ノーエルへの訪問(4)
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私とスマスはそれぞれ最低限の荷物だけ持って日差しの照り付ける路を歩いていた。
「ねえスマス、なんで日傘なんて持ってきてるの。」
「なんでってそれはもちろん日焼け防止のためだよ。」
「仕事中よ。」
「ここなら誰も見てないし、ここの人たちはみんな心優しいから、僕が日傘を仕事中にさしているぐらいでやいやい言わないよ。シーナはささなくていいのかい。」
「持ってないし。」
「それなら一緒に入ろうか。レディーにとってこの季節の日差しは大敵だよ。特にノーエルの日差しにはMYの日差しに比べて紫外線が多く含まれているからね。」
「遠慮しとく。」
「相合傘が気にいらないのかなあ。それなら折り畳みの日傘がリュックに入ってるから。」
「そういう問題じゃない。」
スマスと絡むことはあまりない。
会えば普通におしゃべりができて勉強や仕事で困ったことがあれば、相談するぐらいだ。
スマスはどう思っているかわからないけど、私はこんなふうに思ってる。
「今日シーナは老人院で何をするんだい。」
「そうねえ、折り紙とかマジックとかおしゃべりとか。私にできることなんてそれぐらいしかないもん。なんでMiraは私を老人院に行く係にしたんだろう。」
「シーナのコミュニケーション能力の高さを見込んでだろうね。」
「私の。」
「そうだよ。メーラやレークじゃ老人院にいる人たちと馬が合わないだろ。でも、老人院にいる紳士やマダムたちは若い人たちと関わることで元気をもらうんだ。だから、自動的にシーナが選ばれるんだよ。」
「へえ。」
老人院はノーエルの入り組んだ地形の小さな山の上に建てられている。
名前の通り、日常生活を自力で送ることが難しくなった高齢者から、普段家に籠りがちになってしまう高齢者まで、高齢になった人たちの集まる場所になっている。
スマスがここに行くのは、スマスのイケメンな顔と心がおばあちゃんたちを元気にするからで、私が行く理由はスマスいわく私ぐらいの年齢の子供と話すと元気が出るかららしい。
私にそんなつもりはないのだけれど。
(今日本当に何しよう。)
いつもなら、予め何をするかを決めて来るけれど、今週は忙しすぎて考える暇がなかった。
ジュータンの上で考えようかとも思っていたけど、結局疲れて寝ちゃったし。
(たしか折り紙って結構いろいろ作っちゃったんだよねえ。鶴に狐にゾウにライオンにお花も折ったっけ。今日って丸1日いるんだよね。たぶんフリースペースで過ごすことになるから、みんなで何かを作ってもいいかなあ。もうすぐ9月だし「Serenere」があるわねえ。あっ、そうだ。折り紙とモールを組み合わせてお祭り飾りでも作ろうか。)
スマスのくすくす笑う声で私ははっとした。
「なに。」
「さっきから無意識でシーナの頭が縦に頷いてるんだよ。」
「えっ。」
「やっぱり気づいてなかったんだね。何を考えていたんだい。」
「今日何しようかと思って。」
「決まったのかな。」
「なんとなくね。Serenereのお祭り飾りを作ってもいいかなって。」
「それはいいね。Serenereはこの地域に根強いお祭りだし、みんな喜ぶと思うよ。材料は大丈夫。」
「うん、折り紙も持ってきてるし、他の工作用の素材は老人院にいっぱいあるから。あーでも、作り方がわからないなあ。」
「きっと老人院にいるマダムたちがよく知ってるよ。シーナ、教えるばっかりじゃなくて教わる姿勢も大切だよ。」
「教わる姿勢。」
「どうあがいたって僕もシーナもあそこにいるみなさんよりずっと年下なんだ。蟹の甲より年の功だよ。」
「亀の甲じゃなくて。」
「似たような意味さ。」
「へえ、スマスは何するの。」
「僕かい。僕は今日もマダムたちとおしゃべりをして、癒してもらうんだ。」
「スマスが癒すんじゃなくて。」
「癒すつもりで行ったら、かえって無効に気を遣わせてしまうだろ。マダムたちと話すのはいいよ。面白い話題やマダムたちしか持っていない素敵な魅力に触れられるからね。」
「何を話すか困ったりしないの。」
「困らないさ。」
「なんで。」
「話題っていうのは、いくらでも周りに転がってる。その一つ一つに目を光らせて掬い上げるんだ。掬い上げた話題を自分の心の箱に整理してしまっておく。そして今日みたいにマダムたちとお話しするときに取り出すんだ。その時の状況に合わせて花が咲きそうな話題を自分の心の箱から取り出すんだ。」
「比喩が多い。」
「わかっただろ。」
「まあ。」
「伝わればそれでいいのさ。」
「はー。」
歩くこと50分ぐらい、11時を回ったあたりで私とスマスは老人院に着いた。
小高い山の上に建てられた木造6階建ての建築物。
3階から上は病室になっていて、寝たきりの高齢者や医療的ケアが必要な人たちが暮らしている。
2回はトレーニングルームやフリースペース、食堂や浴室があって、いろんな人たちが利用している。
「こんにちは。」
エントランスから中に入るとそこを通りかかった職員の人が私たちに気づいてこちらに来てくれた。
「少々お待ちください。担当のものを呼んできますね。」
「お願いします。」
スマスが返事をして私たちは近くのソファーに座る。
「いつ来てもここの職員の人は明るいし、はきはきしているし、生命力に満ち溢れているね。」
「そうね。建物の造りもいいと思う。これだけたくさんお日様の光が入ってくる木造建築なんてなかなかないもん。」
1階の奥の扉が開いて、私とスマスが立ち上がった。
「おかけになったままでいいですよー。」
「こんにちは「昨夜」さん。」
「はい、こんにちは。」
昨夜さんが私たちの前に来て満面の笑みを見せてくれる。
「お久しぶりです。お越しいただいてありがとうございますー。」
「よろしくお願いします。」
私は昨夜さんが結構好きだ。
おっとりしていて、穏やかで、それでいて仕事ができる。
昨夜さんは私やスマスのように魔道良から応援で来た魔道士たちの担当をしてくれている老人院の職員さんで、私がノーエルに来るようになってから変わらない。
「今日は何時ごろまで。」
「17時ごろに失礼しようと思っています。」
「スマスさんそうですか。シーナさんも一緒かしら。」
「はい。」
「ありがとうございます。みなさんお2人に会えるのをとても楽しみにしていますから、早く行ってあげてください。ちなみに今日は何をしますか。」
「僕はいつものように病棟を回らせてもらった後、スペースに行こうと思っています。問題ありませんか。」
「はい、いつものように病棟に行く前に健康チェックだけしていただいて、問題がなければ行っていただいてかまいません。スマスさんに会うのをみなさん楽しみにしているので。」
「よかったです。」
「シーナさんは。」
「今日はフリースペースにいるみなさんとSerenereのお祭り飾りを作れたらいいなと思っています。事前に連絡できず申し訳ありませんでした。」
「とんでもありませんわ。大丈夫です。それにSerenereのお祭り飾りなんてとても素敵なアイデアですねー。どのタイプの飾りを作りましょう。」
「タイプとかあるんですね。すみません。あまり詳しくないのでフリースペースでおじいちゃんやおばあちゃんに聞きながら作ろうと思っていました。」
現状を素直に話しただけなのだけど、昨夜さんがとてもにこにこしながら私の手を取った。
「とっても素敵なアイデアだと思います。みなさんきっと喜びますよー。嬉しいです。ここにいるみなさんも一緒に計画を立てて作れるなんて。ここにある工作の材料なら好きなものを好きなだけ使っていただいてかまいませんからね。出来上がったお祭り飾りはぜひここで飾らせてください。」
「ありがとうございます。」
思いのほか好評でよかった。
「じゃあシーナ、また後で。」
「うん、また後で。」
私は1階、スマスは健康チェックをするために2階に上がるから、スマスとはいったんここで離れる。
フリースペースにはここで生活している高齢者のほかに、お昼間だけ老人院に来る高齢者の人もいるし、高齢者の人の家族の人たちもいる。
(今日は結構人がいるのねえ。平日なのに子供も多い。)
まずフリースペースに行って、今日の人たちの顔色や年齢層、人数を確認する。
(うん、若い人たちも多いから、ホローしてくれるのは助かるな。)
私はフリースペースの中に入ってみなさんに挨拶をしていく。
「こんにちは。」
「あらこんにちは。」
「こんにちは、今日はいいお天気ですよ。」
「こんにちは。」
「こんにちは。」
「こんにちは。」
挨拶をしながら回っていると、おじいちゃんやおばあちゃんの体調なんかもわかってくる。
私は小さい舞台があるところに立った。
「みなさんこんにちは。5分だけ失礼します。私は魔道良2205室から来ました、シーナマドレーヌです。」
「あー、シーナちゃん。」
「久しぶりねえ。」
「元気だったか。」
「はい、おかげさまで毎日元気にお仕事と勉強に邁進しています。今日はみなさんとSerenereのお祭り飾りを作りたいと思って伺ったんですが、興味のある方はいませんか。お恥ずかしながら、Serenereのお祭り飾りの作り方にはあまり詳しくなくて。」
「いいよ。あれは難しいからなあ。」
「どのタイプで作る。」
「いっそ全部作ってSerenereまでに作り上げましょうよ。」
興味を持ってくれた人たちの顔を覚えて、私は奥の大きいテーブルの方へ行く。
「ありがとうございます。興味を持っていただけた方はこっちで一緒に作りましょう。もちろん途中参加も大歓迎ですし、途中で抜けていただいてもかまいませんよ。」
フリースペースにいた人たちの半分ぐらいの人たちが大きい机の周りに集まって私と数名の職員さんやおじいちゃんおばあちゃんの家族の人たちがサポートをしながら作っていく。
「Serenereのお祭り飾りってどんなタイプがあるんですか。」
「あらシーナちゃん知らないの。」
「すみません。詳しくなくて。」
「Serenereはねノーエルで毎年9月の第2日曜日に開くお祭りなの。ノーエルで開催されるお祭りの中で、一番大きいものでね。」
「悪魔ネオンダールが僅かでもスパイラルをこの地域に残してくださったことを感謝するお祭りなの。だから、お祭り飾りは全部で10種類あるのよ。」
「火、水、風、土、草、命、空、後は。」
「光、闇、希望。」
「へえ。」
知らなかった。
自然7台スパイラルと言われると言われる七つ以外にそんなスパイラルがあったとは。
「それぞれの色の折り紙やビーズ、スパンコール、布を使ってそれぞれのスパイラルの象徴の形の飾りを作るのよ。」
「なるほど。」
「だいたい一つのお家に一セットはあるわねえ。」
「俺の家では毎年作り直してたな。」
「すごいですねえ。」
見えてきた。
これを全員で分担して作っていったら楽しいかもしれない。
「さっき教えていただいた光と闇と希望のスパイラルの象徴ってどんなかたちですか。」
「書いてあげよう。」
「はい。」
おじいちゃんの1人が紙に慣れた手つきで書いていく。
「毎年孫たちに書いて見せてたよ。」
「へえ。」
「シーナちゃん、材料持ってきたわよ。」
「ありがとうございます。」
みんなでわいわいがやがやこうやって工作をしていると自然と他の人たちも集まってくる。
大人数が苦手なおじいちゃんおばあちゃんのところには職員さんが交錯道具を持って行って、一緒にやってくれる。
「そうそう、ここを結んだらかわいくなるわねえ。」
「できたぞ。」
「ありがとうございます。」
おじいちゃんやおばあちゃんと向かい合って世間話をしながら、作っていると時間はあっという間に過ぎていく。
「みなさんは、おやつの時間ですよ。」
「えっ。」
私は慌てて時計を見上げた。
「さっきお昼を食べたと思ったのに。」
「楽しいからねえ。」
「あー。」
「少し休憩しましょうか。」




