ノーエルへの訪問(5)
5
「スマスさん。」
「こんにちは。」
「健康チェックですよね。」
「はい。」
「どうぞおかけください。」
2階の治療室や検査室がある一角に行き、俺はプラスチックの椅子に座った。
「お待たせしました。問診票にご記入をお願いします。」
「はい。」
看護師さんから紙とペンを受け取って書いていく。
(睡眠時間、昨日何を食べたのか。大丈夫かな。昨日の睡眠時間は4時間ぐらいしかないんだけど。)
問診票を渡すのと交代で看護師さんが血圧や体温を測る。
「問題なさそうですね。病棟に入っていただいてかまいませんよ。よかったです。みなさんスマスさんが来ることを楽しみにしていましたから。」
「そうですか。」
「はい。」
「ありがとうございます。」
俺は看護師さんに会釈をして3階に上がる。
3階から上にはここで生活をしている人たちの小さな個室がある。
体調が優れず自宅での生活ができない人がほとんどで孤独を感じている人が多い。
俺は階段を使って3階に上がった。
(いい風が噴いてるね。換気はきちんとできているし、空気中の成分も悪くない。)
俺は3階のナースステーションに会釈をして、病室に向かった。
「こんにちは。」
「あらだあれ。」
「スマスです。」
「あらスマス君、こんにちは。」
「カーテンを開けてもいいですか。」
「ちょっと待って。」
「わかりました。ごゆっくり。」
「どうぞ。」
2分ほど待って俺はカーテンを開けた。
「今日もお綺麗ですね。」
「2分おめかししただけよ。」
「おめかしなんてわざわざされなくても、美しいではないですか。」
「相変わらずおしゃべりが上手ねえ。」
「お褒めに預かり光栄です。「浜美」さん。」
「今日もお話してくれるの。」
「はい。」
「嬉しいわ。そこにかけて。」
「失礼します。」
浜美さんともかれこれ3年ぐらいのお付き合いになる。
俺がノーエルに通いだして6年、最初の3年間は普通のマダムとして接していた。
でも、3年前に病気を患ってから自宅での生活ができなくなってここに住んでいる。
「何か不自由はないですか。」
「ええ、ここの人たちは優しいし、夫もちょこちょこ会いに来てくれるから。」
「旦那さんはお元気ですか。」
「まあ、ぼちぼちかしら。彼ももういい年だしね。」
「お2人ともまだお若いですよ。心がいきいきしている間は誰だって若いんです。」
浜美さんは口に手を当ててくすくす笑う。
「素敵な持論ね。」
「本当のことですよ。」
「あなたには、彼女ができたの。」
「いえいえ、僕は恋人はできない人なので。」
「それはいけないわ。どうして、こんなところで油を売っているの。」
「違いますよ。この時間は油を売るなんて時間じゃありません。とても大切で掛け替えのない時間です。」
「お世辞をありがとう。」
「お世辞なんかじゃないですよ。みなさんとお話をする時間は本当に愛おしいんです。」
「そう。」
浜美さんがゆっくりベットに横になった。
「少し疲れたからそろそろ休ませて。」
「わかりました。また来ます。」
「ええ待ってるわ。」
「失礼します。」
俺は席を立ってカーテンを閉めた。
(次は。)
これをひたすら繰り返していく。
面識がある人も、初めての人も関係ない。
俺と話すことを承諾してくれたマダムと時間の許す限り話した。
15時半ごろ、ようやく6階の最後の部屋を覗き終えた。
(今日もたくさんの美しいマダムとお話することができた。そろそろ1階に降りてみるか。シーナはどうなったかな。)
1階に降りるとシーナが俺に手を振ってくれた。
「スマス。」
「調子はどうだい。」
「うーん、こんな感じ。」
シーナが大きなテーブルの籠の中を指さした。
俺はテーブルの近くに行って籠の中を見る。
「素晴らしいできだね。」
「まだまだ増えるけどこれだけあれば、フリースペースの飾りは全部できるみたい。」
「病室に一セットずつ配れたらいいね。」
「そう、それを目標にしてるの。」
「あらスマスさんこんにちは。」
「こんにちはマダム。」
「今日もかっこいいわねえ。」
「ありがとうございます。」
俺はシーナの隣に行った。
「手伝うよ。」
「ありがとう。だったら。」
シーナはこの輪の中には入らず、離れたテーブルで作業をしているマダムと紳士の方を見た。
「ねえスマス、あそこにいるおじいちゃんたちとおばあちゃんたちに声をかけて回ってきてくれない。大人数での作業が好きじゃない人たちなんだけど、作業を手伝ってくれてるの。」
「わかった。」
「ありがとう。」
シーナがいきいきと作業をできているようでよかった。
何をするかが決まれば、基本的に困らないし、たくさんの人の協力を得られるシーナだから、たいして心配はしていなかったが、本当に大丈夫そうでよかった。
「何かお困りのことはありませんか。」
1人でもくもくとお祭り飾りを作るマダムに声をかけると、マダムがすごい目つきで俺を見た。
何を言われるかと身構えつつも、穏やかな顔であるように努めた。
「あー、あそこに黄色いモールがあるだろう。あれを3本ほど持ってきてほしい。」
「わかりました。ちょっと待っててくださいね。」
こんな感じのことを15回ぐらい繰り返したら、またあのマダムから声をかけられる。
「スマスが走らされてる。」
シーナの横を通った時、シーナがくすくすしながらそう言うのが聞こえて、俺は軽やかにターンをした。
「何か言った会シーナ。」
「うーん、べつに。」
「光栄なことだよ。僕のことを信頼してお使いを任せてもらえているんだから。」
「そう。」
「あー。」
こうしてお昼間だけ老人院に来ている人たちが帰るころには一つの病室にお祭り飾りが一セット飾れるほどのたくさんのお祭り飾りができていた。
「ありがとうございました。お2人のおかげでとっても素敵なお祭り飾りができました。」
「みなさんが一緒に作業をしてくれたからです。それに職員の方にもたくさん手伝っていただきました。」
「時期になったら飾らせてもらいますね。」
「はい。」
昨夜さんに見送られながら、俺とシーナは老人院を出た。
「お疲れ様。」
「うん、疲れたけど楽しかったわよ。」
「よかったよ。」
空を夕日が赤く染め上げている。
「今から宿舎に行くのよね。」
「そうだよ。帰ったら夕食を摂ってゆっくりお風呂につかって心置きなく熟睡しよう。」
「うん。」




