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ノーエルへの訪問(9)

9

 「暑い。」

「俺に言っても何も変わらねえんだからそれ以上言うな。」

「暑いものは暑いのよ。」

「だから俺に言っても気温は下がらねえ。」

「うるさいなあ。暑いって言うぐらい言わせてよ。」

「俺まで暑くなるだろう。」

「水魔法の体制があるから暑くないんでしょ。ちょっとその体制貸してよ。」

「無理言うな。無理だ。」

「けち。」

「けちとかっていう問題じゃない。」

メーラと俺がやいやい言いながら燦燦と照り付ける日光の下を歩いていく。

「魔道院ってこんなに遠かったっけ。」

「暑いから遠く感じるんだろ。」

「ほらレークも暑いって言った。」

「俺の暑いはおまえの暑いとは意味が違う。」

「何が違うのよ。」

「俺の暑いはおまえを観察しておまえが暑そうだなあと思って言う暑いで、おまえの暑いは心の底から暑いっていう気持ちが込められてる暑いだ。」

「なんでもいいわよべつに。」

魔道院に着いたのは10時半ごろだった。

 「おいじじー。」

俺は扉を開ける。

ばたんと木戸を開け、一歩部屋に入った瞬間大声を出した。

「礼儀も知らん無礼もんはレーク以外におらんか。」

魔道院の中は2階建てになっていて上のフロアーからおじじが降りてきた。

「他の職員もいるんだ。もう少し紳士的に振る舞え。」

「うるせえし。」

「「オーバル」さんこんにちは。」

「あーこんにちはメーラちゃん。このうるさい坊主に何とか言ってやってくれ。」

メーラがさっきと打って変わった態度を取る。

「申し訳ありません。レークは何分うるさいのが取り柄なもので。」

「おいメーラ。」

レークはメーラの肩に手を置いて睨みつける。

「やめていただけます。」

「おまえなあ。」

「それ以上何かいうともっと悪く言うわよ。」

メーラが俺の耳元で囁いた。

「ほれほれ、さっそくで悪いが、スパイラルを入れてきてくれ。」

「わかりました。」

メーラが満面の笑みでじじーについていく。

(後で覚えとけよ。)

俺はメーラの背中を睨みながらついていった。

 魔道院は、魔道に必要なスパイラルの倉庫のような場所だ。

ノーエルにはナチュラルスパイラルと言われる自然に含まれるスパイラルがほとんどない。

原因は言うまでもなくネオンダールの力のせいだ。

ここに住む人たちは魔道の元になるスパイラルを自分たちの持つスパイラルからみんなで分け合い、それを共有して生活してきた。

現在は魔道を使える人が少なく、こうやって魔道良に所属している魔道士が寄付のような感じでスパイラルを分けるようになった。

じじーに案内されて俺たちが2階に上がると、そこに色とりどりのスパイラルが正確に色分けされて入っている壷がある。

「いつも通り頼むな。メーラちゃんは毒魔法のスパイラルをあそこの壷に入れてくれ。坊主は水と火のスパイラルをそれぞれあそこら辺の壷に入れてくれ。場所は自分で探せ。」

「俺の扱いひどいなあ。」

俺はため息をついて歩き出す。

「ねえオーバルさん、私今日調子が悪くて。」

「おいメーラ、嘘つくな。」

「何ヨうるさいわねえ。」

メーラが俺にぶつぶつ言いながら壷の方へ向かう。

自分だけ楽しようたってそうはいかない。

「相変わらず仲がいいなあ。」

「そんなこと言わないでください。」

「おまえには言われたくねえよ。」

メーラと俺がやいやい言いながら、壷の前に立つ。

「なあじじー、いつもより減りが早くねえか。」

「そうだな、先週瑠璃湖で魔物が出た時にいろいろ入用だったんだ。」

「使いすぎだろ。」

「先週来とった魔道士が魔物を退治してくれたんだが、なんでもいいからスパイラルをよこせと加減もせずに使ってしまってな。」

「では、毒のスパイラルが減っているのは薬を作ったからですか。」

「あー。」

「補充するこっちの気にもなってよね。」

メーラがぶつぶつ言いながら壷の上に掌を翳す。

「我こそはメーラトリー。魔道良2205室に所属する優秀な毒魔法使いなり。我が求めに応じてこの壷を毒のスパイラルで満たせ。」

掌から紫の光が現れ、それがどんどん壷に入っていく。

「なんだかんだやるんだな。」

「仕事はしっかりやるっていう約束だから。あんたもでしょ。」

「あー。」

俺は浅く息を吐いた後壷を見下ろした。

「これは水のスパイラルだな。」

俺は壷の中身を確認した後、掌を壷に翳す。

「我こそはレークアラバー。有能にして聡明な魔道の使い手なり。我の命に従いて水のスパイラルでこの壷を満たせ。」

俺の掌から青い光が現れて、壷を満たしていく。

「よろしく頼むな。」

じじーがそれだけ言うと下の階に降りて行った。

「あーしんどい。レーク代わって。」

「俺の分をやるなら代わってやるよ。」

「何言ってんの。私水魔法のスパイラルなんて出せないもん。」

「俺だって同じだ。毒魔法のスパイラルなんて出せねえよ。おまえの仕事はおまえがやれ。さっき俺にかっこいいこと言ってたのは誰だよ。」

「うるさいわねえ。」

メーラが辺りをきょろきょろする。

「ねえレーク。どこかに掴まれそうなものない。」

「その壷でも支えにしてればいいだろ。」

「何言ってるの。壷を支えにしてたらふらついた時一緒に壷までひっくり返しちゃうじゃない。」

「それを先に言えよ。ふらつくなら。」

俺も部屋の中を見回す。

「あそこに手すりみたいなのあるだろ。あれを持ってきて自分の横に置いておいたらいい。」

「ねえ持ってきてよ。」

「自分で行け。」

「だって今私両手が離せないから。」

「俺もだ。」

「レークは右手だけじゃない。」

「右手からしか水のスパイラルを集中して出せないんだよ。左は火のスパイラル専門だ。」

「うるさいなあ。」

「だからおまえが自分で行けば済む話だろ。」

「はいはい。」

メーラが手を止めて歩き出す。

「今日調子が悪いって本当だったんだな。」

「別に本当でも嘘でもないわ。いつもどおりよ。」

メーラが木の手すりを持ってきて、壷の近くに置いた。

「さてと。」

 壷にスパイラルを入れること1時間、メーラは毒のスパイラルを入れ続け、レークは前半の30分で水のスパイラルの壷をいっぱいにし、後半の30分で火のスパイラルの壷をいっぱいにした。

仕事だからやるし、スパイラルの提供にはなんの抵抗もないが、なんせ疲れる。

「終わったー。」

俺が伸びをする横で、メーラが木の椅子に座り込んだ。

「おい大丈夫か。」

「平気、あんたに心配されるほど弱ってない。」

「なんだその言い方。」

メーラが疲れた顔で俺を見上げる。

「レークに心配されるときはよっぽどの時って決めてるのよ。」

「はー。」

俺が首をかしげる横でメーラが立ち上がった。

「さあ報告に行きましょう。今から帰ったら宿舎に私たちが一番乗りよ。」

その時だった。

メーラがふっと前に倒れていき、俺は反射的にメーラを支える。

「おい。」

「ごめん。」

メーラが立ち上がった。

「なあ。」

「何もないわよ。」

「待てって。」

「なに。」

俺はメーラの腕を掴んだ。

「雫は言ってる。無理な時は無理するなって。」

メーラが俺を睨んだ。

「離せ」

メーラが俺を睨み続ける。

「何があった。」

俺もここで引き下がるつもりはない。

これでも一応メーラより年上だ。

メーラがため息をついてさっき座っていた木の椅子に座る。

「ネオンダールの神殿で闇に当たったのよ。まだ治らなくて。」

「それを早く言えよ。雫がいたんだからどうとでもなっただろう。」

「嫌よ。毒魔法の使い手が闇に当たったなんて恥ずかしくて言えないわ。」

「それで周りに迷惑かけたら元も子もないだろう。」

「わかってることばっかり言わないでよ。」

メーラの大きな声が聞こえたのか下から階段を上ってくる足音が聞こえてきた。

じじーの足音だ。

「どうした。」

メーラが慌てて辺りを見回す。

「メーラ。」

俺はメーラに釘を刺すような声で言った。

「やめておけ。」

「嫌よ。」

2階に上がってきたじじーが2人を見た。

「メーラやっと座れたんかい。」

「オーバルさん。」

「どうせネオンダールの神殿で闇に当たったんだろ。無理をする癖は直さんとなあ。」

「わかってたんですか。」

「あー、わかっとったよ。」

「だったら壷にスパイラルを入れる前に止めろよ。」

俺は思わず指摘した。

「止めても聞かんだろ。」

じじーが小さな小瓶を持ってきた。

「オーバルさん。」

メーラの顔が変な形になる。

「我慢せい。」

じじーが小瓶の中身を真っ逆さまにメーラにかけた。

見ていて爽快なほど豪快なかけっぷりだった。

「ちょっとオーバルさん。」

小瓶の中身はメーラに当たるとすうっと消え、メーラが濡れることも汚れることもなかった。

「これで治ったろ。」

「治ったけどこれ嫌いなの。」

「汚れもせんし濡れもせん。」

「かけられた一瞬すごく臭いの。」

「これぐらいで闇当たりを治せるんだ。我慢せい。」

「はー。」

メーラが自分の服に鼻を近づける。

「臭わんだろ。」

「臭わないけどなんか嫌。」

「だったらお日様出浄化して来い。昼飯を食べた後少し力仕事に付き合ってほしいんだ。」

「力仕事ってなんだよ。」

メーラより先に俺がオーバルを見た。

「なあに、いつもに比べたらなんてことない仕事だ。先週瑠璃湖で魔物が暴れた話はしただろう。その時にいろいろと破壊しおってな、瓦礫の撤去作業に追われてるんだが、なにせ力仕事の担い手が少ないんだ。」

「私たちは魔道士です。物理的な仕事は。」

「何を言う。まだ若いだろ。」

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