。」
「はい。」
「先生。」
「なあにソフィー。」
「えっとね、あのね。」
「うん。」
シディーとナリーと一緒にソフィーを見る。
「先生は今日のお洋服かわいいよ。」
私は少し笑って頷く。
「ありがとう嬉しいわ。」
「たしかに今日かわいいなあ。」
「どうしていつもとお洋服が違うの。」
「昨日お仕事で着てた服なの。忙しくて着替える時間がなかったのよ。あっ、もちろんお風呂には入ってるわよ。」
3人が大笑いする。
「そんなこと疑ってないって。」
「おかしいの。」
「もう。」
私は笑いながら教室に掛けられた時計を見る。
「さあ行けそう。」
「うん。」
「準備できてるよ。」
「万全です。」
3人がリュックを背負う。
「じゃあ行きましょうか。」
3人と教室を出て下駄箱に向かう途中降りてきた階段が視界に入り私は踊り場を見た。
「先生どうしたの。」
「いやさっき階段を降りてきたんだけど、あそこで丸まってる男の子がいたの。」
「えっ。」
3人が一斉に声をあげる。
「なに。」
私は首をかしげる。
3人の驚き方には何か裏があるように感じた。
「先生何もされなかった。」
「ええ、特には何も。」
「あの子本当にやったんだ。」
ソフィーが驚いたようにつぶやいた。
「あの子って、彼のこと知ってるの。」
「うん、クラスメートなの。」
「そっか、やっぱりあなたたちと同い年だったのね。あーやって踊り場で横になるのは彼のマイブームなのかしらねえ。」
「先生に恋してるんだって。」
シディーのセリフに私は表情を崩した。
「恋、恋かあ。かわいい年ごろね。何先生が好きなの。やっぱり担任のミスミ先生かなあ。」
「先生。」
ナリーが語尾を上げ、首をかしげる。
話しに食い違いがあるようだ。
「なに、私何か間違ってる。」
「あの子が好きなのは木漏れ日先生だよ。」
「はっ。」
私の足が止まる。
少し先を歩いていた3人が振り返ってくすくす笑う。
「先生お顔赤いよ。」
「赤くない。」
「今の私のセリフでわからなかったの。」
「わからないに決まってるでしょ。ちゃんと木漏れ日先生って言ってくれないと。」
「先生かわいい。」
「かわいくない。」
下駄箱で靴を履き替えて外に出る。
「あの子先生のこと好きなんだよ。でもものすごく恥ずかしがり屋で、あまり人とお話できないの。だからなんとか先生に声をかけられたくてどうしようって考えてたんだ。」
「それでふざけたシディーがあの子に会談の踊り場にいれば先生は絶対通るよって吹き込んで、しかも丸まってれば声もかけてもらえるんじゃないって言ったの。」
ナリーの解説を聞いて私はため息をついた。
「シディー。」
シディーがばつが悪そうに顔を逸らす。
「危ないからそういうことを吹き込むのはやめようね。」
「はーい。」
「ほんとにするとは思わなかったけど。」
ソフィーが少し笑っている。
「あんなことを言うシディーが悪いことには変わり在りませんよ。」
ナリーがシディーを見ている。
校門を出てまっすぐの一本道を進む。
外は暑くて直射日光をまともに浴びていたら、倒れてしまいそうだ。
「暑いわねえ。」
「ねえ。」
「なんでこんなに暑いの。」
「夏だからよ。」
「暑くない夏がいい。」
「それは冬よ。」
「夏まで寒かったら私一年中布団にもぐっていないといけなくなるじゃん。」
三つ子トークは聞き心地がいい。
「夏と冬だったら3人はどっちの方が好きなの。」
「夏。」
「冬。」
「どっちも嫌い。」
「シディーは夏が好き。ソフィーは冬が好き。ナリーは特に拘りなく全部嫌いと。」
「夏は楽しいじゃん。果物は美味しいし、池の水は気持ちいいし。」
「夏は暑いから嫌い。冬は雪がいっぱい降って世界が真っ白になるの。」
「特に拘りはないな。どの季節にも楽な点と不便な点があるから。家の中が一番いい。一年中一定の温度に保てるし、身の危険もないし。」
「そうねえ。」
「先生は。」
「私は冬かな。」
「冬が好き、嫌い。」
「あー、冬が好き。」
「私と一緒。」
「なんで冬が好きなの。寒いじゃん。」
「夏が嫌いというか、暑いのがだめなのよ。今とかもう倒れそうだし。」
「日傘ないの。」
「仕事中だからねえ。」
「そっか。」
季節トークが一段落つくとソフィーが声をかけてきた。
「先生。」
「なあにソフィー。」
歩いても歩いてもこの一本道は途切れない。
もしここのナチュラルスパイラルが豊富なら、瑠璃湖まで飛んでいきたいぐらいだ。
「昨日はなんのお仕事だったの。」
「たしかに気になる。」
「先生がいつもと違う服で来たから。」
「昨日はねえ、晩餐会の警備任務よ。」
「晩餐会。」
3人の声がハモった。
「そう、晩餐会。」
「キラキラしてたあ。」
「してたわよー。王妃様すっごく綺麗なの。」
「みんなドレスとタキシードスーツ。」
「そうそう。」
「行きたいなあ。」
「行きたい。」
「まだノーエルから出たことないもん。」
「そうねえ。あなたたちが大きくなったら連れて行ってあげる。」
「ほんと。」
「ええ約束よ。」
3人が嬉しそうに頷きあっている。
「そういえば。」
こんな話を一頻りして3人の様子を把握してから、私は聞きたかったことを口にした。
「この辺りで最近何かあったの。」
3人が私を見上げて立ち止まる。
顔が暗かった。
「先生知らないの。」
「ごめんなさい。」
私が首を振る。
それを見てナリーが話し始めた。
「先週瑠璃湖にモンスターが出たの。」
「モンスター。」
声が裏返った。
「それで。」
「先週来てた魔道良の人たちが倒してくれたんだけど、衝撃波で。」
ナリーたちは辺りを見た。
「そうね。この辺りには何件かお家があったものね。瑠璃湖にモンスターが出るなんて珍しい。被害の規模は。」
ついいつもの癖で難しい言葉が出てしまったが、ナリーは戸惑うことなく答えてくれた。
「けが人もたくさん出たし、魔道院のスパイラルもほとんど使ったんだって。」
「魔道院のスパイラルを使う。」
可笑しい。
普通魔道を使うだけなら、自分の体内にあるセルフスパイラルで事足りるし、スパイラルが足りなくなっても魔道石にホローさせればいいはずだ。
(可笑しなこともあるものね。)
私が考えているとシディーが私の腕に触れた。
「ねえ先生。」
「なにシディー。」
「MSHMTってなに。」
「えっ。」
耳を疑うと同時になんとなく読めた気がした。
「それ誰が言ってたの。」
「先週ここに来た人たちが瑠璃湖のモンスターを倒すときに使ったんだって。教えてくれた。」
「私も気になる。それなんなの。」
「私も。」
シディーの発言にソフィーとナリーが食いついた。
「略称MSHMT、正式名称はModern Sceience High Magic Tchchnology。私たちの言葉に訳すと近代科学高等魔法技術ってところかしら。これ説明するの難しいなあ。」
「教えて。」
シディーにせかされる。
「近代科学高等魔法技術って長いからMSHMTって言うわよ。MSHMTを説明するにはまず、私たちがどうやって魔道を発動しているかを理解している必要があるわ。」
(座学が得意なナリーに聞いてみよう。)
「ナリー、私たちが魔道を発動するために使っている物はなんでしょう。」
「スパイラル。」
「正解。じゃあソフィー、スパイラルには大きく分けて二つあるわ。種類じゃなくてスパイラルのある場所っていうのかな。」
「ナチュラルスパイラルとセルフスパイラルのことで合ってる。」
「正解。最後にシディー。」
シディーがぷいっと顔を逸らす。
「MSHMTの説明を聞きたいのはシディーも一緒でしょ。」
「まあ。」
「なら答えてね。ナチュラルスパイラルとセルフスパイラルをそれぞれ説明して。」
「えー。」
私は笑顔でシディーを見る。
「えっとナチュラルスパイラルは私たちの外界にあるスパイラルで、セルフスパイラルは私たちが体内に持ってるスパイラル。」
「正解、正解。テストでこの問題が出てその答えを書いたら丸はもらえると思うわよ。」
「シディーすごーい。」
「珍しいこともあるのね。」
「ちょっとナリー。」
「はいはい続きは後ね。それで、今取り上げるのはセルフスパイラルの方。私たちはセルフスパイラルを使用して魔道を発動させる。でも、セルフスパイラルの体内保有量には個人差があるわ。解る。」
「うん。」
3人が頷いた。
「オーケー。セルフスパイラルの保有量が少ないと大きな魔道は少ししか発動できないし、魔道事態発動させることが難しい時だってあるわ。」
「うん。」
「それで、ここからがMSHMTの説明ね。MSHMTは大きく分けて2種類あるわ。一つは魔道士が発動した魔道の力を増幅させる種類。もう一つは魔道士のセルフスパイラル量を増やす種類。さて、誰かこの違いを具体例を挙げて説明してみて。」
「えー。」
3人の顔が険しくなる。
私は表情を変えず頷いた。
「さあやってみよう。」
「えっと。」
まずシディーが話し始めた。
「まず魔道士が魔道士が発動した魔道の威力を上げる例は、えっとー、刃物の形をしたスパイラルを魔道士が放つと、放たれたナイフ形のスパイラルがMSHMTによってもっと大きくなるとか。」
「大きくするためにはどうすればいいの。」
「えっ。」
「スパイラルを付け足す。」
「ナリー天才かもよ。合ってる合ってる。」
「だから魔道院のスパイラルがなくなった。」
「確定はできないけどね。要因の一つにはなってると思うわ。」
「じゃあ私の具体例は正解。」
「正解シディー。じゃあ、もう一つ残ってるわよね。」
「魔道士のセルフスパイラル量を増幅させる種類の具体例。」
「どういうのかなあ。」
ソフィーが顎に手を当てて考える。
「たとえば、たくさん魔道を使ってスパイラルが減ってきた魔道士のセルフスパイラルを増やす。」
「いや、その具体例だと増やすじゃなくて回復させるがいいんじゃない。」
ナリーがソフィーの言葉に付け足す。
「どう。」
シディーが私を見上げる。
「正解よ。」
「やったあ。」
3人が嬉しそうに声をそろえる。
「つまりMSHMTって他所からスパイラルを持ってきてそのスパイラルを魔道士の体か魔道士が発動した魔道に付け足すんだ。」
「だから膨大なスパイラルが必要になった。」
「この辺りはナチュラルスパイラルが少ないから個人のセルフスパイラルが魔道士のスパイラルのほぼすべてになる。その魔道士のセルフスパイラルが少ないとMSHMTを使わざるを得なくなるってことか。」
私は頷いた。
「3人とも言ってることはあってるわよ。これがMSHMTの概略。解った。」
「うん。」
3人が頷く。
「もし先週の人たちがこれを使って瑠璃湖のモンスターを倒したとして、魔道院のセルフスパイラルがほとんどなくなっているのなら、やっぱり原因はこれかなあ。」
「うちの魔道院の壷をスパイラルで満たすのがどれだけ大変か解ってるのかな。」
ソフィーの顔が曇り、シディーがいらだちを見せる。
「そうよ。少しずつ時間をかけてちょっとずつ魔道士のみんなからスパイラルを分けてもらってるのに。」
ナリーも珍しくいらいらぎみだ。
「木漏れ日先生。」
「はあい。」
「MSHMTの利点というかメリットはなに。」
「利点、メリットねえ。解りやすいところで行くと、今3人で考えたみたいにスパイラルを増幅させることができる。最も別の場所に溜められているスパイラルを使ってるだけなんだけどね。あとは。」
私は少し考えて正直に話すことにした。
「魔道適性を持ってない人たちもMSHMTの原理は理解しやすいわ。」
3人が頷いた。
自分たちのことを理解してくれない人たちがいるという事実をこの子たちはよく理解している。それでも、こうしてはっきり言われればこの子たちに限らず誰だって少しはへこむ。それは解っていて、承知のうえで発言した。
「解った。」
「うん。」
「あとちゃんと解っておかないといけないのはデメリットね。何かを覚えるときはメリットとデメリットを両方覚えるのよ。」
「はーい。」
「いいお返事です。で、デメリットは他所からスパイラルを持ってこないといけないことね。ナチュラルスパイラルの豊富なところならさして問題ないけれど、ここみたいにナチュラルスパイラルが少ないから意識的にスパイラルを集めておかないといけないような土地でMSHMTを使おうとすると、今まで集めてきたスパイラルを使わないといけなくなるわ。でもその反面セルフスパイラルが空になったら私たちは動けなくなるのも事実。そこでまあこれは私の持論だけど、MSHMTの使い方を工夫すればいいと思うの。」
私のセリフを聞いた3人がぱっと顔を上げた。
「先生の持論。」
「工夫。」
「どんなの。」
「たとえば、MSHMTを使って攻撃系統の魔法を発動しようとすると、使わないといけないスパイラル量が増えるけど、リサーチ系統の魔道なんかにはそれほどスパイラルを消耗しないで済むでしょ。他にも、魔道士のセルフスパイラルを回復するために直接MSHMTを使うんじゃなくて、魔道士の治癒魔法にMSHMTを使ってそれ経由で魔道士のセルフスパイラルを回復させれば、使用するスパイラル量は減る。」
「なるほど。」
「MSHMTはうちの班でもたまに使うわよ。」
「そうなの。」
「ナチュラルスパイラルが少ないのはノーエルだけじゃないもの。」
「あー。」
シディーが大きく首を縦に振る。
「ねえ先生。」
「なあにナリー。」
「魔道石はMSHMTとは違うの。」
「ええ少し違うわ。魔道石を魔道士が使用し始めたのは近代より遥か昔だし、あれは魔道士じゃなかったら、理屈どころか感覚だってつかめないでしょ。魔道石は科学とは全く無縁というか対極にある魔道に特化した技術ね。」
「なるほど。」
長い一本道が途切れ2本に分かれている。
私がいつも通り右に曲がろうとすると三つ子が止める。
「木漏れ日先生今日はそっちじゃないよ。」
「どうして。瑠璃湖に行かないの。」
「モンスターが暴れたせいであの辺りは危険地みたいになってるの。」
「倒れた木の撤去作業も終わってないし。」
「そう。じゃあ今日はどこで授業をするの。」
少しうつむき加減で話していた三つ子ちゃんたちの顔がぱっと明るくなる。
「大丈夫。」
シディーが自信ありげに頷いた。
「今日はお母さんとお父さんにオッケーもらってきてるから。」
「先生うちの庭でやろう。」
「いいの。」
「うん。」
「裏庭の立ち入り許可ちゃんともらってあるから。」
「そうそれはとても素敵ねえ。じゃあ今日はあなたたちのお家の裏庭でやりましょう。」
「はーい。」
2本路の左側に行き、まっすぐ進んで13時過ぎ、3人のお家に着いた。
「ただいまあ。」
「おかえりなさい。」
シディーたちは家が見えた瞬間走り出し、私を置いてあっという間に家に入ってしまった。
(クラスのみんなより少し早く家に帰れると特別な感じはあるわよね。)
三つ子たちが開けっ放しにした扉から私も中に入る。
「こんにちは、失礼いたします。」
お家の中は一部屋になっていて廊下もない。
靴を脱いで一段上がればそこはもうリビングだ。
「木漏れ日先生こんにちは。」
「お母様こんにちは。」
3人はあっという間に靴を脱ぎ部屋に上がっている。
「こらシディー靴は揃えなさいっていつも言ってるでしょ。」
「いいじゃん、荷物置いたらすぐ行くし。」
「もう。」
お母さんがため息をついて私を見る。
「いつもすみません。」
「いえ仕事ですから。それに、この子たちを指導させてもらえて毎回楽しいんです。最近は今まで以上に熱心に課題にも取り組んでくれていて、実技の実力もめきめき伸びてますよ。」
「そうなんですか。嬉しい限りです。よければ先生も上がってください。」
「いえもう準備ができたみたいなので。」
お母さんがふっと後ろを向くと、小さな鞄を一つずつ持った3人がこちらに来ていた。
「もう準備できたの。」
「うん、ランドセル置きに来ただけだし。」
3人が靴を履いて私の横に立つ。
「それではお母様、本日は裏庭をお借りして授業を行います。もしかしたら17時を少しオーバーしてしまうかもしれませんが、よろしいでしょうか。」
「はい何時まででもお願いします。」
「解りました」
私が頷くと子供たちがくすくす笑う。
「行ってきます。」
「行ってらっしゃい。気を付けてね。」
「はーい。」
三つ子ちゃんがお母さんに手を振って、私は軽く頭を下げて裏庭に向かった。
「裏庭もあんまり深く行きすぎたらいけないんだって。」
「それはそうでしょうねえ。」
「入って大きな松の木が5本目まではいいって言ってたよ。」
「オッケー。そこまでに瑠璃湖の畔みたいに開けた場所はある。」
「うんあるよ。3本目の杉の木の前に。」
「ならそこに行きましょう。」
3本目の杉の木のところまで3人に案内してもらった。
暑いが木の枝葉が生い茂っているおかげで直射日光が少し遮られ木漏れ日が心地いい。
「気持ちいいわねえ。森林浴大好き。」
「へえ。」
「私も好き。」
「私も。」
3本目の杉の木の前に到着し、私は頷いた。
「いいわねえ。この広さがあれば心置きなくいつも通りの練習ができるわ。荷物はあの杉の木の前に置かせてもらいましょう。」
「はーい。」
3人が荷物を置いて横1列に並ぶ。
私はその前に立って3人を順番に見た。
「それでは今日の授業を始めましょう。実技練習の授業を17時ぐらいまでみっちりやろうと思ってます。なお、17時は終了予定時刻であり、あなたたちの出来具合によっては早くもなるし遅くもなるのでそのつもりでよろしくねえ。」
「はい。」
3人が声を揃えてしゃきっとした返事をする。
「まずは、連絡。今月の課題提出ノートを見たわ。とてもよくできていたわね。あれだけきちんと課題をこなしていれば、今回の授業はかなりいいパフォーマンスができるはずよ。期待していいのよね。」
3人が頷いた。
「ばっちりだよ。」
「さぼってないし、手抜きもしてない。」
「本当です。」
「よろしい。ではいつも通りチューニングから始めましょう。」
私は目を閉じた。三つ子用の私の授業はいつもこれから始まる。
魔道のチューニング。
つまり、魔道を発動するためにスイッチを入れて、スパイラルの巡りを良くする。
体育の準備体操のような物だ。
目を閉じて腹式呼吸を繰り返しながら体の中を流れるセルフスパイラルと自分の外界にあるナチュラルスパイラルに意識を集中させる。
ナチュラルスパイラルは自分の外界を満たしているスパイラルでナチュラルスパイラルを体内に取り込んでセルフスパイラルを回復させることもよくある。
3人と一緒にチューニングをした後私は少し早く目を開けて3人を見た。
体の周りを薄い光が包み始めている。
(いい感じだ。3人とも同じぐらい調子がいいわ。)
「できた。」
「うん。」
3人が目を開けて頷いた。
「シディー、ちょっと離れて。」
ソフィーがシディーを見る。
「はいはい。」
「ナリーもソフィーと離れた方がいいかなあ。」
「はーい。」
3人が等間隔拡がって私はソフィーの前に立っている。
「ねえ先生。」
「なにシディー。」
「ナチュラルスパイラルを体内に取り込んでセルフスパイラルの補給をすることもできるんだよね。」
「ええ。」
「ならMSHMTのセルフスパイラルの補充って意味なくない。」
ナリーとソフィーがシディーをじーっと見る。
「なに。」
「シディーどうしたの。」
「変なチューニングでもした。」
「はっ、どういう意味よ。」
「シディーからそんな高度な技術に関する質問が出るなんて誰も思ってなかったってことよ。」
私が開設する。
「ひどい。」
シディーが足をばたつかせる。
「シディー原理的には正解よ。でもノーエルのナチュラルスパイラルの薄さは魔道良2205室が管轄する地域の中でもトップスリーに入るわ。あなたたちはノーエルのナチュラルスパイラルの薄さに慣れているからセルフスパイラルの補充にナチュラルスパイラルを使えるけど、ここに来ている魔道士はそうもいかない。みんながみんなノーエルのナチュラルスパイラルをセルフスパイラルにできないのよ。だから、ノーエルではMSHMTは必要なの。」
「木漏れ日先生は。」
「私はかろうじてできるわよ。」
「なんで。」
「昔の職場がここみたいにナチュラルスパイラルの薄いところだったから。」
「へえ。」
(そういえば、うちのグループの他の子たちはどうなのかしら。)
少し気になったが、私は授業を再開した。
「よしじゃあいつも通り始めましょうか。」
私は3人の前で腰に手を当てた。
「今日はどっちからするの。」
「3人対1人から。」
シディーが元気よく答える横で2人とも異議なしとばかりに大きく首を縦に振る。
「オッケー、じゃあ20分勝負ね。用意。」
私の声に3人が構える。
「スタート。」
3人がぱっと3方向に散る。
シディーが正面、ソフィーが私の後ろ、ナリーが私たちの周りをぐるぐる回る。
チューニングの後に行うのは私対三つ子の3対1の20分にわたる模擬戦と1対1で私が三つ子を1人ずつ相手する10分の模擬戦。
まずここで1か月間溜めてしまったソフィーたちのスパイラルをある程度放出させる。
三つ子たちの勝ちの条件は20分誰か1人でも戦闘不能にならないか、私を戦闘不能にするかだ。
「えい。」
シディーが私の方へ全力で突進して来る。
私の後ろでソフィーもソフィーで何かの準備を始めている。
なんだろう。
スパイラルの成分からしてソフィーが準備しているのは防御魔法だが。
私はまずシディーを相手する。
「ほらほら、3人で私を倒すんでしょ。だったら、個人戦に持ち込むべきじゃないと思うけど。」
シディーが満面の笑みを渡しに向ける。
「ばーか。」
「ばかって言うな。」
私はシディーの繰り出す拳を素早く避けてくるっと半回転した。
シディーの拳にはスパイラルをまとわせ強化魔法が掛けられていた。
「おっと。」
その時気づいた。
ソフィーが何をしていたのかに。
「いい考えねえ。」
ソフィーは私の後ろでぱっと魔道を展開する。
ソフィーが今使える一番強固な防御魔法の壁だ。
シディーの攻撃に一定の規則性があった。
まるで私をそちらに誘導したいという意図があったかのように。
取り合えず、それに乗って見ながらするする躱していたのだが、こういうことだったのか。
「防御魔法の使い方が少し可笑しいけど、やろうとしてることはあってるわ。でもやっぱり甘いわね。」
私はふっと高く舞い上がる。
ソフィーとシディーが私を見上げる。
これで2人の私の前後両方を囲む作戦からは切り抜けられた。
「あれっ、ナリーは。」
私は素早く辺りを見回す。
「いない。いやいるはず。」
後ろから大きな気配を感じて私はぱっと体を湾曲に曲げた。
「見つけた。」
私の真後ろで飛んでいるナリーと目が合った。
こちらもこちらでとても機嫌が良さそうな笑顔だ。
「先生私と遊んでね。」
「だから3人対私なんでしょ。あなたたちが今やってるのはすべて個人戦の塊よ。頭を使いなさい。頭を。」
その時だった。
地上のソフィーが右手にふっと紫系統のスパイラルを発生させた。
(紫毒。でも。)
私がソフィーの手元に集中した一瞬、背中のすぐ後ろで風を切るような気配を感じ、私はふっと後ろを向いた。
ナリーとシディーが2人で一緒によく切れそうなナイフ形に変身させたスパイラル結晶を持っている。
(うまいわね。毎回毎回きちんと進化してる。)
私はぱっと「フェザード」を拡げて辺りを旋回した。
あまり高度を上げすぎるとこの子たちが付いてこれなくなる。
それは面白くないからその辺りは調整しつつ。
私が素早く3人の注意から逸れたため、3人がそれぞれ私を追いかける。
しかし、ナリーだけが動かなかった。
(何を狙ってる。)
この三つ子、お互いの得意不得意をさすがによく理解している。
空中戦はシディーとソフィーが比較的得意としている分野だ。
ナリーは追いかけずに私の止まったすきを狙って何かを仕掛けてくるのだろう。
いい判断だ。
「さあそろそろ終わりにしましょうか。」
3にんの今の魔道実技の現状をなんとなく理解し、私は腕時計を見る。
模擬戦終了まであと2分。
そろそろ仕上げにかかろう。
私が勝ちとなる条件は、3人全員を戦闘不能にすることだ。
毎回どうやってこの子たちを戦闘不能にするかを考えて実行するのが意外と好きな私は今回もとっておきを考えてある。
この子たちのすごいところは私が自分たちを戦闘不能にするために使った技をよく理解し、次回の自分たちの模擬戦に使ってくるところだ。
私は空中で動くのをやめ、両手を精一杯広げる。
三つ子たちがそれを見てぴたりと動くのをやめた。
私は魔法を宣言する。
「私は聖なる女神ステファシーの末裔にして、ロイヤルブラットが一つ木漏れ日家の眷属なり。光魔法ライトネス。」
私の声と共に辺り一面を強い光が覆った。
そのすきに三つ子たちを抱え着地しようとしたのだが、ここでまだ足掻く子がいた。
新しい転回だ。
「逃げた。」
光魔法を放つ前、私は3人の位置を把握していたつもりなのだが、シディーだけが思っていた場所にいない。
もうすぐ光魔法が解ける。
私は取り合えずソフィーとナリーを抱えて着地した。
光魔法が消えてもシディーの居場所が解らない。
「取りあえず20分経ったわよ。」
腕時計を見て私はソフィーとナリーを見る。
「先生の負けだね。」
ソフィーが嬉しそうに微笑む。
「そうねえ、シディーを捕まえ損ねちゃったから私の負けね。ところで2人とも、シディーはどこ。」
ナリーもソフィーも首を振る。
「嘘。」
「ほんとだよ。」
「もう私の負けは確定なわけだし教えてくれてもいいじゃない。」
「先生本当に私たち知らないの。」
「えー。困ったわねえ。気配を探ろうにも上手に隠しているから見つけられないのよ。どこ行った。」
私がぼやくと2人がくすくす笑う。
「もう無理お手上げ。それにしても、私気配を消す魔法なんて教えたことないはずなんだけど。自力で習得したならすごい完成度よ。仕方ない。」
私はゆっくり息を吸い込んで目を閉じる。
そしてぱっと目を開くとようやくシディーの居場所が判った。
「みーつけた。」
私は走って木の間を駆け抜ける。
さっき光魔法の発動時間は10秒程度。
おそらくシディーはその間に、100mは優に超える距離を飛び回り、木の幹に隠れ上手に気配を消していた。
私から20秒ぐらい逃げたのだから、上出来だ。
「シディー捕まえた。」
気配を消す魔法を使える人を相手に気配を消さずに行くなんてありえない。
私はシディー以上の性能を誇る気配を消す魔法を使い、シディーの後ろに回った。
「あーくそー。」
「くそーって言わないの。」
私はシディーの頭をぽんぽんなでる。
「さあ、2人が待ってるから戻るわよ。」
「はーい。」
シディーを連れて杉の木の前まで戻ると、ソフィーとナリーが幹にもたれかかっておしゃべりをしていた。
「ただいま。」
「おかえりシディー。」
「やっぱり捕まっちゃったかあ。」
シディーの頬に空気が溜まる。
「でも今日はあなたたちの勝ちよ。」
「いぇーい。」
さっきまでふてくされていたシディーも私の言葉を聞いて、ソフィーやナリーとハイタッチをしている。
「今回工夫した点はどこ。たくさんあったけど、私は最後にシディーを逃がしたところが印象に残ってるわ。」
「すごかったでしょ。最後に先生が全員を捕まえにかかることが多いから、その時に私たちの誰かを逃がそうっていう話をしてたの。」
「シディーを逃がしたのはたまたま。」
「うーん。」
ソフィーが首を振る。
「私たちの中で一番瞬発力があるのはシディーだから。」
「そうね。じゃあ、今日は私がどうやってソフィーとナリーを捕まえたかは解る。」
「強い光魔法で私たちの視界を妨げたんだよね。」
「正解。次回に期待してるわよ。」
「はーい。」
「今年に入って初めて勝てたね。」
ソフィーが嬉しそうにシディーとナリーを見る。
「そうだね。やっと。」
「でもこれで同じ手は使えなくなったから、また1か月かけて作戦を練らないと。」
この子たちの向上心、探求心は他の子供たちより何倍も強いと思う。
いつも新しいことを何かやってくれるから毎月楽しみなのだ。
「さあ、次は個人戦ね。これだけ暑いと体がついてこなくなるから水分をしっかり取っておいて。」
「はーい。」
さすがに8月の大自然の真ん中だ。
暑い、普通に暑い。
本来ならこんなところ3分といれないほどに暑い。
「瑠璃湖の近くならすぐ水遊びもできるのにねえ。」
水筒のお茶を飲んでシディーが自分の手で仰ぐ。
「本当。」
「仕方ないよ。」
「暑いのはみんな一緒よ。私も暑いの嫌いだから本当は辛いけど。」
「先生がこういうところで訓練しロッテ言われたらどうする。」
「その訓練の課題を誰よりも早く終わらせて涼しい建物の中に入るわ。」
私は笑いながら3人の顔を見た。
魔道的な物ではなく、単純に体の状態を観察する。
「今からシングルスだから、待ってる子はあの木の陰で涼しい環境を作っておいて。あっちの方が枝が生い茂っていて木陰が多いから。」
「はーい。」
3人が荷物を持って私が指示した木の下にふらふらと歩いていく。
「シディー。」
「なに。」
「私のもお願いしていい。」
「ええ、先生の荷物重いもん。」
「だってあれが入ってるから。」
私が微笑むと3人の目つきが変わり、全員で私の荷物を運んでくれた。
「先生まだ。」
「あれ。」
「うん。」
「シングルスが終わってからかな。」
「はーい。」
「楽しみにしててね。」
10分ほど休憩を取って私は声をかけた。
「さあそろそろ始めましょうか。まずは誰かな。」
「はい。」
1番最初に元気よく手を挙げたのはシディーだった。
「解ったわシディー。」
私とシディーは日差しが降り注ぐ開けたところへ戻った。
「暑い。」
「私も暑いわよ。」
私とシディーは向かい合ってお互いをしっかり見定める。
「いつも通り10分ね。」
「はい。」
「シディーが勝ちになる条件は、10分間戦闘不能にならないか私を戦闘不能にすること。」
「はい。」
「2人とも時間の確認をお願いね。」
「はーい。」
木陰で涼しい風を浴びながら2人が応えた。
「じゃあ行くわよ。用意スタート。」
シディーが一気に私の方へ突進して来る。
最初の一歩に強い助走をつけてこちらに飛んでくる。
右手にはスパイラルで作った当たったら痛そうなナイフを持ち、左手を固く握りしめている。
シディーが得意とするのは攻撃系統の魔法。
スパイラルを使って攻撃に使えそうなものを作成し、それをこちらにぶつけてくる近距離戦と遠くからフリスビーなんかを使って攻撃する長距離戦、魔道拳銃やアーチェリーなどの道具にスパイラルを入れて使用する道具を使った戦闘、攻撃系統の魔道を使った大戦方にもさまざまあるが、シディーは今挙げた三つの戦闘方法がすべて安定的にうまい。
今は面白いという気持ちに任せて私を手に持っているナイフでひたすら攻撃しているが、その気になれば直観に任せてにはなってしまうものの、かなりの戦闘センスを発揮する。
これから知識として戦闘方法を学べばますますシディーの戦闘技術は飛躍するだろう。
「1回ぐらい当たってよ。」
「嫌よ見た感じが物騒だもの。」
「あんまり当たらないといらいらしてくるのよ。」
「そういえば先月どうして自分の攻撃が当たらないか考えるの宿題にしたわね。考えた。」
「考えたよ。先生の動きが滑らかなのと、当たったとしてもまだ私のスパイラルのナイフの制度が低いんでしょ。」
「正解よ。私の体に当てたいならもっと強度の高いナイフを作らないといけないわ。それと、もっと立ち回り方も磨きなさい。」
そうこうしていると、ソフィーが鐘を鳴らし、、高い音が聞こえてきた。
5分経過のアイズだ。
その瞬間シディーが近接戦闘をやめたというように高く飛び上がり木の中をかき分けていく。
「5分経ったから長距離戦の練習するね。」
「はーい。」
私は一度開けた地面の中心に着陸し、30秒数える。
すぐにシディーを追いかけるとシディーが私を振り払えず、長距離練習にならないからだ。
最も、実際の対戦で相手が待ってくれることはないが、今優先しないといけないことはシディーがきちんと長距離戦闘の練習をすることだ。
私が待っている間、シディーは木々の間を上手に気配を隠しながら進んでいく。
「行くよ。」
私が呟いてひゅっと舞い上がる。
さっきは初見だったから気配を消されて解らなかったが、一度気配を消した状態の気配を記憶できれば、まだまだ辿れるぐらいはシディーの気配がにじみ出ている。
「みーつけた。」
枝と枝の間をほぼ着地することなくシディーを追いかける。
ふっと9時の方向に強いスパイラルの反応を感じ、私は体をそちらに向けながらできるだけ距離を取ろうとする。
「魔道拳銃。」
「レプリカだよ。」
「それでもスパイラル砲は発射できるでしょ。」
体制を整え、私とシディーがそれぞれ枝にほんの少しだけ体重を預けて向かい合う。
「いいわよ、撃ってみなさい。」
シディーがレプリカの魔道拳銃にスパイラルを流しいれているのが伝わってくる。
数秒後魔道拳銃から勢いよくスパイラル砲が発射された。
私はあえて防衛魔法を貼らず自分の体でそれを体感する。
「弱いわね。」
そういうと、シディーがとても悔しそうにレプリカの魔道拳銃を降ろす。
「そこまでだよー。」
はっとして下を見ると追いかけてきたナリーがこちらに向かって叫んでいる。
「10分経ったの。」
「うん。」
「オーケー、ありがとう。」
私はシディーを見る。
拳銃を降ろしたのは、10分経ったことを解ってたからだったのか。
「お疲れ様。」
「お疲れ様。」
不満げな顔をしながらシディーが枝から降りる。
私もあとに続いた。
「帰りましょうね。」
「うん。」
ナリーとシディーを連れて、私は木の前に向かう。
「シディースパイラル砲の力は強くなってるわよ。でももっと強くできるはずだし、むしろもっと強くしないと使い物にはならないわねえ。」
「解ってるよー。まだ木漏れ日先生が防衛魔法を展開せずに受けられるんだもんね。」
「ええ。あと、魔道拳銃はレプリカでも私以外に向けてはだめだし実技演習の時以外はおうちに保管して持ち出さないように。」
「はーい。」
シディーが魔道拳銃の危険性をよく理解していることは私も解っているが、一応教師だから毎回こうやって伝えている。
「あとナイフの時の立ち回りも先月よりうまくなってたわ。さっきも話したけど、もう少し強度を上げればより強くなると思うよ。」
「はーい。」
空き地に戻るとソフィーが柔軟体操をしていた。
「ソフィーお待たせ。」
「うん。」
ソフィーが立ち上がって私と向かい合う。
「もう始めていいの。」
「うん、準備できてるよ。」
「オーケー。」
私はナリーとシディーを見た。
「お願い。」
2人が頷く。
「用意スタート。」
私の掛け声とともにソフィーが両手を前に突き出した。
「ソフィー「アラリエ」の元に命じる。魔法の主軸よ、魔法を司る神々よ、我が求めに応え守りたまへ。防衛魔法スターウォーター。」
ソフィーの周りを数個の水色の星形のスパイラルが漂い始め、あっという間にソフィーを光の筒が覆った。
スターウォーターは水系統のスパイラルで自分の周りに塔を作り、外部からの魔法攻撃から身を守る防衛魔法だ。
「スターウォーター、いい判断ね。そして出来がいい。」
ソフィーは防御・防衛系統の魔法が上手だ。
防御・防衛系統の魔法で重視されるのはどれだけの範囲を防衛できるか、魔法の強度はいかほどか、そしてそれをどれだけの時間持続させることができるかといった点だ。
ソフィーはこの3項目において防衛魔法の小学3年生の平均を優に超えていて、今使っているスターウォーターも普通なら優秀な高校生魔道士がなんとか使えるかどうかの代物だ。
「さあ、どうしようかな。」
ここでおとなしく10分間手を出さず、このスターウォーターがどれだけこの力を持続したまま保てるかを見ていてもいいが、それではあとからやる実技試験と大差ない。
「よし。」
私は矢を射る構えをした。
「攻撃魔法「スパイラルアロービギニング」。」
私の右手に鋭利な矢型のスパイラルが現れた。
スパイラルアロービギニングは矢型に下スパイラルを対象物に放つ攻撃系統魔法の一つで、スパイラルアローシリーズの中で最も簡単な技だ。
「ソフィー耐えてごらん。」
私はソフィーを包んでいるスターウォーター目掛けて矢を放った。
スパイラルアロービギニングはスターウォーターに直撃し、二つの魔道が競り合っている。
これは、二つの魔法の威力が互角ということだ。
最初から今のスターウォーターの力と同じぐらいでスパイラルアロービギニングを打ったのだ。
大切なことはソフィーがスターウォーターをスパイラルアロービギニングが消えるまで保てるかということだ。
私はスパイラルアロービギニングをちょうど2分間消えないぐらいのスパイラル量で作ってある。
少しでもソフィーのスターウォーターの威力が落ちれば、私が撃ったスパイラルアロービギニングがソフィーに命中するだろう。
二つの魔道がぶつかり合って、激しい光を放っている。
スターウォーターの中のソフィーの状態に気を配りながら、私は2分間待ち続けた。
「持ったわね。」
2分後、私の撃ったスパイラルアロービギニングがスターウォーターに吸収された。
まだソフィーのスターウォーターは継続されている。
この様子だと、試合が終わるまで出る気はなさそうだ。
「そこまで。」
それからも私はソフィーのスターウォーターに向けて攻撃系統の魔法をいくつか撃った。
本当によくできたスターウォーターで、魔道が崩壊することは決してないまま、10分が経った。
「ソフィーお疲れさま。終わったよー。」
ナリーの声を聞いて、スターウォーターが消え、中からソフィーが現れる。
水のスパイラルの塔に立てこもっていただけあって、とてもソフィーは涼しそうにしているし、水のスパイラルが一気に弾けたことで、この辺りの外気温が少し下がった。
私はソフィーの瞳を見る。
大きな魔道を使った後、ソフィーの右目の瞳には表現のできない形の模様が浮かぶ。
これを見るたびに、私はソフィーが神に近い子供であることを思い出す。
ソフィーは三つ子たちの中で一番神に近く、雫に似ていると言える。
ソフィーがなんの神の末裔であるかはまだ判らないし末裔と言えるだけ神の力を受け継いでいるかもまだ判らないが、それでもどこか神のオーラを纏っている。
「ソフィー、お疲れさま。あと瞳に気を付けて。」
私がソフィーの前に行って、私の右目の下にそっと指をあてる。
それを見たソフィーが目を閉じてゆっくり深呼吸をしてから目を開ける。
「これでいいかな。」
「うん。」
神の末裔かもしれないことを隠さなければならないわけではない。
しかしまだその力に未知な部分が多く、自分ではコントロールしきれないこと、そしてネオンダールが支配するノーエルに神の子が生まれたという意味を考えれば、私とソフィーの家族は、まだこのことを公表する気にはなれなかった。
「さて、講評しないとね。まず、スターウォーターを展開できることが素晴らしいわ。それに、強度も上がっているわよ。」
「ありがとう。」
ソフィーが呼吸を整えながら木陰に向かう。
ソフィーの場合魔力が強くなればなるほど、神のオーラも濃くなっている。
今後も継続して、様子を見ていく必要がありそうだ。
「最後はナリーね。」
「はい。」
ソフィーとシディーが時間を図る砂時計を見る。
ナリーが木の前の開けた土地で私と向かい合い、私をまっすぐ見る。
「用意スタート。」
私の掛け声とともにナリーが取った行動は面白かった。
「アクアフラッシュクロネーレ。」
魔法の宣言だ。
なんだろう。
魔法なのだろうが聞いたことがない。
慌ててソフィーとシディーを見ると二人とも得意げな顔をしていた。
ということは、またナリーが新しい魔道を生み出したのだろう。
私はじーっとナリーを見る。
ナリーが両手を上に上げ、上に向けた右掌から水系統のスパイラルが舞い上がり、それが左掌の上に移ってを繰り返している。
掌を通り抜けて円状にループしている。
普通ならありえない現象だが、スパイラルだからなんの違和感もない。
ただ、これにはどういう意味があるのだろう。
そう聞こうとしたとき、ナリーの掌から勢いよく水系統のスパイラルで作ったスパイラルリングがこちらに向かって飛んできた。
「ちょっと。」
私は慌てて掌を出し、リングを受け取る。
「これは。」
「あれ。」
ナリーが首をかしげている。
「想定外のハプニング。」
「うん。」
「そうねえ。魔法自体は新しくないけど、自力でこのクオリティーまでたどり着いたのは褒めるべきね。」
ナリーは何かの魔法に秀でているわけではないし、何かが決定的にできないわけでもない。
普通と言えば普通なのだ。
だが、その普通も他の少額3年生とは比べ物にならない次元の普通だし、何よりナリーは座学が非常に優秀だから、三つ子の頭脳役を担当することが非常に多い。
つまり、この三つ子は向かうところ敵なしの万能な魔道士グループなのだ。
シディーは攻撃系統魔道にたけ、ソフィーは防御・防衛系統魔道に長けながら神の末裔としてのオーラもかいかさせつつあり、ナリーはコンスタントかつオールマイティーに一般の平均以上の魔道を使うことができながら、持ち合わせている豊富な知識を駆使し、最も効果的な作戦を考える。
この三つ子はびっくりするほどにバランスが取れている。
これからの成長がとても楽しみだ。
「先生。」
「はい。」
ぱっと我に変える。
「私の負けです。」
「まだ時間はあるわよ。」
「いいえ。」
ナリーが首を横に振った。
「私は何かに秀でているわけではありませんから、この攻撃が完成していなかった段階で勝機はもうないんです。」
「そう。」
これ以上無理に戦わせるつもりもない。
「よしじゃあ休憩にしましょうか。」
「はい。」
ソフィーとシディーの方へナリーが歩いていく。
大人びたことを言っていてもその背中からは悔しさが伝わってくる。
シディーやソフィーが自分たちは何かに秀でているという自覚を持っているかは判らない。
少なくとも私はあの子たちにそういうふうに讃えたことはないが、周りから言われることだってあるだろう。
そしてナリーが、シディーやソフィーを毎日見ている中で、自分は魔道の中に秀でた物がないということを否定的に認識してしまっても無理はない。
しかし、ナリーはその悔しいという気持ちをきちんとバネにできている。
その悔しいという思いがエネルギーになって、すべての魔道が平均以上に使え、かつ座学の成績がいいという今を作り上げているのだ。




